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「蛙化現象」の謎

流行に何周遅れか知らないが、たまたま先ほど読んだ某ブログにこの「カエル化現象」のことが出ていて、その関連で下の記事まで(前半だけだが)読んだ。
で、疑問が2点あって、

1:「カエル化」とは、自分がカエルになるのか、相手がカエルになるのか。
2:元のグリム童話では、「カエルが人間化したので、王女が元カエルの人間を好きになる」のであって、これは「人間化」ではないか。しかも、「好きになる」話だのに、なぜ「嫌いになる話」のための言葉になったのか。

まあ、「人間化」では意味不明だから、「カエル化」にしたのだろう。マスコミ的な変造である。しかし、流行語としての「カエル化」ならば、「相手がカエル化して嫌いになる」わけだ。
その事例もよく分からない。

「好きだった相手が自分を好きだと分かったので嫌いになる」というのは、本当にある現象なのかどうかは知らないが、ジョークとしては昔からある。
有名なのは、グルーチョ・マルクスがある社交クラブへ勧誘されたときの拒絶の言葉で、
「私は私をメンバーにするようなクラブには加盟したくない」
というものである。しかし、現在の「カエル化」には、これほどのユーモアは無い。単に、意味不明の原因で相手に冷めるというだけだ。

自己肯定感の低さという点では、私がお気に入りの横島忠夫(「GS美神」)の「自分ほど信じられないものがあるかあ!」とか、吾妻ひでおの何かの漫画の中の「モテないのは、何とほっとする(心が安らぐ)ものだろう」などがある。後者は、女性を惹きつけるホルモンか何かのせいであらゆる女性に追いかけられてへとへとになった時の言葉である。まあ、私はそういう経験はないが、モテないのが心安らぐことはよく理解している。ところが、女性は概して異性に好かれるという嵐の中に身を投じることに生きがいを感じるようである。もっとも、今の女性もそうかどうかは知らない。「スキップとローファー」の結月のように、美人度が高い女性などは案外モテることにうんざりしているのではないか。
多くの女性は、美人であることの面倒くささ(生きにくさ)を想像できないのではないだろうか。自分を好きだという相手を拒絶することの苦痛や心理的負担は、当の美人が(結月のように)善良であるほど大きいだろう。


(以下引用)


蛙化現象は、王女から気持ち悪がられていたカエルが、王子様の姿に変身してハッピーエンドを迎えるグリム童話の「カエルの王さま」が由来で、恋愛での突然の心変わりを表す。


精神科医で、府中こころ診療所の春日雄一郎院長によると、蛙化現象には2つの定義がある。元々は好意を持っている相手が自分に好意を持っていることが分かると、急に相手に嫌悪感を感じてしまうことを表していた。平成16年に初めて日本心理学会大会で論文が出たという。


最近は、交際相手などの嫌な面を見たときに急に相手に幻滅し、好意が消えてしまう意味でも使われるようになったという。春日院長は、「若者の間で『蛙化現象』がSNS(交流サイト)で拡散し、流行語で1位となったのも、この新しい意味での使われ方が共感を集めて広がったことが大きい」と指摘する。


元々の蛙化現象は、自己肯定感の低下が背景にあるという。「自分を否定するのと同じように、自分を好きになった相手を否定したり、いずれ嫌われてしまうという不安が要因になったりする」(春日院長)。

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丘に住む人々

このブログの過去記事(主に文芸関係)を読んでいて、下の記事に出会ったのだが、日本語訳をしてみる。面倒なので辞書は引かない。
folk はpeopleとほぼ同意だと思うが、「庶民」のニュアンスが強いと思う。




「丘に住む人たち」

いつか僕たちは高い丘のてっぺんに一軒の家を建てるだろう
君と僕
二人で一杯になる明るく新しい山小屋を
そして僕たちはこう呼ばれることを喜ぶ
「あの丘の上の住人」と

