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他者から欲望されたい欲望

私自身の別ブログ記事だが、「ネットゲリラ」記事の中にこの考察を補強するものがあったので、その一部抜粋とともに転載する。
哲学というのは、こういう「一見分かりきったようなこと」を根底的に考えることだというのが私の考えである。ある意味、「1+1はなぜ2なの?」に類する子供っぽい作業だ。

(以下自己引用)

私は浅学のため女性の哲学者を知らないのだが、それが非常に少ないことは確かだろう。これは「哲学とは何か」という問題(哲学はこの問題に答えているか? www)とも関係してくると思うが、女性は哲学と相性が悪そうである。
と言うのは前置きで、ここで私が問題にしたいのは、女性における「愛されたいという欲望」のことだ。「愛とは欲望である」という、前回に書いたテーゼからすると、「愛されたいという欲望」は「欲望されたい欲望」ということになる。これは奇妙な言い方ではあるが、少しも不合理性は無いと思う。つまり、女性には「男性から欲望されたい欲望」がある、ということだ。それは、無数のマスコミ雑誌やネットに出回る無数のヌード女性(しばしば素人である。)の写真から明白だろう。彼女たちが単にカネのためにヌードになっているとは私は思わない。
さらに言えば、「他者から欲望されることが女の価値を決める」という信念がそこにはあると私は思っている。まあ、これを公言している女性は見たことが無いし、公言したら彼女はその瞬間に「すべての女性の敵」になるだろう。だが、身体の美しい女性や顔の美しい女性でそう思っていない人間がいたら奇跡なのではないか。地味な素人女性が自分のヌードを赤の他人に撮影させたり、それをネットに投稿したりするのは、それを示しているだろうし、女性が化粧をしたり衣服にカネをかけたりするのも「自分を高く評価させたい」わけで、それは「他者から欲望されたい欲望」のなせるわざだろうと私は思うわけだ。
なお、「男にも他者から欲望されたい欲望はあるだろう」と女性側から反撃があるかもしれないが、それは(性的な意味に限定すれば)ごく特殊な性癖の人間だけだと思う。男は何よりも「性的刺激によって性欲が発動する」のであり、ファッションなどに気を使うとしたら、それは単なる趣味嗜好の問題だろう。別に愛されたいから身なりに気を使うわけではない。
最初に書いたことと関連させるなら、男は抽象的思索を好むというのは、男は肉体から遊離した思索で遊ぶことができるということ(これを象徴的に言ったのがリラダンの「生きることなどは召使どもに任せておけ」である。)で、女性の思考は(潜在的にだが)常に自分自身の肉体(特に子宮)から離れないのではないか、と思うわけだが、それは言い過ぎかもしれない。まあ、「女性はエロス的存在である」と恰好良く言えば許されるだろうか。

(6月14日追記)「ネットゲリラ」記事中の無名コメントである。

女さんって未成年でも自分の裸に価値があると知ってるんだよな
同時に自分へのリスクについては知らないのか考えてないのか
脅されたとか無理矢理ならともかく自ら撮ったりハメ撮りに同意したりってのはさすがに馬鹿すぎないか?
避妊についてもだがリスクを負うのは自分の体や心なのにそのリスク管理を男に委ねるってのは自立出来てないよね
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↑違うよ
常に他の女よりどうやれば上位にたてるかって言うのがあるんだよ
無意識でもね
だからブレーキがきかない

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スポーツと暴力と哲学

「紙屋研究所」から転載。
少し長いが(カットするかもしれない)スポーツの本質的暴力性と、哲学の面白さや意義について非常に面白い内容である。

(以下引用)

スポーツの本質的暴力性とどうつきあうか

  

 リモート読書会は、川谷茂樹『スポーツ倫理学講義』を取り上げた。


 この本についてはすでに2005年に書評を書いている。


kamiyakenkyujo.hatenablog.com


 例えば写真は、今年11月28日付の西日本新聞夕刊の記事であるが、柔道の1984年五輪における山下・ラシュワン戦を振り返り、怪我をしていた山下の「右足は狙わないと決めていた」とするラシュワンの言葉を載せ、「その高潔な精神は世界で評価され、国際フェアプレー賞を受賞した」とする。1面のほとんどを使って、相手の弱点を狙わないことを「フェアプレー」として称揚している。



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西日本新聞夕刊2020年11月28日付(6面)

 川谷は、この山下・ラシュワン戦を冒頭に題材にとり、「相手の弱点を狙わないことはスポーツマンシップに悖るのか」という問いを立てている。


 川谷は、勝敗の決着こそがスポーツの内在的目的であり、それがスポーツのエトスだとする。少なくとも対戦型競技では弱点を攻めることが勝利のためには絶対に必要なことであり、弱点を攻めてはいけないというのは、スポーツの外側から持ち込まれたものに過ぎないことを明らかにしていく。


 したがってスポーツはもともと勝利至上主義たらざるをえず、敗北という害悪を相手に与えようとする意味で本質的に暴力的であるとする。


 このようなスポーツは元来勝利至上主義という本質を持っていることを暴くことは、例えば「しんぶん赤旗」のような左派的良識からすれば、驚くべき結論になってしまう。同紙で川口智久(一橋大名誉教授・スポーツ社会論)は日大アメフトの規則違反などの問題を次のように説明する。


元来、スポーツにおける競争が、相手を尊重し、習得した技術の交流によって互いに人間としての豊かな高まり、人間らしい生き方を追求することが目的であることからすると、起こってはならない非合理な事態が生じたことになる。/そして、その根本的な原因は勝利至上主義の思想にあり、今回のケースはそれを当然視する指導者と受け入れざるを得ない競技者の主従関係が最大の問題であったといえよう。(川口/しんぶん赤旗2018年6月5日付、強調は引用者)


 川谷のスポーツ観とは正反対のものが見て取れるだろう。ぼくも左翼としてはどちらかといえば、川口のような論理に日常接している。


 しかし、川谷が緻密な論理によって、スポーツがどのような論理構造を持っているかを暴く様は実に見事で、その時ぼくは、この本をスポーツ論という以上に「哲学をすることの愉悦」として捉えのであるた。


