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タイガー! タイガー! (8)



第十一章 渡河


 


目指すタイラスで先のような会話がなされているとは知らず、グエンとフォックスは、いかにして国境を突破するかの相談をしていた。


グエンは、そのまま関所を突破すればいいという意見だったが、フォックスはそれほど能天気な作戦は取りたくなかった。いくらグエンが抜群の武勇の持ち主でも、100名近くの兵士がいるという国境の砦のそばの関所を大人二人だけで突破できるとは思えない。大人二人とは言っても、実際に敵に当たれるのはグエンだけだろう。フォックスは、せいぜい子供二人を守るくらいだ。


「それでいい。お前が子供たちを守っていてくれれば、敵は俺一人で何とかする」


フォックスの言葉にグエンは笑い顔のような表情でそう言った。虎の顔そのものだのに、なぜかそれが笑い顔に見えるのは、グエンの顔を他の者たちが見慣れて、微妙な表情の区別がつくようになってきたからだろうか。


グエンの話し方も、ずいぶんまともになってきている。これまでのような、ブツブツと切るような話し方ではなくなっている。流暢でこそないが、普通に口の重い人間程度の話し方になっている。


 


フォックスの話では、ここから国境までは、おそらくあと1日の距離だろうということだ。もちろん、彼女もここに来たのは初めてであるが、少し前に通った分かれ道の道標に国境まで20ピロとあったのである。


 


風に混じる水の音をグエンの鋭い聴覚は聞きつけた。


「近くに川があるな。水の匂いもする」


グエンは空気の匂いをかいだ。


「エーデル川ですね。では、すぐに国境です」


「この道をそのまま進めば、どうしても関所を通ることになるが、俺としても無駄に人を殺したくはないから、ほかの場所から川を渡れないか、探してみよう」


グエンは口では言わなかったが、タイラス国を通過する際に、あまり人目につかないほうがいいのではないかという気もしていたのである。兵士たちと大立ち回りをして国境を突破しては、自分たちの所在を多くの人に知られてしまう。兵士の100人程度を相手にするのに不安は無いが、その全員を殺すことは困難だろう。とすると、その場を逃げ出した兵士の口からグエンたちの足跡が知られてしまう。また、タイラス国内で兵士たちに不審尋問され、思わぬ害を受けないものでもない。潜行するのがやはり最良の方法かと、グエンは考えを変えていた。


 


荷車は道から離れた茂みの中に隠し、食糧などの荷物を載せた馬を引いてグエンたちは林の中に入っていった。子供たちも当然、歩くことになる。


 


やがて断崖に出た。この場所から下を流れる川までの高さは70マートルほどだろうか。反対側の断崖の高さも同じようなものだ。しかし、じっくり見ると、400マートルほど下流では木々の緑が川から数マートル程度まで下りている。つまり、崖の高さが低くなっている。川幅もそこはやや狭いようだ。おそらく80マートル程度か。


上流の方を見ると、ここから300マートルほど離れたところに吊橋がかかっている。先ほど進んでいた道をさらに行くと、あの吊橋に出たわけだが、しかしその前にサントネージュ側の関所があり、吊橋を渡るとタイラス側の関所があるはずだ。


「あの、下流の低い部分から渡ることにしよう。ちょうど、川が曲がって上流の関所のあたりからは見えなくなっている。俺たちのいるこの崖が川の曲がり角だ」


「しかし、川をどのようにして渡るのです?」


「お前は泳ぎはできないのか?」


「私はできますが、子供たちは無理です」


「子供たちは俺が二人とも背中にかついで泳ぐ」


「そんなことができますか?」


「多分な。俺の首に両側からしがみついていればよい。どうだ?」


グエンはソフィに聞いた。


ソフィは一瞬しかためらわなかった。


「やってみます。ダン、大丈夫よね? 絶対に手を離しちゃだめよ」


「うん、大丈夫だよ」


「良い子だ」


グエンは頷いて微笑んだ。


 


