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「魔群の狂宴」25



・軍歌「海行かば」を曲のみの荘重陰鬱なオーケストラ曲でバックに、船(軍艦?)に乗って大陸(満州)に渡る軍服(将校服)姿の須田銀三郎。

・関東軍本部の門を入る銀三郎。

・本部通路で真淵大佐と出会う銀三郎。お互い、複雑な表情で見つめ合う。

・本部の後ろの公園の小さな丘に登るふたり。木陰のベンチに腰を下ろす。

真淵「お前にここで会うとは思わなかった」
銀三郎「俺もだ」
真淵「今となっては、どれもこれも昔の話だが、理伊子さんのことは俺にはまだ忘れられん」
銀三郎「ひとりの女にそれほど執着できるのは、俺にはむしろ羨ましいよ」
真淵「あの事件でいったい何人の人間が死んだだろうか」
銀三郎「これから死ぬ人間の数に比べたら些細なものさ」
真淵「そうだ。その戦争を俺たちが起こすのだ」
銀三郎「それが日本のためになると?」
真淵「当たり前だ。日本が世界の大国になるためには通らねばならない試練だ」
銀三郎「その利益を得るのは、少なくとも兵士やその家族ではないな。俺は、兵頭のアナーキズムを馬鹿にしていたが、今のような風潮だと、それに賛成したい気になるよ」
真淵「それだのに志願して兵役に就いたのか?」
銀三郎「少なくとも、家にいるよりは刺激が得られるだろうからな」
真淵「札幌事件、つまり佐藤富士夫殺しの犯人は結局兵頭だったのか?」
銀三郎「さあな。自殺した桐井という男が、自分が犯人だと書き残していたらしいが、あのふたりは親友だった。話に無理がありすぎる。桐井の自殺死体が利用されたのだろう」
真淵「まあ、誰が犯人でもいい。理伊子さんが殺された件でも、群衆の誰が石を投げたのか分からずじまいだ。その辺の浮浪者が犯人だとされたが、あれは警察が適当に捕まえたのだろう」
銀三郎「放火事件では藤田という浮浪者と、富士谷、栗谷という社会主義者が犯人だとされて処刑されたが、真相は不明だ」
真淵「兵頭は上手く逃げたものだな」
銀三郎「少し延命しただけさ。関東大震災の時に、警察に逮捕されて、署内で殺されたようだ」
真淵「そうか。それは知らなかった。あまり新聞は見ないのでな」
銀三郎「理伊子さんや佐藤夫婦の死はもう十年も前になるのか。往時茫々だな」
真淵「お菊さんはどうなった?」
銀三郎「病気で死んだよ。一生俺の看護婦をすると言っていたが、自分が先に死にやがった」
真淵「軍人になれば、少なくとも個人的な看護婦も妻もいらん。そこが取りえか」
銀三郎「俺などは、誰よりも先に死んでいていい人間なんだがな」
真淵「お国のために死ねばいいじゃないか」
銀三郎「兵頭が言っていたらしいが、国とか政府というのは幻想らしい。その幻想を利用して上の国民が下の国民を支配しているんだとよ」
真淵「不敬な思想だな」
銀三郎「あれは、すべての人間が平等な世界を作りたいという夢を持っていたらしいがな。馬鹿だよ。あいつは自由な世界を作りたいとも言っていたが、自由と平等が両立するはずは無いじゃないか。この世界は誰かが誰かを支配することで動いているだけだ」
ふたり、少し沈黙する。
真淵「俺も、貧しい人々をその境遇から救いたいという気持ちはある。そのために国が強く豊かになる必要があるんだ」
銀三郎(嘲笑の表情を浮かべて)「他の国から奪ってか」
真淵「それが弱肉強食の世界なのだ」
銀三郎「強いものが弱いものの肉を食って栄える社会だな。弱者にとっては、まあ、一種の地獄だよ」
真淵「弱者は強くなる努力をすればいいのだ」
銀三郎「そして強者は弱者を食っていっそう強くなるわけだ。永遠の闘争か。俺たちは幸い強者の階級に生まれたが、そうでなければ、兵頭と同じ思想になったかもしれん」
真淵「……そうかもしれんな」
ふたり、黙って遠くを見る。町の尽きるところには地平の果てまで広がった平野がある。そして、その上の白雲を浮かべた青空に午後の日が傾いている。

(ラストシーン別案)

丘の上のふたりを見下ろすようにカメラがゆっくりと上昇し、雲の上に突き抜ける。そのままカメラは飛翔しながら雲の上に太陽が輝く様を映す。その間、ヘンデルの「ラルゴ」が流れている。
そして




