第十八章 ゼフィルとの再会
翌日、ミゼルはアビエルと一緒にムルドの町を歩いてみた。アドラムの他の村々とは違って、白い石造りの家は庭木が植えられ、緑の木陰が多い。午後の日差しがその木陰越しに道に落ちて、不思議な香料の匂いと、どこかから流れるアドラム特有の胡弓の音色が、人を瞑想的な、夢幻的な気分に誘う。
ヤラベアムの首都とは異なり、道はそれほど広くはなく、広場もない。中心街は迷路のようである。しかし、目を上げれば、金色の屋根の大きな宮殿と寺院が青空に聳えているので、道に迷うことはない。
宮殿の正面にはやや大きめの道があり、そのあたりは商売の中心地らしい。壺や道具類や刀剣、果物の干物や干し肉などを並べた店のほかに、簡単な日覆いをしただけの露店も多い。
とある酒場の前で、ミゼルは聞き慣れた馬のいななきを聞いた。
「ゼフィルの声だ!」
ミゼルは声を上げた。
「ゼフィルって、お前さんがテッサリアで盗まれた、あの馬か? まさか、何でこんなところにいるんだよ」
アビエルは疑わしそうに言ったが、ミゼルには確信があった。確かに、ゼフィルが自分を呼んでいた。ミゼルは、嘶きの聞こえた方角に走った。
酒場の裏側に、ゼフィルはつながれていた。おそらく、風の中にミゼルの匂いを嗅いで、自分はここにいると伝えたのだろう。
ミゼルは、ゼフィルの首を抱き、再会の喜びで涙を流した。やがて、涙を拭い、ミゼルは酒場の中に入っていった。
「裏につないである灰色の馬の持ち主は誰だ?」
ミゼルの言葉に、「おう、俺だ」と声が上がった。奥のテーブルで酒を飲んでいた男である。見ると、見覚えのある男である。
「カブラのランドール! なぜ、お前がここにいる」
ミゼルは叫んだ。
「そういうお前は、確かテッサリアの御前槍試合で優勝したミゼルじゃあねえか。お前こそなぜここにいる」
カブラのランドール、実は盗賊ピオは、うそぶいた。
「それより、まず、僕の馬を返して貰おう」
「あれは俺の馬だ。欲しけりゃあ、売らんでもないが、まあ、五千金は貰わんとな」
ミゼルは懐から金袋を出した。御前試合の優勝賞金一万金のうち、まだ七千金ほど残っている。ミゼルは五百金の金貨を十枚、ランドールに渡した。
ピオは不思議そうにミゼルを見た。相手がすんなりと五千金という大金を出すとは思ってもいなかったからだ。
「お前も妙な奴だな。自分の馬を金で買い戻すのか?」
「金で済むことなら、無益な争いはしたくない」
「まあ、あの馬はロドリグ王に売ろうと、わざわざここまで運んできたのだが、お前が、それほどあの馬に愛着があるのなら、お前に売ることにしよう。持っていきな」
ピオは、ぷいと顔をそむけて、なぜか気弱な口調で言った。
ミゼルは、店の裏に戻ってゼフィルの手綱を柵からほどき、彼にまたがった。ゼフィルは本来の主人を乗せて、嬉しそうに嘶いた。
店の中では、ピオの側で飲んでいたジャコモが、ピオに不満そうな顔を向けていた。
「五千金は安すぎたんじゃあないんですかい。わざわざ苦労して山を越えてここまで運んだのに」
「まあ、そう言うな。おい、ジャコモ、この金はお前にやる。これまで俺に付き合ってくれた礼だ。これだけありゃあ当分は遊んで暮らせるだろう。ただし、これから、俺とお前はもう仲間じゃねえ。道で遭っても知らん顔するんだぜ」
ジャコモは呆然となった。
「ど、どうしてです。わっしが何かしたんですか」
「いや、そうじゃあねえ。俺は考えることがあって、一人になりたいんだ。いわば、人生の転機ってやつだな。お前とも、長い付き合いだったが、これからは別々の道を行こう」
「泥棒から足を洗おうというんで?」
「とは限らねえが、お前と一緒だと、お前につられてつい、する必要のない悪事までしてしまう、そいつが困るんだ」
「あっしを泥棒に仕込んだのはピオ、あんたですぜ」
「まあ、そりゃあそうだが、お前はどうやら、俺よりずっと悪党みてえだ。正直言って、お前という人間が少々鼻についてきたのさ。俺はこれから一人で気ままに生きていくつもりだ。お前も、少しは自重して、首をくくる羽目にならねえようにしろよ。じゃあな」
ピオは、あきれているジャコモを残して酒場を出ていった。