いつか僕たちは家の横に一翼か二翼を増設するかもしれない
何かひとつかふたつ
どこの家でもやるような変化を加えるだろう
でも僕らはいつもこう呼ばれるだろう
「あの丘の上のひとたち」と

僕たちのベランダからは緑の野原の眺めが一望できるだろう
あるいは、その類の望ましい眺めが
そして子供たちが育ち、僕らを離れた時
僕たちはベランダに座り、同じ眺めを見るだろう
君と僕のふたりだけで

ダービーとジョアン、昔の童謡のジャックとジルと同じに
人々は、こう呼ばれることを好み
実際に彼らはこう呼ばれた
「丘に住む人々」と


The Folks Who Live On The Hill




The Folks Who Live On The Hill Lyrics

Someday we'll build a home on a hilltop high
You and I
Shiny and new a cottage that two can fill
And we'll be pleased to be called
"The folks who live on the hill"

Someday we may be adding a wing or two
A thing or two
We will make changes as any fam'ly will
But we will always be called
"The folks who live on the hill"

Our veranda will command a view of meadows green
The sort of view that seems to want to be seen
And when the kids grow up and leave us
We'll sit and look at the same old view
Just we two

Darby and Joan who used to be Jack and Jill
The folks who like to be called
What they have always been called
"The folks who live on the hill"

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マスコミは情報操作をしているという前提でマスコミに対すべき

「バカ国民帝国日本の滅亡」から転載。
孔徳秋水氏自身の文がところどころ混じるのが読みづらくさせて、しかも罵言が大半なので下品で読む気を失いそうだが、記事の「情報」自体は非常に貴重なものがある。ウンコの中から黄金を拾い出すつもりで読む覚悟が必要であるwww せめて「鬱苦来那」のような面白くもおかしくもない言葉遊びはやめたらどうか。まあ、冗談の下手さでは私も他人を笑えないが。
なお、ネットもマスコミ、あるいはマスメディアだが、テレビや新聞雑誌を「表マスコミ」、ネットを「裏マスコミ」と呼ぶことを私は提唱する。人々を主に情報操作するのは「表マスコミ」である。「裏マスコミ」にもインチキ情報はたくさんあるが、真実の情報も多い。

(以下引用)
NEW !

「極秘の情報源も関わっているので答えたくないのですが…」


 


手嶋龍一氏の質問に佐藤優氏はためらった。


 


プーチンの軍事侵攻の2日前に、日本政府の問い合わせになんと答えたのか?


 


「できるだけくわしく」との要求に


 


「手の内を明かしたくないなあ」と言いつつも佐藤氏は答えた。


 


 


要するに、


 


ロシアとウクライナは同じ兵器を使っている…なので…


 


同士討ちを避けるために「印」を戦車などにつけるはずだ…と…


 


1968年のチェコ侵攻時にも白いペンキで十字の印を塗り付けていた。


 


 


2月22日に政府関係者から「白いペンキが出現しました」との報告があった。


 


(--)つまり、それがあの「Z」のマークだったのだ。


 


しかし、あれ…日本へのメッセージにもなっているよね?


 


 


すぐに


 


「佐藤はロシア寄りだ」などという頭の悪い人たちがのさばっている。


 


彼らには「リアリズム」が欠けており、特定の価値観からモノを言うだけ。


 


 


手嶋氏や佐藤氏のような存在は、常に「少数派」なのである。


 


 


「我々は、常に少数派でしたので、すっかり慣れっこになってしまいました。


 


9・11…そして、今回のプーチンの侵攻でパラダイムシフトが起きている。」


 


しかも、「事後予言」に手を染める輩が少なくないと手嶋氏。


 


 


佐藤氏が付け加える。


 


日本のテレビや新聞で流されるのは、大半が二次情報です。


 


アメリカABCやCNN、イギリスBBCですね。


 


独自取材をしないのであれば、ロシア側のニュースをチェックしないのはおかしいです」


 


 


(--)インテリジェンスのプロからすれば、メディアの報道は完全に落第!!


