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大手電機メーカー経営陣は総退陣せよ

「伊勢白山道」というオカルト系ブログ(と言うのは失礼か。ROCKWAY EXPRESS推奨のブログだが、私には合わない)で知った情報である。このような発明や発見から、世界全体の産業の在り方、文明の在り方が変わる可能性もある。その最たるものはフリーエネルギーだろう。エネルギーがタダになれば、世界支配層の支配体制の終焉、地上の天国へはもう一歩である。
こうした工夫や発明を地道にやっている庶民の姿は実に尊い。
この記事との比較で思い出されるのが大手電機メーカー経営陣の無能ぶりである。あれだけの赤字を出したら、経営陣の総退陣が当たり前だろう。それがそうならず、従業員の首切りという非道な振る舞いをして社会的制裁を受けないというのは、この国は狂っているのではないか?まあ、この国が狂っているというのは今更の話だが。

(以下引用)

磁力抵抗「ゼロ」の発電機 草津の男性が発明

軸を回した時に磁石の抵抗が少ない発電機を発明した平松さん(右)と、解析した中村准教授(京都市西京区・京都大桂キャンパス)
 滋賀県草津市の元建設請負業の男性が、発電機を回す時に生じる磁石の抵抗を大幅に軽減させる仕組みを発案し、解析した京都大准教授がこのほど学会で発表した。簡易な構造だが誰も試みなかった「コロンブスの卵」的発想で発電装置の簡略化が見込め、電気自動車や風力発電などへの応用に期待も高まっている。
 同市平井5丁目、平松敬司さん(72)の連式発電機。永久磁石を用いた発電機は磁石を円盤に並べて相対させ、軸を回転させることで電気を発生させる。しかし、磁石同士が引き合う力が働くため、回転が重くなることが「宿命」だった。
 平松さんは、4台以上の発電機を1本の軸でつなげ、各台の磁石の位置を軸から見て均等な角度でずらすことで、磁石が引き合う力を相殺させることを発案。モデルを試作したところ、発電機を増やすにつれ回転が軽くなることを確認した。国際特許を出願し、現在審査中だ。
 平松さんは民間の試験機関に依頼して解析したデータを基に昨秋、京都大の中村武恒准教授(電気工学)に相談。中村准教授がコンピューターで解析したところ、発電機を8台並べると磁力の抵抗がほぼゼロになることが分かった。このほど茨城県つくば市で開かれた春季低温工学・超電導学会で発表した。
 中村准教授によると、平松さんの発電機で生じる電気は波形がぶれず発熱ロスが少ないため、発電機の「弱点」ともいえる制御装置や廃熱装置が不要になることも見込める。低回転でも電気が取り出しやすいなど利点が多く、ハイブリッドカーや電気自動車の発電機をはじめ風力発電機などへの導入も期待される。すでに企業からの引き合いもあり、本格的な発電機を試作し、応用を検討する。
 中村准教授は「目からウロコの発想だが、どうして今まで誰も気づかなかったのか。多分野への広がりが期待できそうだ」と驚き、平松さんは「自転車の発電機の抵抗を軽くしようと思いついたのがきっかけ。素人の発想を聞いてもらえてありがたい」と、協力に感謝している。
【 2011年05月31日 09時22分 】

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インテリの教祖とその信者たち

「逝きし世の面影」というブログから。
吉本隆明信者が軒並みボロクソに論評されているのが面白い。私も、吉本隆明は「共同幻想」という使い勝手のいい社会学用語(?)を作った以外に思想家としての重要性がまったく理解できないので、この啖呵は気持ちがいい。マスコミに溢れる、「知らないものを知ったふりして担ぎあげる知識商売人」たちへの痛烈な批判である。
まあ、内田樹などは、「時々正しいことを言う」と言うより、9:1くらいで正しいことを言う知識人だと私は評価しているが、彼が吉本を持ち上げるのはただの信者としての無批判な礼拝だろうとは思う。

(以下引用)

吉本隆明教、あるいは吉本興業のサル回し劇場
2012年04月11日 | 社会

『吉本真理教』

怪しげた似非論理をもてあそんだ挙句に悲惨な内ゲバ殺人を引き起こした極左の暴力事件を全面肯定したり、
同じ論法で、オウム真理教の地下鉄サリン事件後に主犯の麻原彰晃を『現存する宗教修行者のなかで世界でも有数の人物』と親鸞になぞらえて天まで持ち上げたり、
小泉純一郎らの悪魔の碾き臼である新自由主義の『ニセ改革』を無批判に全面的に支持したり、
誰の眼にも『限界』が明らかな大量消費・大量廃棄の(今では悲惨な間違いが明らかなっている)アメリカ型『資本主義』を手放しで賞賛したり、
3・11の福島第一原発の爆発後には完全に崩壊した原発安全神話にしがみ付いて『反原発でサルになる』との呆れた妄言を吐いたり。
今年3月16日に死んだ吉本隆明は数々の場違いな迷惑言動で周り(ほぼ日本人の全員)から失笑と怒りを買っていた。
ところがである、世の中は広い。真っ当な社会人一般とは無関係に、普通の自分たち日本人が知らない裏の闇社会では事情がまったく違っていたから面白い。
一部全共闘崩れの有名人やマスコミからは『戦後思想界の巨人』と呼ばれ教祖として今での崇められているらしい。
生活や社会から遊離した頭だけの日本の知識人一般の『知の腐敗・衰退』の見本の様な話であり笑えないブラックジョークである。
『もののあわれ』や『かんながらの道』の国粋的な『国学』の延長線上にあって一時代を築いた、1945年の日本敗戦までの(積極的な戦争協力で理論崩壊した)日本浪漫派や京都学派の延長線上に新左翼のカリスマ(極左の教祖)吉本隆明は、孤独なピエロとして存在していた。
日本の知識人においては実生活と思想とは分離していて、西洋由来の『思想』『哲学』はしばしば頭の中だけのお題目的にしか理解されておらず、悲しいかな当人の血肉になっていない『付け焼き刃』。
論理的にも科学的にも理解出来ていないので、実生活が脅かされた時には簡単に捨て去っても何の問題も起こらない。(この場合の『転向』は、深刻な葛藤を生まず些細な出来事だった)
60~70年代の多くの新左翼活動家は不勉強で歴史に疎く半世紀前の日本浪漫派や京都学派の悪行をまったく知らなかったので、半世紀も周回遅れの吉本隆明に簡単に騙された。
吉本真理教は高尚な哲学思想の話ではなくて、社会性の全く無い引きこもり状態の痴呆に近い超高齢者が見え透いた同一手口の低級な詐欺に次々騙されるという、柳の下にドジョウが何匹もいた阿呆臭い笑い話である。
科学では、どれ程高邁な理路整然とした美しい理論であっても色々な科学的な批判・検証作業を経たもの以外は単なる『仮説』に過ぎない。
色々な仮説の中で、第三者による客観的な検証作業で『正しい』ことが証明されたものだけが『定説』(原理、原則、法則)となる。
吉本隆明の『思想』は、オウムや新自由主義や原発事故など数々の実践的な検証作業の結果、完全に『間違いである』(客観的事実とは違う)ことが証明されている。
ところがNHKを筆頭にして読売産経、朝日毎日などマスコミ各社は競って『戦後最大の思想家』などと歯の浮くような空疎な言葉で吉本隆明を持ち上げるから愉快である。
賞賛一色に塗りつぶされている大手マスコミでは、表立って吉本隆明の毒キノコ的な実像を伝えたものは一つも無い。
客観的な真実を読者に伝える気がないのだろうか。
今回の吉本劇場以上に、日本国のマスコミ全般の無責任で病的な側面を端的に表しているものは無い。
マスコミや知識人の精神の貧困と堕落腐敗は明らかなのです。
これは是非とも忘れない内に、日本のマスコミご用達の御粗末な似非知識人の『恥』の記録として残しておくべきであろう。

