第七章 旅の記録(アビエルの言葉)
「テッサリアの町を出て、今日で十六日になる。通り過ぎた町はアジバ、イソメラ、タマンの三つ。次はスードラだが、南に向かうにつれ、だんだんと次の町との間が遠くなってきた気がする。
ゲイツはロザリンに馴れ馴れしく話しかけているが、ロザリンは相手にしない。それもそのはず、ロザリンはエルロイ様が好きなのだ。ちょっと俺には残念だが、相手がエルロイ様では仕方がない。まあ、俺のような小僧には、田舎娘がお似合いだろう。
ミゼルという奴は、少し間が抜けているが、気のいい奴だ。だんだん好きになってきた。それに比べてゲイツの奴は気に入らない。口から先に生まれてきたような奴だ。口のうまさでは俺もなかなかのものだと思っていたが、あいつにはかなわない。しかし、町や村でいろんな物を売ったり買ったりする時には重宝な奴だ。いわゆる目利きという奴だ。頭がいいことは確かなようだ。
スードラに着いた。宿屋を見つけて泊まる。一階が酒場になっているので、さっそくビールを飲む。珍しくミゼルも付き合った。ロザリンはビールは飲まないが、ワインは少し飲む。ロザリンがエルロイ様に盛んに話しかけるが、エルロイ様は一言二言答えるだけだ。まったくエルロイ様の無口なのにも困ったもんだ。あれではロザリンも張り合いがないだろう。俺なら、ロザリンのような可愛い娘に惚れられたら、有頂天になるところだが、エルロイ様は何とも思っていないようだ。それでもロザリンの熱は下がらないようだから、男と女の間というものは不思議なものだ。まあ、エルロイ様のような美男だと、女に惚れられることが当たり前になって、何も感じないのかもしれない。
宿の主人から、次の村へ行く途中の森には盗賊の一味がいるから気を付けるようにと言われた。数を聞くと、十四、五人だという。それくらいなら、エルロイ様とミゼルの二人だけで相手ができるだろうし、ロザリンの魔法もある。俺だって、少しは役に立つだろうが、ゲイツは当てにならない。あいつは、武術はまったく駄目だから、せいぜい荷物の見張りでもしてもらうことになるだろう。
宿屋を朝早く出て、森に入った。用心のため、俺はゲイツが旅の武器として準備していた鎖玉の、鎖の端を握って、妙な奴が現れたらいつでもぶつけられるようにする。
道の曲がり角で、ロザリンが、『臭いね。出るよ』と言った。ミゼルとエルロイ様は弓を手にし、ゲイツも馬から下りて六尺棒を構えた。道を曲がった途端、一本の矢が先頭のミゼルに向かって飛んできた。ミゼルにはその矢の方向が見えているのか、体を掠めていったその矢を気にすることもなく、馬上で弓を構え、続け様に四本の矢を射た。その矢継ぎの速さには驚いたが、エルロイ様も負けじと二本の矢を放った。俺の目ではよくは見えなかったが、遠くの草むらや崖の上にいた数人の山賊が、その矢で何人か射られたようだ。
道の左右から、盗賊たちが現れた。
『命が惜しけりゃあ、身ぐるみ脱いで置いていけ』と怒鳴るが、あっという間に仲間の半分ほどを失っているのに動揺しているのが分かる。
エルロイ様が馬から飛び降りて、山賊どもに斬りかかる。見ている間に、二人、三人と山賊たちが斬り倒される。エルロイ様のあまりの強さに、悪党どもは、算を乱して逃げ去った。やはり、剣を取っては、エルロイ様にかなう者はいない。」
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