第四十章 悪霊
「なぜ、マルスが反逆を企てているなどと言うのです」
オズモンドは、噂を流している人間の一人を問い詰めた。
「マルスはグリセリード軍の兵士を五万人も連れて行ったではないか。それを自分の手兵にして、このアスカルファンの王位を狙おうとしているのだ。それに、レント国王の臣下であるはずのアンドレとやらがいつまでもマルスの所に滞在しているのも怪しい。きっとレントと呼応して、アスカルファンに内乱を起こそうとしておるのだ」
アルプのジルベルト公爵は答えた。彼と弟のロックモンドが、マルス反逆論の中心人物だった。
「話になりませんな。なら、前のグリセリード戦でのマルスの働きは何だったというのです?」
「あれとこれは別だ。分不相応な地位を手に入れて、野心を起こすのは、よくある話だ」
「己を持って他を推す、という奴ですな。あなたは、ゲイル郡がご自分の物にならなかったのを逆恨みなさってるんだ」
「無礼者! そのような暴言を吐くと、国王の側近とはいえ、容赦はせぬぞ」
「あなたこそ、お言葉に気をつけなさるがよい。せっかく二度の戦が終わったところに、平地に波風を立てるようなことはおよしなさい。それでなくとも国事多端な時に」
確かに、全国は不穏な気配に包まれていた。
二度の戦費捻出に苦しむ各郡の領主たちは、自郡の年貢や税金を引き上げ、一般の人々の生活は窮乏に追い込まれていた。そのため、絶望から領主への反乱を起こす民衆も増えていた。中には、数千人規模の反乱もあり、暴徒となった民衆が、領主の館に押し入って、領主を殺し、領主の妻や娘たちを強姦した上で惨殺するという出来事もあった。その反乱は隣国の領主が手勢二千人を率いて乗り込み、暴徒のほとんどを弓や剣で殺すことで抑えられたが、その後も数百人規模の一揆は絶えなかった。その中で、奇跡的なほど平和に治められ、人口を増やしているゲイル郡への羨望が全国の人民に生まれていて、マルスを国王にせよ、という声が上がっているのも事実であった。
「年貢を四分の一にするなど、民衆への人気取り以外の何物でもない。あんな事をされては、我が郡のやり方に非難が集まるではないか」
他の領主たちからは、マルスを非難する声が上がっていた。
やがて、奇怪な出来事があった。シャルル国王の后が、精神が錯乱し、誰彼構わず、男を自分のベッドに引き入れるようになったのである。しかも、そのありさまをわざと人前に曝すのであった。最初、病気として王妃を診察しようとした医者は、王妃に抱きつかれて理性を失い、王妃と交わっている最中に王妃が大声で人を呼んだのに驚いて体を離そうとしたが、王妃が足を絡めて放さず、あられもない姿を衆人に見られて、処刑台に送られた。次に悪霊の調伏に呼ばれたエレミエル教の高僧も同じ憂き目にあった。
やがて、民間で超能力者として知られるようになっていたある男が、王宮に呼ばれた。
色浅黒く、骸骨のように痩せて背の高いその男は、香を焚いて王妃の前で祈りを捧げた。
王妃は甲高く、しわがれた笑い声を上げた。
「お主が来たからには、わしは出てゆかざるを得ないわい。だが、お主が去れば、わしはまたこの女に取り付こうぞ」
そう王妃は叫んだ後、気を失った。
気を取り戻した時、王妃はこれまでの事を一つも覚えていなかった。
シャルル国王は、この男、マーラーを賢者として宮廷に抱えることにし、もう一人の賢者カルーソーは宮廷を追われた。
国王シャルルは、マーラーの持つ様々な超能力を目の前で見せられ、すっかりこの男に信服した。
「我が国の未来はどうなっておりますかな、マーラー殿」
国王は敬語を使ってマーラーに呼びかけた。
マーラーは、目を閉じて瞑想した。
「戦乱が近づいていますな。戦は西から来る」
「敵は何者ですか」
マーラーは再び目を閉じて考え、そして言った。
「マルスという名の男です」
「やはり、マルスであったか! あの男わしが貴族に取り立て、領地をくれてやった恩義も忘れおって」
シャルル国王は、すぐさまマルス討伐の準備に取りかかった。
国王がマルスを討とうとしている事を知ったオズモンドは、必死で国王の説得に努めたが、それが不可能と知ると、急いでトリスターナの家に向かった。
事情を話してトリスターナと、トリスターナの保護のために同じ家にいたジョーイとクアトロを連れ出し、自分の家に戻って両親とジョンだけを馬車に乗せ、他の使用人には、家にある財物を皆で仲良く分けろ、と言い置いてオズモンドはゲイル郡に向かって馬車を走らせた。
四頭立ての馬車を休み無く走らせ、ゲイル郡に着いたのは翌々日だった。
「なぜ、マルスが反逆を企てているなどと言うのです」