『内田樹の研究室』

何と言っても筆頭は時々正しいことも言うので護憲左派にも沢山の信奉者がいる内田樹神戸女学院大学名誉教授であろう。
この『時々正しい』なら、戦後民主主義を嘲笑する無茶苦茶なパフォーマンスのあの橋本徹でも行っている。
『雉も鳴かずば撃たれまいに』、マスコミで横並びで賞賛するばかりでなく自分の個人ブログでも飽きることなく呆れ果てた言動を繰り返す念の入れようである。
内田樹は哀れにも完璧に吉本真理教のマインドコントロール下にあるようだ。
『吉本隆明 on stage』(内田樹の研究室)では、
>高校1年のときに『自立の思想的拠点』を読んだ・・・
『応接間でまつことしばし、吉本隆明が登場した。
おもわず土下座。』
『それから4時間半ほど対談(というよりは吉本さんの独演会)。
吉本隆明はあたたかい、澄んだ眼をした人であった。
みつめられると、なんだか「ほっこり」してくる。
吉本さんの話のあいまに、どうでもいいような合いの手を入れただけで、私の方は呼んでいただいたほどの働きはできなかったけれど、まことに記念すべき一日であった。』
と完全に破壊的カルト宗教の教祖(グル)に対する信者の態度。
内容的には何もなし。
何処を探してもまったく吉本の『思想』の具体的な記述がない。
この態度は新聞などの記事でもまったく同じで『何も無し』なのですよ。
吉本に関して、あるのは歯の浮くようなお世辞や追従の類であるが、致し方ないでしょう。
一言でも吉本隆明の主張(思想)の具体例を書けば自動的に、即悪口にしかならないのですから、幾ら話芸の手品師内田樹としても最早手の施しようが無かったのです。
『私的昭和人論』(内田樹の研究室)では、
内田樹は自分が武道にのめりこんだ原因が、『この時期の転向者たちは、獄中で仏教書や日本の国体思想についての書物を読んで、その深遠さに一驚して、一夜にして天皇主義者になるという定型を歩んだ。』との、吉本隆明の『転向論』であったと種明かししているのですが、アホ臭いにも程がある。
獄中で左翼から国体思想(右翼)に一夜にして転向した人々(知識人)が敗戦以前にいたことは事実であるが、その数は日本全体から見れば数えるほどの少なさで、例外なのですよ。
単純系の科学原則は100%確実に例外なく現れるが、複雑系の学問である社会科学ではどんなに優れた原理・原則でも必ず少数の例外が生まれる。
獄中で簡単に右翼に転向した左翼知識人など、日本人全体の人数を考えれば、極少数の『例外』程度の些細な話なのです。
転向しなかった共産党員はもっと少ない例外中の例外。
左翼知識人の転向は『深遠な国体思想』に感動したからではなくて、単に『我が身かわいさ』から。それ以上でもそれ以下でもない『下世話な話』である。
主義や思想とは無関係。
これだけ事実を正反対に描く内田樹の恥知らずな態度は見上げたもので、自分で主張することが本当に真実なら、何故内田本人は『深遠な思想』である『右翼』にならなかったのか。
内田樹が武道を練習しただけで『右翼にならなかった』明確な事実は、自分自身では『深遠な国体思想』などとは少しも思っていない何よりの証拠である。
その場その場の口から出まかせの嘘八百にしても酷すぎる。
日本の右翼思想、国体思想の底の浅さは証明済みで『深遠』とは対極にあることは誰もが知っている。
社会科学では全体を見ずに少数の例外(敗戦までの極少数の左翼知識人の転向)をいくら論じても、社会全体は何時まで経っても判らない。
『転向』の定番とは1945年8月15日に、(内田樹言うところの)『深遠な国体思想』の間違いにすぐさま気が付き(捨て去り)、アメリカの持ち込んだ民主主義に日本人全員が乗り換えた(転向した)ことである。
しかし、日本人全体の『転向』については都合が悪いので吉本隆明にしろ内田樹にしろ、一言もいわずに黙っている。
67年前に横並びで日本人全員がみんな仲良く『転向した』のであるが、この転向理由には『孤立した』とか『獄中』何か、まったく無関係。この薄汚い嘘つきの馬鹿たれが。
>『この種の上昇型のインテリゲンチャが、見くびった日本的情況を(例えば天皇制を、家族制度を)、絶対に回避できない形で眼のまえにつきつけられたとき、何がおこるか。かつて離脱したと信じたその理に合わぬ現実が、いわば、本格的な思考の対象として一度も対決されなかったことに気付くのである。』<
『そう、思い出したよ。
私はこれを読んで、以後絶対に「日本的小情況」を見くびらないことを自戒のことばとしたのである。そうして、私はまず武道の稽古を始めたのである。』
と内田某は主張しているが詐欺的な言い分である。
戦中に、生活実感から遊離したインテリが獄中で何人か転向しても、国家や社会全体から見れば何の意味も持っていない。
67年前の敗戦時に、上は天皇から下は庶民全員、知識とは無関係に日本人全部が1日で転向した客観的な歴史的な『事実』を、わざと(意識的に)見落としているのです。
日本人全体の『転向』は、日本人なら『見落とし』する筈が絶対に無いのですから、吉本隆明や内田樹は自分勝手に日本の歴史を歪曲、改竄しているのです。
呆れ果てた話であるが内田樹は、『吉本隆明はビートルズと同じ。』と言っているが意味不明。
絶滅危惧種の一部の少数の新左翼以外に、誰も知らない都市伝説的な『戦後最大の思想家』吉本隆明と、世界の音楽界に影響を与えたビートルズが『同じ』とは。
ミソとクソとを混同されては甚だ迷惑。
ビートルズは世界中の若者世代で昔も今も皆が熱中したが、リアルな活動中は人気がなく解散してから売れ始めたとでも勘違いしているのだろうか。
知恵足らずのお馬鹿なネットウョも真っ青の明らかな歴史の捏造・改変である。

『狂言回しならぬ「猿回し」としての糸井重里』

60年台から70年台には社会性が皆無で論理的に無茶苦茶、一般社会を無視し内ゲバで沢山の死者まで出した極左の愚かで凶暴な暴力学生の全員が毒キノコの吉本に嵌っていた。
その後の最近の10年近くはコピーライター糸井重里が、吉本隆明の意味不明の『御言葉』を世間に広める熱心な伝道者(カルトの信者)の役割を担っいたと思っていた。
教祖の吉本隆明イエスと、弟子で新興宗教のキリスト教を立ち上げたパウロ糸井重里の関係ですね。
ところがNHKの3月に放送されたETV特集『吉本隆明 語る ~沈黙から芸術まで~』を見るとこの解釈は間違いで、哀れな吉本隆明自身はいたずらに老醜を晒しているだけである。
吉本本人は次女の吉本ばななが言ったように最早世間に出せる状態ではなくなっていた。
実はNHKのETV特集での吉本隆明は筋道だって喋ることが出来ず、放送では何も内容のある論理的な話は少しも語っていない。
教祖と伝道者の関係ではなくて、真実は吉本隆明というサルを上手に操る『猿回し』の役が糸井重里だったのですから大笑い。
コピーライター(コマーシャル)の大事な役目とは、他とまったく『同じもの』を、さも飛び抜けて優れている『たった一つのもの』と大衆を騙す宣伝・広報活動なのですが、その意味では元新左翼の糸井重里は何時まで経ってもインチキ臭いコピーライターの仕事(御粗末なプロパガンダ)を飽きることなく一貫して行っているのでしょう。

『呪縛を卒業したらしい宮台真司と呉智英、吉本真理教と決別出来ない橋爪大三郎』

世間から落ちこぼれ他人迷惑な非行に走った愚かな子供達の唯一の希望とは、自分が大人に成ったら少しは賢くなり普通のまともな人間に成長することなのです。
ところが、『三つ子の魂、百まで』で、若い時に道を踏み外し世間に笑われるような阿呆なことをしたり、危険な破壊的カルトに嵌ると幾ら勉強しようが歳をとろうが簡単には抜け出せず、努力しても修正が効かない。
『若いときの馬鹿は歳をとっても矢張り馬鹿』という何とも恐ろしい、夢も希望も無い話が東京工業大学大学の橋爪大三郎である。
哀れにも無様な妄言を繰り返すグルの吉本教祖が偉大な思想家に見えるのです。
それとも橋爪大三郎の場合は、薬物中毒者や心的外傷後ストレス障害(PTSD)患者などと同じで何かの弾みに遠い昔に決別して忘れていた筈の、自分の過去の忌まわしい病状が再発して仕舞ったのか。
突然起きる深刻なフラッシュバック現象なのか、それとも先祖返りなのか知らないが、当人にはありもしない幻覚や幻聴が生々しく蘇るのですから恐ろしい。
見えないものが見えるが、逆に目の前の誰にでも見えるはずの普通の現実が当人にはまったく見えていない。
これは、簡単には精神的呪縛や影響から決別出来ないという、破壊的カルト宗教のマインドコントロールの恐ろしさを証明しているのでしょうか。
未だに吉本教祖から自由になれない橋爪大三郎とは対照的なのが、マインドコントロールを脱したらしい宮台真司である。
宮台は高偏差値のオウム信者と同じで、相変わらず昔のように教祖(グル)を完全には否定しきれずいるのですが、今では毒キノコとしての吉本隆明の本当の醜い正体を一定限度見抜いている。
呉智英の場合、
『私は吉本に影響を受けていない。むしろ懐疑的であった。』と言いながら、『四十数年前、大学生だった私は(吉本の)この言葉を理解するのに一週間ほどかかった。』とか、
『戦後の思想家でベスト3とかベスト5を選べと言われたら、客観評価として私は吉本隆明を入れるだろう。』とも評価するのですから、話の辻褄が合わない。
『吉本の「大衆の原像」が完全に破綻したのはオウム事件の時だった。「麻原彰晃を高く評価する」という珍論を発表し、大衆を唖然とさせた。吉本の「大衆の原像」は「大衆の幻像」だったのである。この頃から、吉本の本は学生たちにも(もちろん大衆にも)全く売れなくなった。ただ、全共闘時代に吉本愛読者だった言論人だけが、吉本の新刊を褒めちぎった。
ああ、吉本隆明はこの人たちの「共同幻想」なんだなと、私は妙に納得した。』とあるので、昔には嵌り込んでいたが今ではマインドコントロールを脱した宮台と同じ立場なのだろう。

