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我が友邦北朝鮮(?)

私のブログネームが酔生夢人であるのは言うまでもなく「酔生夢死」を地で行く人間だからだが、そういう人間の書く文章などいい加減なものである。学者の論文みたいに根拠だの論拠だのと言われたら一行も書けない。しかし、ブログなどそんなものでいいのであり、それが面白ければ読む人もいるし、面白くなければ誰も読まない。そして、読む人がいれば、その人の中に何らかの痕跡は残る。それがブログを書く意義だ。
という前置きを書いたのは、今回引用する「スカイヲーカー」さんの記事は、いかにも世間の言う「陰謀論」という感じの内容だからだ。つまり、「口から出まかせ」と受け取る人が多いのではないかという気がするからあえて「根拠など知らんよ」という布石を打っておいたわけである。
しかし、私も実はスカイヲーカーさんと同じように考えている。

北朝鮮はアメリカの同盟国であり、世界的八百長のタッグを組んでいるのである。
つまり、「敵」がいなければ戦争はできない。
戦争が無くなると軍隊は不要になる。
そこで、軍産複合体にとっては、「敵」を演じてくれる国が世界には必要なのである。
それが北朝鮮の役割だ。

まあ、キム・ジョンイルの死が暗殺かどうかは別として、北朝鮮という国家を維持しているのは米国(あるいは日本)であると考えるのが正解だろう。
つまり、北朝鮮と日本は実はお友達(米国の属国仲間)なのである。


(以下引用)


 私はもう昨年に、「金正日はもうとっくの昔に死んでいる。」や「予定通りに、朝鮮半島は戦場となり核兵器炸裂で火の海になるだろう。」の記事なんかで書いてんだが、金正日は2003年には既に死亡しており、最近まで外交の舞台などで活躍していたのは替え玉なのだ。その真の死亡原因はよくわからないが、恐らくCIAによる暗殺工作によるものだと思う。朝鮮半島は、現在に至っても依然日本領土であって、韓国や北朝鮮などという国は米国、旧ソ連という連合国軍UNによる占領の末にでっち上げたシロモノなのだ。その目的は、戦後日本のを分割統治するためだ。つまり、日本の領土である朝鮮半島をソ連、米国で分割し、同様台湾を中国が実質占領工作を行うというものだ。だから、日本国内同様に、北朝鮮、韓国にはCIAが参画し洋々な工作を行っているのだ。その主たる目的は「奴隷国家日本統治」だ。北朝鮮には、旧日本帝国陸軍の残置諜者が残っていて、権力の中枢を支配していたのだと思う。その残置諜者であった畑中理の息子が金正日なのだ。戦後は日本統治に米国が深く関わっているから、現在の北朝鮮はCIAが関与し、日本の公安調査庁などと連携して管理しているのだろう。金正日の声が一切放送されたり公開されないワケは声紋を調べられるからだ。何せソックリさんといえども声紋は違うのだ。民間でも調べられたらカラクリが暴露されかねない。日本では金正日といえば邪悪な独裁者であるが、実際は日本のスパイだってワケだ。しかし、北朝鮮は米国にとって、日本を操るタマの一つであって、その重要なキーパーソンは金正日だ。だから、米国とすればCIAのシナリオのままに、北朝鮮=金正日は邪悪でなければならないのだ。そして邪悪な悪魔そのままに振舞ってもらわなければならない。しかし、実際は金正日は親日家で日本と友好条約を結びたいと考えていたのだ。こんな親日家で、「実は、私の父は日本人なんですよぉー。畑中っていうんですよ。ホントは。いやぁー夕張メロン好きだなー。早く日本に戻してくれよぉー。寿司やご馳走をお腹いっぱいたべちゃうぞー。」なんてみんなに話されたら絶対的に具合が悪いのであって、こんなフレンドリーな実際の金正日は役に立たないから暗殺するほかないだろう。大正天皇が暗殺されて表舞台から消えたのも、しゃべりすぎだったのが理由だったし、雅子さんが病気だとかいって一切声が流れないのも同様なる理由によるものだろう。日韓基本条約で既に解決済みの慰安婦問題をネタにカネをせびりに来る李民博も同様なのであって、ホントの目的は、「北朝鮮を戦場にして朝鮮半島を統一するから、その必要経費を出して欲しい。」と宗主国である日本に頼みに来ているだけのことだ。朝鮮半島で第二次朝鮮戦争勃発になれば、米国と日本の軍産複合体がぼろ儲けすることに決まってるからだ。「戦争でガッチリ儲けましょうぜ。」という販促のお誘いなのだ。「その代わり、ちゃんと現代とサムスンにもカネを落とすようにしてよね。オッサンに頼まれてまんねん。」なんて条件もちゃっかり付けてんだろう。これに米国や中国、ロシアの軍産複合体傘下の武器商人どもがわんさか集まり、帳合の取り合いへしあいを展開してるんだろう。商売人がワイワイ集まって金儲けに都合のいい大戦争を促進させるのだ。まあ、こういうアンバイだから、第三次世界大戦は必ず実行される。大戦争になればなるほどウヒウヒなのであって儲かって儲かってどうしようもないからだ。




