第三十五章 ジルベール
「ついでに今すぐ私も斬ったらどうだ。味方の士気が高まるだろう」
ヴァルミラは嘲笑するように言った。
「分からぬ奴だ。あれを見ろ」
エスカミーリオの指差す方には、敵兵を切りまくるマルシアスの姿があった。
「あのマルシアスは、もともとアスカルファンの男だ。それが、先王ヴァンダロス様に心酔し、グリセリードのためにあのように働いておるのだ。あれこそ武人というものだろう」
「マルシアスは、アルカードの者ではないのか?」
「アスカルファンの者だ。何か訳があって故国を追われてグリセリードに来たのだ」
「なら、故国に対する裏切り者ではないか」
「愛するに足る故国では無かったという事だ」
「ふふん、グリセリードだってそれほどの物か」
「どうとでも言え。国があっての国民だ。戦に勝ってこそ、望む物が手に入るのだ。負ければ全てを失う。今はとにかく、この戦に勝つことだけが大事なのだ」
二人は口論を止めて、前方の戦いの様子を眺めた。
グリセリード軍の先頭に立って目立った働きをしているのは、アルカードから来たガイウスと、マルシアスの二人だった。この二人とも、もとはアスカルファンの生まれであるというのも、思えば皮肉である。
アスカルファン軍の前面は、この二人によって切り崩されつつあった。
マルスは、この二人を倒そうと心に決めた。このような白兵戦では、両軍の士気が大きく影響する。中心を失った敵はもろいものだ。
マルスは愛用の弓を手にしてグレイを走らせ、ガイウスに近づいていった。
「ガイウス、俺が相手だ!」
マルスの前方の兵たちは、マルスのために道を開けた。
「マルスだ!」
「マルス様がガイウスに立ち向かうぞ!」
かつてアスカルファン全体に名を轟かせた勇将ガイウスとマルスの戦いに、両軍とも戦いの手を止めて、見入った。
「お前がマルスか! 見ればまだ若僧ではないか。殺すには惜しいが、勝負を受けよう」
ガイウスは馬をマルスに向けて走らせかかったが、マルスの弓が自分を狙っているのを見て、慌てて立ち止まった。
「待て! 騎士同士の勝負に弓を使うのは卑怯!」
マルスは一瞬ためらった。弓で相手を射殺すのは簡単だが、卑怯者の汚名を着ては、全軍の士気に関わる。
マルスは、弓を収めて、ガーディアンを抜いた。
ガイウスはにやりと笑って、馬の腹を蹴った。
突進してくるガイウスに、マルスの方もグレイを走らせる。
勝負は一瞬であった。
大上段から振り下ろすガイウスの豪剣を、マルスは間一髪の差で避け、横殴りにガーディアンを払った。剣はガイウスの胴を鎧ごと切断し、ガイウスの上体は空に飛んで落下した。ガイウスの下半身だけを乗せて、ガイウスの馬はそのまま戦場を駈けて行く。
この戦いを見ていた両軍の兵たちは、戦うのも忘れて呆然としていた。
「ガイウスは、このマルスが討ち取ったぞ! 残りは弱敵のみ、皆、奮戦せよ!」
マルスは大声に言った。
おおっ、とアスカルファン軍兵士の中から声が上がる。
勢いを盛り返した兵たちを見て、マルスは戦いのもう一つの場に向かった。だが、自軍を散々に悩ませていた栗色の髪の将は、どこに行ったか、姿が見えない。
その頃、マルシアスはバルミア市内に馬を乗り入れていた。
現れた敵兵を見て、市民たちは逃げ惑う。
マルシアスは、市民たちには目もくれず、ある方角に向かった。
やがてマルシアスが馬を止めたのは、マルスとトリスターナの屋敷、オルランド家であった。
「きゃあっ、敵兵よ!」
下働きの女たちは、マルシアスを見て逃げ惑う。
マルシアスはずかずかと屋敷の中に入っていった。
「そこに止まりなさい。この家で無礼をすると、承知しませんよ」
二階の階段の上から震えながら声を掛けたのは、トリスターナである。
「やあ、トリスターナ。私だよ。ジルベールだ。忘れたか?」
「ジ、ジルベールですって? まさか!」
「元気そうだな。すっかり大人になったが、まだ昔の面影はある」
「本当にジルベールなの?」
「見てのとおりだ。アンリは?」
「アンリはいないわ。それより、ジルベール、どうしてグリセリード軍の格好をしているの?」
「話せば長い。それより、間もなくここはグリセリード軍が来る。お前も無事では済むまい。私と一緒に来なさい。グリセリード軍の役人に、保護してもらおう」
「いりません。それより、どうしてお兄さんがグリセリード軍にいるのか説明して」
マルシアスは、少しためらったが、テーブルに腰を掛けて言った。
「仕方ない。簡単に説明しよう」
そして、次のような話をした。
「ついでに今すぐ私も斬ったらどうだ。味方の士気が高まるだろう」
