第二十七章 海の旅
次の日、ミゼルとピオは町で、船旅に必要な品物を買い込んだ。船の燃料の薪は前もって準備してあり、それらには、水に濡れても大丈夫なようにタールが塗られていた。メビウスは、一日かけて、船の点検と機関の整備を行っている。
ピオとミゼルは、その前から航海のための船乗りを二人雇っていた。マキルとザキルという兄弟で、年は三十くらいである。兄のマキルは実直そうな男だったが、弟のザキルは目にずるそうな光があって、ミゼルには信頼できない男のように思われた。しかし、この危険な航海に同伴することを承知する漁師はほかには無く、この二人を雇うしかなかったのである。幸い、メビウスも一緒に船に乗ると言ったので、船の機関の操作や整備の点は安心だった。
この五人とゼフィルが船に乗り込み、ハビラムに着いてからおよそ三週間後にミゼルたちはヘブロンに向けて出発した。季節は秋になっており、風は軽い逆風だったが、蒸気で走る船は、快調に波を蹴立てて進んでいった。
秋空は美しく晴れ上がり、夏の名残の入道雲が水平線にはあるが、空の高いところは、軽く絵筆を走らせたような筋雲がかかっている。時折、海の上に飛び魚が群れ飛び、銀色の体をきらめかせる。海の色は、深い群青色だ。
「海の旅というのは退屈なもんだな。することもありゃしねえ」
最初は海の景色に感嘆していたピオは、二日目には、早くもぼやき始めている。彼はザキルを相手にサイコロ博打などをしていたが、どうもザキルが好きになれないらしく、それもやめてしまっている。ミゼルの方も、ヘブロンに着くまではすることはない。
三日目には、水平線の彼方に、鯨の姿が見えた。ミゼルもピオも、この海の怪物を見るのは初めてである。
「遠くにいるからわかりませんが、あいつはこの船より大きいんですよ」
マキルが二人に教える。
「いくら大きくたって、人間にはかなわねえぜ。俺は、こいつであの鯨を何頭も倒してきたんだ」
ザキルが、自分の銛を自慢そうにピオとミゼルに見せて言う。
「お前一人で倒したわけじゃない。仲間が何人もかかって、やっと倒したんだろうが。あんまり自慢めいた事を言うんじゃない」
マキルがたしなめると、ザキルは不満そうに口をつぐんだ。
その夜、船が大きくグラリと傾き、寝ていたミゼルたちは飛び起きた。
「何事だ!」
真っ先に甲板に飛び出したピオが、船の操縦をしていたザキルに聞いた。
ザキルは、真っ青な顔で、首を横に振った。何が起こったのか、分からないのだろう。
船に乗っていた者は皆、海面を見つめた。
夜空には無数の星が出ていたが、月は無く、星明かりでは海面の様子は、良く見えない。
だが、やがて船の真下を行く巨大な白い姿が見えた。
「鯨だ!」
ザキルが叫んだが、その声は昼間の大言壮語とは打って変わった震え声であった。
「違う、大烏賊だ!」
マキルが言って、銛を銛掛けから外して身構えた。ミゼルも、弓を構えた。
その時、船の舳先に、不気味な白く長い物が現れた。それは、舳先にからみつき、すぐに続けて、同じような物が数本現れて、こちらに伸びてきた。烏賊の足である。船は、大烏賊に絡まれて大きく傾いた。
ピオは、剣を抜いて大烏賊の足に斬りつけた。足は一瞬縮んだように見えたが、次の瞬間くねりながら甲板をのたうち回り、ザキルの体に触れて、それを絡み取った。ザキルは悲鳴を上げながら、宙に持ち上げられる。
ミゼルは、船の舷側に身を乗り出し、海上に現れた大烏賊の胴体の中にかすかに見えたその目に弓を射た。
大烏賊は、片目に射込まれた矢の苦痛のためか、ザキルの体を甲板に放り投げて、船に巻き付いていた手足を離した。
やがて、その悪夢のような白い姿は、船の後ろに遠く離れていった。
「鯨は得意でも、烏賊は苦手なようだな」
ピオがザキルをからかったが、ザキルは何とも言わなかった。幸い、ザキルにも、他の乗組員にも怪我はなく、調べてみると、船もそれほど壊れてはいなかった。
翌日の夜、異変は再び起きた。
舵をとっていたのはマキルであった。マキルのかすかな悲鳴を聞きつけて目を覚ましたミゼルは、甲板に上がっていった。そこでミゼルが目撃したのは、海上を漂う幾つもの青白い人影だった。
「死人の魂だ。……あいつらは、俺達を死の国に連れて行くんだ。あいつらに出逢った船は、みんな沈んでしまう」
マキルはぶるぶる震えながら言った。
船に近づいた亡霊たちは、今では顔もはっきりと見えた。やはり、死人の顔である。この海で死んだ漁師や船乗りの亡霊だろう。
ミゼルの心も、さすがに気味悪い思いに捕らえられたが、ミゼルは、ふと思いついて船室に戻り、アドラムの国王から手に入れた王者の剣を取って甲板に戻った。
ミゼルが王者の剣を鞘から抜くと、青い光が、さっと輝き渡った。その光は、ミゼルやマキルの顔を明るく照らし出すほどの明るさである。
その光が亡霊たちに当たると、亡霊たちは一瞬で消え去った。
ミゼルとマキルは、顔を見合わせて、ほっと安堵のため息をついた。
