第十一章 山麓の村シャイド
下りの道は上りよりははるかに楽であった。山頂近くの岩陰で一泊した後、山を下りたミゼルたちは、午後遅くに麓の村に着いた。
まばらで貧弱な林が周りにぽつぽつあるだけの貧しげな村だが、山麓の村だけに水には恵まれているようだ。村の真ん中の井戸の周りには羊や山羊が群れている。家々は日干し煉瓦と石で作られ、窓には木造の庇がかかっている。家の前には棗の木を植えてあり、その木陰にはたいていターバン姿の老人が椅子に掛けている。彼らはミゼルたち一行を珍しげに眺めている。
ミゼルたちは、井戸に近づいて、そこにいた女たちに水を所望した。女たちは顔をヴェールで隠しているが、眼が美しい。
水を飲んで一息ついているミゼルたちの前に、一人の老人が現れた。年の頃は七十ほどだろうか、腰は折れ、杖をついているが、言葉はしっかりしている。
「あなたがたは、もしかしてヤラベアムから着たのかな」
アドラムの言葉は、ヤラベアムとほとんど同じである。もともと同じ民族が、はるかな昔にエタムからヤラベアム、レハベアム、アドラムに分かれて移り住んだと言われているのだから、それも当然だろう。
ミゼルは、老人の言葉に頷いた。
「やはりそうか。何の用で、こんな所に来なさった」
ミゼルが旅の目的を話すと、老人は眉をひそめた。
「王者の剣か。それはアドラムの王家の秘宝じゃ。それを手に入れようとすれば、お主たちの命はないぞ。だが、聖なる三つの武具は、もともと一カ所にあった物だとも言う。それが一つになる時に、世界は再び一つになるという言い伝えもある。お主たちが、その使命を持った者かもしれぬな」
老人は、自分の名をムスタファと名乗った。村長らしい。彼は自分の家にミゼルたちを招いて歓待した。旅人を手厚くもてなすのがこの国の風習らしい。それは、砂漠の国を旅する困難さから生まれた慣習だろう。もっとも、さすがにヤラベアムからの旅人は滅多にいないらしい。
「首都ムルドに着いたら、ロドリグ王の后のソリティアは元気かどうか訊ねてみてくれ。ソリティアは、わしの孫娘じゃ」
老人の言葉に、ミゼルたちは驚いた。国王の后の祖父が、このような貧しい村に住んでいるとは、信じがたいことである。
「かつて、この村に御幸なさった国王が、この村一の美女のソリティア様を見初めて強引にお后になさったのです。可哀想に、ソリテイア様の御婚約者のアリシャは、その嘆きで、自ら命を絶ち、それ以来ソリテイア様の笑顔を見た者はいないということです」
女たちの一人が、ミゼルに教えてくれた。
「これがソリティア様の絵姿です。本当に生き写しですわ」
女が出して見せたのは、象牙の台座に填め込まれた小さな楕円形の絵であった。その絵に描かれた女性は、確かにミゼルたちが生まれてから見たこともないほどの美女であった。
エルロイは、魂を奪われたように、その絵に見入っている。
「この絵が本物に似ているなら、確かにこれは世界一の美女ですな」
ゲイツがうなるような声で言った。
「これは、アリシャが描いた物です。アリシャは、この村一の美男で、絵の名人でした。楽器も弾き、生まれつきの詩人でもありました。彼がこの村に止まっていたのは、ただソリティアがいたからなのです。だから、ソリティアを奪われた時、彼にとってこの世に生きる望みはすべて失われたのです」
女の話は、古い伝説か何かのようにミゼルには聞こえた。
その晩ずっとエルロイは何かを考え込んでいる様子であった。
下りの道は上りよりははるかに楽であった。山頂近くの岩陰で一泊した後、山を下りたミゼルたちは、午後遅くに麓の村に着いた。
まばらで貧弱な林が周りにぽつぽつあるだけの貧しげな村だが、山麓の村だけに水には恵まれているようだ。村の真ん中の井戸の周りには羊や山羊が群れている。家々は日干し煉瓦と石で作られ、窓には木造の庇がかかっている。家の前には棗の木を植えてあり、その木陰にはたいていターバン姿の老人が椅子に掛けている。彼らはミゼルたち一行を珍しげに眺めている。
ミゼルたちは、井戸に近づいて、そこにいた女たちに水を所望した。女たちは顔をヴェールで隠しているが、眼が美しい。
水を飲んで一息ついているミゼルたちの前に、一人の老人が現れた。年の頃は七十ほどだろうか、腰は折れ、杖をついているが、言葉はしっかりしている。
「あなたがたは、もしかしてヤラベアムから着たのかな」
アドラムの言葉は、ヤラベアムとほとんど同じである。もともと同じ民族が、はるかな昔にエタムからヤラベアム、レハベアム、アドラムに分かれて移り住んだと言われているのだから、それも当然だろう。
ミゼルは、老人の言葉に頷いた。
「やはりそうか。何の用で、こんな所に来なさった」
ミゼルが旅の目的を話すと、老人は眉をひそめた。
「王者の剣か。それはアドラムの王家の秘宝じゃ。それを手に入れようとすれば、お主たちの命はないぞ。だが、聖なる三つの武具は、もともと一カ所にあった物だとも言う。それが一つになる時に、世界は再び一つになるという言い伝えもある。お主たちが、その使命を持った者かもしれぬな」
老人は、自分の名をムスタファと名乗った。村長らしい。彼は自分の家にミゼルたちを招いて歓待した。旅人を手厚くもてなすのがこの国の風習らしい。それは、砂漠の国を旅する困難さから生まれた慣習だろう。もっとも、さすがにヤラベアムからの旅人は滅多にいないらしい。
「首都ムルドに着いたら、ロドリグ王の后のソリティアは元気かどうか訊ねてみてくれ。ソリティアは、わしの孫娘じゃ」
老人の言葉に、ミゼルたちは驚いた。国王の后の祖父が、このような貧しい村に住んでいるとは、信じがたいことである。
「かつて、この村に御幸なさった国王が、この村一の美女のソリティア様を見初めて強引にお后になさったのです。可哀想に、ソリテイア様の御婚約者のアリシャは、その嘆きで、自ら命を絶ち、それ以来ソリテイア様の笑顔を見た者はいないということです」
女たちの一人が、ミゼルに教えてくれた。
「これがソリティア様の絵姿です。本当に生き写しですわ」
女が出して見せたのは、象牙の台座に填め込まれた小さな楕円形の絵であった。その絵に描かれた女性は、確かにミゼルたちが生まれてから見たこともないほどの美女であった。
エルロイは、魂を奪われたように、その絵に見入っている。
「この絵が本物に似ているなら、確かにこれは世界一の美女ですな」
ゲイツがうなるような声で言った。
「これは、アリシャが描いた物です。アリシャは、この村一の美男で、絵の名人でした。楽器も弾き、生まれつきの詩人でもありました。彼がこの村に止まっていたのは、ただソリティアがいたからなのです。だから、ソリティアを奪われた時、彼にとってこの世に生きる望みはすべて失われたのです」
女の話は、古い伝説か何かのようにミゼルには聞こえた。
その晩ずっとエルロイは何かを考え込んでいる様子であった。
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