第四十八章 シシャク山
翌朝、ミゼルたちが目覚めて隠れ家の外に出ると、昨日とは打って変わって空は良く晴れ上がって、見事な朝焼けだった。
西の彼方には、神殿のあるというシシャク山が、雪に覆われた体に朝日を受けて、薔薇色に輝いている。
四人は、朝食を済ませると、すぐにシシャク山に向かって出発した。その後ろから、ライオンのライザも追ってくる。
神殿のある山の中腹までは結構ある。四人は雪の積もった山道を馬で登っていった。もちろん、ミゼルの乗っているのは愛馬ゼフィルである。
「いつ敵が出てくるか分かりません。油断しないように」
リリアに言われるまでもなく、皆、周囲には気を配っている。
突然、頭上から何かが、先頭のミゼルの上に落ちてきた。
咄嗟に剣を抜いて切り払う。
真っ二つに分断されて地上でのたうっているのは、体長二メートルほどもある大蛇であった。
「こんな冬に蛇がいるのはおかしいな。普通なら冬眠しているはずだ」
自然の中で育ったミゼルが呟く。
「そうかい。なら、この辺の動物は魔物の仲間かも知れんさ」
ピオが答える。その足元に、リリアが突然、指先から電光を放った。
ピオの馬は、驚いて棒立ちになったが、ピオが足元を見ると、そこには焼け焦げた毒蛇の死体があり、自分がリリアに救われたことが分かった。
「有り難うよ。リリア。しかし、前後左右だけじゃなく、上にも下にも気を配らんといかんとは、大変だ」
ピオは、ぼやいた。
やがて、林を抜けて、一行は視界の開けた場所に出た。
「見えたぞ! カリオスの神殿だ」
先頭のミゼルが、声を上げて前方を指さした。
山間の、雪の積もった広い野原の向こうに、目指す神殿の姿があった。青空の下のこの美しい雪景色の中で、その灰色の建物は、そこだけ異様な雰囲気を漂わせている。神殿までは、あと一キロほどだろうか。神殿の少し前方には川があるが、今は凍っており、簡単に渡れそうだ。
「いよいよだな」
マリスが呟いた。
その時、今まで良く晴れていた空が急に曇りだし、あたりが暗くなって雪が降り始めた。
「おかしいな、こんなに急に天気が変わるなんて」
ミゼルが言うと、リリアが
「これは、カリオスの仕業よ。私たちが近づくのを知って、何かをたくらんでるのよ、きっと」
と答えた。
その言葉通り、降りしきる雪の中に、やがて黒い巨大な影が現れた。
最初はそれが何者か分からなかったが、五十歩ほどの距離に近づいて正体が分かった。
それは、身長およそ五十メートルほどの氷の巨人だった。
その怪物は、腕を振り上げて、ミゼルたちに向かって進んでくる。動きはゆっくりしているが、その腕で殴られたら、人間は、ひとたまりもあるまい。
「ミゼル、矢を射るのよ!」
リリアが叫んだ。その言葉に従って、ミゼルは素早く矢を弓に番えて放った。
リリアが呪文を唱えると、その矢は、炎に包まれ、炎の矢になった。
炎の矢は、過たず、氷の巨人の胸に当たり、大きな穴を開けた。
続けてミゼルが射た炎の矢は、今度は巨人の首に当たった。巨人の頭部は、ぐらりと揺れて、崩れ落ちた。
ほっとする間もなく、今度は人間ほどの大きさの無数の影が現れた。
ピオとマリスが前に飛び出し、剣を振るい始める。ミゼルも、その後に続く。
相手は、明らかに動く死体であった。兵士の死体に生命の与えられた物である。戦で亡くなった兵士達の死体を、カリオスがゾンビにして用いているのだろう。
「頭を切り落とすのよ! そうすれば生き返らないわ」
最初は腕を斬っても胴を斬っても何の痛痒も感じぬように平然と向かってくるゾンビ達に苦戦していた三人だが、リリアの言葉で、頭部を切り落とし始めると、兵士の数は少しずつ減り始めた。それでも、普通の人間を倒すのとは違って、数百人ものゾンビを片づけるには、並大抵でない体力が要る。
やがて、ゾンビ達は、すべて頭部を斬られて雪の上で動かなくなった。
さすがに疲れて、雪の上に腰を下ろしへたばっていた三人は、いつの間にか雪がやんでいたことにもしばらくは気づかなかった。
「お疲れさん。ここまでよく頑張ったと誉めてやろう。だが、残念ながら、ここで君たちはお終いだよ」
突然、どこかから声が響いた。嘲笑うような、若々しい声である。
「おっと、僕の姿を探しても無駄だよ。魔獣使いは、その本体を曝すのは禁物だからね。僕の名前は、ミオス。カリオスの息子さ」
慌てて周囲を見回した四人だが、どこにも声の主の姿は見えない。
「君たちに相手をして貰うのは、ちょっと手強いよ。古代のドラゴンの生き残りだ。といっても、お伽噺のように翼はないがね。象よりも何倍も大きくて、ライオンのように獰猛な奴さ」
その言葉と同時に、傍の山陰から現れてきたのは、ミオスの言葉通りの怪物だった。
御伽話の竜ではなく、古代の恐竜、ティラノザウルスである。しかし、その体高は、二十メートルほどもあるのではないだろうか。自然の生き物ではなく、やはりカリオスの魔法で作り出された生き物だろう。
小山のように大きなその体を見上げて、四人は、さすがに恐怖を感じて立ち竦んだ。
ドラゴンは、耳をつんざく咆吼を上げ、ミゼルたちに向かって歩いてくる。その一足ごとに、ずしんずしんと地響きがする。あの足で踏まれたら、いかに神の武具を着ていても、持ちこたえきれないだろう。