 当時の記事でぼくはこの本について次のように書いた。


 ぼくらの思考はふつうは常識のなかにどっぷりと浸かっていて、それをいったんぬぐってみたとしても常識や日常道徳は思考にふかくこびりついているものである。いや、こびりついているなどという程度のものではなく、それから逃れることはなかなかできない。
 ところが、哲学という装置を使い、物事を徹底的につきつめていったとき、バキバキバキバキと大きな音をたてて固まったドロのようにこびりついていた常識が割れて剥がれ落ちていくのがわかる。あるいは常識という小さくて排除できない害虫が哲学という薬品を噴霧して残らず殺すような残酷な徹底性がある。また、常識をあざやかに反転させる爽快感は、徹底した思考をしたものだけが得られる特典だ。
 これは、哲学をするということの愉悦である。


 川谷のこの本を読んでいると、哲学をすることの楽しさが伝わってくる。


 今もこの点がぼくにとっては本書評価の基本である。


 川谷は、哲学の議論に、常識、道徳、民主主義的多数感覚を持ち込もうとする企てを厳しく批判する。「本書を読み進めるにあたって、倫理学/哲学の素養は特に必要ない」(まえがき)のである。


 また哲学上の碩学の言葉を借りて議論する態度についても厳しく批判する。


 ボクシングが暴力的かどうかを、J.S.ミルを味方につけて論じようとする学者の態度を「おもしろくない」と川谷は言う。


 


それでは、どうすればおもしろくなるでしょうか。簡単なことです。事柄そのもの(Sacheselbst)を、もっと突き詰めて考えればよいのです。「事柄そのもの」とはこの場合、ボクシングです。先ほどの論争は、ボクシングの周辺をぐるぐる回っているだけで、ボクシングそのものについて何も明らかにしていない。だから、つまらないのです。(川谷p.111-112)


 


 読書会では、参加者の一人が、川谷の議論に反発した。


 その参加者Aは、ソチ・オリンピックでのスケートの浅田真央の態度を例に出していた。


 同冬季五輪スケート1日目のショートプログラムでボロボロだった浅田を見て、Aは「もう浅田は2日目(フリープログラム)を棄権するのではないか」と思ったという。もはや優勝はおろか、何らかのメダルさえ絶望的であり、常人から見ればこれ以上出ることは、自分の経歴やプライドを傷つけるものでしかない状況だったからである。しかし、それでも出場し、しかも見事な演技を披露した浅田を見て、見ていた自分(A)も涙を流して深く感動したし、浅田自身も泣いていた。


「勝利だけがスポーツの目的であればあんな光景はあり得なかったし、あの感動もなかったはずだ」


というのがAの言い分である。


 川谷はこうした議論を予想しており、競技概念を超えた絶対的な強さの追求を競技者がやることがあるという指摘をする。例えば試合の勝敗などどうでもよくなり、時速250kmのボールを投げられるかどうかだけを追求する野球選手のようなものだ。別の箇所では、「求道者」としての広島カープ前田智徳をあげ、彼が「一番の思い出の打球」としてあげたのが「ファウル」であったことを紹介する。チームの勝敗も、個人のタイトルすらもなく、自分の惚れた打球を、試合にとっては無意味な「ファウル」に求めるのであるから、その瞬間、確かに前田は勝利至上主義を超えているのである。


 小山ゆう『スプリンター』のラストも、読みようによっては競技概念を超え、記録さえも超えた、何か「神の領域」に入ったかのように思わせる展開になっている。


 

  しかし、川谷の本を読んだ後では、それはやはり競技による勝敗をめざすというスポーツのエトスの上に成り立つ、あくまで「派生的」なものである。


 ごく稀に生まれる「勝利を超越した求道」ではなく、勝負事ゆえの常軌を逸した熱さ、そして勝者と敗者のコントラスト、敗者に敗北を与えるという暴力こそがスポーツの本質であるという川谷の主張でこそ、世の中に蔓延するスポーツ界における暴力・体罰・支配をよく説明できるし、「企業社会では体育会系が重宝される」という神話がはびこるのも、スポーツの本質に根ざすものであると考えれば理解しやすい。


 


 これに対して「いや、それは特殊日本的な現象だろ?」という批判がある。


 例えばサンドラ・ヘフェリン『体育会系 日本を蝕む病』(光文社新書)では


私が育ったドイツではスポーツは体罰と全く結びつきません。(同書p.64)


という。ドイツのスポーツ事情が実際にどうなのかは別として、問題はスポーツがいつでもどこでも暴力的であるということではなく、スポーツが本質的暴力性を抱えた危険なものであるという自覚でスポーツと付き合うのか、ということなのだ。


スポーツは本質的に勝負事(agon)であり、人間は勝負事になると簡単に常軌を逸します。……勝負事は私たちに大いなる娯楽を提供してくれますが、同時に扱い方を誤ると大変危険な代物でもあります。時にその暴力的本性をむき出しにするスポーツと、穏健で最大公約数的な常識道徳との間には、常に緊張関係が存在します。……ですから、子供の教育の場面にスポーツを導入するのは、本来よほど慎重な配慮が求められるべきでしょう。そのことも含めて私たちにできることは、スポーツのこの本質的な危険性を熟知し、それといかにうまく付き合うか知恵をしぼることなのではないでしょうか。(川谷p.172-173)


  川谷の本でもしばしば引用される永井洋一は、『少年スポーツ ダメな大人が子供をつぶす!』の中で次のように書いている。


 