(「終」の字が出て、終わる)

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「魔群の狂宴」24


・大正末期の庶民の窮迫を訴える当時の新聞記事が連続して画面に出る。
・同様に労働運動の激化を伝える新聞記事。
・政治の堕落を批判する新聞記事。
・関東大震災を伝える新聞記事。
・(昭和に入り)「515事件」を伝える新聞記事。
・「226事件」を伝える新聞記事。
・シナ事変勃発を伝える新聞記事。

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「魔群の狂宴」23




・黒い画面に、一字ずつ、次の短歌が現れる。(カギカッコ無しで文のみ)

「ほのぼのとおのれ光りてながれたる蛍を殺すわが道暗し」

「たたなはる曇りの下を狂人はわらひて行けり吾を離れて」

「ダアリヤは黒し笑ひて去りける狂人は終にかへり見ずけり」

「監房より今しがた来し囚人はわがまへにて少し笑みつも」

「紺色の囚人の群笠かむり草刈るゆゑに光るその鎌」

「たたかひは上海に起こり居たりけり鳳仙花紅く散りゐたりけり」

「ひた走るわが道暗ししんしんとこらへかねたるわが道くらし」




         (斎藤茂吉「赤光」より)

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「魔群の狂宴」22



・前の場面に続く。
・画面が数秒暗いまま。
・佐藤らの下宿の戸を叩く音。
・赤ん坊に見入っていた佐藤と鱒子がハッと顔を上げる。
佐藤「富士谷の奥さんかな?」
・佐藤、立ち上がって部屋を出る。
・玄関の外の兵頭・富士谷・栗谷、玄関から顔を出した佐藤を見る。
佐藤「何だ、君たちか。富士谷さん、さきほどは奥さんに世話になった」
富士谷「うむ。それで、赤ん坊が生まれて慌ただしい時に済まないが、君が組織から預かった例の品物を我々に引き渡してほしいんだ」
佐藤「あれを? 今さら、なぜ?」
富士谷「君は組織を脱退したから、あれを所有する権利はないからだ」
佐藤「ふん、五人組か。あれの上部組織なんてのがあるのか」
富士谷「じゃあ、引き渡しを拒否すると?」
佐藤「いや、君の奥さんには世話になったし、渡そう。しかし、あれは人気の無いところに隠したんで、少し歩く必要があるが」
富士谷「かまわん」
佐藤「兵頭さんも、この件に関わっているのか」
兵頭「まあ、まったく無関係でもない」

・佐藤が部屋に戻り、鱒子に少し待っているように告げる。不安そうな顔の鱒子。

・闇の中を歩いていく四人。町の外に出て、寂しい郊外の土手の上を歩く四人を、空をバックに映す。

・その四人から遅れて、彼らの後をつける、赤子を抱いた鱒子。

・或る沼の傍の小屋に入って、中から風呂敷に包んだ何かを持ってくる佐藤。

佐藤「これが、例のあれだ」
富士谷「中身を確認させてもらう」
・富士谷が風呂敷包みを開ける間に、佐藤の背後に回った栗谷が兵頭にアイコンタクトを取る。
・兵頭は顎を動かして「やれ」という合図をする。
・鈍器で佐藤の後頭部を殴る栗谷。
・(スローモーション撮影で)ゆっくりと倒れる佐藤。
・地面に倒れた佐藤の鼻に手をかざし、心臓に手を当てる富士谷。頷く。
・三人が佐藤の死体に石を縛り付け、沼に投げ込んだ瞬間、やっと彼らに追いついた鱒子が即座に状況を理解して悲鳴を上げる。
・沼に沈んでいく佐藤の死体の後から、赤子を抱えて飛び込む鱒子。
・驚いてその様子を見守る三人。
・鱒子の姿も沼に沈み、数個の泡だけが暗い水面に昇る。
・顔を見合わせる三人。

(このシーン終わり)


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「魔群の狂宴」21




・桐井六郎の部屋。桐井が歩きながら考え事をしている。
・部屋の戸が叩かれる。
桐井「佐藤か? 入れ」
・佐藤が入ってくる。少し恥ずかしそうな顔をしている。
桐井「どうした?」
佐藤「富士谷の女房に、邪魔だからと追い出された。こういう時、男は何の役にもたたん」
桐井「そうだな」(笑う)