翌朝、ミゼルたちが目覚めて隠れ家の外に出ると、昨日とは打って変わって空は良く晴れ上がって、見事な朝焼けだった。
西の彼方には、神殿のあるというシシャク山が、雪に覆われた体に朝日を受けて、薔薇色に輝いている。
四人は、朝食を済ませると、すぐにシシャク山に向かって出発した。その後ろから、ライオンのライザも追ってくる。
神殿のある山の中腹までは結構ある。四人は雪の積もった山道を馬で登っていった。もちろん、ミゼルの乗っているのは愛馬ゼフィルである。
「いつ敵が出てくるか分かりません。油断しないように」
リリアに言われるまでもなく、皆、周囲には気を配っている。
突然、頭上から何かが、先頭のミゼルの上に落ちてきた。
咄嗟に剣を抜いて切り払う。
真っ二つに分断されて地上でのたうっているのは、体長二メートルほどもある大蛇であった。
「こんな冬に蛇がいるのはおかしいな。普通なら冬眠しているはずだ」
自然の中で育ったミゼルが呟く。
「そうかい。なら、この辺の動物は魔物の仲間かも知れんさ」
ピオが答える。その足元に、リリアが突然、指先から電光を放った。
ピオの馬は、驚いて棒立ちになったが、ピオが足元を見ると、そこには焼け焦げた毒蛇の死体があり、自分がリリアに救われたことが分かった。
「有り難うよ。リリア。しかし、前後左右だけじゃなく、上にも下にも気を配らんといかんとは、大変だ」
ピオは、ぼやいた。
やがて、林を抜けて、一行は視界の開けた場所に出た。
「見えたぞ! カリオスの神殿だ」
先頭のミゼルが、声を上げて前方を指さした。
山間の、雪の積もった広い野原の向こうに、目指す神殿の姿があった。青空の下のこの美しい雪景色の中で、その灰色の建物は、そこだけ異様な雰囲気を漂わせている。神殿までは、あと一キロほどだろうか。神殿の少し前方には川があるが、今は凍っており、簡単に渡れそうだ。
「いよいよだな」
マリスが呟いた。
その時、今まで良く晴れていた空が急に曇りだし、あたりが暗くなって雪が降り始めた。
「おかしいな、こんなに急に天気が変わるなんて」
ミゼルが言うと、リリアが
「これは、カリオスの仕業よ。私たちが近づくのを知って、何かをたくらんでるのよ、きっと」
と答えた。
その言葉通り、降りしきる雪の中に、やがて黒い巨大な影が現れた。
最初はそれが何者か分からなかったが、五十歩ほどの距離に近づいて正体が分かった。
それは、身長およそ五十メートルほどの氷の巨人だった。
その怪物は、腕を振り上げて、ミゼルたちに向かって進んでくる。動きはゆっくりしているが、その腕で殴られたら、人間は、ひとたまりもあるまい。
「ミゼル、矢を射るのよ!」
リリアが叫んだ。その言葉に従って、ミゼルは素早く矢を弓に番えて放った。
リリアが呪文を唱えると、その矢は、炎に包まれ、炎の矢になった。
炎の矢は、過たず、氷の巨人の胸に当たり、大きな穴を開けた。
続けてミゼルが射た炎の矢は、今度は巨人の首に当たった。巨人の頭部は、ぐらりと揺れて、崩れ落ちた。
ほっとする間もなく、今度は人間ほどの大きさの無数の影が現れた。
ピオとマリスが前に飛び出し、剣を振るい始める。ミゼルも、その後に続く。
相手は、明らかに動く死体であった。兵士の死体に生命の与えられた物である。戦で亡くなった兵士達の死体を、カリオスがゾンビにして用いているのだろう。
「頭を切り落とすのよ! そうすれば生き返らないわ」
最初は腕を斬っても胴を斬っても何の痛痒も感じぬように平然と向かってくるゾンビ達に苦戦していた三人だが、リリアの言葉で、頭部を切り落とし始めると、兵士の数は少しずつ減り始めた。それでも、普通の人間を倒すのとは違って、数百人ものゾンビを片づけるには、並大抵でない体力が要る。
やがて、ゾンビ達は、すべて頭部を斬られて雪の上で動かなくなった。
さすがに疲れて、雪の上に腰を下ろしへたばっていた三人は、いつの間にか雪がやんでいたことにもしばらくは気づかなかった。
「お疲れさん。ここまでよく頑張ったと誉めてやろう。だが、残念ながら、ここで君たちはお終いだよ」
突然、どこかから声が響いた。嘲笑うような、若々しい声である。
「おっと、僕の姿を探しても無駄だよ。魔獣使いは、その本体を曝すのは禁物だからね。僕の名前は、ミオス。カリオスの息子さ」
慌てて周囲を見回した四人だが、どこにも声の主の姿は見えない。
「君たちに相手をして貰うのは、ちょっと手強いよ。古代のドラゴンの生き残りだ。といっても、お伽噺のように翼はないがね。象よりも何倍も大きくて、ライオンのように獰猛な奴さ」
その言葉と同時に、傍の山陰から現れてきたのは、ミオスの言葉通りの怪物だった。
御伽話の竜ではなく、古代の恐竜、ティラノザウルスである。しかし、その体高は、二十メートルほどもあるのではないだろうか。自然の生き物ではなく、やはりカリオスの魔法で作り出された生き物だろう。
小山のように大きなその体を見上げて、四人は、さすがに恐怖を感じて立ち竦んだ。
ドラゴンは、耳をつんざく咆吼を上げ、ミゼルたちに向かって歩いてくる。その一足ごとに、ずしんずしんと地響きがする。あの足で踏まれたら、いかに神の武具を着ていても、持ちこたえきれないだろう。
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