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現代世界の性の混乱

「バカ国民帝国日本の滅亡」記事だが、その主張には賛成とも反対とも言えない。まあ、どうでもいい、という感じだ。真面目に考えたことが無いのである。
しかし、文章内容が面白い。途中に挟まれた漫画の示している「人間は猿と性交していいか」という問題が面白いのである。女性が男性となぜセックスをするか、男性である私には分からないが、「知的で教養があり、人格(猿挌?)もすぐれていて、セックス上手な猿」が相手なら、女性はその猿とセックスすることを承知するだろうか。それとも低脳で無教養で人格下劣で殺人鬼だが美男のホストとセックスをしたがるだろうか。あるいは、女性でも男性でもいいが、セックスはともかく、知能の高い猿と恋愛をする人間はいるだろうか。まあ、「猿の惑星」では、猿のほうが人類の末裔より知能が高かったが、顔はやはり猿だったわけだ。男の場合は簡単で、猿相手には普通は「勃起できない」のだが、やはりこれは容姿差別で猿差別なのだろうか。現代の先進的性哲学では糾弾されるのか。そのうちに、男から愛を告白されて拒絶した男は差別主義者として裁判所行きになるのだろうかwww まあ、同性愛者の悲劇というのは少女漫画などでの定番で、面白い考察課題だが、現実世界では「ストレート」な人間が最近では肩身が狭すぎる気がする。昔なら、同性愛者でなくても男ふたりでアパートを共有しても何とも思われなかったが、今では絶対に同性愛者と見られるだろう。つまり、男同士の「単なる友情」というものの存在が困難になっているのではないか。嫌な時代である。
なお、LGBT論者が絶対に言わないことがある。それは聖書で同性愛を厳しく禁じていることである。なぜ彼らは「聖書を禁書にせよ」と言わないのか。それをやれば物凄い論争になるだろう。


2022-06-25 10:20:19

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「ジェンダーの平等」で、女性の「おっさん化」、男性の中性化が進んでいる。


 


 


男性ホルモンや女性ホルモンが出にくくなり…


 


女性は子どもを産みにくくなってきており、男性は精子の数を減らしている。


 


 


これらの「不都合な真実」を「運動家」たちは、「差別だ」と言って封殺してしまう。


 


 


これは「民主主義」なのか?


 


ファシズムではないのか?


 



 


…というか…


 


あからさまな人口削減計画にしかみえない。


 



 


少なくとも、バイオテクノロジーで「産みの苦しみ」なく…


 


「好きな遺伝子」を選択するなどして…


 


まるで、ガチャポン回してゲットするがごとくに…


 


子どもを得る時代を準備しているようにみえる。


 


 


そういう時代の準備が、「人権」とか「人間の尊厳」の名の下に行われていることに、


 


わたしは、強烈な違和感と不快感を覚える。


 



 


そういう時代の到来は、「子どもの人権」を侵害するものではないのか?


 


読売には、水野紀子・白鳳大教授のコメントが記されていた。


 


判決が、同性婚を認めるかは国民的な議論が必要としたのは妥当な判断だ。


 


差別や偏見は許されないが、同性婚の容認は別の視点から考える必要がある。


 


 


同性どうしのもとで精子や卵子の提供を受けて生殖補助医療で生まれた子供が将来、


 


育ての親と遺伝的つながりがないと知れば、ルーツに苦悩を抱えかねず、


 


子どもへの影響が心配だ。


 


 


婚姻は社会のあり方と密接に関連し、慎重な議論が求められる。


 


 


いわゆる「運動家」たちの議論は、短絡的でご都合主義ゆえに独善的で深慮に欠けている。


 


ファシズムの特徴のひとつは、「敵」の存在である。


 


 


「運動家」たちが、「女性の敵」なることばを好むのも、


 


彼らが対話でなく、相手を屈服させることが目的になっているからである。


 


 


「敵」が強大であるほど、彼らの「被害者意識」と「正義感情」は刺激され、結束が高まる。


 


彼らは集団心理のなかで、相互に自己陶酔し、自尊心や自己愛を満たすのである。


 


 


ゆえに、彼らの「運動」は、ヒステリックになりやすい。


 


 


「民主的な議論」とは、とりあえず自己主張を相手に対し、「自己開示」するものの…


 