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ネット上での匿名発言について

「山科恭介のブログ」(夢想ローカン)から転載。
ネット上で、しかもハンドルネームで言いたい放題をしている私などには耳が痛い言葉だが、山科氏のこの言葉にはあまり賛成できない。
第一に、ネット上の私の発言は、容易に追跡され、私という人間の実物がどこの誰であるかは分かってしまうものだ。それをやるほど大した存在ではない間は目こぼしされているが、その気になればいつでも私の「現実生活」への介入(迫害・逮捕)はできるのである。ネット上の発言はそれほど安易なものではないだろう。もちろん、それをやる側が安易に考えているということは大いにある。
第二に、現実生活での政治的発言は容易にできるものではない。それをやると、友人はおろか、親兄弟とでさえ仲違いし、永久に断絶する可能性さえ十分にあるものだ。そういう危険な行為が滅多なことでできるはずはない。もちろん、日本がそういう社会であること自体が間違っており、大人と子供でさえ軽い気持ちで政治談議ができるような「小公子」に描かれた初期アメリカの姿こそが民主主義の原点であり、理想であることは言うまでもないが、現在の日本はその対極にあるのだ。
第三に、たとえネット上の匿名発言でも、その内容によって読む人に影響を与えることは大いにある。私が山科氏のブログを読むのは、山科氏の名前のためではなく、その名前で書かれた文章の内容、論理性や透徹した観察眼、優れた判断力などによるものだ。つまり、私にとっては現実の山科氏などどうでもいいのであり、ネット上の山科氏こそが現実存在なのである。これが言葉の力である。
私はそういう言葉の力を信じるからこそ、自分の無知や頭の悪さ、拙い文章を自覚しながらもブログを続けているのである。頭のいい人たちが、私の納得するような発言をしてくれないなら、自分が思うことを思うままに言うしかない。
ブログとは、それでいいと私は思っている。

(以下引用)


さて、
ここの読者諸氏は、そんなことより直近の政治情勢や自身に降りかかる経済的情況のほうがよっぽど気になるのは判っているが、ちょっと言いたくなったので許して欲しい。
昔のことはよく知らないが、今の日本人は自身に向き合う精神性が極端に欠けているのではないのか。
アレが駄目だ、これがイケナイと、そんなことばかり言って、自分では何も行動できやしないくせに、アレをやれこれをやれと無責任に言い張る。ネット上でもハンドルで言いたい放題愚痴をこぼしている人間を多数見かけるが、それらは私などからすれば、単なるフラストレーションの発散に過ぎない。

そんなことをしているヒマがあるなら、ここで何度も言っているが、周りの誰かに、たった一人でいいから、言い易い人間でいいから、今の日本の現状や国家機関の不健全性について説いてみたらどうか。
むろん、それには相当の勇気を必要とするだろう。
ネット上での幽霊発言とは違って、実名を明示し、所在を明らかにしなければならないのだから。
しかし、物事の進捗はそれ以外では変化しない。

そして、それさえも出来ない人間は、やることは決まっている。
これも何度も何度も言っているが、
自身に向き合い、何が正しく何が間違っているのか、それを心の内に問うことだ。
知識など適当で良い、天下国家の情勢など、そのあとで充分間に合う。
昔の人間は、ひと言で、それを 「勉強」 と呼んだが、
そういうことすらやっていない日本人が多すぎる。

そして、
変化したその自身の 「DNA」 は、
未来に向かって、知らず知らずのうちに引き継がれていくのだ。

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小沢(亀井)は橋下と手を組むか? 組むべきか?

「橋下・小沢連合」が成立するのではないかという噂が世間で飛び交っており、私もそれを気にしてはいる。まあ、「橋下・亀井連合」という話もあるし、三者連合という可能性もあるだろう。だが、「反戦な家造り」の明月氏は「橋下・小沢連合」の可能性を否定しているようだ。
明月氏の優れた頭脳はおそらく多くの人が認めるところだろうが、私は彼のこの見通しは間違いではないかと思う。
というのは、政治家とは、自分の構想を実現するためには悪魔とでも手を組む人間だからだ。そうでなければ本物の政治家とは言えないくらいだ。自分の政治構想を実現できないなら、その政治家としての存在価値はゼロなのである。
したがって、小沢が自分の政治構想を実現するために「悪魔」橋下と手を組む可能性は高いと私は見ている。それは亀井も同じであり、三者連合によって「国土防衛」「国民防衛」をするつもりだろうが、私は橋下はユダヤの支配下にあると見ているから、この構想はやめたほうがいいと考えている。


(以下引用)


ここ数年来、TVで顔を見るたびに最も気分が悪くなるのは、菅でも野田でも、あるいはナベツネでもなければ前原でさえなく、ダントツトップは橋下徹だ。
あの顔が画面に映るたびに、胸くそ悪いばかりか絶望感にさいなまれる。

昨日の東京巡りをしながら見せた薄気味悪い笑い顔が、多くの人には爽やかな笑顔と映っているのかと思うと、もう気持ちのやり場がない。逃げ出したいけど、逃げるところがない。

マスメディアは、小沢氏と橋下が似ているとか、手を組んだとか、そんな話を垂れ流している。これは、小沢一郎を橋下の下に取り込もうというバカらしい策略だ。不用意に対立しないように、細心の注意をしているのは確かだし、公務員制度改革などの単一テーマで同じ方向を向くことはあっても、戦略的な連合を組むことはあり得ない。

なぜなら、手法や戦術のはなしではなくて、政治理念として橋下徹と小沢一郎は全く逆の方向を向いているからだ。
小沢一郎は、民主主義を何よりも大事にしている。原理主義と言っても良いくらい。国民が自らの責任で政治を決定するんだという点は、あらゆる機会において揺るぎない。

それに対して橋下は、国民を欺して自らが権力を握ることに全神経を集中させている。
そして、その欺しの技術において、天才的な才能を持っている。

では、なぜ小沢と橋下は似ている などと言われるのだろうか。
それは、やはり両者に共通するものがあるからに他ならない。

共通するもの、それがタイトルに書いた「時代観」なのだと、私は思う。
一言で言うならば、「もう、これまで通りには生きていけない時代になった」ということ。

そんなこと 誰かて分かってるやん と言われるかも知れない。が、幸か不幸かそんなことはない。やはり、大多数の人は、頭ではいろいろ考えていても、それでもなお、今の延長線上に数年先、数十年先があると思っている。

