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我が愛のエル・ハザード 11

第十一章 魔人イフリータ

 ロシュタルを離れて一週間、真たち一行は、ロシュタリアとバグロム帝国との境界にある大河を前にしていた。ここを越えれば、バグロムたちがいつ出てくるかも分からない大森林が広がっている。
「さあ、いよいよだな」
 シェーラ・シェーラが、高い崖の端から遠くの大森林を眺めて言った。
「バグロムたちと戦うのは久しぶりだ。ちきしょう、血が燃えるぜ!」
「シェーラ・シェーラさんは、バグロムたちに勝てるんですか?」
「あったりめえだろう。国王親衛隊長は伊達じゃねえぜ」
「でも、バグロムには普通の武器は通用しないと聞きましたけど」
「ある程度以上の力があれば、奴らの甲殻を貫くこともできるさ。それに、俺の剣は普通の剣じゃない。炎の法術を併用した、俺にしか使えない剣だ」
「良く言うわ。なまくらな法術しか使えないから、剣など使ってる人が」
「何だと!」
 アフラ・マーンの言葉に、シェーラが怒り出した。
「まあまあ、お二人とも、喧嘩せんと」
 真が二人をなだめる。
「とにかく、ここから先は危険が一杯というわけだ。気をつけんとな」
 藤沢が言う。
 しかし、大河を越えて森の中に入っても、バグロムたちは中々出てこなかった。
「どうしたんでしょうね、先生。バグロムたち出てけえへんけど」
「産卵期とか、冬眠期とか、そんな時期かな」
 大森林の中を進むのは大変な作業だったが、それでも、それからさらに一週間ほど進むと、北の果ての大山脈の麓に着いた。短い時間なら、風の法術を得意とするアフラ・マーンは飛翔の術が使えたが、他に三人の連れがいては、自分一人飛んでいくわけにもいかず、歩いて森の中を横断したので、それだけの時間がかかったのである。
「普通の人間が連れだと、手間がかかるわ。もっとも、法術士のくせに飛翔の術も使えない落ちこぼれよりはましやけど」
「何だと、アフラ・マーン、今の言葉だけは聞き捨てならねえ。お前とは、いつか決着をつけようと思っていたんだ。やるか!」
 シェーラ・シェーラがぱっと飛びすさり、戦いのポーズをした。
「あんた、私に勝てるなんて思うてるの? 神官学校でも一度も勝ったことがないくせに」
「てやんでえ。べらぼうめ。あの頃と今の俺とは違うんでえ」
 二人は真剣な顔で睨み合った。もはや、二人の衝突は必至という勢いである。
「二人とも、旅の疲れでいらいらしてるんですよねえ」
 アレーレが真に小さい声で言った。この子は調子が良すぎるところもあるが、他の二人に比べて我慢強く、献身的でもある。
「しかし、こんなとこで二人が戦ったら、どうなるんや?」
 シェーラ・シェーラが「ハァーッ!」と気合をかけると、その体の周りに炎のオーラが立ち上った。
 同じく、アフラ・マーンも「ハッ」と気合をかけ、周りに風を呼んだ。
「ヤーッ!」
 シェーラ・シェーラが手を振ると、その指先から炎が発せられ、その炎は生き物のようにアフラ・マーンに向かう。同時に、アフラ・マーンも相手に向かって腕を振った。
 アフラ・マーンの体を襲った炎は、アフラ・マーンの手刀で作られた真空で消し去られた。
「畜生!」
「やっぱり、あんたの技はこの程度やな。次はうちの番やで」
 アフラ・マーンの言葉に、シェーラ・シェーラは攻撃への防御の姿勢を取った。しかし、アフラ・マーンが攻撃をかける前に、異変が起こった。
「あっ、あれは何や!」
 空をさした真の指の先には、編隊飛行をする、百匹近い虫の姿があった。地上からは小さく見えるが、実際にはそれぞれが巨大な羽虫だろう。
「大変、バグロムですわ!」
 アレーレが叫んだ。
「はっはっはっ、真、最終兵器イフリータはこの私が貰うぞ」
 蜂型のバグロムの上に乗った陣内が、空中から真たちを見下ろして高笑いの声を上げた。
「まずい。あいつらにイフリータを手に入れられたらおしまいだ!」
「ここは休戦どすな」
 争っていた二人の女は、顔を見合わせて頷いた。
「早く、魔人の棺のある洞穴に急ぎましょう」
 真は叫んだ。
「よし、取りあえず、シェーラ・シェーラさんとアレーレは俺が連れて登る。真、お前はアフラ・マーンさんと一緒に山頂に飛べ!」
 藤沢の言葉に、真は頷いた。彼には、なぜか知らないが、自分こそが山頂に行かねばならないという確信があった。
「すみません、アフラ・マーンさん。僕を抱えて、山頂まで飛んでください」
「よろしゅうおす。私の背中にしっかりつかまっているんでっせ」
 真を背中にしがみつかせて、アフラ・マーンは空中に浮かんだ。
 こんな危急の折だが、若い女性の体に後ろからしがみついているというのは、まだ十七歳の真には刺激の強すぎる経験である。
「あんさん、変なこと考えてはいけまへんえ」
アフラ・マーンも、その気配を感じて、顔を赤らめて言った。
「す、すみません」
「あっ、腕を動かしてはいけまへん。そこは……」
「し、しかし、腕が痺れて」
精神の集中を失ったアフラ・マーンは、山頂を目の前にして墜落した。
 幸い、そこは頂上に近い尾根で、二人には怪我は無かったが、下の方から今しもバグロムに乗った陣内がこちらの方に向かう姿が見えた。
「いてて……。あっ、アフラさん、大丈夫ですか?」
「うちは大丈夫や。うちがあいつらを食い止めているさかい、あんさんは早くあの洞窟を探してみてや。イフリータは、最初に動かした人間を主人にすると言われていますさかいにな」