まずは、ぐ~んと「譲歩」して、


 


広く、だれしもが受け入れられる「一致点」を探す努力をするものである。


 


 


たとえば、


 


「夫婦別姓の是非は、いまおくとして、旧姓をもっと名乗りやすくするのには同意していただける?」


 


…のような態度である。


 


憲法裁判をして、「黄門様の御印籠」のように判決を振りかざして相手を屈服させるという戦略は、


 


ファシストの思考であり、民主的とは言い難い。


 


 


そういう行動が許されるのは、だれの目にも耐えがたい不条理があるようなときである。


 


「パートナーシップ制度」など、社会からの「歩み寄り」があるにもかかわらず、


 


それらを「不十分」として簡単に全否定する行為は、相手方の尊厳を傷つけるものである。


 


 


欲深さやワガママは、民主主義の対極にあるものである。


 


 


「両性の平等」ワンイシューで、


 


自分勝手な一面的な解釈をただゴリ押しする姿勢はクレーマーのそれである。


 


 


さてさて…「同性婚」が認められたとしよう…


 


すると、他の形の婚姻も認めないと「不平等」ってことにならないだろうか?


 


 


たとえば、「獣婚」である。


 



 


いずれ、バイオテクノロジーは、人間に限りなく近いサルを作り出したりするであろう。


 



 


AI が「合理的思考」で、「獣婚」を認めたとして、人々は受け入れられるのか?


 


「感情」の問題は、「合理的判断」とは、しばしば乖離する。


 


 


性犯罪で、犯人を捕らえようとすると、被害者感情が傷ついてしまうというジレンマがあるが…


 


「同性婚」や「獣婚」あるいは、そのうち「AI婚」などが出てきた場合、


 


人々が違和感や嫌悪感を覚えないという保証はなく、それゆえに新たな差別も生みかねない。


 


 


「反差別」がすでに「差別」になっており、また、目的の成就が「新たな差別」を生みかねない…


 


二重の意味での「差別拡大運動」になっているのが、現実の「反差別運動」ではないのか?


 


 


それは、ニーチェがファシズムに時代に指摘した


 


「キレイゴト」の裏にある自己陶酔・自己弁護が隠れていることの偽善と欺瞞にあたるものだ。


 


 


デジタル化やシステム化で、人間個人は、ますます「家畜化」し、「無力化」が進んでいる。


 


人間は、もっと野性を回復することを考えるべきであり、


 


バイオテクノロジーに寄りかかって初めて成立するような「婚姻制度」を安易に認めるべきではない。


 


 


そして、以前にも言ったが、同性婚は必ず悪用される。


 


大金持ちA と大金持ちB が、「同性婚」すれば、「政略結婚」以上に富を集積できる。


 


子どもは、「遺伝子バンク」と「借り腹」があればよく…


 


あるいは、いっぱい「彼女」をつくって子どもを産ませ、「慰謝料」や「養育費」を払っておけばよい。


 


 


こんな「格差拡大・固定」政策を「人権」だの「平等」だのということばで正当化する行為に、


 


わたしは、いかなる「共感」も「理解」も示すことはできない。


 



 


 


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馬淵睦夫元ウクライナ大使の政治思想は中学生ネトウヨレベル

馬淵睦夫氏の政治思想の考察の最終回だが、最初からあまり気乗りがしなかったのは、考察するまでもなく、かなり幼稚(あの年齢の方に失礼だが、政治思想のレベルは実年齢とは無関係である。)な政治思想だろうな、の印象だったからだ。で、ここまでは予想どおりの幼稚さだったが、最後は政治思想というより「国家哲学」というか「国家精神」みたいな部分になるが、どうも、考察する価値があるかどうか。

(以下引用)



<日本人としての生き方>






14・伝統的な精神に復古すること






15・和の世界とは自らの分を尽くすこと(自分)






16・個性は作り出すものではなく、もともと備わっているもの、引き出すもの。






17・1930年当時の日本が混乱していたのは、外来思想を土着化できなかったから。それが大東亜戦争の要因でもある 






18・ポール・クローデル(1868年 - 1955年)
フランスの外交官・劇作家
駐日フランス大使(1921-27在任)日仏会館を発足
馬渕大使の著書等に度々登場しますね!
曰く、






「世界でどうしても滅んでほしくない民族がある。
 それは日本民族だ。
 日本は太古の昔から文明を積み重ねてきたから
 明治維新後 急速に欧米文化を輸入しても
 発展することができた。
 日本人は貧しい。しかし、高貴である」
(1943年/昭和18年 秋 パリにて)







19・この日本の伝統の精神が、今弱くなって来ている、忘れつつある!






