第九章 旅の記録(エルロイの言葉)
「旅に出てから、もう何日たっただろうか。ヴォガ峠で山賊たちと戦ったのは、もう十日も前だ。あれからずっと、人家は見えない。土と砂だけの荒野が広がり、ずっと前方にはヤラベアムとアドラムを隔てる山脈が見えてはいるが、いっこうに近づいてこない。
ロザリンがいなければ、我々は旅の途中で渇き死にしていただろう。ロザリンの魔法で地下水や隠れた泉の場所が分かるため、このような荒野でも何とか旅を続けることができる。
そのことに感謝はしているのだが、……正直言って、ロザリンが私を見る目が私には少々煩わしい。可愛い娘だし、頭も良く、いい子ではあるのだが、遍歴の旅に女は邪魔だ。腕の未熟な自分のような騎士が、女にうつつを抜かしていては、修行が進まぬ。
旅のつれづれに、ゲイツとアビエルの二人に武術を教えている。思ったより二人とも筋がいいのに驚いた。人間は血筋ではなく、訓練だ、と思ったが、その一方、ミゼルの事を考えると、やはり血筋によるものかな、とも思う。あの偉大なマリスの息子だから、ミゼルも天才的な武術の才能があるのだろう。しかし、あの馬上槍試合での私の敗北の一因は、ミゼルの乗っていた馬にあることは確かだと思う。いや、それは私の言い訳か。見苦しいことだ……。それにしても、ミゼルがあの馬、ゼフィルを盗まれたというのは、返す返す気の毒な事だ。あの馬なら、五千金、いや、一万金の値打ちはある。いや、金で測るのは、あの馬に失礼というものだろう。いつか、あの馬に乗って、戦場を駆けめぐってみたいものだ。
やっと国境の山脈の麓に着いた。これまでの土と砂の平野とは打って変わり、鬱蒼とした森林が山の頂まで続いている。森の茂みの間を流れる小川を見つけ、久しぶりに腹一杯水を飲んだ。小川で水を浴びて、旅の埃を落とし、生き返ったような気分だ。夕食には、ミゼルが弓で射止めた鹿の炙り肉と、アビエルが川で捕らえた魚、ロザリンが森で見つけた野いちごという御馳走だ。
明日は、いよいよこの山脈を越えることになる。良く晴れた夜空に、もの凄いほどの星が見えたが、山脈の上には一際輝く大きな白い星があった。あれは吉兆なのか、それとも凶兆か。」
「旅に出てから、もう何日たっただろうか。ヴォガ峠で山賊たちと戦ったのは、もう十日も前だ。あれからずっと、人家は見えない。土と砂だけの荒野が広がり、ずっと前方にはヤラベアムとアドラムを隔てる山脈が見えてはいるが、いっこうに近づいてこない。
ロザリンがいなければ、我々は旅の途中で渇き死にしていただろう。ロザリンの魔法で地下水や隠れた泉の場所が分かるため、このような荒野でも何とか旅を続けることができる。
そのことに感謝はしているのだが、……正直言って、ロザリンが私を見る目が私には少々煩わしい。可愛い娘だし、頭も良く、いい子ではあるのだが、遍歴の旅に女は邪魔だ。腕の未熟な自分のような騎士が、女にうつつを抜かしていては、修行が進まぬ。
旅のつれづれに、ゲイツとアビエルの二人に武術を教えている。思ったより二人とも筋がいいのに驚いた。人間は血筋ではなく、訓練だ、と思ったが、その一方、ミゼルの事を考えると、やはり血筋によるものかな、とも思う。あの偉大なマリスの息子だから、ミゼルも天才的な武術の才能があるのだろう。しかし、あの馬上槍試合での私の敗北の一因は、ミゼルの乗っていた馬にあることは確かだと思う。いや、それは私の言い訳か。見苦しいことだ……。それにしても、ミゼルがあの馬、ゼフィルを盗まれたというのは、返す返す気の毒な事だ。あの馬なら、五千金、いや、一万金の値打ちはある。いや、金で測るのは、あの馬に失礼というものだろう。いつか、あの馬に乗って、戦場を駆けめぐってみたいものだ。
やっと国境の山脈の麓に着いた。これまでの土と砂の平野とは打って変わり、鬱蒼とした森林が山の頂まで続いている。森の茂みの間を流れる小川を見つけ、久しぶりに腹一杯水を飲んだ。小川で水を浴びて、旅の埃を落とし、生き返ったような気分だ。夕食には、ミゼルが弓で射止めた鹿の炙り肉と、アビエルが川で捕らえた魚、ロザリンが森で見つけた野いちごという御馳走だ。
明日は、いよいよこの山脈を越えることになる。良く晴れた夜空に、もの凄いほどの星が見えたが、山脈の上には一際輝く大きな白い星があった。あれは吉兆なのか、それとも凶兆か。」
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