「分かりました。アフラさん、死なんといてや」
「いいから、早く!」
アフラ・マーンは、呪文を唱えて、竜巻を巻き起こした。空中のバグロムたちは、その竜巻のために、地上に降りられずにいる。
真は元陸上部のダッシュ力で、洞窟に向かった。
洞窟の中には、入ってすぐに金属の扉があった。分厚く、重そうな金属で、普通の力では動かせそうにない。
しかし、その扉の中央の青い石に真が手を触れると、その扉はかすかな音を立てて、自分から開いたのである。
十メートルほどの間隔でもう一つの扉があったが、そこも同じである。
「なんや。これやったら、扉の役目を果たさんがな」
 不思議に思いながら、真は目の前に開けた部屋の中に入って行った。
 その部屋は、周り全体が奇妙な機械で埋め尽くされていた。そして、部屋の中央には、ガラスともクリスタルともつかない透明な棺に入った人体らしきものの姿があった。
 青い光を放っているその棺の前に進み出た真は、思わず息を呑んだ。
「こ、これがイフリータやて?」
 そこに眠るように横たわっていたのは、エル・ハザードに真が来る直前に夜の学校で出会った、あの不思議な、絶世の美女であった。
「これが、世界を滅ぼす大魔人イフリータ? まさか」
 真は、とにかく棺を開けようと思って、棺の周りを探した。
 棺の傍に大きな金属の杖、いや、鍵のようなものがあった。
 真がそれに手を触れると、棺を覆っていた透明の蓋が開き、同時に、眠れる女性は、目を閉じたまま、上体を起こした。
「イフリータ? 君がイフリータなんやろ? 目を覚ましてや」
 しかし、彼女は目を開けない。
 その時、真の後ろから、聞きなれた甲高い声がした。
「水原真。またしても私を出し抜こうとしたな。しかし、無駄なことだ。私がここに来たからにはお前の好きなようにはさせん」
 陣内の合図で、バグロムの一人(一匹か?)が真を捕らえ、体の自由を奪った。
「よせ、陣内、イフリータに手を出すな!」
「黙れ、お前だってこれを動かそうとしていたくせに。お前もやはり私同様、世界を支配する野望を持っていたのだな? しかし、こいつを動かすにはどうする。おお、そうか、お前が手にしている、その棒が鍵だな」
 陣内は真の持っていた棒を奪い取った。
「はて、これをどうするのか……。おお、そうか、これはきっとゼンマイで動くに違いない。これがゼンマイを動かす鍵だな」
「ゼンマイやて? まさか、そんな原始的な」
 しかし、陣内がイフリータの後ろに回り、その背中に見つけた穴に棒をさしこんで回すと、イフリータの体に生命が甦り、彼女は目を開いたのであった。
「見ろ、真、天才の発想は凡人には分からぬものよ」
 勝ち誇った陣内は高笑いの声を上げた。
 イフリータの体は完全に生命を取り戻した。しかし、その表情は、真が覚えている、あの優しい、愛情に満ちた表情ではなく、むしろ恐ろしいまでに冷酷な表情だった。
「お前が私を動かしたのだな?」
 表情と同様に冷たい声で、イフリータは陣内に顔を向けて言った。
「そうだ」
「では、あなたが私の主人だ」
「そうか、そうか。では、イフリータ、まずお前の力を見せてみろ」
「命令が具体的でない。何をすれば良い」
「お前は何ができる」
「お望みなら、何でも」
「よし、それでは空は飛べるか」
「簡単なことだ」
「では、私を乗せて洞窟の外に出ろ」
「了解」
 イフリータは、陣内を抱えてふわりと空中に浮き、滑るようななめらかな飛行で洞窟の外まで飛んだ。
 バグロムたちはその後を追い、真もその一匹の小脇に抱えられて外に出た。
 真が洞窟の外に出ると、そこでは丁度、アフラ・マーンが、やっとここまで登ってきた藤沢やシェーラ・シェーラの助太刀で、外にいたバグロムたちを全滅させたところだった。
「あっ、真」
 シェーラ・シェーラが真を見て声を上げた。アレーレも叫んだ。
「大変よ。今、男の人を抱えた女の人が飛んで行ったけど、もしかして、あれがイフリータ? 」
「そうや。あれを逃がしたら大変や」
 バグロムに捕まったまま、真は叫んだ。
 アフラ・マーンはイフリータを追って空に飛び上がった。
「真、今助けてやるぜ」
「ちょ、ちょっと、シェーラさん。炎の魔法はいかん。真まで丸焼けになってしまう」
 藤沢は叫んで、真を抱えたバグロムの懐に飛び込んだ。
 パンチ一発、バグロムはノックアウトされ、真は無事救出された。
 空中のイフリータを追ってきたアフラ・マーンを見て、イフリータは陣内に聞いた。
「私たちを追ってくる女がいるが、どうする?」
「あいつは敵だ。やっつけてしまえ」
「待ちなはれ! このまま逃がさへんで」
 アフラ・マーンは、飛びながら鋭い真空波を送って、イフリータを攻撃した。
 イフリータは手にしていた例の金属の杖を一振りした。すると、アフラの真空波はそのまま、アフラの方へ逆進したのであった。
「あっ! 」
 自らの真空波に打たれて、アフラ・マーンは墜落した。
「まずまずの力だな。しかし、お前の力はこの程度ではあるまい。そうだ、あの山を一つ消してみろ。できるか? 」
「簡単だ」
 イフリータは杖を地上に向かって一振りした。
 杖の先端から閃光が発し、その先にあった山は一瞬に消滅した。
「ハハハハハハ! こいつは凄い。これで私はこの世界の支配者だ!」
 高笑いと共に飛び去った陣内たちを、山頂の真たちは呆然とただ見送るしかなかった。

