第十六章 アロン
シケル山を後にしてから三日目、ミゼルたちはオアシスの町アサガイに着いた。美しく水を湛えた湖の側にできた小さな町だが、町並みは美しく、砂漠の宝石という呼び名も頷ける。ナツメヤシの葉陰で一休みした後、ミゼルたちはムスタファから聞いていたアサガイの長、マハンを訪ねた。
アサガイの中でも一際豪壮な建物が、マハンの屋敷である。
門番に取り次ぎを頼むと、一行は応接間に通され、すぐにマハンが現れた。でっぷりと肥った、五十代の男である。チョコレート色の肌色は、アドラムの男に共通のものだが、マハンと一緒に現れたマハンの息子アロンは、彼とは対照的に色白で細身である。この二人が父子とは、ちょっと信じられない。
「ムスタファ様のお知り合いなら、私にとっても大切なお客人だ。どうぞ、ゆっくりしていってください」
マハンは、愛想良くミゼルたちに言った。
砂漠の旅ではほとんど期待できない風呂の馳走に与り、ミゼルたちは長い旅の疲れを癒した。そのあとは盛大な晩餐会である。
マハンは、ミゼルたちの旅の話を面白そうに聞いた。
「いやあ、あなた方は、実に素晴らしい冒険者だ。わたしらのように、生まれてから死ぬまでこの土地を一歩も離れることのない者にとっては、まったく憧れるしかない暮らしですな」
「と言っても、いいことばかりじゃありませんよ。今にも死にそうな目にも何度も遭ってますからね」
ゲイツが言う。まったく、エルロイとミゼル、ロザリンの三人がいなければ、こんな旅など不可能だったに決まっているのだ。
「ロザリンさんは、魔法が使えると聞きましたが、どんな事ができます?」
アロンがロザリンに向かって言った。アロンは、先ほどからロザリンばかりをずっと見ていたのである。
「空を飛んだり、地中に潜ったり、稲妻を起こしたり、体を透明にしたり、考えるだけで物を動かしたり、はるか遠方の様子を見たり、いろいろね。でも、体調によって出来不出来はあるけど」
「未来を見ることは?」
「一つの可能性としてなら、出来るわ。つまり、その未来を見たことで、何か作為をすると、それで未来は変わるの。もちろん、小さな変更だけのことも大きな変更のこともあるけど」
「私の未来を見てください」
「悪いけど、お断りするわ。未来を見る魔法は人間を不幸にするの。悪い未来なら、それで絶望するし、いい未来でも、それで慢心して未来を悪くする事が多いの」
「単なる一つの可能性でしょう? 未来が変更可能なら、将来のための教訓となっていいじゃありませんか」
アロンの熱心な願いに負けて、ロザリンは心を集中して、アロンの未来を見た。
「アロンさんは椅子に座っているわ。冠をかぶって。どこかの国王になっているみたい。その側にお后がいるみたい。顔がはっきり見えない。あ、見えた……」
ロザリンは顔を真っ青にして言葉を切った。
「お后は、誰です?」
アロンの質問に、ロザリンは無理に笑って首を横に振った。
「私の知らない人よ。でも、結構美人だったみたいだから、安心していいわよ」
「あなたではなかったですか?」
ロザリンは驚いてアロンの顔を見た。
「なぜ、それが分かったの?」
「あなたを一目見た時から、僕はあなたと結婚しようと決心していたからです」
「でも、その未来は実現しないわよ。だって、私には、すでに心に決めた人がいますからね」
「エルロイ殿ですか?」
この、アロンという男は、ひどく勘のいい男のようである。
「そうよ」
「でも、エルロイ殿には、ほかに愛している人がいるみたいですよ」
「まさか、そんな人、見たことも聞いたこともないわ」
側で聞いていたミゼルは、エルロイの愛する人が、あのソリティアではないかと思ったが、何も言わなかった。
シケル山を後にしてから三日目、ミゼルたちはオアシスの町アサガイに着いた。美しく水を湛えた湖の側にできた小さな町だが、町並みは美しく、砂漠の宝石という呼び名も頷ける。ナツメヤシの葉陰で一休みした後、ミゼルたちはムスタファから聞いていたアサガイの長、マハンを訪ねた。
アサガイの中でも一際豪壮な建物が、マハンの屋敷である。
門番に取り次ぎを頼むと、一行は応接間に通され、すぐにマハンが現れた。でっぷりと肥った、五十代の男である。チョコレート色の肌色は、アドラムの男に共通のものだが、マハンと一緒に現れたマハンの息子アロンは、彼とは対照的に色白で細身である。この二人が父子とは、ちょっと信じられない。
「ムスタファ様のお知り合いなら、私にとっても大切なお客人だ。どうぞ、ゆっくりしていってください」
マハンは、愛想良くミゼルたちに言った。
砂漠の旅ではほとんど期待できない風呂の馳走に与り、ミゼルたちは長い旅の疲れを癒した。そのあとは盛大な晩餐会である。
マハンは、ミゼルたちの旅の話を面白そうに聞いた。
「いやあ、あなた方は、実に素晴らしい冒険者だ。わたしらのように、生まれてから死ぬまでこの土地を一歩も離れることのない者にとっては、まったく憧れるしかない暮らしですな」
「と言っても、いいことばかりじゃありませんよ。今にも死にそうな目にも何度も遭ってますからね」
ゲイツが言う。まったく、エルロイとミゼル、ロザリンの三人がいなければ、こんな旅など不可能だったに決まっているのだ。
「ロザリンさんは、魔法が使えると聞きましたが、どんな事ができます?」
アロンがロザリンに向かって言った。アロンは、先ほどからロザリンばかりをずっと見ていたのである。
「空を飛んだり、地中に潜ったり、稲妻を起こしたり、体を透明にしたり、考えるだけで物を動かしたり、はるか遠方の様子を見たり、いろいろね。でも、体調によって出来不出来はあるけど」
「未来を見ることは?」
「一つの可能性としてなら、出来るわ。つまり、その未来を見たことで、何か作為をすると、それで未来は変わるの。もちろん、小さな変更だけのことも大きな変更のこともあるけど」
「私の未来を見てください」
「悪いけど、お断りするわ。未来を見る魔法は人間を不幸にするの。悪い未来なら、それで絶望するし、いい未来でも、それで慢心して未来を悪くする事が多いの」
「単なる一つの可能性でしょう? 未来が変更可能なら、将来のための教訓となっていいじゃありませんか」
アロンの熱心な願いに負けて、ロザリンは心を集中して、アロンの未来を見た。
「アロンさんは椅子に座っているわ。冠をかぶって。どこかの国王になっているみたい。その側にお后がいるみたい。顔がはっきり見えない。あ、見えた……」
ロザリンは顔を真っ青にして言葉を切った。
「お后は、誰です?」
アロンの質問に、ロザリンは無理に笑って首を横に振った。
「私の知らない人よ。でも、結構美人だったみたいだから、安心していいわよ」
「あなたではなかったですか?」
ロザリンは驚いてアロンの顔を見た。
「なぜ、それが分かったの?」
「あなたを一目見た時から、僕はあなたと結婚しようと決心していたからです」
「でも、その未来は実現しないわよ。だって、私には、すでに心に決めた人がいますからね」
「エルロイ殿ですか?」
この、アロンという男は、ひどく勘のいい男のようである。
「そうよ」
「でも、エルロイ殿には、ほかに愛している人がいるみたいですよ」
「まさか、そんな人、見たことも聞いたこともないわ」
側で聞いていたミゼルは、エルロイの愛する人が、あのソリティアではないかと思ったが、何も言わなかった。
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