20・太古の昔の日本に想いを馳せるだけではダメで、それを取り戻すということ。それが精神武装になるのです。






21・ロシアの視聴者からのメール(大使のロシア観、日本人と似たところと重なるのでご紹介)






22・ロシア人は個人主義ではなく集団の調和を思いやる、中国人が大嫌いで性格的に合わない、精神の美しさや崇高さからほど遠い中国人を軽蔑する






23・この難局をいかに乗り越えるか?なぜ世界が日本に注目するのか→日本にある精神性が鍵。

(以下、上記項目への夢人の考察)

14:「日本人の伝統的精神」って何? 15から推察すると「和の精神」のようだが、それは単なる「無気力」「勇気の無さ」「上の者への媚びへつらい(その反動としての下の者へのいじめ)」「奴隷根性」の面が大きいのではないか。もちろん、私も聖徳太子が言った意味での「和をもって尊しとなす」精神は社会を平和に幸福に維持する大きな要素だと思っている。しかし、それは「不正に対しては堂々と立ち向かう」気概が背後にあってのことだろう。
15:上で論じたので省略。
16:どのような意味や意義がこの思想にあるのか不明なので論じない。まあ、17と関連させるなら、「外来の思想や思考法ではなく、内発的な思想が重要」という、幼い国粋主義かと思う。つまり欧米コンプレックスの現れではないか。
17:これは、1930年当時の「外来思想」が何を意味するのか不明だが、当時威をふるっていたのは「自由民権思想」「共産・社会主義思想」(これはどちらも弾圧も受けていた)と、「帝国主義思想」で、このうちもっとも政治的に威力をふるっていたのは帝国主義思想だろう。その意味では「遅れてきた帝国主義が日本の満州・中国・東南アジア侵略」の一番の原因だろう。だが、そうすると、その精神的末裔である安倍一派や日本会議は当然否定されるべきで、その論理は馬淵氏の中でどう整合性を持つのか不明である。
18:単なる「日本スゲー」という自慰である。
19:「この日本の伝統的精神」の内容が不明なので論ずることもできない。
20:「太古の昔の日本(の精神)」の内容が不明なので論じることもできない。
21:メールの内容が不明なので論じない。
22:この「ロシア人論」「中国人論」の根拠がまったく不明。単なる下品なプロパガンダにしか見えない。中国人を見下げるほど日本人は精神が崇高で美しい精神を持っているか?
23:「この難局」の内容が不明だが、ウクライナ戦争との関係のことか、それとも日本の経済的危機のことか。いずれも自民党政権のもたらしたものである。
「世界が日本に注目している」→「その証拠は?」、「日本の精神性とは? 日和見主義か、長いものには巻かれろ主義か?」www


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自由主義と日本人の非婚化

「少子高齢化」の問題は私の考察宿題のひとつだが、その参考として「見合い結婚の減少」についての記事を載せておく。これは同時に「仲人を引き受ける人間の減少」つまり、他人の関係にリスクを負いたくないという、「自由主義」の浸透の結果だと私は思っている。
ついでに言うと、恋愛結婚の離婚率は見合い結婚の離婚率よりはるかに高いらしい。これはやはり「自由主義」の精神のためだろう。結婚が束縛と感じられたら、離婚するのがある意味、自由主義社会では当然であるわけだ。
だが、最初から「結婚する可能性がゼロに近い」という非正規社員や低賃金労働者の問題もあるわけで、それに加えて、男性にも女性にも「結婚の理想化」という心理があると思う。これはやはり恋愛結婚志願者に多いのではないか。昔の侍のように、結婚当日まで相手の顔も知らないというほうが、「結婚を宿命として受け入れる」わけだろう。つまり、最初から高望みしないわけだ。
結婚が「家と家との結びつき」でなくなると、その解消も容易になる。まして「夫婦別姓」ならいっそう容易だろう。これらの傾向を見ると、経済問題だけでは日本の非婚化と少子化は解決が難しそうだ。