『その他のお粗末ヨイショ』

日本の特権階級の傲慢さ破廉恥さの代表、石原慎太郎の場合、
『ひとつの世代の象徴的な存在だった。権威ってものに反抗、対抗するオピニオンリーダーだと思う。なかなか彼を継ぐような論客ってのは現れてこないね。体制、反体制にしろ、ろくな評論家がいないわな。日本には。』 『1つの世代の象徴的な存在だった。残念です。』
この日本の恥部で危険な毒キノコ的人物は汚物の様な吉本隆明を自分の同類項と見ていたのでしょう。
事実福島第一原発の事故後にも原発推進に狂奔する産経新聞や石原慎太郎と意見が完全に一致。寸分の違いが無い。
吉本が口汚く罵ったのは共産党や護憲派など左翼である。
現実問題に対する吉本隆明は、左翼的権威に対する『反抗』と共に、その正反対の無制限の現状肯定・現状賞賛に終始して、対米従属の右翼反動と同一の態度だったのです。
保守を自認する石原慎太郎にとっては吉本隆明と同じで、論理的な『権威』とは右側には無く、左翼陣営にあると認めているのだろうか。
オウムを高く評価して阿呆を晒した中沢新一の場合、
いかなる政党にも所属しない環境保護の緑の党を立ち上げると称して妄動しているのですが、極左のアイドル吉本隆明との思想的な近さと荒唐無稽なカルト臭は隠しようが無い。長年吉本隆明と二人三脚でお互いをヨイショしてきた中沢新一は見苦しい限り。
毎日新聞は『吉本隆明さんを悼む』なる連載記事?の特集を組み北海道大学の中島岳志や詩人の北川透、フランス文学の松浦寿輝や田中和生が歯の浮くような現実世界とは完全に遊離した軽薄なヨイショ記事を書いているが相手が小物なのと主張内容が余りに馬鹿馬鹿しいのでパス。
カシコと論争してもなかなか賢くならないが『朱に交われば赤くなる』の諺のとおりで吉本真理教のような馬鹿を論じると間違いなく自分もアホになるので止めたほうがよい。
ただ、全てのマスコミ(日本では一番権威があるはずの大新聞)が例外なく思考停止状態に陥り『戦後の最大の思想家』との意味不明の金太郎飴のヨイショ記事を書いていることには大いに興味がある。

『何故か金太郎飴状態のマスメディアの怪』

今新聞社で記事を書いているのが元全共闘シンパで昔に吉本隆明を読んでいたのでノスタルジーを感じるのだろうか。
吉本を『批判する』ことはネタが幾らでもあるので誰にでも簡単に出来るのだが、今のマスコミの様に『褒める』となると至難の業なのですよ。
何しろ著作は膨大だが、これは幸福の科学の大川隆法と同じで信者以外の一般人はちんぷんかんぷん。
もちろん信者でも正しく理解出来るものは誰一人無いという不思議な代物である。
非論理的な思想云々の前に、吉本隆明の場合に特徴的なのは日本語としてちんぷんかんぷんであることでしょう。
外国語に正しく訳しようが無いのですね。
外国の著名人との対話もあるが、相手には吉本語が理解出来ないので全く会話にならないのです。
これは実は日本人の吉本信者も事情がまったく同じである。
『吉本さんの文体は凄い』とか『異様な説得力』とか『圧倒的な情動のうねり』があると褒めるのですが、同時に信者の目にも『時として混乱』し、『論理的でない』し、『合理主義とは程遠い』等と、まともな思想家とは異質であることを知っている。
それで仕方なく『吉本さんは詩人であった。』と、中身が無い事実を言いつくろう。
吉本隆明の場合、論理の組み立てが『支離滅裂』であるのに、話の筋道には無頓着で『無茶苦茶』、あわせて小難しい言葉を無闇に使いたがる悪癖がある。
しかも日本語としての『て・に・を・は』までが不正確で間違っており意味を為していない。
吉本隆明の『思想』の中身とは無制限の『現状肯定』以外には何も無く、『空疎』な単なる『言葉遊び』程度である事実は誰の眼にも明らかなので、あえて『詩人』とでも説明しないと解釈のしようがないのです。

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我々は犬である

「ちきゅう座」の孫埼亨ツィッターから引用。なかなか面白い話だが、たぶんこの侮辱的プレゼントがあったこと自体知らない人が多いだろうから、掲載する。まあ、日米関係の実情がいかなるものかについての象徴だ。
要するに我々日本国民は、宗主国様から、あまり大きい顔をするな、永遠に十字架を背負えと命令されたのである。

(以下引用)


5月1日
dogwood
野田首相;米国からみて野田首相訪米のハイライトは何でしょう。30日CSM「クリントン長官が桜の代わりにdogwood(山ぼうし類)3千本を日本に寄贈と発表したこと」。何故dogwoodかしら。dog=野田の発想か。それとも日本よ栄えることなかれという潜在意識かな。The mythical meaning of the dogwood flower is that the tree was chosen to provide wood for Jesus Christ’s crucifixion. the tree was unhappy about this cruel act it was forced to do, and thus Jesus after being nailed to it, told it this;”Because of your regret and pity for my suffering, never again shall the dogwood tree grow large enough to be used as a cross.」西欧では花のシンボルに敏感。当然調べているでしょう。そしてにやにやされている。
日米:米国がdogwood(山ぼうし類)3千本を昔の桜のお返しに日本に提供で「キリストが磔関連でこの木が大きくならないようにと述べた」という点についてメール「Dogwoodの意味は、キリスト教徒なら皆知っていることです」。つまり日本を馬鹿にした贈り物であることは教徒なら分かる。

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陰謀論者の上から目線?

私はこれまでずっと小田島隆(訂正:小田嶋隆である。ダイナモとやらのタイトルの誤記をそのまま書いてしまった。)のファンだったのだが、下記記事にはがっかりした。まあ、表マスコミに属する人間は結局、同じ穴の狢でしかなかったということになるのだろうか。
確かに陰謀論(陰謀批判論)をする人間は「自分は洗脳から免れている。つまり俺は頭がいい」という意識を持っている所はあるだろう。だが、それはあらゆる発言・表現がそうなのであり、「自分は馬鹿です」とアピールするために表現する人間はいない。馬鹿げた発言や表現も、「私はこういうユーモアを解する能力がある頭のいい人間なのです」というアピールなのである。
こうした人類全体に共通する弱点(自己愛)を持ってきて批判されると、批判できない対象は無い。これも新たな「東大話法」のパターンになりうるものだ。つまり、「あなたが他人を批判するのは、あなたが自分を他人より上だと思っているからだ。その傲慢さが私は嫌いだ」と言えば、あらゆる批判が封殺されることになる。しかし、この言葉は実際には「俺はお前が気に食わん。俺の好悪はあらゆる論理に勝る」と言っているのと同義である。(この事例も「論点ずらし」の東大話法になるか?)橋下がよく使う「私を批判するなら対案を出せ」という論法も似たようなものだ。
私はもうこうしたディベート巧者の論法には飽き飽きしている。
枝野も前原も橋下も沢山だ。
その列の中に小田島隆(訂正:小田嶋隆)は加わるのだろうか?