一般国民だけじゃない。ほとんどの政治家が、いや政治家のほうが、のほほんと「大変だけどなんとかなる」と思っている。小沢派と言われる人たちですら、そういう人が沢山いるのではないかと私は疑っている。

しかし、小沢一郎は、「このまま行くと貧富の差がどんどん広がり、日本でも暴動や革命が起きたり、反対にファシズムに流れて戦争になったり、そういうことがあるだろう」と考えている。言葉はそのままじゃないけれども、これまでの文章やインタビューでの言葉を聞くと、間違いなくそう考えていると思う。

戦争か革命が、日本の近い未来まで来ている、というシビアでリアルな認識は、今の日本でどれだけの人が感じているだろうか。自民党から共産党まで、政党としては皆無である。
多くの国民も、生活が厳しくなっていく実感はあっても、戦争だとか革命だとか言われても、まだピンと来ないだろう。

そんななかで、保守政治家である小沢一郎がひとり、戦争と革命のリアリティを感じ取り、保守の立場でそれに対処すべく行動してきたのである。それがまさに、あの政権交代であり、「国民の生活が第一」というスローガンだった。
そして、私が小沢一郎を支持する所以でもある。

小沢がんばれと思い始めたのは、陸山会事件の時からだ。こんなに弾圧されるんだから、きっと正しいのじゃないか、と思った。
とは言え、逮捕されたからと言ってホリエモンを応援する気にはならないし、か細い財布から会費まで払おうという気にはサラサラならない。

私が、小沢を支持するばかりか、勢い余って陸山会に入会までしてしまったのは、やはり小沢一郎の時代観と、それに基づいて行動する姿を知ったからだ。
でなければ、「金持ちを保ち守る」保守なんて大嫌いだった私が、小沢一郎後援会になど入るわけがない。

ところが、その時代認識において同じようなとらえ方をしている政治家が、派手派手しくあらわれた。
そう、それが橋下徹だ。ヤツの場合は、動物的な感覚で、時代の潮目が変わったことを嗅ぎとった。平時ならば自分のような人間はキワモノ扱いだけれども、これからは違う。大衆を糾合して、頂点を極めることができる、と読んだ。

「変えろ」「壊せ」と叫んで、国民の恨みを買っている公務員を叩くパフォーマンスをやりながら、弁護士時代に身につけた騙しと脅しのテクニックを駆使すれば、人気は急上昇というヤツの見通しは、恐ろしいくらいに的中した。

ヤツが強いのは、そのテクニックだけでなく、背景に時代観をもっているからだ。
普通にしていると食っていけなくなるような時代にこそ、自分が支持を得られる時代だ、という確信があるからだ。

そういう時代の隙間を利用して大衆の心を掴み、民主主義を中から壊し、独裁体制をつくりあげることを、まさにファシズムと呼ぶのだろう。
その意味で、橋下徹は、比喩でも何でもなく、正真正銘、ファシストと呼ばれる資格がある。

小沢一郎は、橋下徹のようなファシストが台頭することを恐れ、政権交代へと急いだ。
クーデターで権力を奪われ、ありとあらゆる手で縛り上げ、ぼこぼこにされてもなお、政治の情念を燃やし続けるのは、民衆暴動を事前に防ぎたいという思いとともに、橋下のようなファシズムを許さないためだ。
私はそう見ている。

小沢一郎と橋下徹は、現代の政治家の両極をなしている。かたや民主主義を、かたやファシズムをだいひょうしている。多くの既成政党は、橋下になびき、すりより、ひれ伏している。
その姿を見て、満々の笑みをうかべていたのが、昨日の橋下の姿だった。

共産党と社民党は橋下に近寄りはしない。しかし、時代観をもたず、あいかわらず自分たちの組織温存を最優先にして、橋下以上に小沢を嫌い攻撃する。それが人気取りになると、十年一日のごとく考えている。

こうした情けない姿を見るにつけ、時代観の大切さを思い知る。

このまま何とかなるのか ならないのか

その見極め、あるいは思い切りが、すでにファシズムが台頭し始めた現在、とてもとても大事なのだ。
「なんとかなるやろ」とお気楽に構えていたら、そのツケは余りにも大きいものになる。

小沢氏も、タイミングを読み違えないでほしい と切実に思う。
ファシズムの勢いは、想像以上だ。ある程度の閾値をこえてしまうと、もう引き留めることができなくなってしまう。そうなる前に、展望と思いの受け皿を用意する必要がある。
それができるのは、いまの政治の世界では小沢一郎しかない。

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宗教家と原発問題

「山本宗補の雑記帳」というブログから転載。
さまざまな宗教家が原発問題についてどう発言しているかを調べた結果が幾つか載っているが、その中で私が一番いい発言だと思ったのが、この佐々井氏(まあ、「師」でもいいのだが、彼は別に私の先生でも指導者でもないから、「氏」と呼ぶことにする。もともと私は宗教家の9割まではクズだと思っているので。特に新興宗教は99%がインチキ商売である)この佐々井氏の発言は、あるいは彼がバックグラウンドを持っていないフリーな立場だからできた発言ではないだろうか。ダライ・ラマを初め、大多数の宗教教団指導者は、原発問題には口を濁しているのである。それは、スポンサーを気兼ねしてのことだろう。


(以下引用)


◯追記:インドに渡って仏教興隆に尽くして40数年の佐々井秀嶺師の口上(6月18日)
(佐々井師の被災地での読経写真はこちら)

「このように大規模な被害は想像を絶するもので、ことばでは言い尽くせない。胸がいっぱいになりました。同時に私たちは大自然の脅威に対し、もう何もできなく手を挙げております。

