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隣のエイリアン 第四章





第四章 入試勉強と人類の歴史


 


私がそれらの雑誌を買ったのは、何かのサイン(啓示)だったようだ。いや、我々の世界では神への信仰というのは無いが、神秘、つまり理性では説明できない要素が宇宙にはあるということを否定してはいない。たとえば無意識の行動が、その後の出来事への決定的要素となったりするのは、その無意識が何かの判断をしていたりするわけで、無意識の力を重視するのは精神の能力を最大限にしようと努力してきた我が文明にはむしろ普通のことである。


 


と言うのは、私がこの世界でどういう方向で活動をしようかと決定しかねていたことへの指針をその雑誌が与えてくれたからだ。


要するに、私はこの世界については無知なのだから、無知な者を教えてくれる機関である「学校」に入学すればいい、という単純なヒントを、その雑誌(いわゆる漫画と呼ばれるものがそのほとんどを占めている雑誌だ。)が与えてくれたのである。


 


現在は日本の暦では9月である。つまり、新学年開始時期ではない。だが、欧米では9月が新学年である国が多いらしいと私は知っていたので、私が9月にここに来たのはむしろ好都合だっただろう。来年4月までを高校入学の準備期間とし、4月から「帰国子女」として高校生活を始めるのは海外暮らしが長い人間だという「設定」としては自然なのではないか。で、高校1年から始めるなら、それまでにこちらの中学校の教科書の内容を調べて覚えればいいのである。


我々の種族は見たり聞いたりしたことは一度で覚え、忘れることは無いから、半年もあれば中学の学習内容を覚えるのは容易だと思う。おそらく、半年も要らないだろう。


だが、この国の字というものをまず覚える必要がある。「テレビ」で得た情報は、それにはあまり役に立たない。


まあ、日本語というのは要するに漢字と平仮名と片仮名で主に記され、平仮名と片仮名の数はそれぞれ50個かそこら、漢字は2000個も覚えればだいたいの「書物」は読めるようである。難しい内容の書物にはそれ以上の漢字の知識が必要だろうが、それを調べるには辞書というのがあるようだ。ただ、「流行語」というのは辞書には載っていないので、それを調べるにはネットというのが役に立つらしい。


 


と言うわけで、私は翌日、市内中央の「本屋」に行き、小学校から中学校までの学校教科書や参考書、それに辞書などを買い、さらに「電機店」でパソコンなるものを購入した。この原始的社会にも電気技術はけっこう発達していたのは意外だった。


 


最初にやったのがパソコンの接続と初期設定で、まあ、これは機械を見るだけで、どうすればいいのかはほぼ直観的に分かった。我々の文明にもほとんど同じ情報システムがあるのだ。こちらのID確認のための幾つもの質問は念動力での電子信号操作でクリアした。


そして、高校の入試情報を探し、ここから近い「原幕高校」というのがいいだろう、と目ぼしをつけた。帰国子女枠もある。入試申し込みの期日も間に合いそうである。申し込み書類は偽造で何とか誤魔化せるだろう。もちろん、学校側にオンラインで身元を調べられた時のために、役所のコンピュータに侵入して私に関する記載を作っておくつもりだ。


 


その後は、「辞書」というのを速読して、小学生向けの辞書、中学生向けの辞書をすべて読破し暗記した。とりあえず、日本語の基本語彙はこれで大丈夫だろう。もちろん、読めるだけでなく書けるようにした。読むほうは一冊の辞書を読破するのに10分程度だったが、書くほうは時間がかかる。だが、字を書くという作業は私には新鮮で楽しかったので、これはむしろ娯楽だった。ボールペンにもいろいろあり、書き心地のいいのも悪いのもあるが、悪いものでもさほど気にはならない。と言うより、少し書いて気に入らなければ捨てればいいだけだ。


不思議なペンもあり、線が一定ではないのである。「筆ペン」というそれはおそらく特殊な用途に使うのだろうが、書き心地は一番いい。しかし、線の幅が一定しないのは少し厄介だ。