 N・エリアスとE・ダニングは『スポーツと文明化』の中で、近代スポーツは前近代社会にあった非科学性、暴力性からの脱却という大命題のもとに成立した、としています。近代スポーツが成立する一九世紀以前のイギリスで行われていたスポーツ的な活動は、怪我人、時には死者さえも出る粗暴なイベントであったフットボール(サッカー)、あるいは素手で相手をとことん打ちのめすまで闘われたボクシング、さらには動物の殺し合いの行方を楽しむ賭けなど、血なまぐささを残す野蛮なものでした。そうした前近代的な要素を改め、スポーツを近代社会を具現する合理的、科学的なものとして整備するために、統括団体の組織、統一ルールの作成、公式大会の開催などが推進されました。その結果、現在、私たちが親しんでいる近代スポーツの形態が整ったのです。その意味では、近代スポーツにはもともと暴力性の抑止が使命づけられているのです。


 私たちがスポーツに潜む暴力性、あるいは指導者、選手、愛好者に潜む支配性、攻撃性をいかに巧みにコントロールするかという部分に、エリアスらの言う「文明化」の程度が示されているといえるかもしれません。(永井洋一『少年スポーツ ダメな大人が子供をつぶす!』朝日新聞出版、KindleNo.290-300)


 


 つまり、もともと暴力的本質を持っているスポーツの、その暴力性を自覚して抑制とコントロールをすることこそが近代スポーツの使命であるのだから、その自覚と管理に成功している文化と成功していない文化がある、ということになるだろう。


 これは「スポーツの本来の性格から逸脱した勝利至上主義」という把握とは正反対のものである。危険なものであるという厳しい覚悟に立ってスポーツと付き合うことが求められているのである。


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政府は誰のために政治をしているのか

森山高至のツィートを転載。
まあ、これから半世紀くらいは中国の独り勝ちだろう。指導者層が他の国の指導者層より出来がいい。世界中が「偽民主主義」国家ばかりだから、政治家の質が低いのは当然だが。
しかし、日本でできた薬なのだから、日本の製薬会社が作れないはずはない。つまり、あえて政治がストップをかけているわけだ。

(以下引用)


現在、イベルメクチンの前駆物質であるエバーメクチンは中国でのみ作られています。エバーメクチンがなければイベルメクチンを作ることは出来ません。その生産は中国のみで行われており、何か問題があってエバーメクチンが作られないとイベルメクチンの供給は止まります。 katosei.jsbba.or.jp/view_html.php

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「信者」「信念の人」という厄介な存在

「大摩邇」から転載。
今の世で新聞やテレビの言うことを信じるなんて、馬鹿そのものである。その新聞やテレビを見続けているだけでも、それらがいかに信じられないもので、スポンサー(電通経由)や政府の言いなりであるかは明白だろうに。まあ、自分だけ信じる分にはいいが、それを他人に強制する人間は度し難い。(ついでに言えば「度す」の「度」は「渡」と同じで、「彼岸に渡らせる」「悟らせる」「済度する」意味である。)

(以下引用)


コロナ講演会 in 梅田

ナカムラクリニックさんのサイトより
https://note.com/nakamuraclinic/n/n748ff1d21a97
<転載開始>
当院を受診した40代男性。しかし患者として来たというよりは、別の思いを持って来院された。
「食品の卸業をしていますが、コロナで売り上げは散々。ざっと6割減です。飲食店は休業しても支援金が出ますが、飲食店に食品をおろしている私のような卸業には補償がありません。銀行からの借金返済が滞って、改善計画の作成を求められています。
祖父の代から始まった家業で、もうすぐ設立100年を迎えます。会社を潰すことだけは絶対にしたくありません。
できれば社員の解雇はしたくありませんが、このままではリストラも視野にいれていかないといけません。今のところ、私や弟の給料を減らしたりボーナスをカットしていますが、それでも危うければ、1人2人やめてもらうことになろうかと思います。
先生のブログなどを見て、コロナのデタラメには気付いています。だから私のほうから、社員にマスク着用や手洗い消毒を強要したりすることはありません。逆で、社員のなかに、私に対してマスク着用を徹底するよう圧力をかけてくる人がいます

私は40代半ば。私より一回り年上の社員もいます。先代の社長のときから働いていて、勤務年数で言えば私より長い。そういう社員のなかに、いわゆるコロナ脳がいて、私に遠慮なく言ってくるんですね。「今のこのご時世、マスクをしないなんてあり得ない。頼むからマスクをしてくれ」と。
マスクの無意味さについて説明するのですが、聞く耳を持ちません。むしろ逆上して、他のコロナ脳と連携し、会議で「社内でのマスク着用義務化」を求めて私を糾弾する始末。
私もコロナに対して無策というわけではありません。検温して熱がなく、普通に消毒すれば、マスクの着用は任意、ということにしているのですが、その人にはその“ゆるさ”が我慢ならない。「全員にきっちりマスクを着けさせてくれ」という。社長の私も含めて。
私の周囲にアクリル板を設置しようと実力行使に出たときには、私もさすがに声を荒げました。
「長く会社に貢献してくれた人ではあるけれど、こんなに考え方の違う人と一緒に働けない」という思いがあります。「経営難のこの状況、誰かをリストラするとなれば、この人かな」とも。
分かりあいたい、とは思います。テレビやマスコミの報道だけを見ていれば、コロナを恐れて神経質になるのは当然です。そういう意味で、この人もマスコミの被害者で、気の毒だとは思います。ただ、私の思いも分かってほしい。井上正康先生、内海聡先生、そして中村先生のサイトを見るように指示するのですが、かたくなに見ようとしません。
しかし、人を一人やめさせるというのは、けっこうな大ごとです。弁護士や社労士などに相談していますが、デリケートな問題なので、私としても慎重に進めたいと思っています」


心情が伝わってきた。経営の苦しさに加え、コロナ脳社員の対応でますます消耗している。何とかしてあげたいと思って、
「その人、何とか変わってくれるといいんですけどね。たとえば僕がそちらの会社に講演に行っt」
「本当ですか!ありがとうございます!」
まだ具体的に何も言わないうちに秒で返事をかぶせられてしまった(笑)もうやるしかない(笑)