ただ、原子力発電所の問題については、全東日本、あるいは全日本、ないしは全世界に深い影響を与えています。原子力発電は我々のために人工的に良いことをするというために成したことですが、科学的なもので人類の手によって人類を滅亡せしめ、人類の手において日本を破滅に導く現代の科学、そうしたものに対し大きな怒りを覚えました。

お勤めしたように仏陀は平和の使途である。そのためには遠慮ない呵責ない発言をさせていただきました。まず原子力発電所を止めなければならない。地下に眠った多くの人たちに対する本当の回向は、政府が原発を廃止することが真実の回向となると思う。地下に眠る25000人の怨霊は、地下において絶叫している。その声が聞こえないのか、これからの日本を再びわれわれのようにするのかと絶叫している。

いかに坊さんが教典を読経して歩いても、この原子力発電所を廃止できなければ、教典も無力であり、仏法の法道も教学も一切の宗教の教学姿勢も無益である。ましてや「もんじゅ」だとか「ふげん」だとか、菩薩の名前においてそうした原子力発電所などができていることは断じて許し難いものである。文殊菩薩の本当の菩薩道を見つめよ。普賢菩薩の本当の菩薩道を見つめよ」

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母親の暴走のツケは子供が受ける

「2ちゃんねる」から転載。
まあ、世間的には「悲劇の母親」というスタンスで承認されているだろうから、批評したり批判したりするほうが逆に非難されそうだが、これは全面的に野田議員の落ち度だと思う。というのは、出生前に、この子供が重篤な障害を持っていることは分かっていたらしいのだが、強行的に出産したようなのである。高齢出産、しかも体外受精という「生命操作」をしての強行出産の最悪の結果が出たわけだ。
体外受精は科学の暴走の一つだと私は思っている。そんなことをしなくても、この世には無数の人間がいる。恵まれない子供をなぜ養子にしないのか。自分の子供でなければ愛せないのだろうか?自分の子供なら、それがどんな屑でもいいのか?(補足しておく。これは、育った後にクズのような存在、やくざやチンピラになる人間のことを言ったものである)
しかもこの場合は卵子は他人の物だから、本当は自分の子供でさえない。そんなに出産体験がしたいのか。謎の思考である。さらにわけが分からないのは、精子は現在の内縁の夫のものではなく、前の内縁の夫のものを使ったということだ。つまり、現在の内縁の夫に対して「あなたは駄目男だから、あなたの子供は欲しくない。前の人の方が優秀だから、その子供を生みます」と宣言したのと同じである。よくこれで夫婦関係が破綻しないものだ。
まあ、モンスターである。
松田聖子もある意味、自己中モンスターだったが、聖子という名前だとそうなるのか。橋本聖子も、スケートだけで満足せず、自転車競技にまで出てオリンピック出場権を独占したモンスターであったが、あの時も「他人に一生一度のオリンピックを味わわせてやればいいのに」と私は思ったものだ。そんな甘い人間にはスポーツなどできないのだが。
全国にはそういう聖子ばかりとは限らないだろうからこれ以上は言わないが、そういう怪物をまたマスコミがもてはやすのである。


(以下引用)


2011年12月14日09:18    

痛いニュース これは酷い
コメント( 5 )

壮絶としかいいようがない。野田聖子議員の子ども・真輝くんの闘病人生が

1:名無しさん@涙目です。(アラバマ州):2011/12/14(水) 04:08:07.33 ID:66oXfhe40

壮絶としかいいようがない。野田聖子議員の子ども・真輝くんの闘病人生が――。

野田は今年1月、50歳という超高齢出産を果たした。しかもアメリカで第3者から卵子提供を受けての体外受精による妊娠の末だった。
超法規的手段である。10年来不妊治療を続け、その総額は1千万円以上と試算する医療関係者もいるほどのセレブベイビーでもある。

 しかし、生まれてきた真輝くんにはいくつもの障害があった。妊娠中に肝臓と心臓の異常が判明し、生まれてからは食道閉鎖症も見つかった。
生後11カ月で7回もの手術を受けた。最初は胃に栄養を送り込むチューブの手術、次が肝臓を体内に入れる手術、食道閉鎖症の手術、心臓の手術。
10月の心臓手術後は呼吸停止になり、緊急手術、気管支切開、人工呼吸器装着、さらに脳梗塞で右半身マヒ。
11カ月になるのに体重は5キロに満たず、一時は17本ものチューブをつけていたというーー。他人の子どもとはいえ、あまりに忍びない。

 野田の妊娠が公表された時点で多くの批判や議論があった。日本では不妊治療が認められていないほどの高齢、
障害のリスク、米国での卵子提供、高額の治療費を払える特権階級、法整備の問題などなど。
だが野田の「自身」告白を読むと、そんな社会的議論以前の問題ではないと思う。
もちろん、一番大変な思いをしているのは野田聖子ではなくて生まれてきた真輝くんだ。生まれてからずっと集中治療室で、言葉も発せない、右半身も動かない。
何度も苦しい手術をしてきた。かなり無理やりの超法規的かつ超高齢不妊治療の末に生まれてきたというのにーー。

http://www.cyzowoman.com/2011/12/post_4819.html

3:名無しさん@涙目です。(アラバマ州):2011/12/14(水) 04:08:31.29 ID:66oXfhe40
 にもかかわらず、野田の物言いの主体はあくまで「自分」である。「自身」記事にも「(野田の)出産」という言葉は乱用されているが、「(真輝くんの)誕生」という言葉はひとつもない。
さらに野田は、産後に子宮を摘出し「もう1人などと考えていたが、もはや望むべくもない」と泣き濡れたこと、母乳が出ないで内出血で乳房が真っ青になったこと、
「人間ってこんなに泣けるものなのか」とのエピソード、さらに子どもの人工呼吸器用のバンドを手作りするためにミシンを買ったことなど、さかんに、そして切実に自分の感情を吐露するのだ。