インクの質も他のボールペンとは違うようだ。まあ、そういう不自由さもまた新鮮な経験で楽しい。線の太さが一定しないのにも何かの意味があるのだろうし、注意すれば一定に保つこともできる。


 


この日も隣室(と言うのだろうか。隣の住居だ。)のあの娘(タイラ・ナミ)と顔を合わせた。笑顔で挨拶され、少し話したが、「学校」の話になり、私が「原幕高校」に入るつもりだと言うと、驚いた顔になり、実は自分はそこの一年生だ、と言った。


「すると、エイリさんは今中学3年なんですか?」


「さあ、どうだろう。こちらとは学制が違うから、高校1年に相当するかもしれないです」


「もし、来年4月に高校2年に編入なさったら、同級生になるかもしれませんね。楽しみです」


「こちらこそ」


 


私としては、高校1年から始めるつもりだったが、どちらでも別に構わない。原幕には「飛び級」という制度もあるようだから、1年生の途中から2年生になることもできるかもしれない。教科書さえ手に入れれば、自分で勉強することもできるわけだ。


だが、私が「学校」に入ろうと考えたのは、学問のためだけではない。


私がこの地球に来たのは、元の星(ここの発音だと、「アルヴェラス」に近い名前だ。ちなみに私の元の名前はイーサである。ただし、識別記号がつくが、それはここで言うところの数字列であり、もちろん数字記号が違うし10進法でもない。)で受けた使命によるもので、地球と地球人について調べてこい、ということなのである。それには人間の集団というものを身近に観察する必要があり、「テレビドラマ」のような架空の物語では得られない知識が「学校」で得られるのではないか、と思っているわけだ。


そして、その分析結果次第では、私は苦しい決断をしなければならないかもしれない。


つまり、地球人の文明をこのままに放置するか、それとも宇宙全体の平和のために「人類」という種族を完全に抹殺するかである。


私が「テレビ」を見て知った範囲だと、「人間」というのは非常に残酷で破壊的な生物のようである。見た目は我々とさほど変わらないが、「人類」の歴史は戦争、つまり闘争と破壊の歴史でしかない。なぜ、そのような馬鹿げた行動を、さほど知能が低いとも思えない「人類」が延々と繰り返しているのか、そこが私の研究課題であったわけで、私と同じ使命、あるいは任務を受けている他の二人(一人はヨーロッパに、一人はロシアにいる。)と、ここのカレンダー単位で1年後(正確には我々が地球成層圏の周回軌道で別れた時から500日後で、半年ほど別々に地球に降り立つ前の準備をしたわけだ。)に会議を開き、その結果で人類の運命は決まることになっている。


 

















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隣のエイリアン 第三章





 


第三章 これは何かのサインか 


 


若い娘とは言ったが、それはもちろんこの土地の基準ではそうだろう、ということだ。我々の世界では我々の平均寿命は地球単位で150歳だから、私の実年齢の30歳はここでは15歳から20歳くらいに見え、それは今目の前にいる「人類」の娘の年齢くらいだろうと思ったわけだ。


「あ、あのう、ここにお住まいですか?」


「ええ、お住まいです」


と答えると、なぜか娘は大きく声を立てて笑ったが、その笑いは私の心(脳と言うべきか)を楽しい「気持ち」にさせた。この楽しさは、学問や研究をする楽しさとはどこか違うようだ。