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昨夜、大阪梅田。グランフロントの高層階にある大きな会議室。40人ほど集まった人々を相手に、『マスクとコロナワクチンについて』をテーマに話してきた。マスクについて1時間、ワクチンについて1時間半。
演台から客席を見回すと、ほぼ全員がマスクをしている。そして彼らは、僕のことを知らない。社長から「神戸の医者がコロナについて話すから聞きに行ってこい」と言われて、仕事を終えた後にしぶしぶ来た人々である。
以前有機ゲルマニウムについて講演をしたことがあったが、そのときの講演に来たのは、僕のファンばかりだった。僕のブログを読み、ある程度僕のことを知っている人が相手だから、会場の雰囲気は僕に対して友好的だった。
しかし今回はそうではない。「一体わざわざ何を話しに来たんや」アウェイの空気をひしひしと感じる。
しかしこういう空気は想定内である。だからこそ、この数日、入念に準備をしてきた。毎日の診療が終わるとスライド作りに没頭した。コロナが始まって以来、ツイッターやブログで誰よりも早い情報発信を心がけてきたが、そうした情報のエッセンスをスライドに詰め込んだ。
目的はひとつである。コロナ脳を確実に覚醒させる。この一年半、日本人全員がどれほどのデタラメをなめさせられてきたことか。マスク、ソーシャルディスタンス。医学的に何の意味もない。無意味だけならまだいい。マスクがいかに有害であるか、マスク着用による低酸素が、マスク含有の化学物質が、どのように癌を誘発するか、丁寧に説明した。そして今、現在進行形の狂気。コロナワクチン。その毒性について、これでもかとデータを突きつけた。ワクチン打って死んだ人のストーリー、死亡まで行かずとも重度の副反応で苦しむ人の写真、そもそもコロナワクチンは感染症予防に有効な成分など含まれていない、”ヒトを間引くためのワクチン“なのだということ。
すべてぶちまけた。コロナ茶番が始まって一年半。そのデタラメ、その矛盾を、反論の余地なく突き付けた。
会場は沈黙した。
あまりにも反応がないので、みんな居眠りしているのかと思った。違った。全員僕の話に聞き入っていた。
そして、不思議な現象が起こった。最初ほぼ全員の口元を覆っていたマスクが、講演が進むにつれ、ひとつ、またひとつと消えていった。コロナ茶番の象徴であるマスクが消え、人々の本来の顔が現れた。”覚醒”を示すこれほど明瞭なサインが他にあるだろうか?


スライドをひとしきり話し終えたあと、質疑応答の時間となった。衝撃的な内容をぶつけられて、皆、何かしら僕に言いたかったようだ。沈黙から一転、反撃とばかりの質問攻めにあった。
講演終了後、この講演を主催して頂いた社長から食事に誘われた。「お疲れ様でした」の乾杯のあと、よもやま話で盛り上がった。
ふと気になって、「あのコロナ脳の社員さん、今日の講演を聞いて、さすがに目を覚ますんじゃないですか?」と聞いてみた。
社長「ああ、あの人ね。今日来てないんです。自分が間違ってるかも、なんて説得されそうな講演には、死んでも来ないですね」
来てへんのかい!」と思わずツッコんだけど、そういうもんだろうなとも思う。どんなにスライド作りに精魂こめても、会場に来てくれなければ仕方ない。
声は、一番届けたい人にこそ、届かないんだよなぁ。


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新コロワクチン副作用の現実

これだけ重い副反応が出て、しかも長期的副反応はまったく分からない状態でも「ワクチンは打つべきだ」と結論している医者の馬鹿さ加減は驚きだが、副反応(なぜ副作用と言わないのか)の現実をわりと正直に書いている記事なので貴重ではある。


(以下「阿修羅」から引用)



コロナワクチン「重い副反応が出た」医療従事者が続出…現場からの報告 政府やメディアの情報発信不足では? (現代ビジネス) 
http://www.asyura2.com/20/iryo6/msg/728.html
投稿者 魑魅魍魎男 日時 2021 年 6 月 11 日 02:52:02: FpBksTgsjX9Gw 6bOWo@mx6bKSag
 

「コロナワクチン「重い副反応が出た」医療従事者が続出…現場からの報告
政府やメディアの情報発信不足では?」 (長谷川学 現代ビジネス 2021/4/24)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/82504


■ 「丸一日寝込んだ」という人も…


新型コロナワクチンの接種が遅々として進まない。4月19日現在の政府発表によると、480万人の医療従事者のうち、1回目のワクチン接種を終えた人は約120万人(25%)、2回目のワクチン接種を終えた人は約72万人(15%)に留まっており、高齢者接種は4月12日から、ようやく1回目の接種が始まったばかり。


そんな中、2回目の接種を終えた医療現場から看過できない話を聞いた。「予想外に重い副反応(副作用)が出て、丸1日寝込んだ」「体がだるくて仕方がなく、3日間はあまり仕事ができなかった」といった声が次々に聞こえてきたのだ。


だが、そうした情報は、政府からも、新聞テレビからもなぜかまったく伝えられない。たとえば、厚生労働省のホームページの「新型コロナワクチンについて」という説明を読むと、副作用として「注射した部分の痛み、疲労、頭痛、筋肉や関節の痛み」や「寒気、下痢、発熱等」や、「まれな頻度でアナフィラキシー(急性のアレルギー反応)が発生」するとあるものの、「予想よりも重い副作用」が実際に起こりうるリスクを感じさせる記述はない。


いったい、いま医療現場で何が起きているのか。4月13日に2度目のワクチン接種を受けた南渕明宏・昭和大学横浜市北部病院循環器センター教授に話を聞いた。以下は南渕氏との一問一答である。


ーー厚労省のホームページには、接種部分の痛み、疲労、頭痛、筋肉や関節の痛み、下痢、発熱等がみられることがあるが、大部分は接種後数日以内に回復していると、副作用についてサラリと触れています。国民に先行して、実際にワクチンを受けてみてどうでしたか。


「ワクチンは2度打ちます。1回目は何もなかったが、2度目の接種後、具体的には接種の翌日の夜から強い脱力感に見舞われました。このほか両足、両腕に痛みが走るような症状もありました。まったく予想していなかったので、強い副作用に驚きました。