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我が愛のエル・ハザード 10

第十章 ナナミの野望

 真たちがロシュタル宮殿に戻った同じ頃、陣内ナナミは旅のキャラバンと別れて、ロシュタリアの首都ロシュタルに着いていた。結局、旅の間に稼いだ金は、その間の食事代と相殺されてわずかしか残らなかったが、それでも1万ロシュタル、日本の1万円くらいはあった。
「たとえ僅かなお金でも、これを元手にして稼いでみせるわ。そうよ、この商売の天才、ナナミにできないことはない!」
 自信とバイタリティに溢れたところは、兄にも似たところがあるが、この兄妹は非常に仲が悪く、ナナミは兄をこの世の誰よりも軽蔑していたのである。
「さあて、何をしようかな。商売のコツは、右の物を左に移すこと。地球にあって、このエル・ハザードに欠けているものは? テレビ、映画、新聞、雑誌、ゲーム、……。いろいろあるけど、私がそれを作るわけにもいかないし。まずは地道に行こう。やっぱり、人間、食べるのが最優先よね。エル・ハザードの食事はどうも薄味すぎてあんまりおいしくないから、このナナミ特製の弁当を作れば、きっとうけるはずだわ」
 幸い、エル・ハザードの野菜や穀物の中には、地球のトマトやタマネギや小麦に似たものがあったので、ナナミはそれを利用して、まずはケチャップを作り、それから、さらに工夫してピザソースを作った。
「これで、ピザ屋が開けるわ。見ていなさい。この世界の人が食べたことの無い、おいしいピザを作ってみせるからね。なにせ、ケチャップもマヨネーズも知らない連中だもん、あまりのおいしさに目を回すはずよ。おーっほっほっほっ」
 笑い方の似ているところはやはり兄妹である。

