第三十章 地下の怪物
階段の先は神殿の大広間になっており、その奥に洞窟への入り口はあった。
「ここが試練の洞窟の入り口じゃ。武器は何か持っておるかな」
老神官は、ミゼルに言った。
「この短剣だけです」
ミゼルが見せた短剣に、神官は頭を振った。
「そんな物では、巨大な怪物とは戦えまい。ここに、武器がある。何でも好きな物を選ぶがいい」
入り口の横には、様々な武器が並んでいた。槍や剣が多いが、ハンマーや大鎌、鎖付きの鉄球といった特殊な武器もある。
「この槍にしましょう」
「槍か。いいだろう。剣よりも遠くまで届くし、投げることもできるいい武器だ」
この神官も、武芸の心得があるのだろう、とミゼルは思った。
柄の丈夫な、穂先もしっかりと留められた槍をミゼルは選んだ。
「では、行くがいい。父の二の舞はせぬようにな。お前の望みは、不死の身になることではないのだからな。それを忘れるな」
神官に頷いて、ミゼルは洞窟に入っていった。
洞窟の中は案外広かった。人間が数人並んで進める幅があり、天井までは頭上二メートルほどの高さがある。自然の鍾乳洞を利用して、それにいくらか手を加えて作られた迷路らしい。幅の狭い所は、明らかに人間の手で広げられていた。自然の太陽光線は入らないはずだが、うっすらと明るいのは光苔のような発光植物が洞窟の壁に生えて燐光を発しているせいのようだ。
洞窟は地下に向かって下がっていた。あちらこちらで曲がっているので、東がどこの方か、分かりにくい。途中に幾つも分かれ道があり、下手をすると、同じ道を何度もぐるぐると回って体力と気力を消耗しそうであったが、リリアの忠告に従って分岐点では目印に小石を置いて、一度通った所は二度通らないようにしたため、ミゼルは着実に進むことができた。
洞窟の中には、様々な得体の知れない動物がいた。大鼠やナメクジはまだ身近な生き物だが、巨大なウミウシや蟹や大蛸までいるのは、おそらくこの洞窟が海底とつながっているからだろう。中には、体全体が蜘蛛の巣状で、その中央に巨大な目玉がある、不思議な生き物もいたが、壁にぺたりとくっついているそいつは、ミゼルが通るのをじろりと睨んだだけで、動こうとはしなかった。
大鼠や大蟹は、時々ミゼルに襲いかかったが、それを撃退するのは簡単だった。
ある角を曲がろうとした時、ミゼルは厭な気配を感じて足を止めた。かすかに、生き物の動く音がする。ミゼルは槍を構えて、そっと角の向こうを覗いてみた。
そこにいたのは、一匹の巨大な蜘蛛だった。体は、人間のおよそ三倍ほどあるだろうか。
洞窟のその一画に巣を作り、ここを通る者を網にかけて餌食にしているのである。地面には、蜘蛛の餌になった騎士たちの骨や鎧兜が無数に転がっている。
ミゼルは思案した。ここまで、この道以外の道はすべて通っており、この道を進まないと、先には行けない。この化け物と戦うしかないようだ。
ミゼルはゆっくりと進み出た。蜘蛛の化け物は、侵入者を察知して、こちらに頭を向けた。その赤く光る目が不気味である。
四方の壁には、蜘蛛の糸が張り巡らされている。これに触れれば、身動きがとれなくなるだろう。ミゼルは注意して歩を進めた。蜘蛛は、一飛びにミゼルに飛びかかった。ミゼルはその腹に向かって槍を突き上げた。槍は見事に蜘蛛の腹に刺さったが、蜘蛛は痛みを感じた様子もなく、ミゼルにのしかかる。ミゼルは蜘蛛の体で押しつぶされた。
(腹では駄目だ。頭を狙うしかない)
ミゼルは必死で考えた。昆虫の中には、体の一部をやられても平然と動ける物が多い。この蜘蛛もその一つだろう。
ミゼルは、全身の力を籠めて蜘蛛の体の下から抜け出し、蜘蛛の腹に刺さった槍を引き抜いて、今度はその頭部を狙った。蜘蛛は、自分の体の下から抜け出したミゼルに向き直り、ミゼルを噛み殺そうとしてその巨大な口を開いていた。ミゼルは、その口の中を目がけて力一杯に槍を投げた。槍は蜘蛛の口蓋の上の方から脳に向けて刺さり、その端は蜘蛛の頭部から外に突き出した。
大蜘蛛は、体をのけぞらせて痙攣し、地響きを上げてミゼルの横に倒れた。
ミゼルは、額の冷や汗を拭って、ほっと大きく安堵の息をついた。
階段の先は神殿の大広間になっており、その奥に洞窟への入り口はあった。
