忍者ブログ

未来予測





別ブログに去年書いた記事だが、少し面白いので、こちらにも転載しておく。
この中で、自動車の全面的自動運転化は早まりそうだし、癌の完全な治療法は50年くらい遅れそうである。




少し頭の体操として、今から未来の時代に起こる科学上の発明発見や社会の変化を空想してみる。それを今後200年の年表にする。

2020年代:癌の完全な治療法が確立される。大恐慌が起こる。
2030年代:気象コントロール技術が進展する。資本家糾弾運動が激化する。
2040年代:エネルギーの90%が太陽エネルギーに代わり、安価になる。
2050年代:人体の人工臓器交換技術が安価になる。新しい資本主義が提唱される。
2060年代:自動車の全面的自動運転化が開始される。世界宗教者会議が開かれる。
2070年代:老化速度緩和の方法が確立される。全宗教の和解が宣言される。
2080年代:海上都市の建設が進行する。「新国連」が発足する。
2090年代:「世界憲法」が発布され、世界共通法律ができる。
2100年代:全世界的に「基本生活保障」が社会経済の基本とされる。
2110年代:「資本主義は終わった」という宣言が「新国連」から宣言される。
2120年代:アフリカの大開発が行われ、世界の牧場となる。
2130年代:人類の自然的平均寿命が100歳となる。(自殺者を除く)
2140年代:火星開発プロジェクトが始まる。
2150年代:火星移住第一陣が火星に移住する。
2160年代:人工授精が全受精の90%以上となる。
2170年代:脳移植が一般化する。
2180年代
2190年代
2200年代
2210年代
2230年代


とりあえず、思いつきを並べただけだが、後で追加したり変更したりすることにする。



拍手

PR

possibility

サイモンとガーファンクルの「冬の散歩道」(原題を正しく訳すれば、「冬の幽かな翳」くらいか)の中に、次のような一節があり、自分自身の若かった頃を振り返ると、まさにそのとおりだったなあ、と思う。若くしてこの歌詞を書いたポール・サイモンは天才だ。

When I looked around my possibility , I was so hard to please,

自分自身の可能性を探す、ということは、現在が満たされていない、ということであり、当然気分は鬱屈しているわけだが、問題は、若いころに自分自身の可能性を探すという行為自体が、成功確率が著しく低い、あまり賢明でない行為ではないか、という点だ。何しろ、自分に何ができるのか、何をやりたいのかを、わずかな人生体験を基にして探さねばならないのだから。

「わたモテ」の主人公が、

「中学生の時は、武器商人とか傭兵とか、夢いっぱいだったのに……
大人になって実現可能な夢と言ったら
小説家になって芥川賞取るか
ラノベ作家になってアニメ化で儲けるくらいしかない……」

と考えるシーンがあるが、まあ、そこまでアホではなくても、中学生や高校生で、将来は漫画家になりたいとか小説家になりたいと思っている奴は多いだろう。なぜそんな妄想をするかと言えば、自分自身が漫画や小説を読んで楽しいからにすぎない。自分が読んで面白いのだから、自分はこれを深く理解できている。つまり、自分にもこうしたものが作れる素質はあるはずだ、と思うわけである。まあ、その中から実際に漫画家や小説家になれる人もいるだろうが、海岸の砂の中から宝石を見つけるくらいの確率だろう。
で、問題を最初に戻すと、「自分の可能性を探す」という課題に対して、中高生の持っている課題解決資料は、そこまでの家庭や学校での体験と授業しか無い。これでどうして社会に適応するための「正解」が導けるだろうか。
社会での生活は、家庭生活や学校生活とは別の世界である。ちょうど、水泳を習わずに、いきなり海に放り込まれるようなものだ。仮に、学校生活の中から自分の適性を見つけるにしても、体育の成績が5だからと言ってプロスポーツ選手になれるわけではないし、絵が上手いからといって画家になれるわけではない。学校の学科の成績と職業能力は別である。
だから、ほとんどの高校生は「とりあえず」大学に行くことにするわけだが、大学でもべつに社会に適応するための知識や能力が教われるわけではない。だから、「コミュニケーション能力が最強のスキル」だという社会になるわけだ。ならば、授業など受けるよりサークル活動でもしたほうがマシだろう、となる。


なお、若いころに自分の可能性を探さないで、どうして社会に出ることができるのか、という当然の疑問に対しては、ごく簡単に「自分のやりたいこと」ではなく「自分にできること」をやれ、で終わりである。「やりたいこと」など、楽で面白い仕事に決まっているし、そんな仕事は上級国民が独占しているに決まっている。そして、「できること」が自分にとって面白い仕事になる可能性はあるのである。