さらに林の中を下流方向に向かって進み、やがて川に下りていけそうな場所に来た。かなりの急勾配だが、下りていくことはできる。馬たちとは別れるしかない。荷物を馬から下ろし、グエンが肩にかつぐ。


何度か足を滑らしながらも4人は何とか崖を下りて河原に着いた。


ほっと息をついて一休みする。時刻は午後4時ころだろうか。崖の間の河原だから、すでにあたりは暗い。


軽い食事をして、いよいよ渡河にとりかかる。


まず、グエンと子供たちを長い布で結びつける。この布はキダムの村を出る時に、グエンの意見で購入してあったものだ。山越えをする時に、ロープ状のものが必要になるという見通しによるものである。通常のロープよりも、布のほうが様々な利用価値がある。


子供たちとの間は短めに、そしてフォックスとグエンの間は4マートルほどの長さで結びつける。これはフォックスが泳ぐ邪魔にならないようにだ。


「では、いくぞ。心の準備はいいな? 絶対に俺の首から手を放すなよ」


グエンの言葉に二人の子供は頷く。


グエンが川に入るすぐ後に子供たちが続き、腰ほどの深さになった時に、グエンは身を沈めて首だけが川面に出るようにした。その意図を理解して子供たちは両側からグエンの首に抱きつく。


「苦しくないですか?」


ソフィの言葉にグエンはにやりと笑う。


「いや、少しも。もっと強くしがみついたほうがいい。俺の首の太さは子供の力で窒息などしない」


ソフィとダンはそれを聞いて、もっと強くグエンの首にしがみつく。


「それくらいでいい。ではいくぞ。顔をずっと水の外に出しているのだぞ?」


「はい!」


グエンは平泳ぎの要領で静かに泳ぎ出した。


遅れないように、フォックスもその後に続く。


泳いでいると、水面の上は案外と明るく、また真上にある空は河原にいた時よりも明るく見える。


(この人がいなかったら、私たちはどうなっていただろう。あのサルガスの野でグエンと出会ったのは、何と幸運なことだったことだろうか)


先を泳ぐグエンを見ながら、フォックスは考えていた。そのグエンは子供二人を背中に背負い、しかも腰には荷物の袋をつなぎながら、何の苦もなさそうに泳いでいく。身一つのフォックスの方が、遅れそうになるほどだ。


幸いなことに、川の流れは穏やかで、やがてグエンとフォックスの足は反対側の川床に触れた。


彼らが川岸に上がった時には、あたりは完全に夕闇に包まれていた。


 


季節は初夏だが、このあたりは高地だからやや寒い。濡れたままの体だと病気になる危険がある。砦や関所からは見えないことを期待して、グエンたちは火打石を使って火を起こした。枯れ枝を積み上げ、それに火をつける。


やがて、炎が高々と上がった。その周りに4人は集まって体を乾かす。


水に濡れた干し肉も炙り直し、そのうちの幾つかを夜食にする。


彼らのいるあたりは明るいが、少し離れた所は真っ暗である。


 


「誰だ!?」


グエンが低い誰何の声を上げた。闇の中から彼らに近づく者の気配を感じたのである。





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「魔群の狂宴」4


・話の中での「現在」に戻る。(大正時代中期から末期くらい)

・トランクを手に下げ、須田屋敷の玄関の前に歩み寄る長身の人影。夕刻。
・玄関の扉を開けて玄関に立つ人物を、玄関部屋の奥で何か仕事をしていた菊が振り返って見る。その人影は夕日を背後にしていて顔は見えない。
菊「銀次郎様!」(懐かしそうで、思慕の情の籠った顔。)