 


ゴミレベルの連中が、ネットにもウヨウヨのたくっている…キモッ!!


 


 


そもそも日本のメディアが伝えるように、ロシアは苦戦しているのか…といえば?


 


佐藤:日米欧のメディアが全面的に依拠している情報源はふたつです。


 


ひとつは、アメリカの戦争研究所(ISW)。もうひとつがイギリス国防省です。


 


ISWの情報を「中立的なもの」として扱っているのは大問題です。


 


 


手嶋:ネオコンの研究所ですからね。イラク戦争の原動力でした。


 


ネオコンは、極左から極右に転じた人が多く、


 


ユダヤ系の論者にして「力の信奉者」です。


 


(--)b 「力の信奉者」…つまり、「ナチス」ということだ。


 


 


佐藤:設立したのがキンバリー・ケーガン。


 


その夫が軍事歴史家のフレデリック・ケーガン。


 


そして、その兄がネオコンの総帥、ロバート・ケーガン。


 


そのロバートの妻が、ビクトリア・ヌーランドです。


 


 


手嶋:「非営利団体」ということになっていますが、防衛産業がここに寄付しています。


 


ISWは、国際紛争への米軍の関与を増やすことを提唱しています。


 


 


佐藤:だったら、ISWは資金提供者の利益を代弁していますよね。


 


そんなものを公共の電波に連日乗せていいわけがありません。


 


世界のメディアに便乗して、どれだけ安価に広告できていることか。


 


日本のジャーナリストたちは、そんな真相を知っているのでしょうか?


 


 


手嶋:メディアにとっては、便利な存在なのです。


 


しかも、日本の防衛研究所のスタッフがわかりやすく解説してくれます。


 


 


佐藤:しかし、メディアに登場している彼らは、私たちとは違って、


 


極秘や秘密指定の公電にアクセスできない人たちです。


 


 


手嶋:でも、一般の人は、それができていると信じていますよ。


 


 


佐藤:そこが日本のメディアの底の浅さなんですよ。


 


 


(--) マスコミのダメぶりは日本だけのことではなく、


 


また、報道機関にかぎったことでもないという恐ろしい話がある。


 


 


佐藤:国際インテリジェンスに関して、最も危惧していることがあります。


 


イギリスが、ネオコンのISW以上に戦争に「前のめり」になっています。


 


英国防相とMI6(秘密情報部)が毎週行っているブリーフィングは、


 


戦局を左右するほどの影響力をもっています。


 


 


手嶋:極めて異例なことですね。


 


インテリジェンス機関が定期的にメディアにブリーフィングするなんて。


 


「秘すれば花」


 


それがエリートたる彼らの文化でしたのに。


 


 


佐藤:しかも、その中身は


 


ゼレンスキーが「善」、プーチンが「悪」という、二項対立の大本営発表。


 


(具体例は中略するが、おかしな情報を次々と流している)


 


世界に冠たる英国秘密情報部のようすが明らかにおかしい。


 


「インテリジェンス」と「プロパガンダ」が、ごっちゃになっている。


 


 


手嶋:このふたつがひとつになってしまえば、情報活動そのものが成立しません。


 


佐藤:これでは情報分析の役には立ちません。


 


手嶋:我々が信頼するジャーナリストが次々にBBCを去っているのも気がかりです。


 


佐藤:トッド氏は、BBCどころか高級紙「ガーディアン」もおかしいと。


 


エリートが劣化したイギリスの危機だと。


 


ジョンソンのあとに首相になったトラスについても、


 


その言葉遣いに品性のカケラもないとショックを受けていました。


 


サッチャーでも、もっとまともな英語を話していたと…


 


しかし、そのサッチャーの時代…


 


すべての価値判断を市場に委ねるとした新自由主義以降、


 


30年でここまで知性が劣化したのではないかと。


 


