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気の赴くままにつれづれと。
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《私が「家族」「結界」の話を持ち出したのは、吉本興業の会長が「うちの芸人たちは家族だと思っているから、いちいち契約書は交わさない」と言ったからだ。社員数人の家族経営ならいざしらず、売り上げ何百億の企業が、「家族」なんていう不合理かつ抑圧的な原理で運営されて良いはずがない。 22:08-2019年7月24日》
《年間売り上げ何百億円の大企業が、「家族」の美名のもと、契約書すら交わさずに所属タレントを使役している「不合理」さと「抑圧」を指摘したわけで、つまり「家族」が実際の「家族」の枠組からはみ出して、「擬制」として巨大な組織に適用される時、それは抑圧的な原理に変貌するということです。
RT:@xxx『「家族」なんていう不合理かつ抑圧的な原理』って、世界の大半の人間は、何かしらの家族に属し、自らの家族を愛し、そのことについて疑問を感じずに生きてるんですけど、そういう人達に喧嘩を売っていると読み取っていいのかな、これは 8:12-2019年7月24日》
以上のツイートの流れを追えばわかっていただけると思うのだが、私は、「家族」への愛情や帰属意識そのものを攻撃したのではない。家族的なつながりの価値を否定しているのでもない。
私が一連のツイートを通じて強調しているのは、法に基づいたコンプライアンスを重視すべき企業が、「家族原理」を持ち出すことへの違和感だ。理由は、わざわざ説明するまでもないことなのだが、血縁上の文字通りの家族以外のメンバーを対象に拡張的に適用される家族原理は、多くの場合、不合理な支配隷従関係の温床となるからだ。具体的に言えば、安易に拡張適用された「家族」は、上位者による抑圧を正当化する内部的な桎梏として、下位者を集団に縛り付ける。そして、吉本「一家」の擬制は、世にあまたある「一家」を名乗るアウトロー集団がそうであるように、現代の企業としては論外の存在だ。もちろん、政府から補助金を受ける企業としては、さらにさらに論外だし、地方自治体の協力企業としても万国博覧会の看板を背負う会社としても、完全に資格を欠いている。
あまりにも誤解されているように思うので「ネトウヨ」に関してヒトコト述べます
「ネトネトウヨウヨ」はムラ社会が気の遠くなるほど昔から鄭重に「育成」してきた
通常人の一般的な資質であって決してネトウヨ諸君だけ例外的存在なのではありません
反知性主義に包まれ感情的で情緒に溺れ客観性を微塵も持てずに感傷的な人生観を持ち
自民族優先主義に酔いつつ新しいことは怖れて避け「己の狭量さは徹底して無視する」
これは新聞テレビ局に勤めるほとんどのムラ人間や学校教師にも共通する要素です
同時にテレビ雑誌新聞など各種メディアが広めてきた「ニッポン人の正常な資質」です
さらに上級/低級の職階を問わず国家役人および地方役人の圧倒的多数に遺伝的あるいは
種痘のように植え付けられている「本能的性癖」です本来ムラ社会とはそういうものです
ネトウヨとは無知と前例踏襲主義の新たな野合を意味します
つまり「ネトウヨ」こそ愚かで卑怯で夜郎自大な日本人の基本的性格/資質なのです/艸。
「悪気」や「嘲笑の意図」を云々する以前に、エレベーターを笑うジョークは、その「構造」として、エレベーターに乗って天守閣にたどりついた階段弱者を貶めたストーリーを包含せざるを得ない。その意味で、エレベーターを笑うジョークは、結局のところ「強者」による共感的な雄叫びとそんなに遠いものではない。
「戦国の世の秋霜烈日なリアルを体現しているはずの城郭の天守閣に、足元もままならない老人や車椅子に乗った障害者が集っている絵面の滑稽さ」をもって「21世紀的なクソ甘ったれたみんなの善意で世の中を素敵な場所にしましょうね式のバリアフリー社会の偽善性」を批評せしめようとするその「オモシロ」発見の視点自体が、そのまんまホモソーシャル的ないじめの構造に根ざしているということでもある。
すぐ上のパラグラフは言い過ぎかもしれない。
ただ、会話の中にジョークを散りばめにかかるコミュニケーション作法が、多分に虚栄心と自己顕示欲を含んだものほしげな態度であるという程度のことは、21世紀の人間であるわれわれは、自覚しておいた方が良い。
ジョークは、他人を動かすツールとしてそれなりの機能を発揮している一方で、時に意外な副作用をもたらす厄介な劇薬でもある。
正義の暴走を懸念するところまではわかる。
たしかに、独善に凝り固まった人間の集団は、ときに、おそろしい行動に出るものだからだ。
ただ、素朴な正義感の発露や、正義に沿ってものを考えることそれ自体を、非難している人たちを見ていると、予防拘禁を正当化していたゲシュタポの姿を思い出す
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