(以下「阿修羅」より引用)*参考として記事へのコメントの数々も付加する。


メディア陰謀論を共有する人たち  小田島隆
http://www.asyura2.com/11/hihyo12/msg/745.html
投稿者 ダイナモ 日時 2012 年 3 月 09 日 23:01:57: mY9T/8MdR98ug


 今回は、震災後一年の感想を書くつもりだ。
 3月11日に最も近い掲載日を期するなら、タイミングは、次回の方が適切なはずだ。が、来週はどうせ日本中が震災回顧一色になる。であるならば、その前に言うべきことは言っておきたい。埋没したくないということもあるが、原稿の内容について、余計な詮索をされたくないからだ。

 ここで言う「余計な詮索」は、私の側の言い方からすれば「要らぬ心配」ということになる。つまり私は、自分がこれから書く原稿に対して返ってくるであろう反響について、あらかじめ神経質になっているのである。

 実に面倒くさい事態だ。説明しにくい状況でもある。が、このことは、今回の主題とも関連しているので、一応解説しておく。

 思うに、震災以来、わが国の言論状況は、目に見えて不寛容になってきている。私が、「余計な詮索」を恐れるのは、この「不寛容」な空気と無縁ではない。具体的に言うと、私の原稿の内容が、ほかの誰かがどこかで書くかもしれないテキストと重複していた場合に、即座に「パクリ」を指摘するみたいな空気が漂っているということだ。で、私は、そういうふうに言われるのが心外だから、その不愉快な指摘を回避するべく、ひとまわり早いタイミングで原稿を脱稿する決意を固めているわけだ。

 過剰反応かもしれない。
 でも、震災を機に、メディアの記事をチェックする人々の目が不必要に険しくなってきていることはたしかなのだ。

 ふつうに考えれば、たとえば震災について何人かの人間が思うところを書いた場合、内容に似たところがあるのは当然のことだ。なぜなら、マトモな人間の感覚や考えは、多くの部分で重複しているものだからだ。とすれば、誰かと似た原稿を書くことは、書き手にとって、恥じるべきことではない。

 なのに、どういうものなのか、震災以来、一部の読者は著しく不寛容になっている。で、書き手である私は、その不寛容さに反応して、いくぶん神経質になっていて、だから、こういうややこしい前置きを書いている次第なのだ。

 発端はメディア不信にある。

 震災直後に大量配信された情報は、たしかに混乱していた。かなりの部分で誤報や思い込みを含んでもいた。そうした状況からすれば、政府の発表や東電の会見に対して人々が不信の念を抱いたのは当然だし、その彼らの一部がついでに新聞やテレビの報道に対しても疑いの目を向けるようになったことは、むしろ健康な反応だったと言って良いことだ。

 でも、それはそれとして、現在、特にネット上でささやかれているメディア不信の言説に、私がうんざりしていることもまた事実なのである。

 マスメディア発の情報を鵜呑みにしないということころまでは良い。
 複数の情報源をクロスチェックする態度が一般化しつつあることも、基本的には歓迎すべき傾向なのだと思っている。

 でも、一部の人々は、疑うだけでは満足せず、一定の予断を持って情報を読み解きにかかる作業を習慣化している。と、この読み方は、「邪推」を生む。別の言葉で言えば、陰謀論だ。

 さよう。私は、震災以来、陰謀論が大きな力を持ち始めていることに懸念を持っている。

 陰謀論は、いつの時代にもある。
 私が学生だった当時も、それは、知的な人たちの心を捉えていた。ここで「知的」という言葉をあえて使ったのは、オリジナルの陰謀論を発明するためには、一定の教養が不可欠で、デキの良い陰謀論には、それなりに秀逸な観察が含まれているからだ。

 事実、昭和の時代の陰謀論は、もっぱら知的な人々の娯楽だった。
「キミたち、ニクソン・ショックは、穀物メジャーの陰謀ですよ」
「中東戦争の真の狙いは、中東の原油価格を上昇させることによってアメリカの国産原油を採掘可能な採算ベースに乗せることだったわけだよ」
「知ってるか? アポロの映像って、ハリウッドで撮ってるらしいぞ」
「ブッシュさんが宮中晩餐会でゲロ吐いたのって、あれ、わざとだよね」
「ゴルバチョフのおでこのアザはフリーメーソンへの忠誠の証ですよ」

 というこれらの立論は、その真偽はともかくとして、もっともらしいものから笑えるネタまで含めて、それなりの教養がないと楽しめないお話だった。特に、時事問題をベースにした陰謀説は、国際常識や、地政学や、一定の歴史教養がないと、意味を解することができない。だから、昭和のキャンパスにおいて、陰謀ネタをたくさん知っている人間は、こまっしゃくれた学生仲間の間ではなんとなく尊敬されてもいたものなのだ。ついでに申せば、陰謀論を好んだわれわれは、必ずしもそれらを本気にしていたわけではない。あくまでもハイブローなゲームとして楽しむことが、その種の議論を弄ぶ際の不文律で、本気になって悲憤慷慨するのは、野暮な態度と見なされていた。

 ところが、ネットという培地を得た21世紀の陰謀論は、秘密の社交的議論である立場を離れて、悪い意味で大衆化している。

 悪い意味というのは、ひとつには陰謀論を語るメンバーの知的水準が低下したということであり、もうひとつは、その陰謀論を本気にする人たちが大量発生しているということだ。要するに、陰謀論は、それを語るメンバーの拡散によって質的に低下し、低質化することによって大衆化し、大衆化することによって凶悪化したわけだ。

 陰謀論の真骨頂は、
「こういうふうに考えたら面白くないか?」
「こっちから見るとこんなふうに見えてあらまあびっくりだぞ」

 という、見立ての奇天烈さと、その奇橋な見立てを本当らしく見せる論理の鮮やかさにある。だとすれば、その場で笑って使い捨てにされるのが陰謀論の宿命でもあるし、潔さでもある。

 その意味からすると、本気にされることを期待している21世紀の陰謀論は、そもそも邪道なのだ。

 過ぎ去った時代を惜しむわけではないが、インターネットが登場する以前は、与太話にも固有の愛嬌があった。俗流心理学や、ニューエージ怪談や、UFO目撃譚や、ユダヤ陰謀論といった、まかり間違えば相当に有害な話でも、昭和の学生トークは、到達範囲が限られているという意味で安全かつ特権的で、それゆえ、どんなに不埒千万な内容であっても、行きずりの茶飲み話として楽しむことのできるものだった。デマも中傷も罵詈雑言も同様だ。ネットを得る以前、あらゆるジャンク情報は娯楽として消化可能な範囲にとどまっていたのである。

 だが、もはやそういう時代は終わった。
 インターネットという世界規模の増幅回路に回収された与太は、与太のままでは終わらない。ある場合には有害不滅なゴシップに成長するし、別の場合にはより深刻な情報犯罪を構成する。どっちにしても無事では済まない。個人名を特定できる中傷は、言った者と言われた者の双方を致命的に傷つける。悪意のない事実であっても、そこに立場を超えた言及が含まれていれば、発言者の社会的生命を奪いかねない。

 で、震災からこっち、ネット上では、マスメディアを敵視するタイプの陰謀論が猖獗(ろうぜき:ダイナモ注)を極めている次第だ。
「日本のマスメディア(←「マスゴミ」と呼ぶ連中もいる)はひとつに結託して情報を統制している」
「商業メディアは事実を隠蔽している」
「記者クラブメディアは取材チャンネルを独占し、権力と癒着している」
「東電の影響下にある放送局は原発に批判なジャーナリストを排除している」

 と、こういうお話を本気でコピペして歩く面々が大量発生しているのだ。匿名掲示板を根城に騒いでいるだけではない。ツイッター経由で、メルマガ経由で、彼らは、上記のような言説を繰り返し発信している。それも実名で、だ。

 どういう神経なのであろうか。
 無論、マスメディアの側に問題がないわけではない。
 商業メディアである以上、ある程度の商業的な腐敗は原理的に避けがたいはずだ。また、情報が権力を伴う以上、それを扱う者が癒着や利権の泥にまみれるケースは当然考えられる。

 が、弊害と本質は違う。
 欠点を持っているということと、本質的に邪悪だというのは話が別だ。
 交通事故を起こすクルマが一定数存在することが事実であるのだとしても、そのことは、すべてのドライバーが潜在的な殺意を抱いていることの証明にはならない。ふつうに考えれば誰にでもわかることだ。

 雪が降るのはスキー産業の陰謀のせいではない。
 が、陰謀論に固執する人たちは、あらゆる害悪について、「犯人」を探そうとする。

 彼らは、「そのことによって利益を得る誰かが背後で動いている」という形式でものを考えることを好む。しかも情報については、「メディアが報じた部分にではなく、報じなかった部分に、より重要な真実が含まれている」と信じこんでいる。
 ということは、彼らにとって、世界は見えているあり方とは反対の姿をしているわけだ。

 実に厄介な観察だ。
 理屈はどうにでもつけられる。
 風が吹けば桶屋が儲かる式の論理は、実用上の詭弁としてほぼ無敵だが、陰謀論は、この論理に、「犯人」を仮定することで、より強力な構造を獲得させる。

「考えてもみろよ。どうして春先のこの時期に風速20メートルなんていう風が必要なんだ?」
「暴風によって明らかな利益を得る人間の存在を考えないと説明がつかないだろ?」
「しかも、暴風が砂塵を伴うことを報じているメディアはひとつもない」
「彼らは、砂塵と失明の因果関係を意図的に隠蔽している。なぜなら彼らもまた暴風ムラの一員だからだ」
「暴風ムラの記者クラブメディアは、どうやら花粉の飛散というより軽微な被害を強調することで目くらましをしているんだね」
「というよりも花粉症という病気自体がひとつの陰謀である可能性を考慮すべきなんじゃないのか?」
「つまり首都東京の風上に当たる多摩の山林に大量の杉を植林した者がいるということになる」
「それが桶製造業者だとしたらどうする?」
「杉の桶だ!」
「つながった。すべてが符合した!」