 


手嶋:そういえば、サッチャーも


 


イギリスの伝統的価値観や道徳規範からは距離のある人でしたね。


 


 


(--)b 新自由主義時代の教育を受けてきた人々が


 


社会の第一線に出てくるようになって、こうした体たらくになっているというわけだ。


 



 


 


(-∇-) サッチャー以降の拝金主義に抗う市民の動きもでてきてはいるね…


 



 


強欲株主に日本の商文化を担ってきた店が売り飛ばされようとしているわけだもの。


 


(--)b 拝金主義の権化、東電が次に狙うのは「再処理工場」


 



 


再処理工場が稼働すれば、既存の原発の比ではない汚染が生じる。


 


「悪徳業者」でしかない東電を、報道も司法もグルで擁護するのだ。


 


住民の主権も人権も、ぜ~ったいに守られるはずがない。


 


「約束」自体、まもらないんだからね~


 


 


また、そういうことで「抗議」すると「変な人」扱いしてくるし…


 


「風評だ」とこいてくるし…


 


「中国の仲間だ」とかいってくるし…


 


記事にも「信頼回復必至」とあるが?


 


ムリじゃん?


 


 


その気がないもの!!


 



 


はっひふっへほ~♪


 


ハイキンマン!!


 


 


きょうも全力でウソをつく!!


 


 


ウソがおカネになるように!!


 


 


ウソは武器だ~


 


 


か~ねのた~めな~ら、え~んやこ~ら♪


 


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「ライ麦畑でつかまえて」随想

この前、村上春樹について書いた時に、サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」にも少し触れたが、その後市民図書館に行った時に、「ライ麦畑~」を見つけたので、借りて来た。まあ、暇があれば再読しよう、程度の気軽さで借りたわけだ。
で、発見したのが、翻訳者の野崎孝氏の翻訳の見事さである。実に自由自在に、主人公の独白を生き生きと日本語化している。これでは、村上春樹が再翻訳する意味はまったく無いと思うのだが、そちらにはそちらの良さがあるのかもしれない。もちろん、サリンジャーの原作自体が素晴らしいから、翻訳で読んでも面白いのである。
どういうあたりが素晴らしいかというと、人物描写の見事さだ。主人公は周りの人間のほとんどが嫌いなのだが、周りの人間の不快さの描写が実に見事だから、読者は主人公の気持ちに同感してしまうわけだ。これは一種の詐術かもしれない。つまり、読者は小説の語り手の語る内容を信じるしかないから、主人公が「信頼できない語り手」であるかどうか、判断できないのである。しかし、その描写があまりに見事なので、読者は主人公に感情移入し、「世界は糞だ」という、現在で言えば中二病的な主人公の考え方や感じ方に同化していくのである。まさに、青春期に読むべき作品だろう。と言っても、私のような老人が読んでも面白いことは面白い。ただ、青年読者のようには「巻き込まれない」だけだ。つまり、一歩距離を置いての鑑賞になる。それは、青年期の読書からの退化かもしれない。
サリンジャーとしても、この作品一作で、「語りたいこと」はすべて出したと思われ、その後出した作品ではヒット作はなく、その後は「書かない作家」になっている。

さて、読書というのは、書かれたすべてが分かるわけではない。たとえば、私は衣服やファッションにまったく興味が無いので、小説によく出て来る「ツィード」の服とか、「フランネル」の服のイメージができない。前者はおそらく服の形式だろうし、後者は服地だろうが、よく分からない。車の形式にしても同様だ。コンバーチブルとかセダンと書かれていても、イメージにはならない。
で、そういう知識の問題とは別に、言葉はすべて理解できるが、文の意味が分からない、ということもある。「ライ麦~」の既読箇所で言うと、P28の