・役人富士谷の家での過激派社会主義者の会合。夜。
・中央に富士谷、その横にゲスト格で兵頭が退屈そうな顔で座っている。
・ほかには、神経質そうな若者、栗谷。

兵頭「結局、佐藤と桐井には声はかけなかったのか」
富士谷「あいつらとは思想が違うんで」
兵頭「議論して説得し、こちらの陣営に入れればいい。仲間の数を増やさんとこの運動はどうにもならん」
栗谷「あんたが奴らを説得したらいいでしょう」
兵頭「俺はここでは新参者だからな。あんたらは古い顔なじみだろう」
富士谷「だからこそ話が合わんのだ」
兵頭「まあいい。そのふたりは穏健派社会主義、つまり改良派だな?」
他のふたり頷く。
兵頭「改良派が我々の敵であるのは事実だ」
栗谷「そこが俺にはよく分からんのだが、説明してくださいよ」
兵頭「簡単なことだ。改良派は、今の法律の下で、社会主義思想を取り入れながら社会を少しずつ良くしていこうという思想だ。するとどうなる。この社会は結局今の体制のままで延命することになる。つまり、それだけ革命が遠のくことになるわけだ」
栗谷「しかし、世の中が少しずつ良くなるならいいんじゃないですか」
兵頭「まあ、民衆の生活程度がミミズ程度から芋虫程度に変わるくらいの進歩だろう。それよりは、暴力革命で今の体制を一気に引っくり返すほうがマシだ。お前らも民衆の暮らしの悲惨さはよく知っているだろう。自分の目で革命を見たくないか」
栗谷「だからこそこんな集まりに出ているんで。だが、革命なんて本当にできるんですかね。相手は警察もあれば軍隊もある。俺らに何があります?」
兵頭「まあ、革命もすぐにはできんさ。しかし、労働者の意識を高め、社会の現実を教え、資本家への敵意を盛り上げていけば、それに近づくわけだ。ロシア革命という成功例が現にある」
富士谷「ところで、兵頭さんはアナーキストだと聞いたが、アナーキズムというのは無政府主義なんだろう? そうすると、革命が成功しても政府は作れないことになるはずだが、それはどうなんだ?」
兵頭「政府など要らんさ。政府が民衆に何かしてくれたか。カネを搾り取り、兵役で命を召し上げるだけだ」
富士谷「まあ、道路を作ったり、いろいろしているだろう。そういうのは政府があるからできるんじゃないのか」
兵頭「民衆が協力すれば道路でも何でもできる。病院でも消防署でも、別に政府があるから存在するわけではない」
富士谷「軍隊はどうだ」
兵頭「軍隊や警察が守るのは高位高官という、政府に巣食う寄生虫だけさ。あいつらはいざとなれば同じ国民にも銃を向ける。まあ、俺たちなど、いつも狙われているがな」
一同、暫時沈黙。
兵頭「ところで、ここには我々に協力しそうな人間はいないのか」
富士谷「鳥居教授くらいですかね。あの人はリベラリストだという話で、社会改革にも関心があるようだ」
栗谷「気の小さい人だから、我々が近づくだけで逃げますよ」
兵頭「ほかには」
富士谷「須田銀三郎という華族の息子が大学で社会主義研究会に入っていたと聞いている」
兵頭「ほう、それはいい知らせだ。利用できるかもしれん」
栗谷「近づくのは難しいでしょう」
富士谷「確か、佐藤と桐井が同じ研究会の仲間だったはずです」
兵頭「話が一周して元に戻ったな」(笑う)
栗谷「須田というのは確か須田伯爵の息子で、須田伯爵は開拓使時代にこの土地の産業基盤を作って官有物を資本家たちに安く払い下げているから、この土地のお偉方たちは須田家に頭が上がらないという話らしいです」
富士谷「アメリカに行っていたのが、今日明日帰ってくると噂に聞いたが」
兵頭「問題は、どうして渡りをつけるかだな」
栗谷「俺たちみたいな貧乏人は家にも入れてくれんでしょう」
三人沈黙する。



(この場面はここで終わる)