・階下から、ひときわ大きな産婦の苦痛の声。

佐藤「ああ、たまらん。できるなら、あの苦しみを代わってやりたい」
桐井「須田とのことは、もういいのか」
佐藤「あれが帰ってきただけで十分だ」
桐井「子供はどうする」
佐藤「もちろん、僕の子として育てる。誰にも渡さん」

・階下で、産婦のひときわ高い苦痛の声がして、その数秒後、かすかな赤ん坊の産声がする。その声はだんだんとはっきりした泣き声になる。

・佐藤と桐井は目を見かわし、次の瞬間、佐藤は階下に駆け下りる。それを微笑して見送る桐井。

・佐藤の部屋。赤ん坊に産湯を使わせている富士谷の女房。
・佐藤が部屋の扉を開けて飛び込んでくる。
佐藤「生まれたのか、赤ん坊は、鱒子のほうは大丈夫か」
富士谷夫人「どちらも大丈夫ですよ。お産くらいで騒ぎなさんな。こんなことは、百姓なら畑のへりで済ませて野良仕事を続けますよ」
鱒子「赤ちゃんを、赤ちゃんを見せて」
・富士谷夫人、産着にくるんで鱒子に赤ん坊を渡す。
鱒子「何て、何て可愛いの。こんなに皺だらけだのに、ちゃんと赤ん坊の顔をしているのね」
富士谷夫人「で、この子はどうするんです? まさかすぐに孤児院に捨てるとか言うんじゃないでしょうね。まあ、ふたりともおカネが無さそうだから、そうしても誰も悪くは言いませんけどね」
佐藤(憤慨して)「何てひどいことを言うんだ。もちろん、僕が育てるに決まっている」
富士谷夫人(平然と)「あんたの子供なんですか?」
佐藤「僕の妻が生んだのだから、僕の子供に決まっている」
富士谷夫人「はいはい、そうですか。じゃあ、頑張ってお馬鹿さんふたりで育ててください。私はもう帰って寝ますからね。お代はいいですよ。なかなか愉快な喜劇を見ましたから。赤ん坊は様子を見に、後でまた来ますよ。まあ、分からないことはこの下宿の奥さんでも聞くんですね」
・佐藤と鱒子はロクに聞きもしないで赤ん坊に見入っている。富士谷夫人は「あきれた」という表情で帰っていく。

(このシーン終わり)

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「魔群の狂宴」20




・(一案として)後で出て来る殺人の場面では、ヘンデルの「ラルゴ」が静かに流れる。

・夜、雪が激しく降っている。佐藤富士夫と桐井六郎の下宿の前の道。明かりが点いている家は少なく、雪の積もった小さな道の遠くは闇の中に消失している。その道を遠くからゆっくりと歩いてくる女の姿。時々、道に倒れるが、起き上がって歩く。その姿がいかにも苦しそうである。
・外から見ると、佐藤の部屋(一階)と桐井の部屋(二階)はまだ明かりがついているが、下宿の主人の部屋の電気は消えている。
・佐藤の部屋。富士夫は机の前で椅子に掛け、ぼんやりしている。下宿の表の戸を叩く音に、妄想から覚める。しばらくしてまた音がする。下宿の主人が早寝していて気付かないのである。
・舌打ちして佐藤(昼間のままの服の上にどてらを着ている)は部屋の戸を開けて玄関に行く。
佐藤「どなたですか」
鱒子「佐藤鱒子と言います。ここに佐藤富士夫さんはいらっしゃいますか」
・佐藤、驚愕の表情になる。慌てて玄関の戸を開ける。
・雪を頭に散らした鱒子の凄惨な姿。顔は真っ青で、腹は明らかに臨月である。
佐藤「お、お前、……鱒子」
鱒子「今言ったでしょ。私に会えて嬉しい?」(皮肉な表情)
・富士夫は返答できない。やっとのことで絞り出すような声で
佐藤「ア、アメリカからひとりで帰ってきたのか」
鱒子「そうよ。こんなお腹でね」
佐藤「銀三郎は……」
鱒子「この姿を見れば分かるでしょ。私を捨てたのよ。赤ん坊付きで」
佐藤「そうか。とにかく、入りなさい」
鱒子「この辺に産婆はいるの? どうやら、今夜中に生まれそうなの」
佐藤「まず、部屋で寝ていなさい。産婆を探してくる」
慌てて鱒子を部屋に入れ、寝床を敷き、寝かせる。火鉢を寝床の傍に据える。
佐藤「すぐに戻ってくるから、大人しく寝ていてくれ」
佐藤は大急ぎで二階に駆け上り、桐井の部屋の戸を叩く。
戸が開いて、桐井が顔を出す。
桐井「誰か来たようだな」
佐藤「鱒子が…鱒子が帰ってきたんだ」
桐井「そうか。彼女を許すのか」
佐藤「分からん。とにかく、彼女は今にも子供が生まれそうなんだ。産婆を呼んできたいが、カネが無い」
桐井「カネの心配はいらん。富士谷の女房が産婆をしていたはずだ。呼んでくるまで、俺が鱒子さんの看病をしておくから」
佐藤(カネを受け取って)「すまん、頼んだ」
慌てて転げるように階段を下りていくその姿に桐井は微笑む。

