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気の赴くままにつれづれと。
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北朝鮮がアフリカのジンバブエで大規模な農地の確保に乗り出し、ムガベ政権からジンバブエの代表的な穀倉地帯を確保することに成功したことがわかった。北朝鮮は、この地で、米やトウモロコシなどの穀物を栽培する計画を立てているという。
北朝鮮は 2011年にジンバブエに食糧支援を要請するなど、農業分野での協力に大きな関心を見せている。
慢性的な食糧不足に苦しんでいる北朝鮮は、最近になってロシア極東地域を中心に農業協力を強化するなど、食糧確保に努めている。元米下院外交委員のデニス・ヘルピン氏は、北朝鮮とジンバブエは多くの分野で協力する余地が多いと指摘している。
(連合国軍の看守から)全く不合理と思えることが、日本では平然と何の反省もなく行われてることを幾多指摘されるのは、全く日本にとって不名誉なことである。彼らが我々より進んでいるとは決して言わないが、真赤な不合理が平然と横行するまま許してきたのは、何と言っても我々の赤面せざるべからざるところである。
ことに軍人社会、およびその行動が、その表向きの大言壮語にかかわらず、本髄は古い中世的なものそのものにほかならなかったことは、反省し全国民に平身低頭、謝罪せねばならぬところである。(59・61p)
この(見るに堪えない)軍人を代表するものとして東条(英機)前首相がある。さらに彼の終戦において自殺(未遂)は何たることか、無責任なること甚だしい。これが日本軍人のすべてであるのだ。(101p)
また、こうした社会で”革命”などすればどうなるだろうか?
庶民が、どいつもこいつも”小権力者”、”小独裁者”なのだから、成り上がれば”大権力者”、”大独裁者”になるだけである。
権力を打倒しても、別の権力者が取って代わるだけにすぎない…
それで「世の中が変わった」などと言えようか?…「目先が変わった」にすぎないのではないのか?…
日本が民主社会になるための第一の条件は、日本人がことごとく、
この”ダブルスタンダード”を捨てることである。
「常識」を振りかざして、人を裁くことを止めることである…
日本人よ、まず人間になれ!
地獄鬼畜生のルールを捨てて、人間のルールにしたがえ!!
「先の大戦」について
どうやら「海軍善玉論」、「陸軍悪玉論」という評価があるようです。 個人的に言うと、歴史を「善玉、悪玉」という、単純な二元論で割りきるのは違和感があるのですが、事実として言うなら、少なくとも「先の大戦」は、陸軍主導によりはじめられた、という点に関しては、例えば「機密戦争日誌」などを読んでも間違いないように思われます。
http://www.geocities.jp/yu77799/siryoushuu/nitibeikaisen/kimitusens...
Q 「先の大戦」開戦にあたり、海軍が果たした役割も、確かに小さくはないとは思いますが、陸軍主導によりはじめられた戦争である、という認識を覆すだけの材料はあるのでしょうか?
補足皆様、ご回答いただきありがとうございます。
いろいろ考えましたが、本質問は「投票」とさせていただきます。
以上、よろしくお願いいたします。
ありがとうございました。
最初に余談から書くと、私は海軍が「善玉」とは思っていません。その根拠もあとで書きますが・・・どうもなにかの反動なのか、「陸軍善玉海軍悪玉」みたいな、わけのわからないトンデモ主張が飛び出すのはどうにかならないものかと・・・
さて、「海軍は知能犯、陸軍は暴力犯」という海軍反省会で出てきた言葉は、じつにうまく状況を表していると思います。
陸軍は軍部大臣現役武官制のあからさまな悪用や、満州事変をはじめとする勝手な軍事行動など、暴力的な手法で国政に干渉を繰り返しました。
これによって状況が混沌としていったことは否定のしようもないでしょう。
しかし海軍も裏ではあれこれ画策しています。
まず海軍においては海軍左派と呼ばれた対米戦反対派、米内、山本、井上らが有名ですが、勢力としては小さなものでした。大半はどちらにも明確につかないあいまいな層です。
そして、むろん対米強硬派もいました。これもけっして大きな勢力ではないのですが、困ったことに軍務局の要所に集まっていました。
海軍に限らないのですが、軍務局の若手中堅の研究が上層部に上げられ、これが採用されるという傾向があっため、ここに対米強硬派が集まっていた影響は少なくありませんでした。
ことに軍務局の石川らが中心となった海軍第一委員会が策定した「現情勢下ニ於ケル帝国海軍ノ執ルベキ態度」の絵図面は、じっさいこのとおりになっているだけに軽視できません。
この第一委員会の策謀でもっとも重大な問題は南部仏印進出で、いくつか相反する史料があるためなんとも言えないところがあるのですが、この第一委員会が南部仏印進出を裏で強行していたらしく、その影響を考えれば海軍の開戦に関する関与は軽視できるものではないでしょう。
詳細については防衛研究所の資料がありますので、見てください。
http://www.nids.go.jp/publication/senshi/pdf/200103/07.pdf
いくつかの相反するということについて書いておきますが、南部仏印進出は松岡外相が言い出して強行に主張したという説(松岡と石川は盟友だったという)と、石川ら第一委員会が強行して、反対する松岡に圧力をかけたという説があります。
ほんとうに真逆なんですが、同じ防衛研究所論文でも上記のどちらも採用されている例があって、どちらが正しいのかわかりません。
それと、史料から見て陸軍が開戦に大きな役割を果たしたことは否定できませんし、機密大日誌あたりを見れば陸軍部戦争指導班が開戦を望んでたことは明白ですが、「陸軍側の史料が多く残っている」という実態もあります。
海軍の機密大日誌は現存していませんから、わからないだけですね。軍務局の対米強硬派の存在を考えれば、ロクでもないことが書かれている可能性は十分にあります。
まあ書くとキリがないのですが、なぜかこういうところを指摘する人は少なく、連合艦隊という開戦の可否を判断する場から離れていた山本を原因にしたがる人がいるのが不思議でなりません。
nmurasさん
「現情勢下ニ於ケル帝国海軍ノ執ルベキ態度」は、対日禁油前に作られてますよ。石油の輸出停止は南部仏印進出への経済制裁ですが、第一委員会はそれに先だって「直に戦争決意(対米を含む)明定」
さらに米英蘭の妨害があった場合は「英米に対し武力を行使す」と書かれています。
つまり、禁油の前から対米戦を決意していた層は存在しました。むしろ第一委員会の計画は対米英戦を必至のものとした上で策定されています。つまり南部仏印進出は対米英戦の布石です。
ちなみに、陸軍も「対南方政策要綱」において仏印進出を計画しています。これは「対米戦にはならないだろう」という目算で定められましたが、やることは同じです。
南部仏印進出がもたらす結果を第一委員会は対米戦必至と考え、陸軍は対米戦回避と考えていた。考えは違っても、これが禁油を招いたことは史実のとおりで、単に陸軍は読みが甘いだけです。
やったことの責任は回避できません。
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