夜が明けて、何とか病院に出勤しましたが、その日は終日、教授室にこもってぐったり休んでいました。とにかくヘロヘロでしたね。その次の日、さらにその次の日も体がだるかったですが、4日目はほぼ回復しました。


とにかくびっくりしました。全身倦怠感と言えばそれまでなんですが、いままであまり経験したことがなかったヘロヘロ感でした」



■ 事前の情報提供はなかった


―ー発熱やそのほかの症状はありましたか。


「吐いたりはしなかったですが、食欲はありませんでした。発熱というほどでもありませんが、微熱は3日間、ずっと続きました」


―2回目の接種を受けてから丸1日経つ頃からキツイ症状が出るわけですね。医師である南渕先生は一般の人より、専門的な情報に触れやすいと思いますが、こうした強い副作用について、政府や自治体から事前の情報提供はありましたか。


「ありません。自治体を通して、約3割の人に発熱があるという程度の情報が伝えられていただけです。体調が悪いと感じたら躊躇なく休みを取るようにという情報も聞いていましたが、よくある一般論的な注意だと、みな受け止めていました。


倦怠感への注意もあったかもしれませんが、たとえあったとしても倦怠感という抽象的な表現では、だれも深刻に受け止めません。倦怠感なんて歳を取れば、だれでも毎日、感じているのですから」


ーー強い副作用は南淵先生だけでしたか。


「とにかく驚いたので、これは自分だけの特殊な事象だったのかどうか、興味を持ち、周囲の同僚や部下、比較的接種が早かった那覇の病院のスタッフに事情聴取してみました。するとほとんどの人が“きつかった”“病院を休んだ”“仕事にならなかった”と話していました。みんな、こんなきつい副作用が出ることは予想していなかったそうです」


ーー先生は60歳代ですよね。健康体ですか?


「実は不整脈の持病があります。昨年、名医のカテーテル治療を受けて、いまは収まっていますが、今回、“不整脈がまたぶり返すのでは”と不安で極力体を動かさないようにしていました。これからワクチン接種を受ける高齢者には持病がある人が少なくないでしょうから、強い症状が出たら不安に感じるかもしれません」



■ 医療現場が大混乱になる可能性


ーー他の医療スタッフの症状も具体的に教えていただけますか。


「20歳代、30歳代の若い方はほぼ皆さん39度、40度と発熱したようです。事前に聞いていた『3割が発熱』は信憑性に乏しいと思いました。発熱者の比率はもっと高いだろうし、年齢の要素も大きい」


ーー他の医療機関も似たり寄ったりかもしれませんね。


「そうだと思います。ある病院では“2回目のワクチンを受ける場合、同じ科の医師や看護師が一斉に受けるとそのセクションが機能停止してしまうので、別々の日に分けてやることにした”とのことでした。賢明な対応だと思います」


―ー副作用があっても、国民はワクチンを受けた方がいいと思いますか。


「絶対に受けるべきだと思います。世界中で猛威を振るっている新型コロナウイルスに対抗するにはワクチン接種が絶対に必要です。副作用はあるが、症状が出るのは3日間。治療せずとも3日すれば治るのですから。


ただし2度目のワクチン接種から丸1日が経つと、体がどうしようもなくだるくて、まったく仕事にならないことを知り、備えをした上で、ワクチンを打つのがいいと思います」


ーー医療関係者以外の一般の方や持病のある人、高齢者に2度目のワクチン接種をする頃になると、大きな騒ぎになるかもしれませんね。


「私は心臓手術後の患者さんを数多く外来で診ていますが、最近はほとんどの方が『ワクチン受けた方がいいですか?』と相談してきます。皆さん、不安なんです。それに対して私は『お願いです!是非ワクチン接種を受けて下さい!』と頭を下げています。


ワクチン接種は絶対に受けた方がいいと思います。ただ、こんな状況を隠して放置しておいたらとんでもない混乱を招くはずです。患者さんや一般の人たちの『2回目の接種』が始まると、担当医のところに大挙、問い合わせが殺到して、医療現場が大混乱するのではないかと危惧しています。


お年寄りや寮生活をしている人が住む施設の管理者は対応に大忙しとなるでしょう。とにかく全国の医療機関は、覚悟しておく必要があります」



■ 医師としてアドバイスしていること


ーーこうした重い副作用について、医療従事者でも知らなかったのでしょうか?


「私たち一般の医療者が接種する前の今年2月、国立病院機構などの病院の医師や看護師に対する『お試し接種』が始まりました。そこから『2度目の接種後』の状況について、厚労省には情報が上がっているので、厚労省は重い副作用の実態を掌握しているはずです。


ところがなぜか、そういう副作用情報は、私たち医療従事者にも、実情としては伝えられていませんでしたし、いまもそれは同じです。


こういった事情を一般国民に隠してワクチンを打つのは『騙し討ち』ではないでしょうか。新聞・テレビの大手メディアは、政府にとって都合の悪いことを極力報道しない傾向があるので、今後の混乱が本当に心配です」


ーー実際に副作用を経験して、いま、ワクチン接種について、患者さんにどうアドバイスしていますか。


「患者さんには、ワクチンは受けた方がいいが、2回目の接種後にやってくる体調不良に十分に心備えをして、冷静に対応するようアドバイスしています。


たとえば、老々介護のお年寄りの場合だと、絶対に同じ日にワクチン接種をしてはいけないとか。同じ日にワクチンを接種したら、夫婦2人とも寝込んで、世話する人がいなくなりますから」


念のため、私は、厚労省のホームページを子細に読んでみた。すると、今年4月9日付で「新型コロナワクチンの投与開始初期の重点的調査」という資料が掲載されているのに気が付いた。そこには、国立病院機構などに加盟する病院の医療関係者2万人に対する先行ワクチン接種による副作用に関して簡単に記載されていた。


