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少年騎士ミゼルの遍歴 29

第二十九章 地底の神殿

 ミゼルとピオが洞窟の中の海を泳いで、透明な水の上をしばらく進むと、洞窟の日が入らない部分に入って暗くなった。しばらくは、頭上に二メートルほどの空間があったが、やがて天井が低くなり、とうとう頭上の空間はまったくなくなった。
 ミゼルとピオは顔を見合わせたが、互いに頷くと、水に潜って先に進むことにした。
 二十メートルほど潜水して進み、頭上に再び光が射してきた所で、二人は浮かび上がって水上に顔を出した。
 そこは、巨大な空洞であった。しかも、その内部は一つの建造物となっており、自然の地形を利用してはいるが、様々な装飾や彫刻は、そこが古代の神殿であることを示していた。空洞部分の広さは、およそ二百メートル四方、高さは二十メートルほどもあるだろうか。正面の階段の奥には、さらに何かがありそうだ。彫刻は、ミゼルやピオが見たこともない、異国風のものである。ある者は、牛頭人身、ある者は、人面鳥身、様々な姿の怪物に混じって、古代の衣服をまとった英雄の彫像がある。天井には穴があって、そこから光が射し込み、この地下神殿や洞窟全体を美しく照らしている。
 ミゼルとピオが、体から水を滴らせながら神殿の階段を上がろうとした時、頭上から声がした。
「お前達は何者だ。聖なる神殿に何の用がある」
 二人が見上げると、階段の最上部に、異国風の白い僧服をまとった長身禿頭の老人の姿があった。この神殿の神官だろう。彼は二人を厳しい目で見下ろしている。長い髭は白いが、体つきは非常にたくましく、年は五十代後半くらいだろう。
「無断でここに入った無礼はお許しください。我々は、この神殿に奉納されている破邪の盾を拝借するために参った者です」
 ミゼルは、丁重に言った。
「破邪の盾を何に用いる」
「レハベアムの国王、カリオスを倒すためです」
「なら、お前は、騎士マリスの息子か」
「父をご存じですか?」
「十一年前に、ここに来た。だが、神の試練に耐えきれず、不死の道という堕落を選んだのだ」
「不死の道という堕落?」
「そうじゃ。不死の体を持った者には、神の恩寵は与えられぬ。聖なる武器は使えず、悪魔を倒すこともできぬ。ただ、己が生き長らえることができるだけじゃ。しかも、不老の身ではないから、容赦なく年はとる。三百年もたてば、息をしているだけの、無惨な生ける死者になるだけだ。さらに時が経てば、肉体は滅んで、亡霊のような影となって、地上をさまようのじゃ。それが不死ということじゃよ。お前も、神の試練を受けてみるか? だが、これまでその試練に耐えた者は一人もいないぞ。死んだ者は数百人、不死の身になった者が僅かに三人いるだけだ。その三人のうち二人は、もはや影か亡霊同然の姿になっておる」
「私の身はどうなってもかまいません。どうか、その試練を受けさせてください」
 ミゼルは、その神官らしい老人に懇願した。おそらく、これがロザリンの言っていたプラトーだろう。
 その時、地上につながっているらしい岩壁の横の階段から、何者かが降りてきた。ミゼルとピオは、思わずそちらを見て、ぎょっとした。階段から降りてきたのは、一頭の大きなライオンだったからである。
 そのライオンは、四、五段くらいずつ跳ねながら降りてきたが、床に降り立つと、ミゼルとピオに向かって、うなり声を上げた。
「ライザ、おやめ。その方たちを傷つけてはなりませんよ」
 ライオンに気を取られて気が付かなかったが、階段の上から降りてきた者がもう一人いた。それは、真っ白い古代風の服を着た金髪の若い娘だった。 
(女神だ)、とミゼルは思った。それほどに美しい娘である。
「お父様、この方たちは?」
 その美しい娘は、神官らしい老人に向かって聞いた。
「リリアか。お前は、もう覚えていないかもしれんが、十一年前に、ここに来たマリスという騎士がいただろう。その息子だ」
「ああ、覚えていますわ。だって、この島で、お父様以外に私が話をした唯一の男の方ですもの。それで、この方たちは何の用でいらしたのかしら」
「破邪の盾を貰いたいそうだ」
「まあ、では、あの試練をお受けになるのですか? おやめなさいな。そのために命を失った方が何百人もいるのに」
 リリアは、じっとミゼルの目を見た。ミゼルは、その無邪気な瞳に、思わず目をそらしてしまった。先ほど、この娘を見た瞬間に抱いた恋心を、読み取られるのではないかと思ったからである。
「マリスの息子よ。名前は何という」
「ミゼルです」
「そうか。ミゼル、もしも、お前がどうしても破邪の盾が欲しいのなら、この神殿の奥にある、試練の洞窟に行け。東へずっと進んでいけば、その一番奥に、破邪の盾を納めた部屋がある。しかし、そこに行き着くまでには、洞窟の中の様々な怪物や魔物と戦わねばならん。そして、途中に、不死の泉があるが、その泉に身を浸したり、水を飲んだりしてはならん。そうすれば、破邪の盾のある部屋への入り口は閉ざされ、盾を得ることはできなくなるのだ」
 老神官の言葉に、ミゼルは頷いた。
「分かりました」
「まだ、これだけではないぞ。この試練は、一人で受けねばならん。それでも行く気か」
「はい」
「ミゼルさん、洞窟の中は迷路になってます。分岐したところに来たら、必ず何か目印を置いておくのです。あせって同じ所を何度も回らないようにね」
 リリアの優しい言葉に、ミゼルは感激した。
「そこの男は、ミゼルが出てくるまで、その辺で待っておくがいい」
 神官の言葉にピオは、頷いてミゼルの側に歩み寄り、
「しっかりやれよ」
と言った。
 ミゼルはピオに頷いて神殿の階段を上っていった。

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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
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