「最近お引越しなさったのですね」


「ええ、先ほどお引越しなさったのです」


また娘は口を押えて笑った。


「あのう、日本の方ですよね」


この質問はあらかじめ想定したものなので、私は自分の「設定」で答えた。


「ええと、日本人と言うか、父が英国人で母が日本人で、英国で長い間住んでいました」


「まあ、それなら日本語がとてもお上手だわ」


「そうですか。それは良かった」


「あのう、お名前を伺ってよろしいですか。あ、私はタイラ・ミナミと言います」


「私はエイリ・ヤスシです。初めまして。いかがおすごしですか」


また娘は笑った。


「私は元気です。そちらは」


「元気です」


「あのう、私の家は、すぐ隣ですから、困ったことがあったら何でも相談してください」


「はい、相談します。ありがとうございます」


娘は(身長は150センチ少々だろうか。)頭を下げて、隣の部屋(住居)のドアを開けて入って行った。


私は、第二回目の地球人とのコンタクトが無事に済んだことに安堵したが、もともと我々は精神的に動揺することはあまりないので、安堵とは言っても、それほど大きな失敗は無かったな、と自己確認しただけである。


 


 


マンション(名前はマンションだが、アパートとの違いは私には分からない。)の階段を下りて外に出ると、太陽はすっかり斜めになっていて、夕闇が木々の下や建物の陰にあった(ある、と言うべきか、漂うと言うべきか)。


舗装された道を少し歩くと商店街に出る。夕方なので、買い物客が多いようだ。近所の主婦たちが大半で、中年の男や老人、老婆が混じり、若い人の姿は少ないが、親に連れられた子供や幼児は多い。「テレビ」の番組の中で見ていた「人間」の実物が目の前にたくさんいるのがとても興味深い。一番興味深いのは、彼らの多彩な表情で、我々との一番の違いは、その「感情表現」にあると思う。そもそも我々には感情というものがあまり無いような気がする。だから、「テレビドラマ」を見ているといつも不思議な気がするのである。我々には特に、「怒り」や「嫉妬」、「悪意」「悲しみ」などの感情は少ないように思う。では、「喜び」や「愉快さ」という感情があるかと言うと、あるにはあるが、彼らのようにそれを表に出すことは滅多にない。「テレビ」で見たドラマの中に「スター・トレック」という、おそらく幼児向けの番組があったが、その中に出てくる「ドクター・スポック」というのが我々の性格に近いだろうか。ただ、もちろん、見かけはまるで違う。


しかし、今、目の前で観ている子供や幼児の笑い顔というのは、何か心が動かされる。これを「感動」と言うのだろう。NHK教育チャンネルのある番組の中で、


 


「遊びせんとや生まれけん、戯れせんとや生まれけん。遊ぶ子供の声聞けば、我が身さへこそ揺るがるれ」


 


という日本の昔の詩(詩ではなく、歌謡と言うらしいが、同じようなものだろう。)の話をしていたが、私が今感じているのはその気持ちかもしれない。


 


商店街の電気店で、テレビを買い、明日配達設置してくれるように店の人に頼んだ後、「コンビニ」と呼ばれる総合商店に入り、何か買うべきものがあるか探してみた。


カロリーメイトというものが、我々の普段の食事に似ているように思われたので、それを数種類買い、形態がそれに似ている「チョコレート」も買った。これは糖分がほとんどらしいので、食後に口中を洗浄する薬品とその道具らしいもの、余った水分を吸い取る「タオル」も買った。ここの世界は水があまりに豊富なので、水は潤沢に使えるのは確かだろう。


それから、不動産屋で使った時から興味を持っていた「筆記具」を、数種類買った。もちろん、それで書くための紙(ノートと呼ばれる)も数種類買う。


と言うのは、不動産屋で書類に「サイン」をした時、紙にペン(ボールペン)を走らせることに、ある種の快感を覚え、それは私には生まれて初めての経験だったからである。


 


それから、筆記具で文字を書く時の教材兼情報収集のために、そこにあった雑誌数冊を買い、買い物を終了して自分の部屋に戻り、居住拠点からの最初の外出を終えた。


 


 











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隣のエイリアン 第二章




第二章 男性と女性


 