それによると「2回目接種では接種翌日に頭痛(5割)、全身倦怠感(7割)を自覚した」「2回目接種後の37・5℃以上の発熱(4割)を認めた」(今年4月7日現在の数値)という。



■ 負の情報もしっかりと知らせるべき


問題は、こうした重要な情報が医療関係者や国民にほとんど知られていないことだ。
「情報を隠したと後で批判されないよう、ホームページの目立たないところにこっそり載せたということじゃないでしょうか。こういう“ステルス公開”は官僚の責任逃れのためとしか思えません」と南淵氏は語る。


ところで、この厚労省の資料には、先行接種を受けた国立病院機構加盟病院などの医療関係者2万人に対し、厚労省の研究班が「2回目接種翌日の勤務は控えるように勧告」したと記されている。つまり2回目の接種翌日に強い副作用が出ることを研究班は承知していたわけだ。


そもそもこの調査の目的について厚労省は「免疫を惹起することに伴う発熱、倦怠感などの副反応疑いの情報を正確に把握し、医療機関の業務と両立したワクチン接種が遂行できるように情報発信する」ためとしている。


それにもかかわらず、その貴重な情報をなぜ、医療現場や国民に広く伝えようとしないのか。


「ワクチン接種をスムーズに進めるためにも、負の情報もすべて国民に知らせた上で、副作用対策の施策を取るべきです。


4月22日のテレビニュースでは、ワクチン接種後に会社を休む場合、有給扱いにする方針だと報じていましたが、強い副作用があることを伝えていないので、なぜ会社を休むのか視聴者はさっぱり理解できなかったのではないでしょうか。ワクチン接種成功の前提条件は、十分な情報公開と、国民の理解と協力だと思います」(南渕氏)


南淵氏は「政府がすべきことは“いままで経験したことがないような全身倦怠感に見舞われ、驚く方もおられるかもしれないが、数日で軽快するので、その間は安静にするなどして、冷静に対応して下さい”と国民に呼びかけることだ」と強調した。


菅政権に対し、真摯な対応を求めたい。


-------(引用ここまで)-----------------------------------------------------


こういう重い副作用が出ているのに、政府は国民に知らせない。


報じられているより、はるかに多くの接種者に健康被害が出ているのは
まちがいありません。


非常に深刻な問題です。  


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East is east west is west

「ネットゲリラ」氏がなぜか突然「東京ローズ」のスレッドを立てて、常連投稿欄でもなかなか面白いコメントというか、この話題に関する知識を披露している興味深いコメントが多い。この件についての記事やドキュメンタリーは昔よく週刊誌にも載っていたが、「なぜ今東京ローズなのか?」「日本は米国か連合軍に攻められているのか?」という疑問が起こる。まあ、実際、新コロやら東京オリンピックで外国から侵略されている情勢ではある。
ついでに言えば、なぜか米国人は日本人で魅力的な女性に「ローズ」という名前を付ける習性がある。フランキー・レイン(日本では「ローハイド」の主題歌で有名)の歌う「Rose rose I love you」は名曲なので、ユーチューブで検索してお聞きになるといい。歌の内容は、まあ進駐軍米兵による「蝶々夫人」体験であるが、あんな陰々滅滅とした雰囲気ではなく、実に明るい曲で楽しい。

(以下引用)

コメント(3)


>この時代の日本の国策的宣撫工作というのはかなり発達していて、
>特に満州では日本人ではない満州人という異民族相手に、
>映画や流行歌を発信しててなづけようとしていたんだから、
>たいしたもんだ。


今は日本国内で占領軍による宣撫工作やられちゃってますねw



>アイバ戸栗ダキノという二世が一人だけ身元が知られていて、アメリカで裁判を受けて、6年間服役している


 が、ローレライの歌姫の声色もかくやといわれた東京ローズの声色の持ち主ではなかったらしい。 


 原爆ジェノサイドで人気の悪いトルーマンが、再選をかけて、アイバをスケープゴートに仕立てて軍事裁判かけたが、ホンモノは別にいて、そちらは裁判にかけるというわけにはいかなかったようだ。
 
 結果、ホンモノの東京ローズは、なぜか米軍の交通事故で死んでしまい、アイバが実刑判決を受けてしまったのだった。


(東京ローズ考) 
https://blog.goo.ne.jp/tom888_2006/e/092b875f9dcb12ee94f8a480232e252f


「NHK 英語アナウンサーで、戦時中は学生アルバイトとして英語のニュースを担当していた水庭進さんは、東京ローズは須山芳枝さんという日本人初の女性英語アナウンサーに違いないと明言。須山芳枝さんの美声は”南京の鶯”ともいわれるほどの「とても真似できない声」で、「局を訪れた外国人が呆然と立ちつくすほど、一瞬で虜になる声」「金の鈴を転がしたような声」と形容されていた。」
「東京ローズ」トグリ・イクコは、運の悪い単なる犠牲者というよりも、生贄として選ばれていたのではないだろうか。」
https://oyamadahispolcanada.muragon.com/entry/423.html



【 TOKYO ROSE WWII PROPAGANDA FILM "VOICE OF TRUTH" 72552 】~南太平洋上の戦艦内で、ラジオ・トウキョウ(日本国営の国際放送)の放送に聞き入る米兵たち~


https://www.youtube.com/watch?v=-XEu1Bxpe00



Dj:「Greetings, my fellow orphans in the Pacific. How are you today?」



>「太平洋のみなしごさん、貴方達のお船は全部沈んじゃったのよ。どうやって帰るつもり?」


>「貴方が狐の穴みたいな所で戦っている間、貴方の奥さんや恋人はきっと寂しい思いをしているわ。そんな女には必ず誘惑者が現れるものよ。初めてのデートではキスまでするのかしらね……」


>「米兵の皆さん、ガダルカナル島へようこそ。でも期待している増援は来ないわ。お仲間さんたちの船は全て太平洋の藻屑になってしまったの。可哀想に、貴方達は完全に孤立して太平洋の孤児になっちゃったのよ」