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「魔群の狂宴」3

・テロップ「三年前 東京」
・東京駅の雑踏、銀座や浅草の賑わいなど。浅草オペラの看板。
・日比谷公園のベンチでふたりの若い男が会話をしている姿を遠景で映す。
・カメラが接近すると、その二人は大学時代の佐藤と桐井である。

佐藤「その須田銀三郎という奴は華族なんだろう? 本気で社会主義研究会に入るつもりか?」
桐井「華族も華族、父親は伯爵様だ。いや、侯爵だったかな」
佐藤「確か、酔っぱらって妾を斬り殺した奴だろう。しかも、御咎め無しだ」
桐井「まあ、親と子は別々の人間だから、当人がどんな奴か見て判断するさ。それより、今度の例会にはあの兵頭栄三が来るそうじゃないか」
佐藤「ああ」
桐井「兵頭というのは有名なアナーキストだぜ。大丈夫か。我々まで官憲に目を付けられないか」
佐藤「官憲から見れば、社会主義者はみなアナーキスト扱いさ。とうに目を付けられているに決まっている」
桐井「俺はアナーキズムというのは嫌いだな」
佐藤「まあ、どんな理屈があるのか、聞いてから判断したらいいだけだ」

・二人が話しているところに、鱒子が来る。大事件が起こったという表情。

鱒子「大事件よ」
二人「何だい」
鱒子「兵頭栄三が刺されたの」
二人「えっ」
佐藤「どういうことだ。詳しく言ってくれ」
鱒子「刺したのは、女の人みたいだけど、まだ詳しいことは分からないわ」
佐藤「で、兵頭は死んだのか?」
鱒子「重傷のようだけど、まだ死んではいないみたい」
佐藤「そうか。じゃあ、今度の例会には来られないな」
鱒子「当然ね」
桐井「刺したのが女だというのが引っかかるな。政治的な暗殺ではなく、情痴のもつれという奴じゃあないかな」
佐藤「余計な推測は無用だ。で、今度の例会の参加者は、新しい顔は須田銀三郎だけだな」
鱒子「そのようね。華族のボンボンが社会主義とは笑わせるわ」
佐藤「まったくだな」(二人笑う。桐井も付き合って少し笑う)

・公園で楽しむ人々のショット。

(このシーン終わり)


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タイガー! タイガー!(7)



第九章  ある会話


 


グエンたちから王女と王子を奪いそこなった黒衣の男二人は、馬も失っていたので、徒歩で国境の砦まで歩くしかなかった。首都オパールまで戻る気は毛頭なく、国境の砦で兵士を徴発して再度、グエンたちに挑むつもりであった。だが、グエンたちよりも、おそらく半日から1日程度の遅れがある。


「ランド砦まで、あとどれくらいだ」


一人が、もう一人に聞いた。


「あと30ピロほどだろう。今日の夜もこのまま歩けば、明日の朝には着けると思う」


「おそらく、あの虎頭たちは、夜は休むはずだから、その間に追いつけるかもしれんな」


「だが、追いついても、逆にこちらが危ない。追いついたら、あいつらに見つからないように、隠れながら、後を追おう」


「あの、虎頭は何者だ。サントネージュに、あのような騎士がいたという話は聞いたことがない」


「あの頭が仮面だとしても、あれほどの力量を持った騎士は誰がいる?」


「俺の知っている騎士ではウジェーヌとマリオンが一番良い腕をしているが、あいつとは強さの次元が違う」


「では、他の諸侯のところの騎士か。それでも、あれほどの腕の者がいるという話は聞いたことがない」


「サントネージュの者ではないかもしれない」


「ユラリアの兵士たちを殺害しているのだから、ユラリアの者ではないだろうな」


「では、タイラスから、王子と王女を救出するために遣わされた者か?」


「その可能性はあるが、あまりにも救出が早すぎる。それなら、まるでユラリアの侵攻をあらかじめ知っていて、王子と王女が落ち延びることも知っていたみたいだ」


「よい魔道士を抱えているのかもしれない」


「デルマーボッグ様は、遠く離れた場所で起こっていることが見えるというから、他国にもそのような魔道士がいてもおかしくはないな」


デルマーボッグとは、サントネージュ魔道士界の有名人であり、魔道士たちの畏怖の対象であった。過去や未来を見通すことや、空中浮遊などもできるという。彼が呪いをかけた人間のうち、死んだ人間が5人、彼に命乞いをして助かった人間は無数にいる。