 野田の妊娠、出産、子育てエピソードは、真輝くんが主体なのではなく、あくまで主人公は野田自身だ。「こんなに大変な思いをしてまで子育てをして頑張る自分」。
しかし壮絶な戦いを強いられているのは、野田ではなく真輝くんだ。そもそも政治家という公人が特段の問題提起もなく(今回の記事はまさにそう)、
感傷的にしかも恒常的に事態を公表するのはどんな意味があるのだろう。
これを続ける野田の根源は、親や人間のエゴなどという生易しいものではない。はっきりいって 、"政治家のエゴ"ではないのか。

 野田のこれまでの出産手記や告白記事を見続けて、これまでの違和感の正体が段々分かってきた。
これは高齢出産の物語ではない。政治家のエゴ物語だと。だから野田ケースは子どもを切望する多くの不妊カップルや法整備には何の役にも立たない。一般性もない。
だから不妊に悩む女性や社会的問題として捉えるのではなく、政治家の性分、自己愛、執着の強烈さとして考えるべきだと思う。

219:名無しさん@涙目です。(長野県):2011/12/14(水) 04:55:18.71 ID:USENWKqe0
>>204
精子は、前の内縁の夫の精子。
今の内縁の夫の精子は使いたくなかったみたい。
ちなみに、夫婦別姓論者なので法律婚は絶対にしたくないみたい。

アメリカ人の卵子に前の内縁の夫の精子を使って体外受精して
婚外子だからシングルマザーというモンスターが野田。

231:名無しさん@涙目です。(大阪府):2011/12/14(水) 04:57:27.66 ID:qlisbVr20
>>219
完全にキチガイ
こんなのが大臣やってたのか…

242:名無しさん@涙目です。(東京都):2011/12/14(水) 04:59:57.45 ID:hFL7LO0vP
>>219
うわぁそこまでヒドイのかw

244:名無しさん@涙目です。(東京都):2011/12/14(水) 05:00:18.09 ID:EWNUQgtE0
>>219
ここまでエゴ突き通して
医療費は税金負担っておかしいわホント

250:名無しさん@涙目です。(アラバマ州):2011/12/14(水) 05:01:45.96 ID:waozkOMw0
>>219
人体実験のレベルだろ、何がしてーんだよ

262:名無しさん@涙目です。(長野県):2011/12/14(水) 05:03:55.56 ID:USENWKqe0
>>250
本人は人体実験だと言ってる

>(卵子提供による体外受精は)立法しなければいけない事態だと思っていたので、
>それを知ってもらうためには、自ら人体実験しなければだめだなと思いました。
>http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=32687

280:名無しさん@涙目です。(福岡県):2011/12/14(水) 05:07:26.23 ID:MjwWe1zP0
>>262
ある意味ここまで悲惨な失敗例を示せたことで
境遇が似たような女性への被害拡大を防ぐことに貢献してくれたのかもな

303:名無しさん@涙目です。(神奈川県):2011/12/14(水) 05:14:03.07 ID:4sOyzyG70
>>262
人体錬成かよwwww
ワロタ

402:名無しさん@涙目です。(神奈川県):2011/12/14(水) 05:34:11.17 ID:ilyWKnPV0
>>262
自分が苦しむ人体実験なら好きなだけやりゃいいけどさ
実験させられて実際に苦しんでんの子供だろ?ものすごい言い分だな
好き勝手していい所有物とでも思ってんのか

534:名無しさん@涙目です。(宮崎県):2011/12/14(水) 06:04:23.57 ID:IypJjLSA0
>>262
えげつないなこれ…笑顔が怖ぇよ

209:名無しさん@涙目です。(東京都):2011/12/14(水) 04:53:03.79 ID:GWK5F4HD0
かわいそうにな
もっと別の生の受け方だってあっただろうに

213:名無しさん@涙目です。(関東・甲信越):2011/12/14(水) 04:53:39.39 ID:lJqJv7HOO
まあまともな神経してたら政治家辞めて介護に専念するよね
ましてや次の選挙の宣伝材料になんかしないよな

しないよな?

223:名無しさん@涙目です。(アメリカ合衆国):2011/12/14(水) 04:55:51.22 ID:7akNLXRJP
高齢でも出産できる、希望の星になりたいとか言うけどさ、お前の仕事はそんなことじゃないんだよ。
女性が適切な年齢で安心して出産できる社会を作るのがお前たち政治家の役目なんだよ。
自己顕示欲旺盛なのはけっこうだけど、政治家を芸能人か何かと勘違いするのはやめろ勘違い女。

227:名無しさん@涙目です。(関西・東海):2011/12/14(水) 04:56:18.74 ID:qkwxBiSbO
子供は完全に洗脳されて育てられるから
健気に痛みに耐えて成長してくだろうね
「母を悪く言う人もいますが僕に生きる力をくれたのはまぎれもなく母です」
とか10代になったら言っちゃうんだろうなぁ
でも野田が死んだら堕落し金がそこをついた暁には暴露本を出してほしい
「僕は母の見栄とプライドのため産まれ政治の駒となった」なんてタイトルでよろ

341:名無しさん@涙目です。(広島県):2011/12/14(水) 05:22:01.76 ID:UYukzW660
>>227
いや、とてもそこまで生きられないでしょう。
集中治療室から出られないのに。