>「貴方達がやろうとしている事は不可能への挑戦だわ。貴方達が硫黄島の大軍に挑むなんて不可能。何故なら数千もの日本の兵士が安全な洞窟にこもっていて、貴方達の目に触れずに銃撃するからよ」


>「第509航空部隊の爆撃機は、尻にRの記号がはっきりついているから、日本軍の高射砲部隊はすぐに見分けられるわよ」


・・・・プロパガンダ放送と知りながら女性Djの『毒舌』を聞き、魅了されるヤンキー(米兵)が続出した(らしい)。大日本帝国の「駿河台技術研究所」プロバガンダ機関は機能し、米兵達からカルト的な人気を集める。スーパーフォートレス(B-29爆撃機)のノーズアートに描かれたり、DCコミックのスーパーマンと共演したり、ハリウッド製作の映画に登場したり、NYTの記事で絶大的アイドル人気があった(らしい)のだが、1945年(昭和20年)8月14日に「ラジオ・トウキョウ放送」のゼロ・アワーも終了。伝説へ昇華しました。 (#゚Д゚)y-~~



>大東亜戦争中、日本が連合国軍に向けて行ったプロパガンダ放送「ゼロ・アワー」で、東京ローズと名づけられて人気を呼んだ日系の女性アナウンサー達。(諸説あるが6人?)アナウンサーは複数いたが、声を聞き分けることができた日系2世の米軍通信兵・ダニエル山田だけが東京ローズを特定できた。戦後、プロパガンダ放送に協力した東京ローズとして米国籍のアナウンサー、アニー・小栗・宥久子は国家反逆罪に問われる。裁判で弁護側の証人となったダニエルはアニーを東京ローズではないと証言し、番組づくりに関わった録音技師の潮見俊哉は検察側の証人としてアニーが東京ローズだと証言するが…。



・・・・当時のFBIファイル(約500ページ)が残されてイマスが、信憑性には疑問符が付くとの事。俗に言う『トルーマン政権の司法長官トム・C・クラーク陰謀説』が流布。日本側の資料は敗戦と同時に焼却処分、GHQの制止命令を無視した従軍記者も「孤児のアン」「東京ローズ」は謎のまま取材終了。少なくとも4人~20人のDj候補者が存在します。



東京ローズ――誰が伝説の魔女だったか https://okakuro.org/tokyo-rose/


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新コロの「治療法」とは?

かなり詳しく、たぶん正直に書いているし、一般人にとって有益な情報が多い。
どこが正直かと言うと、「治療が終わってもPCR検査は陽性のままである」という事実だ。裏を返せば、新コロに感染し、無症状のまま自然治癒した人間もPCR検査をしたら陽性になるということなのである。それなら、新コロ「感染者」が膨大に増えていくのは当然である。もっとも、季節的要因で今後は新規感染者は減っていくだろうが、べつにワクチンが奏功した結果ではない。
また、新コロに対する治療法も「厳密には(根治的には)」無い、というのも正直である。もちろん、重症化しそうな患者の重症化を防ぐというのも立派な治療だとも言えるが、軽症者は自宅静養で十分だと言うなら、大袈裟に恐れる必要は無いのではないか。まあ、症状が出たら必ず重症化するという病気なら恐ろしいが、そういうものではないはずだ。だから「自宅療養」が認められているのである。それは、政府が無責任だからではなく、「その程度の」病気だから、と見るのが公正な見方なのではないか。

(以下引用)


新型コロナで入院したら、どういう治療を受けるのか? 入院期間・復職は


(写真:show999/イメージマート)


コロナ病棟の入院患者さんからよく聞かれる質問

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)で入院してきた患者さんによく聞かれるのは、「どういう治療を受けるんですか?」「いつまで入院するんですか?」「職場には復帰できますか?」という3つの質問です。



具体的な治療

まず、急性のウイルス感染症全般に言えることですが、新型コロナには「根治的」な治療法というものはなく、自身の免疫応答とウイルス毒性の嵐が過ぎ去るのを待つしかないという側面があります。根治的ではないものの、いくらか効果がある治療法が確立されており、それらの適応にある患者さんは入院対象となります。


①酸素療法が必要

指にはさむパルスオキシメーター(写真)という機械で測定することができる「酸素飽和度」が低いと、入院の対象になります。体の中に酸素が足りていないということを意味しており、酸素療法をおこなわないと息がしんどいからです。症状だけでなく、他の臓器にもダメージが出ることがあるため、酸素飽和度が90~93%を下回っていると、酸素を吸っていただく必要があります。



パルスオキシメーター
パルスオキシメーター写真:アフロ


スポーツ用品店などに置いてある、酸素スプレー缶は無意味です。一時的に酸素が体内に入りますが、1分間にヒトは12~15回呼吸する生き物です。スプレー缶は、あっという間に空っぽになってしまうでしょう。また、呼吸ごとに適切な濃度の酸素を吸わないといけませんから、呼吸のたびに毎回シューっと押すのは現実的ではありません。



酸素療法については、前回の記事に詳しく書いたので、そちらをご覧ください。



■新型コロナの「重症化」とは? 人工呼吸器を装着したら、実際どうなるのか?(URL:https://news.yahoo.co.jp/byline/kuraharayu/20210504-00235518/



②脱水を補う点滴が必要

食事や水分が摂れない人。これは入院対象です。新型コロナは高熱が出る疾患ですから、口からモノが入らないと、あっという間に脱水に陥ってしまいます。入院して脱水に陥らないよう、十分な輸液をおこない、高熱に対して解熱薬を用います。



③抗ウイルス薬やステロイドの適応

新型コロナによって肺炎を起こしていて、酸素飽和度が低い場合、抗ウイルス薬やステロイドの点滴をおこなうことがあります。



抗ウイルス薬というのは、その名の通りウイルスの増殖を抑える薬剤のことです。富士フイルム富山化学のファビピラビル(商品名アビガン)という錠剤が有名です。2021年4月末に「国内で新たな臨床試験を開始する」と発表されましたが、現場ではこれを用いる機会はかなり減っている状況です。また、高熱でしんどい状況で、初日に18錠のアビガンを飲むのはなかなか大変です。2021年5月現在は、ギリアド・サイエンシズのレムデシビル(商品名ベクルリー)という抗ウイルス薬を点滴で用いることが多いです。世界で広く実施された臨床試験の結果に基づいて、これを使ったほうが回復が早くなると報告されたからです(1)。外国の点滴製剤なので、英語のパッケージで病棟にやってくるため「なんだかオシャレね」と看護師が言っていました。