オズモンドは、噂を流している人間の一人を問い詰めた。
「マルスはグリセリード軍の兵士を五万人も連れて行ったではないか。それを自分の手兵にして、このアスカルファンの王位を狙おうとしているのだ。それに、レント国王の臣下であるはずのアンドレとやらがいつまでもマルスの所に滞在しているのも怪しい。きっとレントと呼応して、アスカルファンに内乱を起こそうとしておるのだ」
アルプのジルベルト公爵は答えた。彼と弟のロックモンドが、マルス反逆論の中心人物だった。
「話になりませんな。なら、前のグリセリード戦でのマルスの働きは何だったというのです?」
「あれとこれは別だ。分不相応な地位を手に入れて、野心を起こすのは、よくある話だ」
「己を持って他を推す、という奴ですな。あなたは、ゲイル郡がご自分の物にならなかったのを逆恨みなさってるんだ」
「無礼者! そのような暴言を吐くと、国王の側近とはいえ、容赦はせぬぞ」
「あなたこそ、お言葉に気をつけなさるがよい。せっかく二度の戦が終わったところに、平地に波風を立てるようなことはおよしなさい。それでなくとも国事多端な時に」
確かに、全国は不穏な気配に包まれていた。
二度の戦費捻出に苦しむ各郡の領主たちは、自郡の年貢や税金を引き上げ、一般の人々の生活は窮乏に追い込まれていた。そのため、絶望から領主への反乱を起こす民衆も増えていた。中には、数千人規模の反乱もあり、暴徒となった民衆が、領主の館に押し入って、領主を殺し、領主の妻や娘たちを強姦した上で惨殺するという出来事もあった。その反乱は隣国の領主が手勢二千人を率いて乗り込み、暴徒のほとんどを弓や剣で殺すことで抑えられたが、その後も数百人規模の一揆は絶えなかった。その中で、奇跡的なほど平和に治められ、人口を増やしているゲイル郡への羨望が全国の人民に生まれていて、マルスを国王にせよ、という声が上がっているのも事実であった。
「年貢を四分の一にするなど、民衆への人気取り以外の何物でもない。あんな事をされては、我が郡のやり方に非難が集まるではないか」
他の領主たちからは、マルスを非難する声が上がっていた。
やがて、奇怪な出来事があった。シャルル国王の后が、精神が錯乱し、誰彼構わず、男を自分のベッドに引き入れるようになったのである。しかも、そのありさまをわざと人前に曝すのであった。最初、病気として王妃を診察しようとした医者は、王妃に抱きつかれて理性を失い、王妃と交わっている最中に王妃が大声で人を呼んだのに驚いて体を離そうとしたが、王妃が足を絡めて放さず、あられもない姿を衆人に見られて、処刑台に送られた。次に悪霊の調伏に呼ばれたエレミエル教の高僧も同じ憂き目にあった。
やがて、民間で超能力者として知られるようになっていたある男が、王宮に呼ばれた。
色浅黒く、骸骨のように痩せて背の高いその男は、香を焚いて王妃の前で祈りを捧げた。
王妃は甲高く、しわがれた笑い声を上げた。
「お主が来たからには、わしは出てゆかざるを得ないわい。だが、お主が去れば、わしはまたこの女に取り付こうぞ」
そう王妃は叫んだ後、気を失った。
気を取り戻した時、王妃はこれまでの事を一つも覚えていなかった。
シャルル国王は、この男、マーラーを賢者として宮廷に抱えることにし、もう一人の賢者カルーソーは宮廷を追われた。
国王シャルルは、マーラーの持つ様々な超能力を目の前で見せられ、すっかりこの男に信服した。
「我が国の未来はどうなっておりますかな、マーラー殿」
国王は敬語を使ってマーラーに呼びかけた。
マーラーは、目を閉じて瞑想した。
「戦乱が近づいていますな。戦は西から来る」
「敵は何者ですか」
マーラーは再び目を閉じて考え、そして言った。
「マルスという名の男です」
「やはり、マルスであったか! あの男わしが貴族に取り立て、領地をくれてやった恩義も忘れおって」
シャルル国王は、すぐさまマルス討伐の準備に取りかかった。
国王がマルスを討とうとしている事を知ったオズモンドは、必死で国王の説得に努めたが、それが不可能と知ると、急いでトリスターナの家に向かった。
事情を話してトリスターナと、トリスターナの保護のために同じ家にいたジョーイとクアトロを連れ出し、自分の家に戻って両親とジョンだけを馬車に乗せ、他の使用人には、家にある財物を皆で仲良く分けろ、と言い置いてオズモンドはゲイル郡に向かって馬車を走らせた。
四頭立ての馬車を休み無く走らせ、ゲイル郡に着いたのは翌々日だった。
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