「なんでも、デルマーボッグ様は、今回のユラリアの寇略がずっと前から分かっていたそうだ。ごく親しい者たちに見せた『未来記』には、それが書かれていたらしい」


「では、なぜそれを国王に伝えなかったのだ?」


「滅びるものは滅びるに任せるのがいいというのがあの方のお考えなのだ。俗世の戦乱など、あの方の関心には無いのだな。ある意味では、国王などの上に立つお方だから」


「すごいお方だ。我々も、修行すれば、そのような高みに行けるだろうか」


「ああ、苦しい修行に耐えればな」


「あるいは、あのお方が前前からおっしゃっていた地上の天国が、この戦乱の後に来るのかもしれない。我々の指導者であるあのお方が俗世の支配者にもなれば、地上はそのままで天国になるというあの予言が実現されるかもしれないな」


「いや、アルト・ナルシス様を国王としてもいいのではないか。ナルシス様はデルマーボック師を崇拝しておられるからこそ、我々もナルシス様に従っている。ナルシス様が俗権の支配者、デルマーボック師が精神界の支配者でいいのではないか?」


「いずれにしても、我々の活躍する時代が目の前にあるのは確かだ」


「その通りだ」


この会話はこの二人の精神を高揚させる効果があったらしく、彼らは夜を徹して歩き続け、どうやらグエンたちとの距離をかなり縮めたようであった。


 


 


第十章  タイラス宮廷


 


サントネージュ王国崩壊の知らせはサントネージュに置いてある間者(スパイ)を通じて、急報としてタイラスに届いていた。そして、王子と王女が宮廷を脱出した後、行方が知れなくなっていることも。


タイラス王妃エメラルドは、夫である国王エドモントに王子と王女の救出を頼んだが、国王は良い返事をしなかった。というのは、実はエドモントの母はユラリアの出で、ユラリア国王とは血縁関係にあったからである。サントネージュがユラリアに占領されることで、タイラスとして損になるということはない。むしろ、国王エドモントが危惧していたのは、義理の甥と姪、つまりダイヤ王子とサファイア姫がタイラス宮廷に来たらどうするかということであった。


「一番いいのは、彼らをつかまえて、ユラリアに引き渡すことでしょう」


宰相のケアンゴームが言った。年の頃は40代後半だろうか、銀髪で褐色の顔色をした体格のいい男だ。短い顎髭が堂々としていて、宰相よりは将軍のタイプだが、無表情で、物腰は穏やかである。しかし、その眼の奥には、何か得体の知れないものがある。美男と言ってもいい中年男だが、どことなくいかがわしい雰囲気を持った男だ。