私が「お金」「貨幣」というのを知ったのは、もちろん傍受したテレビ放送の「ドラマ」(これは架空の人物たちの架空の人生を描く芸術らしいが、その行動のほとんどは私には理解できなかった。なぜ彼らは問題行動を起こし、泣いたり笑ったり怒ったりして、場合によってはお互いを殺したりするのか。特にその原因となることの多い「恋愛」というものが私には理解できなかった。要は、男女が交尾するための手続きらしいのだが、その手続きが恐ろしく面倒くさく、或る種のドラマのほとんどの時間はその描写であるのだが、直接に相手に「交尾させてください」と言えば済む話ではないだろうか。いや、その交尾という習慣自体、我々の文明でははるか昔に廃れていて、性感が得たければ、お互いの手の平を合わせるだけで済む。下等動物のように性器と性器をコンタクトさせる必要はない。)によってであるが、要は、物と物を交換する代わりにその「お金」を介在させるというシステムらしい。面倒くさい話であり、我々の文明では、誰かが何かを必要とすれば、それを所有する誰かか、手近な「配給所」に行って申告して手に入れるだけである。そもそも、我々は、何か特別なものを特別に欲しがるということが無いし、必要なものは十分に生産されているから、誰でもそれを手に入れられる。


ところが、この地球という星では、お金がないと一日も暮らせないようなのである。そこで、私もお金を手に入れる必要があるのだが、それはあちこちにあるATMという機械を操作することで簡単に手に入った。操作と言っても、念動力を機械に送り込むだけで済む話である。我々は念動力で電子情報を操作する力を持っている。とりあえず、マンションを借りるのに必要な金額と、1年程度は不自由なく暮らせるだけのお金として1000万円を引き出したが、それが不足ならまた引き出せばいい。その金で「日本人の大人に見える」服装をし、顔かたちを大人のように変形させて不動産屋でこのマンションを借りたのである。なお、顔面や体型の変形も私たちは自由にできる。現在の顔は、「テレビドラマ」に出てくる日本人の若者の顔の平均値にしている。身長は普段通りで、ここの単位だと180センチである。これを150センチくらいに縮めることもできるし、2メートルまで伸ばすこともできるが、慣れた身長のほうが落ち着く。


 


今いるマンションの部屋の中には何もない。必要なものは追々揃えていくつもりだが、特に必要と思われるものも今のところは無い。


驚いたのが、いや、テレビドラマや映画で見て既に知っていたが、「洗面所」や「流し」には水道というものの蛇口があって、その上部を回したり押したりすると水がもの凄い勢いで流れ出すことである。我々の星では考えられないことだ。我々の文明がここの文明を羨むとしたら、まさにこの「水が豊富にある」ということだけだろう。そもそも、この星そのもののほとんどが海なのである。つまり「水の惑星」だ。


蛇口のタップを押して流れ出した水に私は慌てて、それを止めた。物を惜しいと思う気持ちのほとんどない我々だが、水に関してだけは「途方もない貴重品」ということが心(脳と言うべきか)に刷り込まれているのである。


だが、水の少ない惑星に暮らす我々は、実は水をほとんど必要としないように体の機能が出来ている。その一例は、汗をかかないということだ。体温調節は念動力で行う。体内に流れる血液の成分のほとんどは水だが、体外に水分をまったく出さないので、その血液を維持するのに水の補充はほとんど必要が無い。眼球も人間の眼球とは異なり、涙で水分を常時補充する必要は無い。だから、近くでよく見ると我々の目は地球人とは違うことが分かるはずだ。


 


食物というのも、地球人のように頻繁に摂取する必要はなく、炭水化物を1日に500グラム程度摂れば十分だ。体をあまり動かさない状態なら1週間に500グラムでもいい。食物は基本的に完全に消化されるので、排泄の必要も無い。


夕暮れ近くなるころ、とりあえず必要なものを購入しておこうと、私はマンションの部屋から外に出た。


 


私が部屋のドアを開けて外に出た時、私から3メートルほど離れたところに地球人(日本人だろう。)の若い娘がいて、こちらを見ていた。











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隣のエイリアン 第一章






「隣のエイリアン」    榊原栄人(酔生夢人)  


