「検察がもっとも恐れる男」として知られる弘中惇一郎弁護士が担当した事件の一つに「ライブドア事件」がある。
この事件で、当時ライブドア社長だった堀江貴文氏(愛称ホリエモン)は懲役2年6ヵ月の実刑判決が確定し、服役した。
しかし、堀江氏の実刑は「過去に類例のない」「不公平で不相当な」量刑だったと弘中氏は振り返る。
なぜ堀江氏は実刑に服さなくてはならなかったのか。
【*本記事は弘中惇一郎『特捜検察の正体』(7月20日発売)から抜粋・編集したものです。】
「誰でもやっているようなこと」を大問題化
商法や会計についてよくわからない人が、「このお金はどの項目に分類すればいいのかな」と迷い、最終的に自己の判断でお金の出入りを分類することは、日常的によくあるだろうと思う。
特捜検察は、ターゲットにした人を起訴するために、このように誰でもやっているようなことをことさらに大問題であるとして取り上げ、事件化することがある。
私が担当した特捜事件でいえば、カルロス・ゴーン事件やライブドア事件(有価証券報告書虚偽記載など)、鈴木宗男事件や小沢一郎事件(政治資金収支報告書虚偽記載)がそれである。どの事件も、会計実務上どの項目に分類すればいいかといった細かな問題であり、非常に悪質な改竄などで取引先や関係者に損害を与えたものではなかった。
有価証券報告書や政治資金収支報告書の記載については、解釈がどうにでも成り立つ問題が多い。そもそも、どうすればよかったのか、本人も関係者もよくわかっていないことが多いので、「これは悪いことだ」と無理やりねじ込まないと供述が取れない。そのため、特捜検察はかなり無理をする。
「大犯罪」に仕立て上げられた「ライブドア事件」
2008年に私はライブドア事件を担当した。当時の特捜検察は、摘発対象の重心を、従来の政界汚職から経済犯罪、金融証券犯罪に移そうとしていた。
ライブドア事件は、2006年にITベンチャー企業「ライブドア」の堀江貴文(愛称「ホリエモン」)社長や財務担当取締役の宮内亮治氏ら幹部が、証券取引法違反容疑で東京地検特捜部に逮捕・起訴された事案だ。
このときも特捜部は、同社の監査役や監査法人でさえ見落としていた細かな会計上の問題を取り上げ、社長の堀江氏が正確に認識していなかったことを「大犯罪」であるかのように仕立て上げた。
堀江氏は、07年に東京地裁で懲役2年6ヵ月の実刑判決を受けて即日控訴したが、翌年に控訴棄却となり、即日上告。私は上告審から堀江氏の弁護人を務めることとなった。
過去の類似事件で「実刑判決はほとんどない」
上告審で我々が問題の一つとしたのは「量刑不当」である。
堀江氏の主な起訴事実は、総額約53億円の粉飾決算(有価証券報告書虚偽記載)だった。粉飾決算事件は過去にいくつも起きているが、課徴金という行政罰(スピード違反の反則金のようなもの)で済まされることが圧倒的に多く、粉飾額が1000億円を超える場合でも執行猶予とされるのが量刑相場で、実刑判決が言い渡された例はほとんどない。
たとえば、山一證券が1995~97年にわたり約7428億円の粉飾決算をしたとされた事件では、東京高裁が元社長に対して懲役3年、執行猶予5年の判決を言い渡した。ほかに、日本債券信用銀行事件(粉飾額約1592億円)では元会長に懲役1年4ヵ月、執行猶予3年の判決が、カネボウ事件(粉飾額は連結純資産で約753億円)では元社長に懲役2年、執行猶予3年の判決が言い渡されている。
これらの事件と比べると、粉飾額約53 億円のライブドア事件での堀江氏に対する実刑判決は、不公平で不相当な量刑である。我々はそう主張したが、上告は棄却されてしまい、実刑判決が確定した堀江氏は東京拘置所に収監された(のちに長野刑務所へ移管)。
「不当量刑」の真意
仮に、堀江氏が粉飾決算をやったとしても、検察は前後のケースから考えて課徴金で済ませるか、刑事事件として取り上げた場合でも執行猶予付きの求刑をしたはずである。
しかし、実際には「懲役4年」を求刑し、堀江氏は実刑判決を言い渡された。極端なたとえで言えば、40キロのスピード違反をして免許停止1ヵ月と罰金10万円を払い、「これからは気を付けなさいよ」と言われて済むものが、実刑を食らったようなものだ。
なぜ、堀江氏はこのように重い量刑になったのだろうか。
逮捕前の堀江氏は、日本を代表するメディアグループやプロ野球球団の買収に乗り出し、著書『稼ぐが勝ち』で自身の起業術や経営術を語り、六本木ヒルズに本社と自宅を持つなど、非常に目立つ存在だった。
「出る杭は打たれる」という諺があるように、堀江氏に対する不当に重い量刑は、一種の見せしめ的なものだったのではないか、とも思えるのである。