「しかし、そうすると、お妃さまは王をお許しにならないでしょうから、困りましたな。どうなさいます?」


「まあ、妃がどう言おうと、国王はわしだから、わしの好きなようにやるまでだが、正直言って、妃に泣かれるのもいやだ。どうしたものか」


エドモントは色白のでっぷり肥った顔に困惑の色を浮かべる。


「宮廷に来る前に、途中で殺しますか?」


「ふむ、しかし、それも乱暴だな。まだ相手は子供だし」


「やはり、捕まえて、ユラリアに送るのが一番でしょう。処置はユラリアに任せれば、王の責任ではありませんから」


「ふむ、やはりそうするべきだろうな」


「まあ、国境地帯はユラリアの兵が固めているでしょうから、そこをわずかな人数の逃亡者が突破できるとも思えません。今の段階では、これは考える必要もないことでしょう」


「そうだな。それより、モーリオンの件はどうなった」


「はい、すべて順調です。モーリオン様はランジュ公爵の養女ということにしてあります。いつでも、そちらへいらっしゃれば、お会いになることはできます」


「ランジュ公爵があの女に手を出したりはしないだろうな?」


「それは無理でしょう。なにしろ、70歳の老人ですから」


「できれば、宮廷に入れて、毎日会えるようにしたいものだが、妃には知られたくはないのでな」


「まあ、会えない間が、また恋の薬味というもので」


「まったく、いくつになっても、新しい美しい女というものは、男をわくわくさせるものだわい」


「さようですか」


「お前も、澄ました顔はしているが、やることはやっているだろう」


「まあ、適度に」


「また、美しい女を見つけたら、知らせるのだぞ」


「はい、それはもちろんです」


 





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「自由」の代償

これは非常に面白い指摘で、成る程と思う。道徳というより、公徳心と言うべきだろう。アメリカのように自由を重んじる国では、法律以外では力と弁舌力(詭弁能力)でそれぞれの自由の範囲が決まるわけだ。つまり、人々の自制力や公徳心が土台であるような事柄は生存しえない。
アメリカで一番軽蔑されるのが「弱いこと」である(女性でも弱い女性は軽蔑される)のは、暴力でアメリカインディアンから土地を奪ってきた歴史から形成されたと思う。「セクシー」であるのも、ひとつの能力、力として尊重されるわけだ。欠点でも、「これは自分の長所だ」と言い張れるような人間がアメリカ社会では生きていける。まあ、繊細な性格(当然、弱弱しいと見られる)では生きていけない社会だろう。


(以下引用)

アメリカは娯楽が少ないから日本の人と話すと「じゃあネットカフェやるのはどう?漫画をズラーっと並べてさ、マッサージチェアとか個室も用意して〜」みたいなことを言われるけど、日本の娯楽施設って人々の道徳ありきで運営されているものが多いから、アメリカで同じことをやるには国民が自己中すぎる

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「魔群の狂宴」2

・前のシーンの翌日、岩野家。
・よく晴れた日である。庭にテーブルと椅子。その椅子に岩野理伊子と佐藤富士夫が座って対面している。二人は初対面で、ともにやや緊張している。
・木漏れ日が二人に落ちている。

理伊子「お呼びだてして済みません。本当は私の方から伺わないといけないのですが」
佐藤「いえ……」(目を伏せている)
理伊子「私、小さな出版社を作ろうかと思っていて、あなたが出版について詳しいと桐井さんにお聞きしまして、相談したかったのです」
佐藤「はあ」
理伊子「出版社と言っても、新聞社としての仕事が主になるんですの。それ以外に、本もいろいろ出したいのですよ」
佐藤「新聞?」
理伊子「まだここにはいい新聞社が無いので、必要じゃないでしょうか」
佐藤「必要なんですか?」
理伊子「そう思います。ここにもいろいろ事件があるでしょうし、その事件の詳しいことを知りたいと思うのが普通じゃありません?」
佐藤「金棒引きはたくさんいますから、そいつらがあれこれ触れ回りますよ。わざわざ新聞に書かなくてもいいでしょう」
理伊子「でも、新聞なら、高尚な論文も載せることができますから、人々の教化にいいんじゃありませんか」
佐藤「教化などしたら、人々は社会の現実を知って不満を持つだけですよ」
理伊子「でも、社会主義というのは、人々を教化することで現実的な力を持つんじゃないですか」
佐藤「あなたは社会主義の何を知っているんですか。それに、僕が社会主義に何か関係があると思っているんですか」
理伊子「大学生のころ、須田銀三郎さんと一緒に、そういう活動をしていたと伺って」
佐藤「昔の話です。今さらほじくり返されるのは迷惑ですね。それより、僕のことは桐井から聞いたとさっきおっしゃいましたが、桐井なら面白いパンフレットが書けますよ」
理伊子「どのような?」
佐藤「真に自由な人間は自殺するべきだ、という思想です」(意地悪い顔の笑顔)
理伊子「(?)どういうことですの?」
佐藤「さあね。僕は桐井じゃないから分かりません。そういうパンフレットをあなたの出版社が出したら面白いでしょうね。それを読んだ人間は続々自殺するわけです」
理伊子「意地悪をおっしゃるのね。なぜ、そんな意地悪なんですか」
佐藤「あなたの目的は、僕から須田銀三郎の話を聞きたいだけでしょう」
理伊子「お友達だとお聞きしたので……」
佐藤「お友達どころか、むしろ敵ですね。あいつは人非人ですよ」
理伊子「まさか、なぜそんなことをおっしゃるのですか。何か、あの人との間にあったのですか」
佐藤「言いたくありませんね。僕はこれで失礼したほうがよさそうだ」
佐藤は立ち上がって庭を出て行く。残されて呆然とする理伊子。