301:名無しさん@涙目です。(長野県):2011/12/14(水) 05:13:18.16 ID:USENWKqe0
罰だって言う人もいるけど、野田は今最高にハッピーだからね。
念願の子供を産めて、しかも病気だから悲劇の母親気取れて、選挙的にもアピールできる。
実際は医者と看護師に任せっきりで、たまにパフォーマンスで行くだけ。
苦しいのは赤ちゃんだけで野田は幸せの絶頂なんですわ。

317:名無しさん@涙目です。(東日本):2011/12/14(水) 05:16:47.08 ID:ArcAVG4d0
>>301
精神病があったよね

悲劇の母親になりたいがために子供を壊しちゃうってやつ

あれに近いよね

325:名無しさん@涙目です。(京都府):2011/12/14(水) 05:18:22.60 ID:NN1B80u90
>>301
叩けば叩くほど、悲劇の母ってプレミアがついて大喜びですな。

数年前、野田と同じパターンで妊娠・出産した60歳がニュースになったが
お産の受け入れ先が見つからず、結局例の根津医院で出産するしかなかったと。

普通の人は野田のような金も権力もないから、真似したくてもできないが
息子は金と権力によって、もう数年無茶な延命治療で生かされるわけだ・・・

350:名無しさん@涙目です。(西日本):2011/12/14(水) 05:22:45.88 ID:w/xWL9G+0
こういうのを知ると、
この世に生を受けることは、
本当に幸せなことなのか疑問に思ってしまう・・・

458:名無しさん@涙目です。(東京都):2011/12/14(水) 05:44:52.07 ID:DdJqZJhM0
医療の現場の人達はどんな気持ちなんだろう

470:名無しさん@涙目です。(アラバマ州):2011/12/14(水) 05:47:17.67 ID:r3PG5WeL0
なあ、11月29日のブログに「私たちが来る時だけ人工呼吸器を外して苦しそう」とか書いてるんだけど・・・
ねえ何これ・・・なんだよ・・・

もう子供が可哀そうすぎて涙が止まらねえよ・・・。

473:名無しさん@涙目です。(コネチカット州):2011/12/14(水) 05:48:10.70 ID:LMuk/q4KO
野田は世間からの冷た~い視線を感じないのかな ただのおバカさん?

482:名無しさん@涙目です。(新潟県):2011/12/14(水) 05:51:47.69 ID:v+f3TxS50
>>473
残念ながら世間は同情の視線を送るんだ
野田はこれを望んでる
狂ってる

605:名無しさん@涙目です。(長野県):2011/12/14(水) 06:25:07.60 ID:USENWKqe0
しかしこれ、2ちゃん以外で非難するとこっちがキチガイ扱いされるんだよな・・・
どうにかならんのかお涙頂戴大好きの日本人のメンタリティ

632:名無しさん@涙目です。(大阪府):2011/12/14(水) 06:31:14.20 ID:ZWOWBDX30
>>605
まあ死ぬ死ぬ詐欺に近いよな
本気で同情してる人、腹の中で軽蔑してる人で分かれてると思う

607:名無しさん@涙目です。(東京都):2011/12/14(水) 06:25:18.93 ID:PxS+VT5K0
さすがに叩きすぎじゃない?
こういうナイーブな問題を当事者じゃない他人が完璧に理解できるとも思えない。

672:名無しさん@涙目です。(関東地方):2011/12/14(水) 06:47:04.76 ID:nMx+sAGAO
こいつを形容する言葉が見つからない
邪悪という言葉では生ぬるすぎる

694:名無しさん@涙目です。(埼玉県):2011/12/14(水) 06:58:30.63 ID:ekjPVj+A0
子供が欲しけりゃ海外のセレブみたいに里親になれば良いのに・・・
そんなに出産体験って子供の健康より大切な事なのかな

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科学はすでに地上の楽園を準備した。後は政治の問題だ。

一昨日の浮遊思考(まあ、うまくすれば論説になったのだが)記録の補強になりそうな意見として、井口博士の今日の記事の一部を載せておく。うまくコピーカットができないので、中途半端な範囲の引用だが、その最後にある地球人口についてのバックミンスター・フラーの意見が、私が一昨日書いた、「現代文明の科学力は、地球人口が今の2倍になっても容易に養える」という考えとほぼ同様なのである。私はこの記事を今日読んだのだから、私が真似したわけではない。現代文明を虚心坦懐に眺めれば、誰でも同様の結論になるだろうから、数字もデータも論証も不要だと私は書いたのである。
一部の人間への過度の富の集中が、この世の悲惨のほとんどの原因になっており、資本主義とは要するに働かない一部の人間が他の人間を奴隷としてこき使うシステムだ、ということである。苫米地英人なども同じことを言っているのだが、彼が際物扱いされているのも、そんな発言が睨まれてのことかもしれない。


*結局、コピーは不可能だったので、興味のある人は井口博士の今日の記事を見てもらいたい。その最後のあたりである。


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これからの正義と公正について

まるでまとまっていない文章だし、結論もグズグズだが、読み手自身の考察のきっかけくらいにはなるだろうから、ご笑覧を願おう。



経済学的に見た「正義」と「公正」


「これからの正義」について私も考えてみようというわけだが、まず話を経済的側面に限定しておく。そして、正義ではなく「公正」について論じることにする。
正義と公正に違いがあるかと言えば、多分ある。それは「公」という字が冠についているかどうかという違いである。「公」の字がつくとなると、「正義とは個々人の主観にすぎない」という議論は排除されることになる。すなわち、「最大多数の人間が許容する正義」が「公正」だと定義できるだろう。
誰が何と言おうと俺こそが正義だと主張するのは個人の勝手だが、それが多くの人の賛同を得なければ公正のレベルには達しないわけだ。
では公正は正義より上かというと、そうでもない。これは、客観が常に主観より価値があるわけではないのと同様であり、話が面倒だから、ここでは正義と公正の価値の上下は論じない。