「アフラさん、シェーラ・シェーラさんを見ませんでしたか?」
真は、宮殿の廊下で幕僚長のアフラ・マーンを見て声を掛けた。
「さあ、見まへんなあ」
アフラ・マーンはロシュタリアの京都と言われる(誰が言うのだ?)イケーズの出身である。
「おおかた、町に買い食いにでも行ったんやろ。食い意地の張った子やからなあ」
「困った人やな。パトラ王女の捜索はどないなってます?」
「まだ、なんも分からしまへん。もしも幻影族が人間に化けていても、我々には見分けはつきまへんからなあ」
「僕、イフリータやら言う魔人の眠る、古代の遺跡を調べに行きたいんやけど、ルーン王女にそう言ったら、シェーラ・シェーラさんを連れていけ、言われまして」
「イフリータやて? やめとき。危険すぎますわ。その魔人が目覚めたら、世界が滅びると言われてますのに」
「ルーン王女は、ええ言うてました。もしかしたら、そこにパトラさんが隠されているかもしれん、言うて」
「パトラ王女が?」
 アフラ・マーンは考える顔になった。
「そうや、あそこは我々ロシュタリアの人間が近づかない場所や。ちと遠いが、王女を隠すなら絶好の場所やな。よろし、私も行きまひょ。兄さん方だけではこころもとないよってな」
 思いがけず、アフラ・マーンも同行することになったが、法力を持つという彼女の同行は、心強くもある。
 真、藤沢、アレーレ、アフラ・マーンの四人は、宮殿を出てロシュタルの街に入った。
 とある街角で、一軒の店の前に行列ができていた。
「あの行列は何やろ?」
 ロシュタリアでは珍しい光景に、真はアレーレに聞いてみた。
「ああ、新しくできたお店ですよ。何でも、すっごくおいしい、珍しい食べ物なんですって。ねえ、私たちも食べていきましょうよ」
「あかん、あかん、僕たちはそれどころやないやろ」
「あれ? あの赤い髪は」
 藤沢が行列の前のほうにいる人間の頭を見て言った。
「シェーラ・シェーラやね。やっぱり、こんな所におったんか。あの馬鹿娘!」
 アフラ・マーンが吐き捨てるように言う。
 つかつかと行列の前に行き、赤毛の娘の腕をつかむ。
「お、何だ。アフラ・マーンじゃねえか。お前も評判のここのピザを食べに来たのか?」
「ピザだか膝だか知りまへん。あんた、こんな事してる場合やおまへんやろ」
 さすがに、周りの人間をはばかって、パトラ王女の事は口にしない。
「あ、ああ。しかし、腹が減っては戦はできねえしよ」
「あんたは食い物の事しか頭にないんか。私らは真さんらと古代の遺跡の捜索に行くところや。あんたは来ないのどすか? 来ないならそれでもええけど」
「真が? いや、行くよ。しかし、もうすぐ俺の順番だから、ピザを買ってから……」
「あきまへん。来ないなら置いて行きますよってな」
「行くよ。行くったら。あーあ、せっかく今まで待ったのに……」
 とぼとぼと行列を離れてシェーラ・シェーラは真たちの所に来た。
「よっ。また旅に出るんだって? お前たちも忙しいなあ」
「シェーラさんも一緒に行きますか?」
「まあ、お前たちだけじゃあ心配だからな。このシェーラ・シェーラ様が来たからにはもう大丈夫。ハッハッハッ」
「何を偉そうに」
 と呟いたのはアフラ・マーーンである。
 こうして一行は、ロシュタルの町を離れて、バグロムの森のさらに彼方にある大山脈に眠る魔人の墓に向かったのであった。