さらに、結婚しない若者が増えているというのも、結婚が「自分の可能性を狭める」という恐怖心や不安からのものだろうと私は見ているが、結婚によって可能性が広がる面もあるのである。「結婚は自分の時間の束縛という意味で自分の可能性を狭める」というのなら、就職以上に自分の時間を束縛するものはない。


いずれにしても、「自分の可能性を探し回る」という行為は、建設的に見えて、実は不毛で徒労な行為であることが多い、というのが私の考えだ。まあ、「可能性」が実際あるにしても、人間の能力にそれほどの違いはないし、どんな職場でも経験を積めば、誰でもそれなりに務まるだろう。要は、可能性を探す、というのが「下手な考え休むに似たり」の一種だろう、ということだ。言い換えれば、無駄に考えるより、何でもいいからやってみろ、である。もっとも、私自身は考えること自体が趣味だから、これは「可能性を探す」という問題についてのことだ。






拍手

沈黙の音

やはり北村薫の「八月の六日間」からの引用。


歌舞伎では、雪の音を太鼓で表す。たんぽ槍のように、綿を入れて先を丸くしたバチで、大太鼓をゆっくり、

………ずん、ずん、ずん。

と打つ。


歌舞伎はほとんど見たことがないが、そういう場面は見たことがあるような気がする。嘘の記憶だろうか。
何はともあれ、「雪の音」という、実際には存在しない「音」を、現実の音で表現するというのが面白い。
漫画などで、音がしない情景を「シーン」という擬音で表すのに似ている。(ちなみに、これは「シンと静まり返った」という表現から来ていると思うが、この場合の「シンと」は擬音ではない。「森閑とした」から来たものではないか。)

サイモンとガーファンクルに「サウンド・オブ・サイレンス」という名曲があるが、まさに沈黙にも音があるわけだ。

拍手

日記と作文

日記というのは、「ただあったことを書く」のが原則であり、「感じたこと、思ったこと」を書くとエッセイになってしまう。そして、後になって貴重なのは、「ただあったこと」の記録である。「思ったこと」など、何度も何度も同じことを繰り返すだけなのだから、どうしてもその思ったことを文章化したければ小説を書くべきだ。で、この学校は子供に小説でも書かせたいのか。
もちろん、ただあったことを書くとなれば、「朝起きて食事をして学校に行って帰って食事をして寝ました」がずっと続くことになるwww 
つまり、子供に日記を書くことを強制することには意味はまったく無い。それよりも、国語の時間に、目の前に存在するものや、目の前で起こったことを正確に文章化する訓練でもしたほうがはるかにマシである。
遠足のような長い出来事ではなく、蝶が目の前を横切った、野良猫がそれを追いかけた、といったほんの一瞬の出来事を文章でスケッチするのである。子供の語彙力で表現できるものを表現させ、それで表現できない語彙や概念を教師が与えるのだ。今の作文教育など、教師は努力も苦労もせず、子供の苦労や努力(ほとんど不可能に挑戦させている)に丸投げしている、ブラック会社同様のやり方である。





  1. ただあったことを書くだけでも3日しか続かないのになあ(;_;)>RT


  2. さんがリツイート

    娘の学校、毎日日記を書くことを強制されるのに、ただあったことを書くのはダメみたいな暗黙のルールがあって、書くことが嫌いになってる。低学年の時は夜になると日記が嫌で泣いてた。意味がわからん。



拍手

様態・推量・推定

昔、私は塾や予備校の国語の教師などをしていて、そのころ自分の考えをまとめるために書いた文章がフラッシュメモリーの中に埋もれていたのだが、今読んでみると案外面白いので載せておく。昔の私はなかなか明晰な文章を書いたもんだ、と思う。まあ、こういうのは習慣の問題であり、今となっては国文法の問題など、忘却の彼方である。






◎様態・推量・推定


 


「明日は雨だろう。」の「う」、


「明日は雨になりそうだ。」の「そうだ」、


「明日は雨らしい。」の「らしい」


 


は、それぞれ「う=推量」、「そうだ=様態」、「らしい=推定」と文法上は区別されているが、その違いが分かるだろうか。


 


そもそも、これらの文法用語の意味が分からん、という人のために説明すれば、「推量」は「推し量る」ことで、「推測、推察」とほとんど同じ意味だが、文法用語としては「推量」を用いる。「様態」は「そのように見える」ということで、見えた様子の表現である。推量の要素もあるが、見えた様子を表現することに重点がある言い回しだ。「推定」は、「根拠のある推測」と考えればよい。