さて、経済学的に見た公正の問題とは、当然ながら「分配の問題」である。内田樹風に言えば「社会的リソース」の配分の問題だ。すなわち、様々な社会的資源をどのように配分するのが公正であるかということだ。
わかりやすい例を言えば、「働かない人間を社会が養うのは公正か」という問題がある。実は、この問題こそが、社会全体に常に多くの軋轢を生んでおり、生んできたのである。富裕層や「有能な人間」はそうした「穀潰し」を社会が養うのは不正義だと常に主張してきた。政治は時には福祉政策によって「穀潰し」を養い、時には福祉削減政策を行って「穀潰し」を死に追いやってきた。
ここで私が「穀潰し」という差別語を使うのは、福祉反対論者の心の底には必ずこの観念があると思うので、それを代弁しているわけだ。社会的弱者と言っても、その中には働いている人間が無数にいるのだから、働かずに生きている人間を「穀潰し」と表現するのは不適切ではないだろう。ただし、大金持ちのドラ息子はここでは考慮の対象外とする。あくまで、福祉の対象者としての「穀潰し」を社会が養う必要があるかどうかを考察しようというわけだ。

独力では生き切れない人間を社会が制度的に養うのは、それ以外の人間の取り分を奪うから不公正である、というのが「福祉否定論者」の考えだろう。
その考えへの批判は簡単だ。
我々の社会は、「穀潰し」を養うのに十分以上の余力がある。
人類の科学の進歩は、食物生産能力の面でも、エネルギー獲得の面でも、人類全体の人口をさらに二倍にしても養えるだけの能力を持っているはずだ。これはべつに証明された事実ではないが、世界の姿を虚心坦懐に眺めれば、そう推察できる。
つまり、マルサスの主張(人口増加に食糧生産は追いつかない)は、科学の進歩の前に破綻した、というのが私の主張だ。何の数字的根拠も資料的根拠も無いが、それは直感的に分かる。直感で分かることは数学的前提のようなもので、証明の必要もないことだ。

では、なぜこれほどの貧民が世界におり、これほどの飢餓があるのか。
すべては配分の問題である。配分があまりに異常であり、富裕者の優位性を維持するために下層民への配分が意図的に異常に低く抑えられているからである。
しかも、富裕者は、その持っている富を必要とすらしていないのだ。当たり前の話だが、生活のためだけなら、年間に1000万円もあれば優雅そのものの生活ができるはずだ。では、年収が何十億円とある人間は、その金をどう使うのか。使いようなどないのである。死蔵するだけだ。つまり、世界の富は流通などしていないのだ。もちろん、帳簿の上で移動するマネーゲームの金は別の話だ。
実体経済の上で流通すべき巨額の金が、超富裕者の懐に入ることで、残りの人間が貧困生活を送ることになる。
これが世界の現実である。
で、私はこれを不公正だと見るが、法律上はこの状態が公正と見做されているわけだ。
こんなのは公正か?

いや、彼らはそれを自分で稼いだんだから、それを死蔵しようがどうしようが勝手だ、と言われるだろうが、果たして、それは本当に自分の手で稼いだと言えるのか。詐欺だろうが何だろうが、法的に許容される手段であれば問題ない、というのが社会的合意のようである。で、私はそれを不公正と見るわけだ。
要するに、100人の人間が利用する資源が100あって、それをその中の一人が99独占したら、残りの人間にとってそれは公正か、という話である。「手続きが正しければ、それでも公正だ」というのが法律家的判断だろう。そんな法律など、糞喰らえである。では、その法律とやらが、その99を独占するためにその男が作ったものならどうなる? 実はこれが各国の中央銀行の起源であり、自由貿易制度や金融システムの起源だというのが私の考えだ。法律など、法律を作る人間を抱きこめば、いくらでも作れる。その程度のものだ。経済システムも国家財政も然りである。
我々が見るべきことは、現在の科学水準から見れば、全世界の人口を養うのは実に容易なことだ、という事実だ。工場などの生産能力は、商品価格維持のためにその半分以下に抑えられ、過剰生産された農産物は、これも価格維持のために廃棄される。全世界の工業製品が、本当に必要な機能だけに限定された堅牢な製品になれば、あらゆる国の国民に安価な工業製品が行きわたり、収穫された農産物や漁獲物を無駄なく加工して配分すれば、全世界の飢餓など解消されるはずだ。
つまり、ここにも配分の誤りがある。
仮に、世界政府を作ろうという人間が、そのように貧困や飢餓や戦争の無い世界を作ろうというのなら、私はNWOだって受け入れる。だが、全世界から血と汗と涙を絞り取ってきた悪魔が、世界に奉仕することなど絶対にありえないことである。

さて、話が飛躍したが、こういうわけで、「穀潰し」を養うかどうかが問題になるのは、社会に余力が無い場合であり、社会に余力があれば、こんなのは問題にすらならないことだし、むしろ社会的弱者を救うのは大いに褒められることだ、と私は考える。