(以下引用)

100年前の日本人が「全員結婚」できた理由「恋愛結婚」が9割の現代は離婚率も増加


お見合い結婚と恋愛結婚の比率の推移をあらわしたグラフを見るとお見合いの衰退は顕著です。戦前戦後時期は、お見合い結婚は全体の7割を占めていましたが、今では5%程度しかありません。しかもこれは結婚相談所きっかけ(約2%)を含みますので、伝統的なお見合い結婚はたった3%程度しか存在しないことになります。そのかわり恋愛結婚が87.7%にまで伸長しています。


恋愛結婚がお見合い結婚を上回る分岐となったのは1960年代後半でした。生涯未婚率が上昇し始めたのは1990年代以降です。それよりも30年以上も前に衰退したのであれば、お見合い結婚減は未婚化には無関係だと思いますか?そうではありません。1965年に25歳だった適齢期の男性が、生涯未婚の判断基準となる50歳になった時が1990年です。つまり、お見合い結婚比率が恋愛結婚比率を下回った第1世代は、そのまま生涯未婚率上昇の第1世代となったと言えるのです。

職場婚の減少も未婚化に影響

もうひとつ忘れてはならないのが職場での出会いによる恋愛結婚です。これは分類上恋愛結婚とされていますが、当時の職場結婚もまた社会的マッチングシステムのひとつでした。お見合いよりも自由度はあったと思いますが、出会いのきっかけとしてお膳立てされていたということは事実です。しかし、この職場での恋愛は今やセクハラ問題と表裏一体。職場結婚は今後も減少していくでしょう。


お見合いと職場結婚とを合算して1960年代から現在に至る婚姻数の推移をみると、構成比は1960年代の7割から半分の31.9%にまで激減しています。当然全体婚姻数も減っていますので絶対数の減り幅は膨大です。


もっとも婚姻数が多かった1972年と直近の2015年とを比較すると、お見合いと職場結婚を合算した婚姻数のマイナス分は約46万組となり、婚姻総数のマイナス分とほぼ同等です。つまり婚姻数の減少はこれら2つのきっかけの減少分だったと言えるのです。

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馬淵睦夫の政治思想の考察(2)

最初の考察部分ではまだ馬淵睦夫氏の「変なところ」はそれほど出ていなかったが、このあたりからかなりダメダメなところが露呈してくる。箇条書き9~13を考察する。


9・馬渕睦夫はなぜ安倍総理を支持するのか?
 →安倍総理以外だともっと日本が悪くなるから、もっとグローバル化する、もっと中国、在日勢力の影響力が拡大するから






10・移民法案でいうところの、”共生社会”というものは、世界のどの国にも存在していない






11・民族は民族どうしで固まる習性があり、共生社会という言葉は幻想であり、まさにポリティカルコレクトネスである






12・少数者を保護する法律などは分断を起こさせるだけ






13・とはいえ日本はもともと共生社会を実現してきたはず

(考察)

9:複数要素が入っているので分解して考察する。
a;安倍総理以外だともっと日本が悪くなる。→論外である。安倍総理ほど日本の政治を悪化させたのは小泉純一郎以外にはいない。安倍総理によって国会論戦が無意味な喜劇になり、日本語での議論が不可能になった。無数の汚職や政治的悪事、悪法の制定は数えるまでもない。
b;「グローバル化する」ことには私も反対だが、その内容を明示して批判しないと無意味だろう。つまり、単なる国粋主義(安倍の場合は軍事国家化と偽ナショナリズムが強く結びついている。)は国民に利益になるのか?
c;「在日、中国勢力の(日本社会や日本の政治での)勢力が、安倍総理以外だと拡大する」、というのが意味不明。何の根拠があるのか。dappiやネトウヨ工作員を使っての中国韓国憎悪工作ができなくなるからか。