・富士谷の家の奥の部屋。兵頭、富士谷、栗谷が会合を開いている。(放火事件の善後策についての会合である。)
・表の戸が激しく叩かれる。
・警察かと思ってぎょっと驚く三人。
兵頭(富士谷に)「出てみろ。俺たちがここにいることは言うんじゃないぞ」

・玄関の戸を開ける富士谷。そこに佐藤がいるのを見て驚く。
富士谷「どうした、こんな時間に」
佐藤「お前にじゃなく、奥さんに用がある。俺の女房が産気づいて、今にも産まれそうなんだ。すぐに来てほしい」
富士谷「女房だと? お前、女房などいたか?」
佐藤「今日来たんだ。そんなことはどうでもいい。奥さんを呼んでくれ」
富士谷「少し待ってろ」
・富士谷、いったん戸を閉めて中に入る。外で寒さをこらえて待つ佐藤。
・その玄関の戸が開き、富士谷の妻が出て来る。産婆姿。
・ふたりが去っていくのを二階の窓から確認する栗谷。
・階段を下りて奥の部屋へ戻る栗谷。
富士谷「驚いたな、佐藤の話をしていたら、本人がやって来るとは」
兵頭「さすがに、こちらに心の準備ができていなかったな、ははは」
栗谷「で、先ほどの話のように、佐藤を殺して、その死体を池に沈めた上で、放火事件の犯人は佐藤だと警察に密告するんですか?」
兵頭「そうだ」
富士谷「それはひどい。赤ん坊が生まれそうだというのに」
兵頭「桐井を言い含めて、自分が犯人だという告白書を書かせた上で自殺してもらうという手もあるが、そういう不名誉な死に方はたぶん断るだろう。まあ、桐井が自殺した場合はその死体を利用させてもらうが、なかなか死なないようなら、やはり佐藤に死んでもらおう」
・電灯ではなく、テーブルのランプの灯りでの会合なので、壁に揺れる影にいっそう悪魔的な感じがある。

(このシーン終わり)


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「魔群の狂宴」19


・翌朝、ホテルから実家へ一人で徒歩で帰る途中の理伊子。
・火事の焼け跡が続く町の一角に来ると、前方に人だかりがあり、その一番後ろにいる兵頭、富士谷、栗谷の3人が何かを話している。
・理伊子がその後ろを通ろうとした時、栗谷が振り返り、理伊子に気づく。
栗谷「おやおや、これは大富豪岩野さんのお嬢様じゃないですか。おひろいで朝帰りですか」
・理伊子はツンと頭を上げて通りすぎようとする。
民衆のひとり「岩野の娘だって?」
他のひとり「須田銀三郎の情婦だろう」
別のひとり「ということは、銀三郎の女房を殺した一味か?」
・銀三郎の妻が殺されたと聞いて、理伊子は驚いて立ち止まる。
民衆のひとり「火事にまぎれて死体を燃やそうとしたんだろうが、残念ながら燃えてねえよ」
他のひとり「ひでえことをするもんだ。もしかしたら死体を隠すために火事を起こしたのか」
別のひとり「資本家という連中はみんな俺たちを虫けらだと思っているんだ」
・呆然と立ちすくむ理伊子。
・その時、誰かの投げた石が彼女の頭に当たる。(スローモション撮影で、「飛んでくる石」「理伊子の頭に当たる瞬間」「その時の理伊子の顔」が映される。)
・(スローモーション撮影で)倒れていく理伊子の身体。
一市民「おいおい、ひでえことするなあ」
他の市民「大丈夫かな」
・理伊子の身体の周りに多くの人が集まって見下ろす。
市民「おい、動かないぞ」
他の市民「まさか、死んじゃいないだろうな」
・後ずさりしてその場を離れる野次馬たち。
・カメラは上方から、雪と泥の上の理伊子の死体と、そこを離れて広がって行く人々の輪を映す。


(このシーンはここで終わる)


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プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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