「幸運を祈るよ!」なんて、僕なら誰にだって言うもんか。ひどい言葉じゃないか、考えてみれば。

というのが分からない。まあ、青年期の過敏な神経から来る発言だろうが、それでもなぜ「幸運を祈るよ!」がひどい言葉なのかは分からない。
まあ、強いて言えば、「幸運を祈るしかないほど、お前の前途が不幸に満ちていることが俺(私)には分かっているから、お前のためにせめて幸運を祈ってやろう」という意味の「ひどい言葉」だということだろうか。
もちろん、昔読んだ時にはこういう「分からない箇所」がたくさんあったが、すべて無視したわけだ。それでも激しく感動したのである。それも読書であり、今のように老人的に細部にこだわるのも読書である。若い人には「やることがたくさんある(ような気がする)」から、いちいち物事の細部にこだわる時間は無いのである。
蛇足を言えば、「幸運」と「好運」は違う、というのが私の考えだ。前者は単に運命的で偶然的なものだが、後者は「何を好いと思うか」という当人の感性や判断が前提である、ということである。まあ、私の詭弁かもしれない。

最後に、前に少し触れた「ホールデン・コールフィールド」という主人公の名前が小説の題名である「キャッチャー・イン・ザ・ライ」と関係する、という私の説だが、これは「ホールデン」が「ホールド」から来ているので、「キャッチャー」を意味し、「フィールド」は「ライ麦畑」を意味しているという判断だ。ついでに言えば「コール」と「フィールド」が結びつくことで、「荒野に呼ばわる者」という、キリスト教的な「孤独な導き手(あるいは求道者)」を暗示していると思う。


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親の親の親の代からの詐欺師一族が世界を支配

「櫻井ジャーナル」の少し前の記事の一部だが、現在の医学がロックフェラー支配下にあることはよく知られている。つまり、製薬会社支配である。そのロックフェラーの元祖が「偽薬品」販売で財を成したというのが面白い。「栴檀は双葉より芳し」の、悪い方の好例だ。

(以下引用)


破綻した国の国債を安値で買いあさり、満額で買い取らせるというのが「ハゲタカ・ファンド」のやり口。ウクライナにはIMFがカネを貸しているが、そのカネでファンドの要求通りに支払うことができる。債権者になったIMFは債務者である破綻国の政府に対して緊縮財政を要求、庶民へ回るカネを減らさせる。規制緩和や私有化の促進で国の資産を巨大資本に叩き売らせ、大儲けさせてきた。



 現在、欧米の金融資本はブラックロック、バンガード、ステート・ストリートをはじめとする「闇の銀行」が中心になっている。ウクライナの場合、西側から供給される兵器や「復興資金」の使い道についてアドバイスしているのがブラックロックだという。ブラックロックを率いるラリー・フィンクはウクライナとのウォロディミル・ゼレンスキー大統領と関係が深い。そのほか、JPモルガンやゴールドマン・サックスともゼレンスキー政権は協力関係にある。



 金融利権ではロスチャイルド、石油利権ではロックフェラーの名前が頭に浮かぶかもしれないが、クーデターが始まる前年である2012年の5月にジェイコブ・ロスチャイルドとデイビッド・ロックフェラーは手を組んでいる。ジェイコブ・ロスチャイルドが率いる投資会社RITキャピタル・パートナーズがデイビッド・ロックフェラーのロックフェラー・ファイナンシャル・サービシズが発行している株式の37%を取得すると発表したのだ。



 WHO(世界保健機関)はデイビッド・ロックフェラーの命令で創設されたと言われている。デイビッドの祖父に当たるジョン・D・ロックフェラーがロックフェラー財閥の祖と言われているが、その父親であるウィリアム・エイブリ・ロックフェラーは興味深い人物だ。



 19世紀のアメリカにはインチキ薬の販売を生業とする人物がいたが、そのひとりがウィリアム・レビングストン。石油をベースにした「万能薬」を売っていた。本人は癌の専門家だと名乗り、その薬は癌にも効くと言っていた。その薬を1瓶25ドル、その当時における平均的な収入の2カ月分に相当する金額で売っていたという。