ヴァルミラは嘲笑するように言った。
「分からぬ奴だ。あれを見ろ」
エスカミーリオの指差す方には、敵兵を切りまくるマルシアスの姿があった。
「あのマルシアスは、もともとアスカルファンの男だ。それが、先王ヴァンダロス様に心酔し、グリセリードのためにあのように働いておるのだ。あれこそ武人というものだろう」
「マルシアスは、アルカードの者ではないのか?」
「アスカルファンの者だ。何か訳があって故国を追われてグリセリードに来たのだ」
「なら、故国に対する裏切り者ではないか」
「愛するに足る故国では無かったという事だ」
「ふふん、グリセリードだってそれほどの物か」
「どうとでも言え。国があっての国民だ。戦に勝ってこそ、望む物が手に入るのだ。負ければ全てを失う。今はとにかく、この戦に勝つことだけが大事なのだ」
二人は口論を止めて、前方の戦いの様子を眺めた。
グリセリード軍の先頭に立って目立った働きをしているのは、アルカードから来たガイウスと、マルシアスの二人だった。この二人とも、もとはアスカルファンの生まれであるというのも、思えば皮肉である。
アスカルファン軍の前面は、この二人によって切り崩されつつあった。
マルスは、この二人を倒そうと心に決めた。このような白兵戦では、両軍の士気が大きく影響する。中心を失った敵はもろいものだ。
マルスは愛用の弓を手にしてグレイを走らせ、ガイウスに近づいていった。
「ガイウス、俺が相手だ!」
マルスの前方の兵たちは、マルスのために道を開けた。
「マルスだ!」
「マルス様がガイウスに立ち向かうぞ!」
かつてアスカルファン全体に名を轟かせた勇将ガイウスとマルスの戦いに、両軍とも戦いの手を止めて、見入った。
「お前がマルスか! 見ればまだ若僧ではないか。殺すには惜しいが、勝負を受けよう」
ガイウスは馬をマルスに向けて走らせかかったが、マルスの弓が自分を狙っているのを見て、慌てて立ち止まった。
「待て! 騎士同士の勝負に弓を使うのは卑怯!」
マルスは一瞬ためらった。弓で相手を射殺すのは簡単だが、卑怯者の汚名を着ては、全軍の士気に関わる。
マルスは、弓を収めて、ガーディアンを抜いた。
ガイウスはにやりと笑って、馬の腹を蹴った。
突進してくるガイウスに、マルスの方もグレイを走らせる。
勝負は一瞬であった。
大上段から振り下ろすガイウスの豪剣を、マルスは間一髪の差で避け、横殴りにガーディアンを払った。剣はガイウスの胴を鎧ごと切断し、ガイウスの上体は空に飛んで落下した。ガイウスの下半身だけを乗せて、ガイウスの馬はそのまま戦場を駈けて行く。
この戦いを見ていた両軍の兵たちは、戦うのも忘れて呆然としていた。
「ガイウスは、このマルスが討ち取ったぞ! 残りは弱敵のみ、皆、奮戦せよ!」
マルスは大声に言った。
おおっ、とアスカルファン軍兵士の中から声が上がる。
勢いを盛り返した兵たちを見て、マルスは戦いのもう一つの場に向かった。だが、自軍を散々に悩ませていた栗色の髪の将は、どこに行ったか、姿が見えない。
その頃、マルシアスはバルミア市内に馬を乗り入れていた。
現れた敵兵を見て、市民たちは逃げ惑う。
マルシアスは、市民たちには目もくれず、ある方角に向かった。
やがてマルシアスが馬を止めたのは、マルスとトリスターナの屋敷、オルランド家であった。
「きゃあっ、敵兵よ!」
下働きの女たちは、マルシアスを見て逃げ惑う。
マルシアスはずかずかと屋敷の中に入っていった。
「そこに止まりなさい。この家で無礼をすると、承知しませんよ」
二階の階段の上から震えながら声を掛けたのは、トリスターナである。
「やあ、トリスターナ。私だよ。ジルベールだ。忘れたか?」
「ジ、ジルベールですって? まさか!」
「元気そうだな。すっかり大人になったが、まだ昔の面影はある」
「本当にジルベールなの?」
「見てのとおりだ。アンリは?」
「アンリはいないわ。それより、ジルベール、どうしてグリセリード軍の格好をしているの?」
「話せば長い。それより、間もなくここはグリセリード軍が来る。お前も無事では済むまい。私と一緒に来なさい。グリセリード軍の役人に、保護してもらおう」
「いりません。それより、どうしてお兄さんがグリセリード軍にいるのか説明して」
マルシアスは、少しためらったが、テーブルに腰を掛けて言った。
「仕方ない。簡単に説明しよう」
そして、次のような話をした。
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