 


 


第一章 外来の人と外来語


 


マンションというのは英語では「豪邸」の意味らしいが、日本ではビルディング内の分譲住宅を言うようだ。こういうのを外来語と言って、本来の意味とは違う意味で使われることが多いらしいので注意が必要だろう。


私が居を定めたのがその「マンション」なのだが、東京に隣接した県の東京に一番近い町の、さらに町外れにあるので、周囲は自然に囲まれている。ベランダから遠くに眺められる川が江戸川だろう。その近くには「公園」もあるらしい。公園とは、誰でも無料で入れる庭らしいので、そのうち行ってみよう。江戸川の上には空が青く、白い雲が幾つか浮かび、江戸川をところどころ隠すように林や建物があり、はるか彼方には橋がかかり、その上を電車が走るのが見える。なぜか知らないが、こうした景色を見ていると気持ちがいい。こんな気持ちは向こうに居たころや「船」に乗っていた時にはほとんど感じたことがないのだが、この土地に来て最初に思ったのがその気持ちだった。いや、気持ちという言葉が何なのか、それまで知らなかったのかもしれない。


 


さっき「無料」という言葉を使ったが、この星では「お金」というのが一番重要らしいということは、「船」に乗ってこの星(地球と言われているようだ。)の周りを回りながら地球人の生活を、電波受信器の映像機で研究して知ったことだ。地球では「テレビ」と呼ばれているものの電波情報を傍受して研究を続けたのである。その「テレビ」の内容のほとんどは私には理解できないものだったが、日本という国の「教育テレビ」というチャンネルはいろいろな語学や地理の勉強になり、また地球上の学問の簡単な解説もあり、役に立った。そこで私が研究と調査のために降り立つ国も日本にしたのである。


日本で一番栄えている土地は東京というところらしいが、私はその近接地に居住場所を定めた。いつでも東京には行けるし、いつでもそこから逃げられるという利点がある。まあ、逃げる必要が出てくるかどうかは分からないが、未知の土地、未知の文明の中に行くのだから、或る程度の用心は必要だろう。


 


この「マンション」を借りる時には苦労した。精神操作をすればおそらく簡単なのだろうが、試しにここの「人間」と普通にコンタクトしてみたら、その店(不動産屋)を追い出されたのである。どうやら、私はここでは「未成年者」という存在で、マンションを一人で借りることはできないらしい。そして、借りるには(まあ、そういうものが存在することは知っていたが)お金というのが必要であるらしい。


そこで、お金というのを手に入れて、「大人」に見える姿に見かけを変えて、印鑑とかいうのも使って何枚かの書類に必要事項を記入したのだが、「ここにサインをお願いします」という相手の言葉が理解できなかった(signには符号、記号、看板、表示、合図、信号、暗号、身振り、性質、状態、前兆、形跡などたくさんの意味がある)ために、渡された筆記具(私がいた星では既にかなり昔にすたれた器具である。)をどう扱っていいのか、それで何をすればいいのか分からなかった。いや、「テレビ」で見た人物が時々胸のポケットに何か挿しているのは見たが、それが筆記具だということは分からなかったのだ。「2001 スペースオデッセイ」という映画で、宇宙船(我々の言う「船」である。我々の世界には海も河も無く、だから地球で言うところの船は存在しない。水は極地の氷を溶かして使用する。)の乗客の胸ポケットから抜け出て空中を浮遊していたあれだな、とは思ったが、何に使用するのかは分からなかった。しかし、「お名前をお願いします」と言い直されて、この器具でここに自分の名前を書き入れるのだな、と気づき「衛利安」と、前以て考えておいた名前を書き入れた。


「えいり・やすし、とお読みするんですか?」


「そうです」


 


というわけで、今、私は無事に借りられたこのマンションでベランダの外の景色を眺めているわけだ。


 













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プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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