 偽薬だということがバレると客からリンチされるが、レビングストンはそうした目にあっていない。ところが1849年、少女をレイプしたとして起訴されている。そして男の本名が明らかになった。ウィリアム・エイブリ・ロックフェラーだ。起訴される10年前に生まれた息子がジョン・D・ロックフェラーにほかならない。

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女性作家と時代小説

先ほどというか、2時間ほど前に読み終わったあさのあつこの「弥勒の月」という時代小説の読後感がかなり悪かったので、その理由を考えてみる。
あさのあつこは「バッテリー」という野球を主題としたジュニア小説(?)(ジュブナイルと言うべきか)で有名になった人だが、もうかなりな年齢(作家キャリア)で、時代小説にも手を染めたようだ。まあ、以前からそうなのかもしれない。私自身は「バッテリー」も読後感が非常に悪い小説だったので、あまり好きな作家ではないが、彼女が書いた時代小説はどんなものか興味を持ったわけだ。
なぜ読後感が悪かったかというと、登場人物が、性格の悪い人間が多すぎて彼らの言動の描写のたびに不快感を感じるからである。「バッテリー」の場合はそもそも主人公の投手が嫌な性格である。まあ、投手にはワンマンな性格の人間が多いという定説に従ったのだろうが、ジュニア小説の主人公としては、読者にはつきあいにくい性格だ。「弥勒の月」もメインの人物の言動が不快すぎて、読んでいる間じゅう「娯楽」にはならなかった。どういう風にこの作品を持っていくつもりなのかという興味だけで読み続けたのだが、それは小説本来の娯楽ではない。
あさのあつこのもうひとつの欠陥は、作品にユーモア感覚がゼロだということである。小説作家としては上手い部類だと思う。しかし、ユーモア感覚がゼロということは、「娯楽性がほぼゼロ」なのだ。いや、推理小説など、人がバンバン殺されるが、娯楽読み物ではないか、と言うかもしれないが、読者は殺人を喜んでいるわけではない。推理を楽しんでいるだけだ。
だが、ジュニア小説となると、奇想天外な筋書きはほぼ不可能なのだから、登場人物の魅力が最大の娯楽性になるのである。時代小説も、キャラの魅力が一番の娯楽要素だ。そして、シリアスな展開は「娯楽」ではない。つまり「読むのが嬉しい、楽しい」という要素がシリアス作品には欠如しているわけだ。ユーモアの欠如した、真面目なだけの作品を読むくらいなら数学の教科書や歴史の教科書でも読むほうがまだ娯楽性はある。(ただし、文語文の作品だと、文章の魅力自体が作品の魅力になる。鴎外の初期作品はそれである。)
ついでに言えば、日本の作家の中で抜群のユーモアセンスを持っていたのは、実は太宰治である。ユーモアの特異性(発想)では筒井康隆だが、太宰は、ある面(たぶん、文体表現やキャラの面白さ)では筒井以上だと思う。太宰治と夏目漱石が、純文学系有名作家の中ではユーモアセンスの双璧だろう。

なぜか、女性には時代小説は合わないようだ。それほど読んでいるわけではないが、読んだ限りでは、どの作家も「江戸時代という異世界に遊ぶ」楽しさがない。すべてシリアス作品である。相当、江戸時代の風俗について勉強したのだろうな、という些末な知識に満ちているが、肝心の「江戸時代の面白さ」が無い。東海道中膝栗毛や井原西鶴の小説でも読んだほうがマシである。いったい、彼女たちは江戸時代を舞台にして「何が描きたかった」のだろう。
ついでに言えば、男の作家は、柴田錬三郎や五味康佑(漢字は不確か)のような煽情主義の時代小説、あるいは山田風太郎の奇想小説を除いて、時代小説の中にエロシーンや、エロス的想念を入れることは少ない。ところが、女流時代小説になると、必ず性交描写かエロスの感情がどこかに描写されるのである。これも、私から言えば「菊を採る東籬のもと、悠然南山を見る」という時代小説の悠々とした空気をぶち壊しにするのである。たとえば、森鴎外の「山椒大夫」で、安寿は状況から見て必ず強姦されたと思うが、そういう場面描写を鴎外はしなかった。だからこそ、あの作品は幽玄なものになったのである。上田秋成の「雨月物語」も無意味に煽情的な表現をしなかった点では同じである。