次の日、ミゼルとピオは町で、船旅に必要な品物を買い込んだ。船の燃料の薪は前もって準備してあり、それらには、水に濡れても大丈夫なようにタールが塗られていた。メビウスは、一日かけて、船の点検と機関の整備を行っている。
ピオとミゼルは、その前から航海のための船乗りを二人雇っていた。マキルとザキルという兄弟で、年は三十くらいである。兄のマキルは実直そうな男だったが、弟のザキルは目にずるそうな光があって、ミゼルには信頼できない男のように思われた。しかし、この危険な航海に同伴することを承知する漁師はほかには無く、この二人を雇うしかなかったのである。幸い、メビウスも一緒に船に乗ると言ったので、船の機関の操作や整備の点は安心だった。
この五人とゼフィルが船に乗り込み、ハビラムに着いてからおよそ三週間後にミゼルたちはヘブロンに向けて出発した。季節は秋になっており、風は軽い逆風だったが、蒸気で走る船は、快調に波を蹴立てて進んでいった。
秋空は美しく晴れ上がり、夏の名残の入道雲が水平線にはあるが、空の高いところは、軽く絵筆を走らせたような筋雲がかかっている。時折、海の上に飛び魚が群れ飛び、銀色の体をきらめかせる。海の色は、深い群青色だ。
「海の旅というのは退屈なもんだな。することもありゃしねえ」
最初は海の景色に感嘆していたピオは、二日目には、早くもぼやき始めている。彼はザキルを相手にサイコロ博打などをしていたが、どうもザキルが好きになれないらしく、それもやめてしまっている。ミゼルの方も、ヘブロンに着くまではすることはない。
三日目には、水平線の彼方に、鯨の姿が見えた。ミゼルもピオも、この海の怪物を見るのは初めてである。
「遠くにいるからわかりませんが、あいつはこの船より大きいんですよ」
マキルが二人に教える。
「いくら大きくたって、人間にはかなわねえぜ。俺は、こいつであの鯨を何頭も倒してきたんだ」
ザキルが、自分の銛を自慢そうにピオとミゼルに見せて言う。
「お前一人で倒したわけじゃない。仲間が何人もかかって、やっと倒したんだろうが。あんまり自慢めいた事を言うんじゃない」
マキルがたしなめると、ザキルは不満そうに口をつぐんだ。
その夜、船が大きくグラリと傾き、寝ていたミゼルたちは飛び起きた。
「何事だ!」
真っ先に甲板に飛び出したピオが、船の操縦をしていたザキルに聞いた。
ザキルは、真っ青な顔で、首を横に振った。何が起こったのか、分からないのだろう。
船に乗っていた者は皆、海面を見つめた。
夜空には無数の星が出ていたが、月は無く、星明かりでは海面の様子は、良く見えない。
だが、やがて船の真下を行く巨大な白い姿が見えた。
「鯨だ!」
ザキルが叫んだが、その声は昼間の大言壮語とは打って変わった震え声であった。
「違う、大烏賊だ!」
マキルが言って、銛を銛掛けから外して身構えた。ミゼルも、弓を構えた。
その時、船の舳先に、不気味な白く長い物が現れた。それは、舳先にからみつき、すぐに続けて、同じような物が数本現れて、こちらに伸びてきた。烏賊の足である。船は、大烏賊に絡まれて大きく傾いた。
ピオは、剣を抜いて大烏賊の足に斬りつけた。足は一瞬縮んだように見えたが、次の瞬間くねりながら甲板をのたうち回り、ザキルの体に触れて、それを絡み取った。ザキルは悲鳴を上げながら、宙に持ち上げられる。
ミゼルは、船の舷側に身を乗り出し、海上に現れた大烏賊の胴体の中にかすかに見えたその目に弓を射た。
大烏賊は、片目に射込まれた矢の苦痛のためか、ザキルの体を甲板に放り投げて、船に巻き付いていた手足を離した。
やがて、その悪夢のような白い姿は、船の後ろに遠く離れていった。
「鯨は得意でも、烏賊は苦手なようだな」
ピオがザキルをからかったが、ザキルは何とも言わなかった。幸い、ザキルにも、他の乗組員にも怪我はなく、調べてみると、船もそれほど壊れてはいなかった。
翌日の夜、異変は再び起きた。
舵をとっていたのはマキルであった。マキルのかすかな悲鳴を聞きつけて目を覚ましたミゼルは、甲板に上がっていった。そこでミゼルが目撃したのは、海上を漂う幾つもの青白い人影だった。
「死人の魂だ。……あいつらは、俺達を死の国に連れて行くんだ。あいつらに出逢った船は、みんな沈んでしまう」
マキルはぶるぶる震えながら言った。
船に近づいた亡霊たちは、今では顔もはっきりと見えた。やはり、死人の顔である。この海で死んだ漁師や船乗りの亡霊だろう。
ミゼルの心も、さすがに気味悪い思いに捕らえられたが、ミゼルは、ふと思いついて船室に戻り、アドラムの国王から手に入れた王者の剣を取って甲板に戻った。
ミゼルが王者の剣を鞘から抜くと、青い光が、さっと輝き渡った。その光は、ミゼルやマキルの顔を明るく照らし出すほどの明るさである。
その光が亡霊たちに当たると、亡霊たちは一瞬で消え去った。
ミゼルとマキルは、顔を見合わせて、ほっと安堵のため息をついた。
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