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我が愛のエル・ハザード 9

第九章 最終兵器

「しかし、水原真がこの世界に来ていたとは……。まあいい、あいつを叩き潰すことが、この私が世界の支配者になる第一歩と考えていたのだから、ちょうど良い」
 バグロムの要塞に戻った陣内は、部屋に籠もって次の作戦を考えていた。
「陣内殿、良いかな」
 部屋の戸を開けて入って来たのはディーバである。この女の運動量は、部屋から部屋へと行く程度しかない。後は一日中お茶を飲み、化粧をし、菓子や飯を食っているだけである。しかし、権力欲だけはどこの王族の人間にも負けない。いったい、世界を征服して、何がしたいのか疑問だが、虫には虫なりの理由というか、本能でもあるのだろう。
「何だ、ディーバ」
「水の神殿を破壊する計画は失敗に終わったそうだな」
「うむ、まさか、大神官にあれほどの力があるとは知らなかった。お前が悪いんだぞ。何で、その事を教えてくれなかった」
「いや、陣内殿なら、人間の事は良く知っているかと思ったのだ」
「私は異世界から来た人間だ。いかに私が天才的な頭脳を持っていても、敵の力を知らないでは戦えん。敵を知り、己を知れば百戦百勝する、と孫子も言っておる」
「おお、素晴らしい言葉だ。しかし、知るだけでどうして戦に勝つのだ?」
「馬鹿な事を。知った上で、それを利用するのだ。たとえば、私の世界には原子爆弾という強力な武器があってな、それを独占している国が他の国を脅して支配しているのだ。つまり、お互いについての知識だけでも支配できるのだ。ここには、そんな武器はないのか」
「あるぞ。確か、人間が自由に操れる、イフリータという大魔人がいる。その力は、世界のすべてを滅ぼすこともできるくらいのものだという」
「おお、それこそ私のために作られた武器だ。それほどの武器を手にすれば、言うことを聞かない者などいないはずだ。待ってろよ、水原真、今にそのイフリータを手に入れてお前を私の前に膝まづかせてやる。キャーッハッハッハッ!」
 自信を取り戻した陣内は頭のてっぺんから出るような高笑いを上げた。

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我が愛のエル・ハザード 8

  第八章 バグロムの攻撃

 大神官ミーズ・ミシュタルの熱心な勧めで大神殿に一泊した真、藤沢、アレーレの三人は、翌日、名残惜しげなミーズに別れを告げた。
「ぜひ、またいらしてくださいね。ここの暮らしときたら、本当に退屈で、お客様は大歓迎ですわ」
 ミーズは藤沢の手を固く握って言った。
(大神官が、そんな事言ってええのかな?)
 真は心の中で思ったが、ミーズの心は藤沢に集中していて、その考えが読まれることは無かったようだ。