「ここが試練の洞窟の入り口じゃ。武器は何か持っておるかな」
老神官は、ミゼルに言った。
「この短剣だけです」
ミゼルが見せた短剣に、神官は頭を振った。
「そんな物では、巨大な怪物とは戦えまい。ここに、武器がある。何でも好きな物を選ぶがいい」
入り口の横には、様々な武器が並んでいた。槍や剣が多いが、ハンマーや大鎌、鎖付きの鉄球といった特殊な武器もある。
「この槍にしましょう」
「槍か。いいだろう。剣よりも遠くまで届くし、投げることもできるいい武器だ」
この神官も、武芸の心得があるのだろう、とミゼルは思った。
柄の丈夫な、穂先もしっかりと留められた槍をミゼルは選んだ。
「では、行くがいい。父の二の舞はせぬようにな。お前の望みは、不死の身になることではないのだからな。それを忘れるな」
神官に頷いて、ミゼルは洞窟に入っていった。
洞窟の中は案外広かった。人間が数人並んで進める幅があり、天井までは頭上二メートルほどの高さがある。自然の鍾乳洞を利用して、それにいくらか手を加えて作られた迷路らしい。幅の狭い所は、明らかに人間の手で広げられていた。自然の太陽光線は入らないはずだが、うっすらと明るいのは光苔のような発光植物が洞窟の壁に生えて燐光を発しているせいのようだ。
洞窟は地下に向かって下がっていた。あちらこちらで曲がっているので、東がどこの方か、分かりにくい。途中に幾つも分かれ道があり、下手をすると、同じ道を何度もぐるぐると回って体力と気力を消耗しそうであったが、リリアの忠告に従って分岐点では目印に小石を置いて、一度通った所は二度通らないようにしたため、ミゼルは着実に進むことができた。
洞窟の中には、様々な得体の知れない動物がいた。大鼠やナメクジはまだ身近な生き物だが、巨大なウミウシや蟹や大蛸までいるのは、おそらくこの洞窟が海底とつながっているからだろう。中には、体全体が蜘蛛の巣状で、その中央に巨大な目玉がある、不思議な生き物もいたが、壁にぺたりとくっついているそいつは、ミゼルが通るのをじろりと睨んだだけで、動こうとはしなかった。
大鼠や大蟹は、時々ミゼルに襲いかかったが、それを撃退するのは簡単だった。
ある角を曲がろうとした時、ミゼルは厭な気配を感じて足を止めた。かすかに、生き物の動く音がする。ミゼルは槍を構えて、そっと角の向こうを覗いてみた。
そこにいたのは、一匹の巨大な蜘蛛だった。体は、人間のおよそ三倍ほどあるだろうか。
洞窟のその一画に巣を作り、ここを通る者を網にかけて餌食にしているのである。地面には、蜘蛛の餌になった騎士たちの骨や鎧兜が無数に転がっている。
ミゼルは思案した。ここまで、この道以外の道はすべて通っており、この道を進まないと、先には行けない。この化け物と戦うしかないようだ。
ミゼルはゆっくりと進み出た。蜘蛛の化け物は、侵入者を察知して、こちらに頭を向けた。その赤く光る目が不気味である。
四方の壁には、蜘蛛の糸が張り巡らされている。これに触れれば、身動きがとれなくなるだろう。ミゼルは注意して歩を進めた。蜘蛛は、一飛びにミゼルに飛びかかった。ミゼルはその腹に向かって槍を突き上げた。槍は見事に蜘蛛の腹に刺さったが、蜘蛛は痛みを感じた様子もなく、ミゼルにのしかかる。ミゼルは蜘蛛の体で押しつぶされた。
(腹では駄目だ。頭を狙うしかない)
ミゼルは必死で考えた。昆虫の中には、体の一部をやられても平然と動ける物が多い。この蜘蛛もその一つだろう。
ミゼルは、全身の力を籠めて蜘蛛の体の下から抜け出し、蜘蛛の腹に刺さった槍を引き抜いて、今度はその頭部を狙った。蜘蛛は、自分の体の下から抜け出したミゼルに向き直り、ミゼルを噛み殺そうとしてその巨大な口を開いていた。ミゼルは、その口の中を目がけて力一杯に槍を投げた。槍は蜘蛛の口蓋の上の方から脳に向けて刺さり、その端は蜘蛛の頭部から外に突き出した。
大蜘蛛は、体をのけぞらせて痙攣し、地響きを上げてミゼルの横に倒れた。
ミゼルは、額の冷や汗を拭って、ほっと大きく安堵の息をついた。
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