10:ひろゆき流に言えば、「それはあなたの主観ですよね」である。世界、特に欧州の多くの国家は複数民族が共生する社会である。何かの工作が起こらない限り、それらの民族は平和に共存している。
11:10と同じく、単なる主観的思想である。「ポリコレ」をここでは批判的な意味で使っているかと思うが、共生社会は悪い意味での「ポリコレ」ではなく、「望ましいあり方」だろう。「幻想」ではなく「理想」と言っても同じことだ。
12:極論であり暴論である。少数者は全員死刑にするか国外追放にしろとでも言うのか。少数者の権利が無視されるなら、まさに「恐怖政治」だろう。要は、意味不明の「多様化」と「少数者の過剰な要求」が問題なのであり、それを一般論として「少数者保護の法律は悪」とするのは危険そのものの思想である。
13:これまでの「共生社会批判」の議論を自ら無化する一文であり、要約者が下手なのか、馬淵氏の頭が混乱しているのか不明。日本が「共生社会を実現してきた」が事実なら、馬淵氏はそれを批判しているのか? この前までの議論からすれば、そういう論理的帰結になりそうだが、まさかそうではあるまい。





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馬淵睦夫氏の政治思想の考察(23日一部訂正)

前に書いた「馬淵睦夫元ウクライナ大使」の政治論の検討をしてみる。まあ、その主張そのものに漠然としたもの、あるいは根拠不明の部分があって、あまり分析するのに気乗りがしないのだが、私のその印象そのものがまさにただの印象でしかないので、少し真面目に考えようということだ。
先に、その政治論を再引用しておく。ただし、論説の便宜上、番号をつけておく。ただし、ここで箇条書きにされているのは、馬淵氏の動画を見た人間が勝手に要約したものだろうから、馬淵氏の真意を表しているかどうかは不明である。

(以下引用)



<安倍首相・安倍政権について>




1・政治というのは妥協の産物、51のために49を犠牲するのが政治




2・日本にとって51とは?




3・ところがいまその政治が働いていない




4・安倍首相は49側、つまり妥協が過ぎるのではないか?という皆さんの批判だと思います。




5・「日本を取り戻す」という安倍首相でも、自民党と官僚を抑えることはできない




6・威勢のいい保守の論客は、実務経験が無い無責任ともいえる(それがすべて悪いとは言わないが)




7・安倍首相は官僚も自民党内もグローバリストだらけの中でギリギリの綱渡りをせざるを得ない状況




8・安倍総理は通算7年の任期
※安倍首相は2019年11月19日を越えると、通算の首相在任期間が桂太郎を抜き歴代一位となります(補足)




9・馬渕睦夫はなぜ安倍総理を支持するのか?
 →安倍総理以外だともっと日本が悪くなるから、もっとグローバル化する、もっと中国、在日勢力の影響力が拡大するから




10・移民法案でいうところの、”共生社会”というものは、世界のどの国にも存在していない




11・民族は民族どうしで固まる習性があり、共生社会という言葉は幻想であり、まさにポリティカルコレクトネスである




12・少数者を保護する法律などは分断を起こさせるだけ




13・とはいえ日本はもともと共生社会を実現してきたはず





<日本人としての生き方>




14・伝統的な精神に復古すること




15・和の世界とは自らの分を尽くすこと(自分)




16・個性は作り出すものではなく、もともと備わっているもの、引き出すもの。




17・1930年当時の日本が混乱していたのは、外来思想を土着化できなかったから。それが大東亜戦争の要因でもある 




18・ポール・クローデル(1868年 - 1955年)
フランスの外交官・劇作家
駐日フランス大使(1921-27在任)日仏会館を発足
馬渕大使の著書等に度々登場しますね!
曰く、




「世界でどうしても滅んでほしくない民族がある。
 それは日本民族だ。
 日本は太古の昔から文明を積み重ねてきたから
 明治維新後 急速に欧米文化を輸入しても
 発展することができた。
 日本人は貧しい。しかし、高貴である」
(1943年/昭和18年 秋 パリにて)





19・この日本の伝統の精神が、今弱くなって来ている、忘れつつある!