・インサートショットで、函館港に着いた船から降りる銀三郎の遠景。顔も身なりもほとんど分からない程度に遠くからのショットで、誰かが船から降りたことしか分からない。

(この場面終わり)

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「魔群の狂宴」1

「魔群の狂宴」1 2021/06/21 (Mon)



(追記)イメージ化の便宜のために、別稿に書いてある「配役」をここにも載せておく。ただし、その後内容に変更があるので、登場しない人物もいる。


須田銀三郎:城田優
兵頭栄三:斎藤工
佐藤富士夫:風間俊介:妻を銀三郎に寝取られている。陰鬱な激情家。
桐井六郎:鈴木亮平(岡田将生でも可)いい人だから死ぬ、という点が大事。
棚原晶子:橋本愛
伊野藤枝:長澤まさみ
神市千賀子:満島ひかり
佐藤鱒江:不二雄の妻、銀三郎の子を妊娠している:市川実日子
岩野夫人:貴族:戸田恵子または松坂慶子
岩野理伊子:銀三郎に惚れている。:夏菜または満島ひかり
真淵力也(力弥):理伊子の「家来」的恋人:岡田将生
佐藤菊:不二雄の妹、須田家の養女。銀三郎に惚れている。:北野きい
加賀野将軍:銀三郎に無礼を受ける老将軍。:平泉成または温水洋一
田端退役大尉:古田新太または吉田鋼太郎または香川照之
田端麻里亜:狂人、銀三郎の妻:のん
淵野辺:役人、社会主義仲間:豊川悦司または安田顕
栗谷:社会主義仲間:森山未来
須田夫人:大竹しのぶ
須田清隆(回想):鹿賀丈史または綿引勝彦
清隆の妾(回想):栗山千明または木南晴夏
甘粕大尉:松山ケンイチ

懲役人藤田:浅野忠信または北村一輝または柄本時生

鳥居教授:榎木孝明または本田博太郎 *話の要所での語り手でもある。



「魔群の狂宴」
・大正時代を感じさせるノスタルジックなクラシックの曲(「メリーウィドウワルツ」など)が静かに流れる中、晩秋の北海道の風景が次々に映し出される。遠くの山、流れる川、野原や動物、空。
・それらの風景を背景に、タイトル「魔群の狂宴」以下、テロップが流れる。
・カメラが大きな洋館を映し出し、その二階の客室の開いた大きな窓を映すと、反転してその客室で対面してのどかに話している二人を映す。(背景は窓になる)