 


推量と推定の違いを分かりやすい形で示すと、


「明日は雨だろう」「何で?」「いや、何となく」


「明日は雨らしい」「何で?」「天気予報がそう言っていた」


という感じだ。つまり、推量は、根拠がどうであるかはあまり気にしない、無責任な推測とでも思えばいい。


 


なぜ「様態」が分かりにくく、間違いやすいかというと、「~そうだ」というあやふやな感じに我々は「推量」の印象を受けるからである。「そのように見える」という発言は、即座の断定とは異なり、見たものとその言語化の間にタイムラグがある。それが推察めいた印象になっているのだろう。しかし、


「雨になりそうだ」という発話の重点は、発話者の見た情景の説明にあり、発話者がそれを推察したことが言いたいわけではない。つまり、「この空模様は、雨になりそうだ」という趣旨を「雨になりそうだ」で表したのである。


 


「そうだ」が推量ではなく様態であることが明らかになるのは、たとえば


「彼は恥ずかしそうだ」という例文である。これは形容詞「恥ずかしい」の語幹に助動詞「そうだ」が付いたものだが、これを推量と思う人はいないだろう。明らかにこれは「彼は恥ずかしげに見える」ということだ。これを様態と言うのである。


 


「雨になりそうだ」の「そうだ」は様態であるから、これが「明日は雨になりそうだ」と未来のことを述べても推量にはならず、やはり「様態」として捉えることになる。つまり、「今見えている空模様は、明日が雨であることを示していると判断される」というのが「明日は雨になりそうだ」の意味なのであって、ここでも中心は、実は表面には出ていない現在の空模様の表現なのである。


 


「明日は雨だろう」の場合は、「う」という言葉で、発話内容が発話者の推量であることが示される。つまり、発話者がそう考えただけで、それが事実になるかどうかは分からない、ということだ。「明日は雨だ」と断定せずに「雨だろう」と言うことで、事実の記述ではない、ということが示されたわけだ。学生なら、ここで、「だろ」までが断定の助動詞「だ」の活用形であり、「だろ・う」と単語に分かれることに注意しておこう。


 


「明日は雨らしい」の場合は、明日は雨だと考えたことに何かの根拠があると前に書いたが、その根拠が書かれていない単独の文でもそれは成り立つ。たとえば、


「あいつは女だと思われていたが、どうやら男らしい」


という例文では、「あいつ」が男だと判断される事実が見つかっていることが、この一文の中に含意されているわけである。


もちろん「あいつは男らしい奴だ」の場合の「らしい」は「男らしい」という形容詞の語尾であり、これが推定の「らしい」でない事は明らかだろう。「あいつは男かもしれない奴だ」とか「あいつは男だと推定される奴だ」と解釈されたのでは、彼の男らしさが泣こうというものだ。







拍手

肉の悲しみ

穂村弘、東直子、沢田康彦の「ひとりの夜を短歌と遊ぼう」という本の中で、沢田康彦の


分離帯超えてわかったぼくたちが肉だったこと液体だったこと


という歌に対するねむねむという「猫又」同人の批評が「性の歌としても読める」というものなのだが、実際、交通事故で体が肉になり液体になって飛散する、という本来の歌意よりも、性の悲しみ、肉体の悲しみを詠んだ歌として秀逸だと思う。

「分離帯」は、男女の肉体を隔てる衣服や社会的束縛、さらには皮膚(外貌も含む)そのものであり、普段維持しているアイデンティティや人格である。それらを脱ぎ捨てたら、そこにはただ肉と液体が存在するだけ。ねむねむ嬢はそれを「美しいと感じました」と書いているが、私はむしろ悲しいと感じる。
人間がただの肉と液体に還元された状態を美しいと思うことは私にはできない。そして、それは性交という行為に関して必然的に起こるものであることが、悲しいと思う。

ヴァレリーの「肉は悲し」もそうだが、ショーペンハウエルがある本の冒頭に引用していたインドの「あはれ、リンガ(陽根)はヨーニ(陰門)に入る」という言葉を私はここから連想する。なぜリンガがヨーニに入ることが「あはれ」なのか。この「あはれ」は、まさしく「ああ」という詠嘆なのだろうが、性交の或る瞬間において人格が無意義化され、動物化される(あるいはお互いがただの「物」になる)ことを言ったものだと思う。