考えてみればいい。あなたの前に可愛い子猫がいる。これは生産性ゼロの存在だ。では、あなたはわざわざ足を上げて、それを踏みつぶすか?
子猫が例として不適当なら、では汚らしい老人がいたとしよう。援助すればあと数年は生きる。援助しなければ数日で死ぬ。これを死ぬに任せるというのが現在の福祉削減の方向である。子猫は「可愛さ」という能力があるから生かしておくが、汚い老人は殺してもいいな、というのが大方の人間の気持ちだろう。そんなものである。まあ、私もそう思うし、私自身がそう見られている可能性もある。では「可愛い老人」を目指すか? それくらいなら死んだ方がましである。要するに、金のない老人は社会的に存在価値がない、というわけで、多くの人々は老年が近付くにつれて、必死で蓄財に励むのである。そしてますます嫌悪すべき存在になるのだが、まあ、それはどうでもいい。
子供は可愛いから保護し、援助するが、老人を保護し、援助するのは金の無駄だなあ、と大半の人は心の中で思っているだろう。それは無理からぬことではあるが、少し立ち止まって考えよう。
どんな人間であれ、少なくとも社会的に無害な存在なら、生かしておくだけの人情味のある社会こそが、人間らしい社会と言えるのではないか? それが野獣の世界とは違う人間の世界ではないか? 福祉削減や福祉の廃止というのは、私から見れば野獣の世界に戻るということなのである。
また、人間の価値を能力や効率性だけで考えるというのも問題がある。簡単な話、仕事などまったくしたことのない陽気なプレイボーイと、仕事一筋で趣味などまったくない仕事人間と、女ならどちらを選ぶか。人間の生活は、仕事だけではないのである。私はプレイボーイなど大嫌いだが、後者のタイプが定年離婚という目に遭うのも自業自得だと思う。
では、老人の価値は何か。別に老人であることに価値などない、と言えば話はそれまでだが、実は(体力の低下と体の脆弱化はどうしようもないが)、頭の中身に関しては、老人でもそれほどの能力低下は無いのである。多少、新しいものへの対応力が鈍くなったり、記憶するのが苦手だったりするが、今の時代、記憶だけならパソコンという外部記憶装置がある。つまり、知的にすぐれた人間なら、老人になっても十分な生産性がある場合もある、ということだ。いや、私まで生産性で人間を量ってしまっている。
ともあれ、人間の価値は、生産性だけではないし、老人でも生産性が高い場合もある、という話である。

で、福祉というものが、「与えるだけ」であることに我慢ができない、というのが実は世の中の福祉否定論者の本音だろうと思う。
あの「穀潰し」どもは、社会的にまったく貢献していない、そんな連中に金など出すな! ということだが、そういうご本人たちが実は社会から搾取するだけの存在であったりする。つまり、「穀潰し」よりも社会的害悪になっているわけだ。
しかし、それはともかく、社会的貢献をしなければ、存在価値はないか?

先ほども書いた、「可愛さ」によって貢献する存在や、未来の可能性を持った存在である子供たちを保護したり援助したりするのはいいが、汚らしい老人に金を出すのはいやだ、という議論にまた戻ろう。
とりあえず言えるのは、「社会に貢献しない存在でも保護し、援助して何が悪いの?」ということである。前に書いたように、それで誰かが損をしているという考えもおかしいのであり、もしも損をしているとすれば、100あるものをその99まで奪っている連中が存在するからである。社会的配分が1しかないから、そのうちの0.00000001の配分さえ許せない気持ちになるわけだ。
「有能さを自負している人間」の他人への冷酷さを見れば、そういう人間のほうが社会に不要だと私などは思う。そういう人間がいなくても、他の「有能な人間」の代わりはいくらでもいるのである。官僚やら陣笠代議士や会社社長などもそうで、取り換え不可能な人間などいないというのは、あの菅総理でさえ総理は務まるし、野田総理でさえ総理は務まるのを見ればわかるだろう。
東電の清水社長など気の毒なくらいで、原発事故さえなければあっぱれ有能なコストカッター社長として偉そうな老後を送れたはずなのである。どこかの製紙会社の御曹司にしても、いい大学を出ているし、ハンサムだしで、ああいう馬鹿なことさえしなければ、一生安泰だったのだ。つまり、本来たいしたことのない人間が、高い地位にいるために後光がさしているだけだ。
逆に言えば、その辺の係長を社長の座に就けても、まったく問題ないのであり、一般的に言って、ちょっと口がうまくてその場をごまかす能力さえあれば政治家も重役も務まるものである。あまり自分は有能だなどと自惚れないほうがいい。要するに、人間の能力など大差はない。ただ図々しい人間や野心的な人間は出世しやすいというだけだ。これは恐ろしいことに学問の世界ですらそうで、学問的実績よりも政治力で上に行く人間はあきれるほど多いという。
なんで長々とこんなことを書いてきたかというと、「無能な人間」と「有能な人間」の差などたいしてないし、能力による人間評価など、評価者の主観が半分だと言いたいのである。
野球なら3割打者と2割8分打者は1億円プレーヤーと5000万円プレーヤーの差があるが、実は、年間の安打数ではせいぜい20本程度の差しかない。いや、10本程度の差でも、打数次第ではもっと打率の開きが出る。では、この給料の差は妥当だろうか?私は、レギュラー選手である限りは、給与の差がこれほど開くのはおかしいと思う。
守備の下手な三割打者と、守備の上手い2割5分の打者と、どちらがチームに貢献しているか、簡単には言えないだろう。だが、後者の給料が前者を上回ることは、まずない。
では、会社社長や重役というものは、平社員の百倍の給料を貰う資格があるか?
あるとすれば、その経営判断が常に正しく、会社が常に大儲けをしている場合であり、会社がうまくいかないならば、平社員よりも給与は低くていいはずだ。彼の経営者としての無能性は会社の不業績で証明されたのだから。だが、経営不振で会社社長や経営陣が自分たちを減給したという話は聞いたことがない。まあ、オーナー社長なら仕方がないが、雇われ社長ですら減給されないのが不思議である。
要するに、我々の社会の能力主義とやらはあまりに度を越しており、野球のチームであれば、レギュラー全員の給与差が数千万も開くのはおかしいということだ。
逆に、能力でばかり人間を見る見方というのが現代社会を毒していると思うから、わざと極端な言い方をしてきたのである。



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