 いや、笑いごとではない。この話(杉桶理論)などは、まだまだデキの良い方で、実際に世間に流れている陰謀論は、もっと粗雑で、より救いようがなく、どうにもならないほど悪質だ。なにしろわれわれは、「永田メール」(宛名部分を塗りつぶした電子メールプリントアウト《笑》)みたいなものを「証拠」に、国政調査権を要求した議員を選出した国民なのだから。

 今回の震災についても、実に多くの偽情報が飛び交っている。

 たとえば、福島第一原発の事故が深刻な事態を迎えている頃、ある週刊誌が、事故処理にあたる自衛隊員の前線基地となっていた「Jヴィレッジ」(福島県楢葉町にある「サッカーナショナルトレーニングセンター」の愛称)について、次のような記事を書いた。
 Jヴィレッジの経営者が部屋を汚されることを嫌って、命懸けで働く自衛隊員を通路で雑魚寝させていたというのだ。

 この記事は私もよく記憶している。とても腹が立ったからだ。
 が、この話には異論が出されている。
 週刊誌の記事が出てから約1カ月後、あるサッカー専門誌にJヴィレッジの現状を伝えるレポートが掲載されたのだ。

 読んでみると、Jヴィレッジが自衛隊を通路に雑魚寝させた件について、「どこを見てもそんな事実はない」と書いてある。

 なるほど。
 記事によれば、一部の自衛隊が床に寝ていた理由は、単にJヴィレッジの寝具が、震災翌日に避難してきた近隣の被災者に提供されていたからに過ぎない。つまり、二つの記事を見比べると、事実関係がまったく逆なのだ。

 どちらの記事が真実であるのかについては、私自身が現地を取材したわけではないので、ここで断定することは避ける。
 が、ともあれ、世間では、週刊誌の記事の方が圧倒的に受け入れられている。

 というよりも、サッカー専門誌の記事は、部数も部数だし読者層も読者層なので、一般の読者にはほとんどまったく知られてさえいない。

 だから、Jヴィレッジが自衛隊に対してひどい仕打ちをしたということを信じている人は、いまでもたくさんいるはずだ。私自身、偶然手にしたサッカー専門誌の中でこの記事を発見していなかったら、いまでもJヴィレッジを敵視していたかもしれない。

 週刊誌の記事は、とても断定的に、他罰的に、扇情的に書かれている。いま読むといかにも乱暴な書き方だと思う。
 が、こういう記事が喜ばれた時期がたしかにあったのだ。

 福島第一原発が水素爆発を起こしてからしばらくの間、東電の関係者はどんなにひどい中傷を受けても反論できない立場にあった。この状況はいまでもそんなに変わっていないかもしれない。で、私自身もそうだったが、その、春先の最も困難だった時期、人々は他罰的な情報に飛びつく心理状態にあった。だからこそ、こんなひどい記事が書かれていたのだ。

 東電関連については、ほかにもひどいデマが流れている。事故直後、現場を放り出して真っ先に逃亡した原発の職員が福島で酒を飲んでいたとかいった調子の感情を煽るデマが、その目で見てきたような目撃談として、確信的に配給されたのである。なんともなさけない話ではないか。

 震災以来、目的のためには、手段を選ばないタイプの論説が勢いを得ている。
 通常の意味で言う報道というよりは、プロパガンダに分類したくなるような記事だ。

 脱原発を志す人々や、逆に原発の再開に望みを託している人々が、それぞれの主張を補強するために、自分たちに有利な材料を集めにかかることは、ある程度仕方のない傾きであるのかもしれない。

 でも、おかげで、メディアにはバイアスのかかった記事が流れるようになっている。そして、そのバイアスが、メディアに対する不信感を生み、そのメディアに対する不信感が奇妙な陰謀論を成立させてしまっている。とても厄介な事態だ。

 陰謀論を語る人々は、選民意識を抱いている。この部分は、昭和の時代から変わっていない。彼らは、自分たちが一般人の知らない情報にアクセスしており、ふつうの人間がたどり着くことのできない洞察を抱いているという共犯意識のようなもので結びついている。

 結局のところ、
「マスコミが一般人を洗脳している」
 という主張は、
「オレ以外はみんなバカだ」
 と言っているのと同じことであり、その種の陰謀論を共有している人たちは、なによりも愚民思想によって連帯している仲間なのである。

 今週から来週にかけて、震災を主題とした回顧記事や総括報道が大量に出まわることになる。

 震災のような歴史的な出来事を一定のタイミングで振り返る作業は、それ自体、とても意義深いことだ。被害の記憶を風化させないためにも有効だし、なにより、通常のニュースとは別の、より巨視的な枠組みで事態を見直す意味で貴重な機会を提供してくれる。おそらく、録画に値する番組や、切り抜いて保管しておくべき優秀な記事がたくさん書かれるだろう。

 私自身は、それらの記事を、他罰的であるかどうかを基準に読み直してみようと思っている。

 春一番を桶屋の陰謀と決め付けて非難する記事よりは、風力発電の可能性を示唆する記事の方が私は好きだ。

 とってつけたような落ちだと思う人はそう思ってもかまわない。
 とってつけてでも建設的な結末を求めなければならない。われわれはそういうところに来ている。

(文・イラスト/小田嶋 隆)


http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20120301/229323/?top_rcmd
 

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コメント
01. ダイナモ 2012年3月09日 23:03:25 : mY9T/8MdR98ug : FGFmbvHw4I
小田島隆が「陰謀論者」を誹謗中傷するのも何もかも、全てはユダヤ・メーソン・イルミナティの仕業だ!!


02. 2012年3月10日 02:46:34 : 4QmVPxmFcc
「知ってるか? アポロの映像って、ハリウッドで撮ってるらしいぞ」
「ブッシュさんが宮中晩餐会でゲロ吐いたのって、あれ、わざとだよね」
「ゴルバチョフのおでこのアザはフリーメーソンへの忠誠の証ですよ」
これと

「日本のマスメディア(←「マスゴミ」と呼ぶ連中もいる)はひとつに結託して情報を統制している」
「商業メディアは事実を隠蔽している」
「記者クラブメディアは取材チャンネルを独占し、権力と癒着している」
「東電の影響下にある放送局は原発に批判なジャーナリストを排除している」

これらを一緒くたにしている時点で、論ずるに値しない

乞食犬といいガタ公といいダイナモといい
叩かれすぎて、より精神病んできたな


03. 2012年3月10日 03:05:24 : Mnxczxr6Dw
インサイダー取引に関与して記者連中がパクられたほどの
おカミも認めた正真正銘の「陰謀団体」日経新聞社の
クズサイトで雑文書き散らしてしのいでいるチンドン屋の分際で
なにをタワケたこと言ってんだ、こいつ?(笑)
こんな駄文なのに端金出して買ってくれてる肉茎珍聞社をさておいて、
こういうことをドヤ顔で書いてるんだから、小田島隆ってのは
恥を恥とも認知できないバカだってことだろ。(笑)


04. 2012年3月10日 07:55:30 : GgZbHGY9Wp
3/11の報道において、週刊誌の記事が支持されているとしたら、それは新聞、TVといった大メディアの報道が、政府や東京電力からの楽観的な情報を批判もなく垂れ流す役割を果たして、結果として、読者/視聴者の信頼を決定的に失ったからではないですか。
陰謀好き、選民意識とはまったく別の話ですよ。

そういう著者こそ、週刊誌の読者とかを意味なく見下して発言していている一方で、「他罰的」とか「愚民思想」とか上目線そのものの用語を弄していて、感じ悪いことこの上なし。しかも、文章やたら長くて、内容は他愛もない。

わたしが日経トレンドの編集だとしたら、連載打ち切りますね。



05. 2012年3月10日 09:24:29 : IYyRSPdFJA
典型的な東大話法だな。一種のパラノイアのようだ。

06. 2012年3月10日 11:00:45 : OTOSIyOeKE
小田嶋隆→
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E7%94%B0%E5%B6%8B%E9%9A%86
日経関係の新聞、書籍の売り上げが減ったら、困る方?


07. 2012年3月10日 16:24:00 : 3hrUNRSPz2
こんな文章で騙されるのはアホ。

08. 2012年3月10日 16:55:02 : FijhpXM9AU
小田島隆が「陰謀論者」を誹謗中傷するのも何もかも
やっぱり悪いのは憲法9条だろう。え


09. 2012年3月10日 16:58:11 : FijhpXM9AU
この小田島隆なるシトはこの程度の「陰謀論」でぎゃんぎゃん言ってるようじゃ、
古歩道氏のブログなんか読んだら、ひきつけをおこしてそのまま逝っちまうんじゃないだろか?