鳥居教授「秋もそろそろ終わりですなあ」
須田夫人「窓を開けていると寒いくらいですわねえ。これから長い冬が来ると思うとうんざりですわ」
少し黙って窓の外の風景を眺める二人。
客間のドアがノックされる。
須田夫人「お入り」
菊「失礼します」
入ってきて鳥居教授に軽く頭を下げ、夫人に電報を渡す。
菊「これが今参りました」
須田夫人が電報を開く。
須田夫人「おやおや、大変だ」
鳥居教授「何事ですかな」
須田夫人「あの子が帰ってくるんですよ」
鳥居教授「ほう、銀三郎君が?」
須田夫人「ええ。明後日到着だそうで」
鳥居教授「それは嬉しいことでしょう。何年ぶりでしたか」
須田夫人「大学卒業からすぐにアメリカに行きましたから、2年ぶりくらいですかねえ」
鳥居教授「僕はまだ銀三郎君にはお目にかかったことが無いから、お会いするのが楽しみです」
須田夫人「少し変なところのある子なんですよ。まあ、父親にはあまり似ていないのが良かったのか悪かったのか。父親はたいそう分かりやすい人でしたから」
鳥居教授「須田伯爵にもお目にかかっていないが、豪放な人だったようですな」
須田夫人「まあ、豪傑と言えば豪傑ですけど、女癖が悪くて、たいそう泣かされました」
鳥居教授「しかし、須田伯爵はこちらにはあまりいらっしゃらなかったようですな」
須田夫人「まあ、開拓使長官とは言っても、東京でもいろいろやることがあったのでしょう。何をしていたのか、私などにはさっぱり分かりませんけどね」
鳥居教授「その開拓使も今では道庁ですからな。時代も明治から大正に変わったし」
須田夫人「時代ねえ。何ですか、あの頃は没落した士族がたいそう不平を申して自由民権運動とかやってましたが、最近では民本主義とか社会主義とかいう変な思想まで出てきたそうで」
鳥居教授「ほう、社会主義をご存じですか。偉いもんだ」
須田夫人「一時、うちの子が大学でその研究会だとかに首を突っ込んでいたらしいのですよ。私には、それがどういうものかまるで分かりませんけどね。社会主義とはどういう思想なんですか、鳥居さん」
鳥居教授「まあ、簡単に言えば、平等な社会を作ろうという思想でしょうな。僕も専門じゃあないが」
須田夫人「それじゃあ、華族も百姓も平等にしようと?」
鳥居教授「はあ」
須田夫人「そりゃあ、恐ろしい思想じゃございませんか。フランス革命みたいに、王様の首を斬り落として貴族を皆殺しにするんでしょう?」
鳥居教授「フランス革命と社会主義は別物だが、精神には近いところはあるでしょうな」
須田夫人「おお、いやだいやだ。うちの銀三郎がそんなのに近づかないように願いたいものだわ」
鳥居教授「まあ、華族がわざわざ自分からその身分を捨てて百姓になることは無いでしょう」
須田夫人「あの子は、頭は悪くないんだけど、時々、突拍子もないことをするんですよ。大学生の夏に帰ってきた時には、あるパーティで加賀野将軍の鼻をつまんで引きずりまわしたりして大変な騒ぎになりましたわ。それも将軍が『俺の鼻をつまんで引きずりまわせる奴はいないからな』と御冗談を言ったら、突然、そういうことをやったんですよ。あの時はその騒ぎを治めるのに大変でしたわ」
鳥居教授「ご本人はどうしてそんなことをやったか言いましたか?」
須田夫人「その時は頭の調子が悪かったということで、お医者さんがヒポコンデリーとか何とか診断書を書いたと覚えています」
鳥居教授「まあ、若気の至りでしょう。とにかく、大変な美男子だという噂を聞きましたが、女での揉め事よりはマシかもしれませんよ。偉い人の鼻をつまむくらいはそのうち笑い話になります」
須田夫人「幸いというか、女出入りは少ないようです。まあ、私が知らないだけかもしれませんけどね」
二人、黙って窓の外を眺める。
窓の外の情景。日差しが少し傾いている。

(この場面終わり)

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