ギリアド・サイエンシズ
ギリアド・サイエンシズ写真:ロイター/アフロ



また、ステロイドという炎症を抑える薬を点滴します。錠剤でも構わないのですが、ベクルリーを点滴することが多いため、ステロイドもついでに点滴で入れてしまうことが多いです。「ステロイド」と聞くと、なんか体によくない不気味な薬剤というイメージを持っている人が多いかもしれませんが、適切に使えばまったく怖くありません。デキサメタゾンという名前のステロイドを1日1回点滴します。



比較的重症の場合、上記2つに加えて、過剰な免疫を抑える薬剤を使うこともあります。関節リウマチなどで使われています。「身体中の免疫を全集中して、大きな肺炎を起こすぞー!」と暴走しそうになっている免疫を「まぁ落ち着けよ」と抑えて、肺炎の火柱が大きくならないようにする作用があります。この中でも、日本イーライリリー株式会社のバリシチニブ(商品名オルミエント)という錠剤は、上述のレムデシビル、デキサメタゾンに続いて、3つ目の新型コロナ国内承認薬として認可されました。



コロナ病棟の入院期間は?

軽症・中等症・重症で入院期間が異なりますが、入院を要する新型コロナ患者さんの平均値をとると、おそらく10~14日あたりになると思います。人工呼吸器などを装着しなければならない重症になると、1ヶ月近くにおよぶこともざらです。



新型コロナには「発症から10日(重症の場合15日)かつ72時間症状が軽快している」という退院基準が定められています(宿泊療養・自宅療養の解除基準も同じ)。



極端なケースでは、発症7日目に入院した場合、入院初日から症状が軽快しておれば3日後に退院できます。ただ、強い症状があって入院した人がほとんどですから、入院して3日後に退院できることはまずありません。(そもそもそういう人は軽症なので、自宅療養かホテル療養になる)。



また、入院中はコロナ病棟の外に出ることができません。自由に出てしまうと、他の患者さんに感染を広げてしまうことになります。そのため、基本的には病棟内に「缶詰隔離」状態になります。



ホテルと同じくテレビやスマホを見ることは可能ですが、全員に個室が確保されているわけではなく、他の患者さんと相部屋になることも多いです。毎朝、体温・血圧・酸素飽和度などのバイタルサインを測定して、看護師や医師に診てもらいます。酸素療法が必要な患者さんは、廊下を歩くときに酸素ボンベを押して歩いてもらう必要があります。高流量酸素療法や人工呼吸器が必要な患者さんは動けませんので、ベッドの上で生活してもらいます。



たとえ症状が軽快していなくても、PCRを2回連続で採取して陰性化を確認すれば退院可能なのですが、コロナ病棟でこれをやっている病院は多くないと思います(療養型病床に転院するときにこれを求められることはある)。一度PCRが陽性になった場合、なかなか陰性化しませんので。退院基準が緩和される前、新型コロナ患者さん全員に退院時PCRをおこなっていた時代があるのですが、快復して元気もりもりなのに1ヶ月以上PCR陽性が続いた事例がありました。この場合のPCR陽性は、ウイルスの残骸をみているだけであって、周囲への感染性はありません。


仕事はどうなる?

コロナ病棟から退院、あるいは自宅療養・ホテル療養が解除になった時点で、復職は可能です。ただ、退院翌日から「おはようございまーす!」と会社に顔を出すのが精神的にキツイという患者さんが結構おられます。



特に雇用する側に伝えておきたいのは、「もう少し休んだほうがいいんじゃない?」や「PCR陰性を確認してもらったほうがいいよ」というコロナハラスメントは絶対ダメだということです。誰もがかかりうる感染症として、深く理解する必要があります。



新型コロナは、症状が出てから7~10日(人工呼吸器を装着した場合は15日程度)で急速にウイルス量が減り、感染性が失われることが分かっています。そのため、退院基準や自宅療養・ホテル療養解除基準を満たした患者さんが、追加で休暇をとる必要やPCR陰性化を確認する必要はありません。



余談ですが、家族が感染して自身が「濃厚接触者」になった場合、最終接触日から2週間(14日間)の症状観察期間が設けられます。この期間に新型コロナを発症する可能性があるため、不要不急の外出を控える必要があります。感染した家族が自宅療養している場合、【感染した家族の自宅療養期間】+【濃厚接触者の健康観察期間】として、濃厚接触者は家族の発症から24日間の自宅待機を指示されることがあります。濃厚接触者になってしまったからといって、1ヶ月近く休むというのは医学的には過度な対策であり、個人的にはやりすぎと思っています。



忽那先生がこのあたりについて詳しく書いておられるので、記事を参考にしてください(2)。




(参考)


(1) Beigel J, et al. N Engl J Med 2020; 383:1813-1826


(2)忽那賢志:新型コロナから回復し退院・療養解除となった人から感染することはないのか?(URL:https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/20210130-00220167/




倉原優呼吸器内科医

国立病院機構近畿中央呼吸器センターの呼吸器内科医。「お医者さん」になることが小さい頃からの夢でした。難しい言葉を使わず、できるだけ分かりやすく説明することをモットーとしています。2006年滋賀医科大学医学部医学科卒業。日本呼吸器学会呼吸器専門医・指導医、日本感染症学会感染症専門医、日本内科学会総合内科専門医・指導医、日本結核・非結核性抗酸菌症学会結核・抗酸菌症認定医・指導医、インフェクションコントロールドクター。※発信内容は個人のものであり、所属施設とは無関係です。



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