10. 無生物 2012年3月11日 03:35:06 : ce0Ar6eaeTZ7w : 8cmLjyQH4H
驚いた。脱原発の「おかげで、メディアにはバイアスのかかった記事が流れる」ようになり、「そのバイアスが、メディアに対する不信感を生み」「陰謀論を成立させてしまっている。」???
何でも脱原発のせいであると。原因と結果が逆立ちしている。
正しくは、多額の広告費によるメディア戦略で反原発の声を圧殺しながら原発が推進されてきたのであり、その中で現実の安全対策はなおざりにされ、無辜の民の頭上に放射能がぶちまけられた怒りが反原発のうねりになったのである。

原発事故に荷担した責任を一顧だにしない、マスコミ人の厚顔ぶりにはほとほとあきれる。

「風力発電」を持ち出すところがまた愚かしい。太陽光発電と並び出力が不安定で、最も筋の悪い自然エネルギーの1つだ。電力供給システムの負担となることから、電気料金値上げの口実にされるだけだし、原発から脱却できなくするために、こういうバカバカしい発電方法が持てはやされ、補助金がついているのだ。

とってつけてでも自然エネルギーを持ち出せば「建設的」と逃げる前に、言論人としての責任をよく考えてほしいと願うばかりである。


11. 2012年3月11日 08:33:12 : UeNk3l4ACw
まあ、陰謀論と聞いて真っ先に思い出すのがこれな訳だがね
クレイショー裁判
http://www.maedafamily.com/ansatu/showsaiban.htm

こういった勇気ある行いに対しても鼻で笑うような奴は、絶対に許さん


12. 2012年3月11日 08:36:33 : UeNk3l4ACw
これは小沢裁判に於いてもそうだし
東電、メディアなどに体を張って批判してくれている人たちへの冒涜以外の何物でもない

13. ダイナモ 2012年3月11日 15:07:08 : mY9T/8MdR98ug : FGFmbvHw4I
「 結局のところ、
「マスコミが一般人を洗脳している」
 という主張は、
「オレ以外はみんなバカだ」
 と言っているのと同じことであり、その種の陰謀論を共有している人たちは、なによりも愚民思想によって連帯している仲間なのである。」
このマスコミには週刊誌も含まれている。

陰謀論を共有している者たちがマスコミ以外でどこから情報を入手するのかというとインターネットである。それは誰が書いているのか判らない正体不明のブログの書き込みだったり、某国の統制下におかれているメディア記事だったりする。どういう訳か、そうした情報が真実を伝えている保証があるのかについては無頓着である。とにかく欧米「帝国主義支配の陰謀に抵抗」している側が流す情報は常に真実であり、欧米メディアが流す情報はウソばかりであると決めつける。

例え、1万人が虐殺されたとしても、それをひどいことだとは感じる感性が育っておらず、逆に虐殺者に肩入れするという「倒錯した思考」が陰謀論を共有している者たちの特徴である。陰謀論を共有する者たちは全体主義体制をもろ手を挙げて支持する。



14. 2012年3月11日 20:07:29 : 3YzC2nZTY6
>>13
クズめ
小沢の問題は司法ひいては国民の危機であるにもかかわらず
検察の応援団になっている「感性」の持ち主が言うことか

>例え、1万人が虐殺されたとしても、それをひどいことだとは感じる感性が育っておらず

当たり前だ、隣のおっさんが死んでも何も感じん

しかし、その一万人の前の千人、百人の段階で防げるだろうと言っている
中東で一部でも安定しているところあるのか
今、イラクやアフガンやリビアで人々が安心して暮らせているのか

死刑反対のデュカキスにブッシュ陣営が吹っかけた詭弁に等しい

アホウヨに担ぎ上げられ利用されているだけの光市母子殺害事件の本村や
拉致被害者には軽蔑しかない

被害者が敵を討ちたいと思うのは当然だ
圧制に苦しむ人々を助けたいと思うのも当然だ

ただ、この世の中、そんな単純なのかと言っている


15. 2012年3月12日 00:31:45 : jj5bZD7VhM
小田島隆ってギャグセン高いね。


16. 2012年3月12日 02:28:21 : rfpLVKB9B6
よう、阿修羅陰謀論者=ボケ老村民ども。
たとえどっかのクズにかもしれんが図星を突かれたんだろう、脊髄反射で激昂したり、「俺は上だよ」とせせら笑ってみたり、怒りの対象・藁人形をダイナモ氏にすり替えてみたり・・・ありがちな、ありがちな反応、滑稽だわ。

この投稿で興味深かったのは、糞陰謀論者は愚民思想の酔っぱらいだという指摘だ。なるほどな。阿修羅随一の論客にして糞陰謀論者のあっしら氏は、なんで妙なところで(笑)を入れるのかずーっと違和感を持ってきたが、その謎が確かに解けたわ。予想通りの「オレ様」感覚だったわけだ。

で、お前らボケ老陰謀論者もそうなんだろ?
オレ様こそは真実に到達した覚醒者であり、阿修羅村民以外はいまだ覚醒せざる愚民という感覚なんだろ?

管理人ももてあます某陰謀論ババアはダイナモ氏をイルミナティとかなんとかレッテル貼りをしていたが、おまえらボケ老軍団もババアと同じ体臭が、臭い臭いw

まー、互いに阿修羅陰謀論者という臭い体臭を嗅ぎ合い、ゴキブリ同士の仲間意識を深めつつ、喚いていろや。そのうち、くさやの干物のような仲間の臭いも、だんだん消えてゆくよ。だってそうだろ、お前ら団塊の世代を超える歳のボケ老同士じゃん。順々に、今日は一人、明日また一人と、汚いベッドに寝たきりになり、やがて身内に公然の秘密裏に、「秘かに祝福されつつ」、焼き場で灰になってゆくんだよ。そう先のことじゃないだろうが。

私もそんな阿修羅陰謀論村民を生暖かく見守っているよ。


17. 2012年3月12日 04:16:00 : Y4g8SHKutE
投稿者を含め陰謀の実在を否定する人が一人もいないのが笑える。
陰謀論者同士がたたきあってるものおもろい。
「誰か陰謀はないって言ってくれ」という心境なのだが。
大きめの陰謀は実在する。でいいんですかね?みなさん?

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頭が良くて性格が良いというのは……

「反戦な家づくり」から転載。
他人のブログ記事を引用する時に、その一部を省略するのは、失礼な行為ではあるが、話の焦点を明確にするためなので、許容してもらうしかない。
「反戦な家づくり」の明月氏ほど他人の痛みに対して敏感な人間は滅多にいないと思う(他には藤永茂博士くらいか)が、それは文章を読めば分かる。
文章ではいくらでも嘘がつけると思っている人も多いだろうが、そうでもないのである。枝野や橋下がいくら口達者でも、見る人が見ればそのインチキさが分かるのと同様に、文章でも書き手の本性が現れる(「顕れる」が適切か)ものだ。井口博士の皮肉とユーモア、山科恭介のダンディさ、東海アマの頑固さや偏屈さ(これはけっして悪いものではない)、飯山一郎の豪放磊落さなど、すべて文章に顕れている。
で、その明月氏は福島が今後核の墓場にされるであろうことを日本で一番早く見抜いた人物でもある。頭がいいのだ。
頭が良くて他人の痛みが分かるとなれば、これは辛い人生を送る可能性が高いのである。なぜなら、頭がいいから現実の不幸がありありと見え、さらに他人の不幸をすべて自分のものと感じてしまうからである。
この世では無神経で残忍な人間ほど成功しやすいというのが、世の真実である。橋下や枝野や菅や東電社長会長や経団連を見れば一目瞭然ではないか。
余談が長くなった。明月氏という「地の塩」のような存在が増えることが、これからの世界が幸福になるかどうかの鍵だろう。
本記事について触れる余裕がなくなったが、それは引用記事を読めば済むことである。


(以下引用)



細野環境相、中間貯蔵施設「理解得たい」
2012.3.10 日刊スポーツ

最大の被害地に、3カ所も核の墓場を作るのだそうだ。
そして、情けないことに、脱原発の勇士達までも、「仕方ない」と賛同している。

冗談ではない。原発を作ることはできても、世界の原発鬼が総力を結集しても核の墓場は作れなかった。フィンランドのオルキルオトのオンカロだけが例外だが、それもフィンランドの核廃棄物しか受け入れない。
世界の原発鬼の悲願は、何よりもかによりも、核の墓場の建設なのだ。