「藤沢先生。ミーズさん、先生に相当気があったみたいやけど、あのままでええの?」
 神殿を振り返りながら、真が言った。
「な、何を言ってる。あの方は、我々を客としてもてなしただけだ」
「鈍いなあ、藤沢様って。女からあんな目で見られて、まだ気がつかないんですか?」
 アレーレも真に援軍を送る。
「い、いや、しかし、あの方は大神官という大事な仕事があるし、俺は早く元の世界に戻らないと、学校を首になっちまうかもしれないし、これは最初から無理な話だよ」
「ああん、もう、煮え切らないなあ」
「とにかく、俺は結婚なんて考えられないんだよ。結婚なんてしたら、休みごとに山に行くこともできんしな」
 山登りは、藤沢の一番の楽しみであり、結婚生活と山登りは確かに両立は難しそうだ。彼が女に積極的でない一番の理由はそこにあった。
「あっ」
 突然、アレーレが言って立ち止まった。
「バグロムの声がする」
「何っ?」
「神殿の方向だわ」
 三人は神殿の方を振り返った。
 確かに、耳を澄ますと、ざわざわという音が遠くから聞こえてくる。
「ミーズさんたちが危ない!」
 三人は神殿に向かって駆け出したが、中でも藤沢のスピードは異常に速く、他の二人をあっというまに置いてけぼりにした。
「すごい速さ。愛の力かしら」
「前に言ったやろ。あれが藤沢先生の本当の力なんや。でも、この前は何で駄目やったんやろ」
 神殿に到着した藤沢が見たのは、百匹近いバグロムの群れであった。
「さあ、者どもかかれい! まずはこの水の神殿を血祭りにあげ、それから首都ロシュタルへ侵攻するのだ」
 神殿のバルコニーからバグロムたちに命令を下している学生服姿の男に藤沢は見覚えがあった。
「じ、陣内! お前、何をしているのだ」
「おや? 誰かと思えば、藤沢ではないか。今の私は陣内などと呼び捨てにできる人間ではない! 恐れ多くも、バグロム軍司令官、陣内克彦である。おい、お前たち、かまわんからあいつもやっつけてしまえ」
「藤沢様、助けにいらしてくださったんですね」
 陣内の後ろで、バグロムの一人に捕まっているのは、ミーズ・ミシュタルである。藤沢を見て嬉しそうな声を上げている。
「あっ、ミーズさん! おいっ、陣内、お前ミーズさんになんてことをするんだ」
「ミーズ? このおばさんのことか?」
「お、おばさんですってえ?」
ミーズの形相が変わった。
「私は、まだ二十八よ。それを、おばさん呼ばわりするとは、許せない!」
「ふん、おばさんをおばさんと呼んで何が悪い」
 ミーズは、怒りの顔で、何やら呪文を唱え始めた。
 その間に、藤沢は近くのバグロムたちと戦いながら、ミーズを救うためにバルコニーに駆け上ってきていた。
「ミーズさん、助けにきました!」
 その瞬間、神殿を取り巻く湖の水が竜巻に吸い上げられたように盛り上がり、バルコニー目掛けて襲ってきた。
「うわーっ! な、何だ、こりゃあ」
 陣内も藤沢も、二階にいたバグロムたちも、その水に飲み込まれ、流された。
 やっとのことで神殿の傍まできていた真とアレーレは、その光景を眺めるだけである。
「凄いなあ、あれが大神官の魔法か」
「ミーズ様は、特に水の魔法がお得意なのよ」
「でも、先生まで流してしもうたな」
「まあ、いいんじゃないですか。あとで拾えば」
 真とアレーレは、水に流されたバグロムたちの間から藤沢を見つけて助け出した。
「お、覚えておれよ。今はひとまず退却するが、この仕返しは必ずしてやるからな!」
 陣内の声に、真は驚いて振り返った。
「陣内君! やっぱり君もここに来ておったんか」
「お、お前は、我が永遠のライバル水原真。そうか、お前はまたしても私の邪魔をするためにここに現れたんだな」
「何を馬鹿なこと言うてるんや。陣内君、バグロムと友達になったんか。前から変な奴やと思っとったけど、虫の仲間になろうとは思わなかったな」
「仲間ではない。私はバグロム軍の司令官だ。いいか、真、我がバグロムは、必ずやお前たちを我々の足元にひれ伏させてみせる。それまで楽しみに待っているがいい。さらばだ」
 陣内の退却の合図に、バグロムたちは一斉に引き上げた。

「ミ、ミーズさん……」
ミーズの魔法の水に溺れた藤沢が気がつくと、目の前にはミーズの顔があった。
「気がつかれましたのね。ミーズ、感激ですわ。私のために藤沢様が戦ってくださるなんて」
「い、いやあ、ところで、私はどうしたんでしょう。何か知らんが、水に巻かれて気を失ったような」
「いいえ、藤沢様は私を助けてくださったんですわ。まるで、白馬に乗った王子様みたいでした」
 傍で聞いていた真とアレーレは顔を見合わせた。どこをどう見たら、この、顎に無精ひげを生やしたむさくるしい三十男が白馬の王子様に見えるのだ?
「ともかく、ミーズさんが御無事でよかった」
「先生、それより、陣内がバグロムの仲間になってましたよ」
「そうだったな。あいつは昔から変だったが、とうとう非行の道に入ったか」
「こういうのも非行と言うんですか?」
「これも、教育者である俺の責任だ。何とかしてあいつを真人間に返してやらなければな」
「まあ、さすがは教育者、素晴らしいですわ」
 ミーズが胸の前で手を組み合わせて感嘆する。
(そうかなあ。僕には陣内はまともにならんような気がするんやけど)
 真は心の中でそう考えるのであった。