20・太古の昔の日本に想いを馳せるだけではダメで、それを取り戻すということ。それが精神武装になるのです。




21・ロシアの視聴者からのメール(大使のロシア観、日本人と似たところと重なるのでご紹介)




22・ロシア人は個人主義ではなく集団の調和を思いやる、中国人が大嫌いで性格的に合わない、精神の美しさや崇高さからほど遠い中国人を軽蔑する




23・この難局をいかに乗り越えるか?なぜ世界が日本に注目するのか→日本にある精神性が鍵。

(引用終わり。以下夢人の考察)

1:愚論だと思う。「多数決」を民主主義の唯一の手法とすることは政治学の根底的な批判対象であるべきだろう。
2:いや、それをご自身が言わないと、政治論にならない。51とは単に数的多数派か。もしそうなら、民主党が多数派の時代なら民主党は絶対正義であり、それに逆らった安倍一派は悪ではないか。
3:つまり「51のために49を犠牲にしろ」という主張だが、51が正しくて49が間違いだという根拠は何か。そして49の意志を51が妥協的に受け入れることは間違いなのか。
4:「安倍首相は49側、」という文意が不明だがこれは日本語の間違いで「安倍首相は49側に対する妥協が過ぎるのではないか」という意味以外には解釈できない。そして、安倍首相は49側に対して妥協したことは一度も無い。傲慢そのものの政治運営しかしてこなかったのは百目の一致するところだろう。
5:「日本を取り戻す」という空疎なスローガンは別として、安倍総理による官僚支配の絶対政治は明白だったはずだ。安倍総理に官僚が逆らった事実はひとつもないだろう。
6:どうでもいい話である。
7:安倍総理はグローバリストではないとするなら、馬淵流の言い方をするなら「ナショナリスト」ということになるのだろうが、軍備増強と改憲以外に安倍総理一派が主張している「ナショナリズム」は無い。そしてそのどこにも日本国民の福利はまったく考慮されていない。そういうナショナリズムのどこに価値があるのか。後で馬淵氏自身も主張している中国憎悪と中国蔑視しか、彼ら一派の「ナショナリズム」は内容が無いのである。結局軍備増強して中国と戦争をするのが日本のナショナリズムなのか? それで米国以外のどこが喜ぶのか。
8:これも、どうでもいい話である。選挙で日本国民が自民党に過半数を与えるという馬鹿なことをしたための結果にすぎない。と同時に、官僚の支配権を官邸が握ったことで、総理の権力が絶大化した結果でもある。

面倒くさくなってきたので、この辺でやめておく。気が向いたら続きを書くかもしれない。



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馬淵睦夫氏の政治論の怪しい部分

私は馬淵睦夫元ウクライナ大使については、今度のウクライナ戦争の原因がアメリカの策謀によるクーデターとその後のキエフ政権の腐敗、東部地区への弾圧と虐殺にあると明確に指摘しているところは高く評価している。元ウクライナ大使がそういう発言をしているのは、有象無象の「自称政治評論家」の発言より数倍重いし、DS(ユダ金)の凶悪さを明白に指摘しているのも凄いと思う。しかし、彼はなぜか安倍元総理擁護派で、ナショナリストかつ保守主義であるのはいいとしても、その根拠となる「哲学」が私にはまったく見えてこないのである。特に安倍総理擁護については共感できる部分がまったく無い。安倍総理など愚鈍な、単に右翼的軍事増強主義者としか見えない。高市と同じだ。
まあ、軍備で日本の国防ができるとは私はまったく思わないし、軍事増強は悪影響のほうが大きいというのが私の意見だが、それは個人的意見として無視してもいいが、私の納得できる軍事増強論を私は聞いたことがない。
司馬遼太郎も言っていたが、この長大な海岸線を持つ国の海岸に何千台何万台の戦車を配置すれば守れるというつもりなのか。沖縄の先島にミサイル配備をすれば、そこに真っ先にミサイルを射ち込むだけの話だ。(基地は動かないが、軍艦は動けるのである。)で、攻める箇所はどこからでもいいのである。何も日本が基地を置いた近くから攻める必要などない。何なら、東京に真っ先に長距離核ミサイルを射ち込んでもいい。皇居も国会も雲散霧消である。それで戦争は終わりだ。(東京一極集中の弱点である。)日本の何千年の歴史もそれで終わりだ。それが軍事増強論というキチガイの論理の帰結である。

(以下引用)



<安倍首相・安倍政権について>


・政治というのは妥協の産物、51のために49を犠牲するのが政治


・日本にとって51とは?