私は、地震とtunamiの日本沿岸に原発を並べたのは、最初から事故→核の墓場 を狙っていたと考えている

原発推進の正体は「日本列島を核の墓場にする計画」だったのではないか

もし、計画的ではなかったとしても、すくなくとも、あの水素爆発を見ながら 「これでやっと廃棄物を処理できる」と胸をなで下ろしていた人間が、多数いたことは間違いない。
そんな馬鹿な と思うあなたは、お人好しにもほどがある。

これから進んでいくことは、「福島切り捨て」だ。

核の墓場を作り、膨大な健康被害を無視し、形ばかりの除染でお茶を濁して、あとは福島を棄民する。
続々と出てくる白血病やガンや、その他の病気は「心配しすぎ」が原因だ、と山下俊一大先生に診断される。

2300万トンのうち わずか400万トンを敢えて全国にばらまく、一見無意味なガレキ問題。
これは、まさに福島切り捨ての布石である。

当然ながら、ほとんどの住民は拒否する。それは当然だ。
だが、拒否したことによって住民には、桁違いに高い放射線の中で暮らす福島の人々に対すする負い目を感じるという仕掛けが隠されている。負い目を感じる人々は、それを感じさせる原因にたいして目をそらすようになる。
また、脱原発の運動を、福島支援ではなく、目先のガレキに釘付けにするというスピンオフ効果がある。

しかし、いま、最優先は福島とその周辺の子どもたちだ。
震災前は、飲み食いもしてはいけない放射線管理区域ですら、滅多に見ることのない放射能の中に暮らす子ども。
良くないと分かっていても、暮らしていくためには、そこにいるしかない親。

そのすべては、世界の核の墓場を作るために、犠牲になっている。棄民にされているのだ。

このブログを見てくれている人は、ほとんどの人が原発反対であり、福島の犠牲者にシンパシーを感じていると思う。
だから、伏してお願いしたい。福島から目をそらさないでいただきたい。

ガレキも、自分たちの食べるものも重要な問題には違いない。
でも、敢えて言う

ガレキより避難。
トンデモ無い環境で暮らし、さらに核の墓場を押しつけられている福島から、目をそらさず、子どもたちの避難を進めることと、理不尽な核の墓場建設に反対していただきたい。

東電勝俣の家は大量の警察が守っている。
しかし、放射能にさらされ続けている子どもたちは、かろうじて親が守ろうと心を砕きながら、それでも暮らしていくために守りきれない辛い思いに直面している。
政府にも、自治体にも頼ることのできない子どもたちを、少しでも守れるとしたら、それは日本中の人々の心と行動しかない。

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ネット右翼たち大パニック

今日二回目の投稿だが、これも面白い記事なので、「ネットゲリラ」から転載する。
これまで橋下万歳を叫んでいたネット右翼たちが震え上がっているのが面白い。「いや、これは橋下の人気を落とすためのデマ情報だ」とか言う者もいるし。
実は、遺産全額没収という制度は、私も若い頃に国家改造案として考えたことがある。ただし、それは、全国民が義務教育終了と同時に500万円程度の「人生スタート資金」を与えられるという制度と並行して行うという考えである。要するに、人生におけるスタートラインの平等を制度化しようという考えだ。その500万円で高校、大学と進んでもいいし、それを資金に商売をしてもいい。あるいは遊んで使い果たしてから自殺してもいい。いずれにしても、スタートラインだけは平等だ、というわけである。遺産全額没収なら、人生スタート資金だけでなく、ベーシック・インカムまで実行できるかもしれないが、コメントの一つにあるように、現実には政治家と官僚の懐に入るのがオチだろうな。


(以下引用)


まぁ、素人が利権握って舞い上がると、こんなもんだ。相続税を100パーセントにして、遺産を全額徴収するというんだが、それって、私有財産制の否定そのもので、ポルポト以外の何者でもないw だいたい、世の中の半分以上の人間は、自分が食うだけも稼がずに、亭主や両親や子供の稼ぎで食っている寄生虫的な存在なんだが、それが家族というものであり、社会制度というものなのに、それらを全て否定して、国家が全てを仕切ろうというのは、共産主義の中でも先鋭的な毛沢東とかポル・ポトとか、も散々やって失敗して来た事なのにねw



【衆院選公約】 大阪維新の会、不動産を含む遺産の全額徴収を検討・・・資産を残さない「一生涯使い切り型人生モデル」を提唱
1 影の大門軍団φ ★ 2012/03/10(土) 09:43:00.64 ID:???0
橋下徹大阪市長率いる大阪維新の会が事実上の次期衆院選公約「維新八策」で掲げる相続税強化策に関し、不動産を含む遺産の全額徴収を検討していることが9日分かった。
資産を残さない「一生涯使い切り型人生モデル」を提唱、消費を促す税制に転換し、経済活性化を図る狙い。
ただ内部に異論もあり、協議を継続する考えだ。国家元首は天皇と明示することも判明。
6 名無しさん@12周年 2012/03/10(土) 09:44:11.42 ID:A1udCY+d0
キチガイだな
7 名無しさん@12周年. 2012/03/10(土) 09:44:29.60 ID:DjTB2U9X0
一体共産主義者なのか、新自由主義者なのか。
8 名無しさん@12周年. 2012/03/10(土) 09:44:55.75 ID:M/vOs+m+0
大阪維新の会が相続税を100%にするみたいだよ。
共同通信
維新の会、遺産全額徴収も検討 「国家元首は天皇」明記
http://www.47news.jp/CN/201203/CN2012030901002327.html
維新の会、相続税率100%で遺産全額ボッシュート
http://logsoku.com/thread/engawa.2ch.net/poverty/1331311845/
維新の会、相続税率100%で遺産全額ボッシュート ★2
http://logsoku.com/thread/engawa.2ch.net/poverty/1331318684/
【政治】維新の会、遺産全額徴収も検討 「国家元首は天皇」明記
http://logsoku.com/thread/uni.2ch.net/newsplus/1331316842/
9 名無しさん@12周年 2012/03/10(土) 09:45:03.88 ID:B3ozNpCW0
おそロシア
10 名無しさん@12周年 2012/03/10(土) 09:45:05.44 ID:eMi3vkv90
親が死んだら住む場所がなくなるわけだが
11 名無しさん@12周年. 2012/03/10(土) 09:45:11.19 ID:w/OXVD3O0
徴収した莫大な税金の使い方が、公務員や政治家に任されるってのがなぁ。
税収上げても無駄じゃね。

拍手

橋下の弁舌はA級、頭はC級

雁屋哲のブログから転載。雁屋氏は前にもネット右翼の総攻撃を受けて、一時ブログを中断していたが、下記記事もまたネット右翼のアイドル橋下徹批判の文章であるから、同じようなことが起きないか心配である。
だが、ここに書かれたことはすべて、まったくその通りである。そう思えない人間は頭がおかしいとしか考えられない。まあ、ネット右翼にまともな頭の人間などいないだろうが、普通の人間でも橋下支持者は多いようなので、困るのである。
公務員の恵まれた待遇への不平不満は私にもあるし、それ以前に、公務員というのは、あれはコネのある人間しかなれないのではないかと疑ってもいるのだが、しかし、公務員の待遇を悪くし、公務員いじめをすることがいい結果を生むとは思えない。何しろ、公務員というのは、この社会の中で結構な割合を占めているのである。公務員全体の所得減少は、不況を悪化させることにしかならないだろう。
バス運転手の年俸が700万円? 結構である。それだけの技術と職務遂行実績があるからだろう。給食のおばちゃんの退職金が1000万円? 結構である。できれば民間の企業もそうあってほしいものだ。我々はバス運転手や給食のおばちゃんを蔑視できるほど立派で有益な仕事をやっているとでも言うのだろうか? それよりは、東電社長の退職金でも問題にしたらどうか。
我々は容易に扇動に乗せられてしまうものだ。マスコミが右と言えば、左を選ぶのが、ほとんどの場合、正解なのである。
橋下の弁舌能力はただのディベート能力であり、物事の根本を考える能力は欠如しており、頭は相当に悪いようである。ところが世間の人間は、「論争に勝った=正しい意見だ=賢い人間だ」と錯覚してしまうのが普通のようだ。


(以下引用)