翌日、ミゼルはアビエルと一緒にムルドの町を歩いてみた。アドラムの他の村々とは違って、白い石造りの家は庭木が植えられ、緑の木陰が多い。午後の日差しがその木陰越しに道に落ちて、不思議な香料の匂いと、どこかから流れるアドラム特有の胡弓の音色が、人を瞑想的な、夢幻的な気分に誘う。
ヤラベアムの首都とは異なり、道はそれほど広くはなく、広場もない。中心街は迷路のようである。しかし、目を上げれば、金色の屋根の大きな宮殿と寺院が青空に聳えているので、道に迷うことはない。
宮殿の正面にはやや大きめの道があり、そのあたりは商売の中心地らしい。壺や道具類や刀剣、果物の干物や干し肉などを並べた店のほかに、簡単な日覆いをしただけの露店も多い。
とある酒場の前で、ミゼルは聞き慣れた馬のいななきを聞いた。
「ゼフィルの声だ!」
ミゼルは声を上げた。
「ゼフィルって、お前さんがテッサリアで盗まれた、あの馬か? まさか、何でこんなところにいるんだよ」
アビエルは疑わしそうに言ったが、ミゼルには確信があった。確かに、ゼフィルが自分を呼んでいた。ミゼルは、嘶きの聞こえた方角に走った。
酒場の裏側に、ゼフィルはつながれていた。おそらく、風の中にミゼルの匂いを嗅いで、自分はここにいると伝えたのだろう。
ミゼルは、ゼフィルの首を抱き、再会の喜びで涙を流した。やがて、涙を拭い、ミゼルは酒場の中に入っていった。
「裏につないである灰色の馬の持ち主は誰だ?」
ミゼルの言葉に、「おう、俺だ」と声が上がった。奥のテーブルで酒を飲んでいた男である。見ると、見覚えのある男である。
「カブラのランドール! なぜ、お前がここにいる」
ミゼルは叫んだ。
「そういうお前は、確かテッサリアの御前槍試合で優勝したミゼルじゃあねえか。お前こそなぜここにいる」
カブラのランドール、実は盗賊ピオは、うそぶいた。
「それより、まず、僕の馬を返して貰おう」
「あれは俺の馬だ。欲しけりゃあ、売らんでもないが、まあ、五千金は貰わんとな」
ミゼルは懐から金袋を出した。御前試合の優勝賞金一万金のうち、まだ七千金ほど残っている。ミゼルは五百金の金貨を十枚、ランドールに渡した。
ピオは不思議そうにミゼルを見た。相手がすんなりと五千金という大金を出すとは思ってもいなかったからだ。
「お前も妙な奴だな。自分の馬を金で買い戻すのか?」
「金で済むことなら、無益な争いはしたくない」
「まあ、あの馬はロドリグ王に売ろうと、わざわざここまで運んできたのだが、お前が、それほどあの馬に愛着があるのなら、お前に売ることにしよう。持っていきな」
ピオは、ぷいと顔をそむけて、なぜか気弱な口調で言った。
ミゼルは、店の裏に戻ってゼフィルの手綱を柵からほどき、彼にまたがった。ゼフィルは本来の主人を乗せて、嬉しそうに嘶いた。
店の中では、ピオの側で飲んでいたジャコモが、ピオに不満そうな顔を向けていた。
「五千金は安すぎたんじゃあないんですかい。わざわざ苦労して山を越えてここまで運んだのに」
「まあ、そう言うな。おい、ジャコモ、この金はお前にやる。これまで俺に付き合ってくれた礼だ。これだけありゃあ当分は遊んで暮らせるだろう。ただし、これから、俺とお前はもう仲間じゃねえ。道で遭っても知らん顔するんだぜ」
ジャコモは呆然となった。
「ど、どうしてです。わっしが何かしたんですか」
「いや、そうじゃあねえ。俺は考えることがあって、一人になりたいんだ。いわば、人生の転機ってやつだな。お前とも、長い付き合いだったが、これからは別々の道を行こう」
「泥棒から足を洗おうというんで?」
「とは限らねえが、お前と一緒だと、お前につられてつい、する必要のない悪事までしてしまう、そいつが困るんだ」
「あっしを泥棒に仕込んだのはピオ、あんたですぜ」
「まあ、そりゃあそうだが、お前はどうやら、俺よりずっと悪党みてえだ。正直言って、お前という人間が少々鼻についてきたのさ。俺はこれから一人で気ままに生きていくつもりだ。お前も、少しは自重して、首をくくる羽目にならねえようにしろよ。じゃあな」
ピオは、あきれているジャコモを残して酒場を出ていった。
PR