・ところがいまその政治が働いていない


・安倍首相は49側、つまり妥協が過ぎるのではないか?という皆さんの批判だと思います。


・「日本を取り戻す」という安倍首相でも、自民党と官僚を抑えることはできない


・威勢のいい保守の論客は、実務経験が無い無責任ともいえる(それがすべて悪いとは言わないが)


・安倍首相は官僚も自民党内もグローバリストだらけの中でギリギリの綱渡りをせざるを得ない状況


・安倍総理は通算7年の任期
※安倍首相は2019年11月19日を越えると、通算の首相在任期間が桂太郎を抜き歴代一位となります(補足)


・馬渕睦夫はなぜ安倍総理を支持するのか?
 →安倍総理以外だともっと日本が悪くなるから、もっとグローバル化する、もっと中国、在日勢力の影響力が拡大するから


・移民法案でいうところの、”共生社会”というものは、世界のどの国にも存在していない


・民族は民族どうしで固まる習性があり、共生社会という言葉は幻想であり、まさにポリティカルコレクトネスである


・少数者を保護する法律などは分断を起こさせるだけ


・とはいえ日本はもともと共生社会を実現してきたはず



<日本人としての生き方>


・伝統的な精神に復古すること


・和の世界とは自らの分を尽くすこと(自分)


・個性は作り出すものではなく、もともと備わっているもの、引き出すもの。


・1930年当時の日本が混乱していたのは、外来思想を土着化できなかったから。それが大東亜戦争の要因でもある 


・ポール・クローデル(1868年 - 1955年)
フランスの外交官・劇作家
駐日フランス大使(1921-27在任)日仏会館を発足
馬渕大使の著書等に度々登場しますね!
曰く、


「世界でどうしても滅んでほしくない民族がある。
 それは日本民族だ。
 日本は太古の昔から文明を積み重ねてきたから
 明治維新後 急速に欧米文化を輸入しても
 発展することができた。
 日本人は貧しい。しかし、高貴である」
(1943年/昭和18年 秋 パリにて)



・この日本の伝統の精神が、今弱くなって来ている、忘れつつある!


・太古の昔の日本に想いを馳せるだけではダメで、それを取り戻すということ。それが精神武装になるのです。


・ロシアの視聴者からのメール(大使のロシア観、日本人と似たところと重なるのでご紹介)


・ロシア人は個人主義ではなく集団の調和を思いやる、中国人が大嫌いで性格的に合わない、精神の美しさや崇高さからほど遠い中国人を軽蔑する


・この難局をいかに乗り越えるか?なぜ世界が日本に注目するのか→日本にある精神性が鍵。
 
http://www.asyura2.com/18/reki3/msg/191.html

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円安容認説への批判

まず、「円安は輸出企業に有利で輸入企業に不利である」というのは経済学の基本だと思うが、その理屈から考えてみる。ただし、この場合、「輸入」とは原材料や燃料を海外から仕入れて製品を作ることも含むから、天然資源がゼロに近い日本では純粋な「輸出企業」はほぼ存在しないと見ていい。要するに既製品(完成品)を輸入したり輸出したりするような「ディーラー」や商社などを除けば、一般企業(製造業)は完全な輸出業とも輸入業とも言えない、「半輸入半輸出業」と分類されるべきではないだろうか。で、そのどちらの場合でも円安が「不利である」ことは明白な話だろう。原材料費や燃料費が値上がりするのだから不利に決まっている。
ところで、円安が輸出業に有利であるというのは実はトリックがある(詭弁である)、と私は思っている。1ドル=100円の相場で作った1ドルの品物が1ドル=120円の円安になれば、獲得した1ドルが120円になるから輸出企業は「儲かった」という理屈だとすれば、日本国民は為替相場の変化で100円相当の品物を120円で買わされるわけである。企業自体にしても、米国で売った代金の1ドル自体は何も変わっていないわけで、それが日本に戻ることで120円になるのだから、いわば「日本国民から20円余計に受け取った」と言えるのではないか。トヨタがいくら稼いでも日本が裕福にならない理屈がここにある、というのは屁理屈だろうか。
まあ、上の理屈は我ながらあまり自信はないが、円安は「円の価値の低下」であるから、原材料や燃料をほとんど海外に依存している日本にとって大変な「国難」だ、というのは誰でも直感的に理解できるのではないか。
円安が素晴らしいことなら、昔のように1ドル=360円に戻したらどうか。阿鼻叫喚の地獄になること請け合いであるwww

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