2012-03-09
橋下氏のこと

最近、大阪市長の橋下氏が、本領を発揮してきた。
NHKのテレビニュースで以下の場面を見た。
1)大阪市役所の職員が勤務時間に政治活動をしていないかどうか、掴むために職員のメールを本人に予告、前もっての知らせなしに、点検するとした。
テレビの画面に本人が出て来て言った。
「前もって知らせたら、メールなんか消してしまうでしょう。それでは意味がない。」だから予告なしに、メールを点検する」とと言った。
2)卒業式の式典で君が代斉唱の時に起立しなかった教員が市内で8人いた。
その8人は処分するという。
橋下氏本人が出て来て言った。
「そんな人は辞めたらいいんですよ。政治の自由とか、思想の自由などと言いたかったら公務員を辞めてからにすればいい」
(テレビを見ただけだから、言葉使いは正確ではありません。しかし、意味の取り違え、全体としての表現の仕方に間違いはないはずだ)
3)橋下氏は「大阪維新の会代表」として、次の選挙で維新の会の公約として憲法改正手続きを盛り込むと明らかにした。
毎日新聞電子版によると、
橋下市長は記者団に9条は「他人を助ける際に嫌なこと、危険なことはやらないという価値観。国民が(今の)9条を選ぶなら僕は別のところに住もうと思う」と述べた、そうだ。
じつに奇々怪々な言葉で、私は頭がぐらぐらした。
この人は何を言っているのだろうか。
この人の言葉がまともな物であるなら、私の記憶がでたらめか、私の憲法の理解の仕方が間違っているのに違いない、と不安になって思わず憲法を読み返してしまった。
面倒くさいが、話を正確にするために、憲法を書き写す。
憲法にはこう書いてある。
第2章 戦争の放棄
第9条(戦争放棄、戦力および交戦権の否認)
①日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇または武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
②前項の目的を達するため、陸海空軍とその他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
みんなしっかり確認してくれ。
これが、憲法第9条なんだ。
ここに書いてある物はそれだけ。それ以外には何も無い。
これを、他の形に解釈するのは無理だ。
一体これが、どうして「他人を助ける際に嫌なこと、危険なことはやらないという価値観。」になるのか。
これを裏返せば、橋下氏が求めるのは「他人を助ける際に嫌なことをする。危険なことをする価値観」となるだろう。
何が何だか訳の分からない文言だ。
それというのも、もともと橋下氏が「日本を再び戦争の出来る国にしたい」という本意をあからさまにしないために、曖昧でいくらでもごまかしのきく言葉使いをするから、何が何だか意味が分からなくなるのだ。
「他人を助ける際に嫌なこと、危険なことはやらないという価値観。」と第9条がどのように結びつくのか、橋下氏は真意を誤魔化さずきちんと話すべきだ。
「他人を助ける際に」と言う言葉は、妙に情緒的だが、数秒考えてみると空虚で無内容な物であることが分かる。
極めて重大な内容な話をこのようないい加減な言葉で意味をどんどん自分が扱いやすい方向ににずらしていくのは、腹に何か企みのある人間のすることである。
そもそも、橋下氏のこのような言動は、自分が禁じた公務員の政治活動に他ならないのではないか。
国会議員が、国会内で憲法改正議案を論じるのならまだしも、地方行政が任務の市長が、どうして国政の根幹に関わるような政治活動をするのか。地方行政に携わる者は憲法遵守が鉄則でしょう。憲法改正の活動をするのは市長の分限を超えている。
地方行政と、国政とは役割が違う。
地方行政はその地方の住民の福利厚生のために働くのが根本だ。
政治の自由とか、思想の自由とか言いたいのなら、市長を辞めてからすればいいんですよ。
一つの国が衰退し、経済が疲弊し、国民はその日の生活に追われ、明日への展望も希望も抱けず、閉塞感に落ち込み、自信を失い、不安と焦燥に駆られると、ちょっとした扇動に乗りやすくなる。
その扇動は、「この連中は不当な利益を受けている」、とか、「この連中は決まりを守らない」、などある人達を攻撃の対象に選ぶのが一番効果がある。
橋下氏は大阪市の職員は給料が高すぎるから削減するという。
市バスの運転手も平均760万円取っているので、それ38パーセント削るという。
給料の額についての議論は別として、不況にあえぐ人達の一部は喝采するだろう。
自分が辛いときには、他人も苦しいことを望む人間の心理は浅ましいが、浅ましいところに働きかけるので、そのような扇動は良く効くのである。
極めつけは、ナショナリズムを煽ることである。
思い出して欲しい。
第一次大戦後、ドイツは、第一大戦敗戦の賠償金を取られて、経済的に苦しかった。
国民は、戦争に負けたことで自尊心を傷つけられていた。
今の日本人と同じくらい、逼塞感に落ち込んでいた。
そこに出て来たのが、ヒットラーだ。
ヒットラーは、ユダヤ人をドイツ国民の敵としての標的に掲げ、ついでゲルマン民族の優秀性を説いて、ナショナリズムを掻き立てた。
ヒットラーは無力の小グループであるユダヤ人を標的に選んだ。
橋下氏が攻撃の標的に選んだ公務員・大阪市の職員も、今の状態では無力である。(橋下氏に首根っこを押さえられているから反抗できない)
橋下氏の、国家斉唱時の起立要請は、ナショナリズムを掻き立てる、というよりナショナリズムを押しつける手段である。
ヒットラーは売れない画家で、軍隊では伍長止まりだった。
そのヒットラーが総統にまでなったのは、人々を扇動する能力に長けていたからだ。
橋下氏の経歴について私は良く知らない。
知っているのは、島田紳助氏のテレビ番組で人気者になったと言うことである。
橋下氏の口舌の技はなかなかの物で、攻撃しても一般市民は絶対安全という標的を探し出し、一般市民に、その標的に対する攻撃の仕方を教える扇動の技術はなかなかの物である。
最近も、市の児童福祉施設の男性職員が子どもたちに入れ墨を見せ、2か月の停職処分を受けたが、市側の指導で長袖シャツで隠したまま職務を続けていることを問題視し
「入れ墨だけでクビにできないのなら、消させるルールを」と言った。
私も入れ墨は好きではない、と言うより大嫌いだが、その人が好きでしていることなら、口を挟むことではないと考えている。
しかも、その職員は職場で長袖のシャツを着て普段は入れ墨を隠しているのなら問題ないではないか。
隠していてもいけないと言うのなら、大阪市の職員は全員、全身くまなく入れ墨があるかどうか調べられることになる。
そして、あったら首になるか、その入れ墨を消さなければならない。
入れ墨を消すのは大変なことだ、焼き切らなければならないので、消したあとがケロイド状の傷跡になる。
私は何度か入れ墨を焼き切った後の人の肌を見たことがあるが、これはむごい物である。
そのようなむごいことを、平然と要求する人間が自分たちの市長であることを、大阪市民はどう思っているのだろうか。
市の職員倫理規則に入れ墨の規定はないが、橋下市長は関係部局への指示の中
で、「入れ墨をしたまま正規職員にとどまれる業界って、公務員以外にあるのか」
としているそうである。(この入れ墨関係の事実は、読売新聞電子版による)
これでは、入れ墨をした人間はまともな職に就いてはいけない、人間失格者みたいではないか。
うっかりすると、橋下氏に乗せられて「入れ墨をするなんてけしからん奴は、公務員にしておけん」と市民が入れ墨をしている公務員に対して攻撃的になる恐れがある。
絶対に反撃できない弱い立場の人間を敵として規定して、攻撃することを一般市民に煽り立てる政治的手法が恐ろしいのは、一般市民の中に「自分たちにとって目障りで、自分たちが攻撃しても反撃する能力のない弱い立場の人間を探し出して来て敵として規定し、自分たちの鬱憤晴らしのために、憎悪と敵意をぶつけて攻撃する」という精神構造を醸成するからである。
敵意と憎悪がはびこっている社会はこれは地獄だ。
橋下氏は一貫して敵を作って攻撃する政治手法をとっている。
それも自分より弱い人間ばかりを敵にする。
日本が橋下氏の目論むような方向に進むと、日本の社会は昆虫の社会になってしまう。
ほ乳類の社会では、例えば雌犬が迷子の子猫におっぱいを飲ませてやる、などと言う情が存在するが、昆虫の世界では、相手を攻撃するか、逃げるか、しかない。
反射神経の世界である。
大阪市の職員は、スズメバチに狙われたミツバチみたいな気持ちでいるのではないか。
さらに、今の日本の社会で本当に権力を握っているのはどう言う人間達か橋下氏は良く知っている。
橋下氏はそう言う人達を決して敵に選ばない。
と言うより、そのような人達に好まれることを選んでする。
日本の社会で本当に権力を握っている人達とは、「日の丸・君が代」を守り本尊とする人達である。
安倍晋三氏が、橋下氏に接近してきたところを見ると、橋下氏の意図するところがよく分かるような気がする。
−100度の寒気に日本が包まれたように感じる。
橋下氏は「国民が(今の)9条を選ぶなら僕は別のところに住もうと思う」と言っている。
それは大変良いことだ。
外国から日本を見る、日本の本当の姿が良く分かる。
シドニーは如何ですか。
シドニーのアオリイカは旨い。
ご連絡頂ければ、アオリイカ釣りの良い漁場にご案内します。
ぼんやりと、頭を空にしてアオリイカ釣りなどするのは良いものですよ。
少なくとも、大阪市の職員を攻撃して回るより心が豊かになる。
おっと、扇動家だからアオリイカなどとからかっている訳ではありません。
雁屋 哲

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