第八章 旅の記録(ゲイツの言葉)
「森の盗賊どもを倒した後、ミゼルはしばらく気が沈んでいるようだった。人を殺したのは初めてらしい。ミゼルに矢で射られた盗賊たちは、すべて死体になっていた。なにしろ、矢尻が胸の後ろまで突き抜け、ある者などは、矢羽まで胸にめり込んでいたのだから、助からない。驚くべき弓の威力だ。残る三人は、まだ生きていたので怪我の手当をして、放してやった。もっとも、こういう連中は、怪我が治ったら、また悪事を働くに決まっているのだから、いっそ殺したほうが世の中のためではあるのだが。
ミゼルは、どうも気が優しすぎるようだ。いつか、そのために思いがけない失敗をしそうな気がする。人を信じやすいし、人を酷く扱うことができない。人間、いざという時には冷酷な決断も必要になるものだが……。武芸の腕だけは大したものだが、やはり、子供だ。エルロイも、ぼんやり者だから、俺がしっかりしていないと駄目だろう。アビエルは、鼻っ柱は強いが、やはりまだ子供だ。広く全体を見て、先の事まで視野に入れて考えきれるのは俺だけだろう。ロザリンの方は、エルロイしか目に入っていない。やはりあの年頃の女は、男を見かけだけで判断するもののようだ。俺のような、顔より中身という男の良さはわからないのだろう。それは、まあ、仕方のないことだ。
今日はナフタという村で泊まった。この辺になると、小さな村ばかりで、商売のネタになりそうな物はあまりない。しかし、ワインは美味いから、たくさん作らせてテッサリアまで運べば、高い金で売れるだろう。
ロザリンの話では、我々は今丁度ヤラベアムの真ん中あたりにいるらしい。テッサリアはヤラベアムの北だから、国を半分ほど縦断したわけだ。南に行くに従って、少し暑くなってきた気がする。南方は暑いと聞いたが、そのせいか、単に夏という季節のせいなのか。
土地の風景も、乾燥地帯が増えてきて、緑が少なくなってきた。こんな土地には魔物が多いとロザリンは言っていた。魔物は、砂漠や沼地、山岳など、人気の無い荒れた土地を好むそうだ。人間と違って、きれいな景色がきらいなようだ。
もうすぐ、ヴォガ峠だ。ヴォガ峠は、山賊で有名な難所だ。ヴォガ峠を越えると、人間の住んでいる土地は希になる。南へ旅をする人々も、ヴォガの向こうに行くことはほとんど無い。峠の北に点在する集落を狙って山賊が峠を下りてくるが、役人に追われると峠の根城に逃げ込んで、手が出せないということだ。それが人々の悩みの種らしい。
峠の麓の宿屋の主人は、我々がヴォガ峠を越えると言うと、首を横に振って、やめたほうがいいと言った。いかに我々が武勇に優れていても、山賊の人数は二、三十人もいるから、とうていかなわないだろう、ということだ。
夜中に、思いがけない騒ぎがあった。宿屋の主人が実は山賊の仲間で、我々が眠っている間に我々を殺そうとして山賊仲間と部屋に忍び込んだのだが、ロザリンがそれを察知してエルロイとミゼルを起こし、二人が山賊たちを撃退したのだ。俺とアビエルは、騒ぎがおさまってから、やっと目を覚ましただけで、何もいいところはなかった。
『夕飯の食べ物に毒でも入れられたらお終いだったな』とアビエルが言うと、ロザリンは、女、つまり自分を生きて捕らえるために、毒を入れるのを見合わせたのだろう、と言った。おそらく、その通りだろう。ロザリンは、たいていの毒の毒消しはできると言っていたが、たいていの、という所が問題だ。その、たいていから外れた奴を一服盛られたら、この旅はそこでお終いというわけだ。いかに武勇を誇るミゼルとエルロイでも、毒には勝てんだろう。
翌日、ヴォガ峠を上っていくと、その中腹で、案の定山賊どもが現れた。その数、およそ二十人。前の晩に宿屋で五人ほどやっつけているから、数は減っているが、それでも大した人数だ。
例によって、まずエルロイとミゼルが弓矢で遠くから敵を倒し、物陰に隠れながら接近してきた敵は剣でやっつける。俺とアビエルの方に向かってきた敵がいて、思わず悲鳴を上げて逃げたが、ロザリンが魔法の電撃で、俺達を守ってくれた。女に守られるなんて、恥ずかしいが、こういう時は仕方がない。仲間に魔法使いがいると、便利なものだ。
山賊の親玉らしい髭面の男は、仲間がすべて倒されて、自分一人になったことを知ると、剣を投げ捨てて命乞いをした。
『命を救ってくれたら、これまで貯め込んだ宝はみんなやる』
親分の言葉に、我々は顔を見合わせた。
『よし、根城に案内しろ』
他の者が余計なことを言う前に、俺が言った。山賊のお宝を無視して先に行こうと言いかねない奴がいそうな気がしたからだ。
洞窟を利用して作った山賊の根城には、確かに、金銀宝石などの金目の物が一杯あったが、重い物は旅の邪魔になるので、金貨と宝石のほか、幾つかの武具を取っただけで、我々はそこを後にした。きっと、我々が釈放したあの山賊の親分が、後で戻ってきて残りの財宝を自分の物にするだろう。残念だが、仕方がない。」
PR