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我が愛のエル・ハザード 7


第七章 大神官ミーズ・ミシュタル

「王家の言い伝えですか? それが、あなたたちが元の世界に戻る方法と何か関係があるかもしれないとおっしゃるのですね」
 ルーン王女は小首をかしげた。
「確かに、かつてこの地にいた人々は、高度な文明を築き上げ、その能力の中には時空を超える力もあったと聞いています。しかし、その文明は何千年も前に滅び、その遺跡の中の物は、私たちには理解できない機械ばかりです」
「機械ですって? では、かつての文明は、今のあなた方の文明とは違って物質文明の発達したものだったんですね」
 藤沢が聞き返した。真も同じことを考えていた。
「いえ、精神的にも物質的にも極限にまで発達した社会だったようです。その遺跡は三つ知られています。一つは王家の祭壇、もう一つは神の目と呼ばれる空の星、もう一つは、封印された大魔人の墓です」
「大魔人ですって?」
「ええ、そこにはイフリータと呼ばれる恐ろしい魔人が眠っていて、その者が目覚める時が、この世界の滅びる時だと言われています。あの、かつての文明を滅ぼしたのもその魔人だったようです」
 藤沢と真は顔を見合わせた。その魔人とは、できれば、会いたくないものだ。
「神の目ってどんなものですか?」
 真が聞いた。
「このエル・ハザードのはるかな上空にある人工の星です。王家の血を引く者だけがその中に入ることができ、世界を支配する力を振るうことができると言われています。しかし、そのためにはまず神の目を地上に下ろさねばならないのですが、それには契約されし二人の者の心が一つになることが必要なのです。残念ながら、あなた方には、それは許されないでしょう」
「契約されし二人って、誰ですか」
「王家の血を引く二人の人間です。今は、私とパトラがそれに当たります」
「では、パトラ王女を探さない限り、俺たちが元の世界に帰ることもできないってわけだ」
 藤沢はもともと細い目を閉じるようにして考えた。
「よし、それじゃあ、我々二人もパトラ王女の捜索に協力させてください」
「よろしいのですか? 危険な目に遭うかもしれませんよ」
「なあに、私には普通人の数十倍の力がありますから、きっとお役に立てますよ」
「先生、あまり安請け合いしない方が。だって、この前、失敗してるし」
 真が藤沢の服の袖を引っ張って言った。
「あの時はたまたま調子が悪かっただけだ。心配するなって」
「そうやね。パトラ王女を探すのには僕も賛成や。もしも、悪者にさらわれてでもいたら、可哀相やもんな」
「では、まず大神官の神殿に行って、ご託宣を聞いてはいかがでしょうか。もしかしたらあなた方が元の世界に帰る手掛かりも得られるかもしれません」
「へえ。じゃあ行ってみます」
「アレーレに案内させればいいです。途中でバグロムに襲われるかもしれませんから、シェーラ・シェーラを護衛につけましょう」
「なあに、大丈夫ですよ。この前だって、私一人でバグロムたちをやっつけたんですから」
「バグロムを甘く見てはなりません。バグロムのために、このロシュタリアでは毎年、数十名、いや百名以上の人間が死んでいるのです。バグロム討伐のために組織された軍隊も、バグロムの森の中で何度も敗北しています。彼らには人間にない超感覚があり、人間の数倍の力があります。普通の武器では、彼らの固い外殻を貫くことさえできないのです」
「ここには、鉄砲なんか無いのですか?」
「鉄砲? 何ですか、それは」
「鉄砲を知らない? では 火薬は?」
「存じません」
 藤沢は真に顔を向けた。
「どうやら、この世界には火器は無いようだな。だから、あんな原始的な武器で戦っているんだ。まあ、ある意味、平和な世界ではあるな」
「ともかく、その神殿に行ってみましょうよ。じゃあ、王女さま、おおきに」
「お二人の旅の御無事を祈っております」