拍手

差別側に「仁を崇める」気持ちはあるか

「新とうふのかど」というブログから転載。
たまたまテレビでちらっと見たNHK番組で京都の崇仁地区を扱っていて、そこが京都の被差別地域だということを初めて知った。下の記事によれば「水平社」発祥の地でもあるらしいが私は部落問題にはほとんど関心の無い人間なので、それも下のブログで初めて知った。
その番組を断片的に見ただけでも、部落差別の理不尽さや、差別が今でも平気で行われれていることに痛ましさを感じたが、そう言えば、京都に住むと決めた時に、妻が知人の誰かから、京都の南の地域(京都駅から南側)には近づかないようにと「忠告」されたらしい。つまり、「差別する側」は親切心から、自分の身近な人にそういう「忠告」をするのだろう。実際、それがその人にとってトラブルを避けることにつながるのだから、親切な忠告ではある。その一方で、こうして差別は延々と続いて、拡散されていくわけだ。


(以下引用)

日本有数の被差別部落、崇仁同和地区を歩く。 [日々雑録]

列車が京都駅を出るとすぐ、高いビルがまったくない地区が目に飛び込んでくる。
京都駅の東側に広がる崇仁(すうじん)同和地区と呼ばれるこのエリアは、
日本有数の被差別部落のひとつ。
※「部落」という言葉にはもともと差別的な意味合いは無いので使用します。
とうふのかど
江戸時代の士農工商という身分制度が敷かれていた時代、
さらにそれらの下にエタ、非人という最下層に設定された階層があった。
彼らは刑場や屠殺場の雑務に従事させられ、居住地も強制的に指定された。
なかでも高瀬川の下流、七条から九条にかけてのこの崇仁地区が、
最大規模の賤民居住地域だった。

崇仁地区は日本で初めて人権宣言を行なった水平社が創設された場所。
世界的にも有名な観光都市「京都」の中心部にありながら、
長い期間、繁栄から置き去りにされてきた地域。
同和対策事業として、被差別部落の改善を目的に対象地区として設定されたはいいが、
逆にその線引きが新たな差別を生み、
今も依然として時代に取り残されたような路地が広がっていた。
「同和」という言葉の由来はどこにも記されていないようで、
その言葉に込められた意味は分からないが、
「同和地区」「部落」、いずれの言葉も、一部の人たちの心のなかに
命を差別する卑しい気持ちがある時点で、
社会的に使用することが憚られるような空気を孕んでいってしまう。
それはどんな言葉だってそうなっていく。「痴呆」しかり、「めくら」しかり。
(※「め●ら」など、これらの言語を伏せた表現をしようと思うこと自体が差別だと思うので、
僕は他の言葉と同じように使います。ふだんから使っています。)
とうふのかど
環境改善のためとはいえ、行政的に線引きをされ、
「ここから先は同和地区」というおかしな意識が人々のなかに生まれたことで、
ここ崇仁地区も退廃が進んでしまったようだ。
差別の目から逃れるために住民がこの地区を出ていってしまう、
その流れは当然だろう。
これは鹿児島の苗代川(現・美山)と同じ現象だ。
京都市が何を目指して、この地区を改善しようとしているのかは不明だが、
少なくとも被差別部落の解放にはまったく繋がっていないように思う。
むしろ、このまま地区の高齢化と人口減を待ち、
崇仁地区が壊滅する日を待っているようにさえ感じた。

京都は日本全国、そして海外からも多くの観光客がやってくる。
京都という街の存在は、日本人の一人として、僕も誇りに感じている。
京都は世界中の人たちの心を捉えているにもかかわらず、
京都駅の目の前にある崇仁地区のことはまるで放置して、
逆に観光客の目に止まらないよう周囲に高いビルを建てるなど腐心しているありさま。
これはとても恥ずかしいことだ。
僕は国民のひとりとして、日本の誇りである京都に
こうした現状があることを微力ながらも発信したいと思った。
とうふのかど
崇仁に限らず、社会的歴史的理由による不当な差別地域は数多くあるだろう。
そこだけにしかない街の魅力を楽しく共有しながら、
そうした差別の意味の無さを、発信していきたい。

今回のメインは長宗我部氏の取材で素通りした程度だったから、
次に京都に行ったときは崇仁の街の魅力を堪能しようと思う。



拍手

カレンダー

10 2024/11 12
S M T W T F S
4
24 25 26 27 28 29 30

カテゴリー

最新CM

プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

ブログ内検索

アーカイブ

カウンター

アクセス解析