第二十三章 脱出
ミゼルは、ゼフィルの脇腹にくくりつけてあった弓を素早く手にとって矢をつがえ、王の胸に狙いをつけた。
「動くな! 誰でも動くと、王の命はないぞ」
王の側近たちは凍り付いた。護衛の武官たちも動けない。
「王者の剣を持ってくるように言え」
ミゼルは王に命令した。
王は、宰相に向かって頷いた。
やがて、宝物庫から届けられた剣が、アロンに渡された。アロンは、それをロザリンに見せた。ロザリンが、魔法の力でその霊力を確かめ、頷いた。
「王よ。残念だが、ロザリンは渡せない。最初に約束を破ったのはそっちだから、恨まないことだ。もし、我々の後を追おうとしたら、こういうことになる」
ミゼルはロザリンに、目で合図した。
ロザリンが、軽く頷いて、手を前方に伸ばした。その指先から稲妻が出て、爆発音と共に、広場の中心に巨大な穴が開く。
見ていた者たちは声を失った。
ロザリンが呪文を唱えると、今度は、その穴の中から奇妙な怪物たちが現れた。大きさは人間くらいのハサミムシである。その虫たちは、ぞろぞろと宮廷の人々の前に行って、ハサミを振り上げて威嚇した。女官たちは悲鳴を上げる。
「ロドリグ王、私の魔法で、あなたに死の呪いをかけることもできます。もし、あなたが私たちの後を追わないと約束するなら、魔法はかけません。追わないと約束しますか?」
ロザリンの言葉に、王は、ためらったが、弱々しく頷いた。
ミゼルたちは、エルロイの遺体をゼフィルに乗せ、中庭から脱出した。
ミゼルたちが王宮から離れてしばらくたつと、巨大なハサミムシたちは、急に姿を消した。宮廷の人たちがその後の地上をよく見たなら、本物の小さなハサミムシの姿が見られただろう。
ミゼルたちは、そのままムルドを離れ、砂漠に脱出した。
夕陽の中を行くミゼル、ロザリン、アロン、ゲイツ、アビエル五人の姿は葬送の列のようだった。
ミゼルの心は、悲しみと後悔で一杯だった。王者の剣はやっと手に入れたが、その代償は、何と大きな物だっただろう。かけがえのない友人エルロイの死は、代償としてはあまりに大き過ぎた。
ロザリンの悲しみは、最も大きかった。泣き濡れるロザリンの肩に手を置いて慰めるアロンの声も耳に入らない様子ではあるが、アロンがこの場にいて良かったとミゼルは思った。ミゼルはもとより口下手だし、口の上手いゲイツでも、アビエルでも、今のロザリンを慰める適切な言葉は出てこなかっただろう。アロンだけが、この場にふさわしい言葉を言うことができた。それは、おそらくロザリンの胸にも沁み入っているはずである。
ミゼルたちは、翌朝、ある丘の蔭にエルロイの遺体を埋めた。墓泥棒に遺体の衣服や刀剣が盗まれないように、墓標は立てず、大きな石を目印に乗せるだけにした。
アロンが聖書の祈りの言葉を暗唱して、一同はエルロイの魂が天国に迎えられることを祈った。
エルロイの墓に心を残しながら、ミゼルたちは、アロンの故郷アサガイに戻って行った。おそらく、ミゼルたちへの恨みを晴らすため、その仲間のアロンの父マハンを王は襲うだろう。その対策を講じなければならないからである。
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