以下「弥勒の月」の「謎」の批判をするために種明かしもするので数行分空白にする。















蛇足だが「弥勒の月」は推理小説的要素が強いが、最後の最後での解決が推理小説としては最悪である。作中でほとんど描写されなかった人物ふたりが「主犯」で、殺人手法も催眠術というインチキさだ。





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おい、八街(やちまた)市民、やっちまったな!

記事内容より、このブログ記事タイトルが書きたかっただけであるwww
まあ、八街市民が馬鹿、というより八街には投票権を持つ馬鹿が確実に1415人いるということだ。
「八街」を「やちまた」と読むのは、私が昔千葉に住んでいたから知っていたのであり、全国的知名度は無いかもしれない。普通は「ちまた」は「巷」と書く。

(以下引用)

政治家になったゴマキの弟・後藤祐樹さん、いきなりガチでやばすぎることをやらかしてしまう・・・

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後藤祐樹 ゴマキ 弟 モー娘。 政治家 当選 後藤真希 オンラインカジノ 賭博罪 違法 ツイート 宣伝に関連した画像-01
■過去記事
ゴマキの弟・後藤祐樹さんが初当選!千葉県八街市議に!


八街市議当選の後藤祐樹氏、投開票日に「オンラインカジノ」運営サイト紹介 懸念の声も…… 投稿削除される(1/2 ページ) - ねとらぼ

後藤祐樹 ゴマキ 弟 モー娘。 政治家 当選 後藤真希 オンラインカジノ 賭博罪 違法 ツイート 宣伝に関連した画像-02

<以下要約>

元・モーニング娘。の後藤真希さんの弟・後藤祐樹さんが千葉県八街市議選で当選。

投票日当日に「オンラインカジノ」運営サイトのキャンペーンを宣伝するツイートを行っていた。

日本でオンラインカジノの利用は賭博罪なため、「これやばくない?」と懸念の声。その後、ツイートは削除された。

以下、全文を読む
■ツイッターより後藤祐樹 ゴマキ 弟 モー娘。 政治家 当選 後藤真希 オンラインカジノ 賭博罪 違法 ツイート 宣伝に関連した画像-03

<この記事への反応>

性根はそうそう変わらんて事やね

よくこの根っから反社を当選させたよな
所詮千葉よな


市民がアホやからしゃーない

おいおいww
八掛市民どーすんのこれww


当選させる市民の方がもっとヤバい

更生どうのと言っていた皆さん……w

投票日に投稿する必要ねえだろwww

おい!八街市民!いい加減にしろ!

議会で居眠りはしませんw
オンカジはしますwww


やっぱバカのままか。

日本人に民主主義は無理だった

人はそんなにすぐには変われないか

投票したバカは責任取れよ

さっそくやってるじゃん

八街市民が何を思って
こんなのに入れたのか本当謎
これからこの地域まともに見られないわ


悪ってより小学生に権力与えた感じだな

カジノの会社から宣伝料をいくら貰ったんだろう

八街市民やべえよな
どんな人間の集まりなんや


一番びっくりしてるのは当選した本人だろ
冗談で立候補しただけなのに

わかるだろ
政治家が悪いんじゃない、そいつらを選ぶ国民がアホなんだよ


速攻でバカ露見か

真正の馬鹿だろw
コイツww


基本的な倫理観備わって無さそうで怖い

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考えること
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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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