 真と藤沢は、早速王宮を出発した。同行者は、案内役兼世話係のアレーレと、護衛役のシェーラ・シェーラの二人である。
「まったく面倒くせえなあ。何で俺がこんな連中のお守りをしなきゃあならねえんだよ」
 赤毛の女騎士はぶつぶつ文句を言っている。
「大神官ってどんな人や?」
 真はアレーレに聞いてみた。
「私もお会いしたことはありませんが、ミーズ・ミシュタルとおっしゃって、とてもおきれいな方らしいですよ」
「へえ、そうなんやって、先生」
 真は藤沢に言ったが、朴念仁の藤沢はまったく興味を示さない。
「ああ? そうか。それより、アレーレ、大神殿には酒はあるかな」
「多分あると思いますよ。神様にお神酒はつきものですから」
「そりゃあ、そうだ。そういう点は、どこの世界も同じようなものだな」
 藤沢は急に元気が出たみたいである。
「ちえっ。酔っ払いに、女みたいなガキの相手か」
 シェーラ・シェーラは一層不機嫌になった。
 二日の旅の後、白く輝く大神殿が四人の前に現れた。見た感じは、ギリシアのパルテノン風であるが、周り全体が広大な人工の湖に囲まれているところが特徴的である。
「少しどきどきしますねえ。何しろ、大神官ですからね。滅多には会えない方ですよお」
「なあに、大した奴じゃねえよ」
「あら、シェーラ・シェーラさん、ミーズ様をご存知なんですか?」
「ああ、ちょっとな」
 シェーラ・シェーラは、そっぽを向いた。あまり話したくない過去でもあるようだ。
 四人は、二人の若い巫女に取り次ぎを頼み、大神官の登場を待った。
 やがて、真っ白に輝く美しいローブ姿の大神官ミーズ・ミシュタルが四人の前に姿を現した。
 アレーレが言っていた通り、かなりの美人である。
「美人やなあ」
 真は呟いた。
「そうですね。でも、思っていたよりちょっとふけていますね」
 アレーレが言った。
「そりゃあそうさ。普通なら二十五で大神官をやめてさっさと結婚するところを、相手がいないもんで二期目を勤めているオールドミスだもんな」
 イッヒッヒと忍び笑いをしながらシェーラ・シェーラが真たちにこっそり言った。
「聞こえてますよ。シェーラ・シェーラ。神官養成学校の落ちこぼれが何を言ってますか」
 ミーズは厳しい顔でシェーラ・シェーラを睨んで言った。
「あれ、シェーラさんも神官やったんですか」
「お、おう、昔はな。あんまりつまらねえんで、こっちからやめてやったんだ」
 シェーラ・シェーラは顔を赤くして強がりを言った。
「嘘をおっしゃい。舎監を殴って退学になった子が。まったく、こんな品性のかけらもない乱暴者が王宮の親衛隊長をしているなんて、世も末だわ」
「へん、何を言ってやがる。こっちだって、お前の恥ずかしい話は幾つも知っているぜ。みんなばらしてやろうか」
「ま、まあ、お二人とも落ち着いて」
 藤沢が二人をなだめた。
「あなた方は、何の用でここに参られたのですか?」
 問い掛けるミーズに、真と藤沢はこれまでのいきさつを話した。
「それは不思議な話ですね。お困りでしょうが、残念ながら、私にも時空を超える力はありません」
「パトラ王女の行方はどうだ?」
 シェーラ・シェーラが口をはさんだ。
「それも何度も占いました。しかし、前に言ったように、王女は王宮からそう遠くない所にいるとしか出ないのです」
「王宮近くは何度も探した。それこそ、民家の屋根裏までな。お前の占いが間違っているんじゃねえか?」
「パトラ王女の失踪に関係のある人間についても占いました。すると王室に関係のある人間だ、と出ました」
「そんなの、何人もいらあ。もっと具体的な手掛かりは無いのかよ」
「青い顔の男が関係あります」
「青い顔? 幻影族か?」
「そうかもしれません」
「そいつは厄介だな」
「幻影族って?」
真が聞いた。
「幻影族ってのは、まあ、このエル・ハザードの異端者だな。人数は数百名くらいしかいないんだが、我々人間とは仲が良くない。向こうも見かけはほとんど人間と同じなんだが、心がまったく違う。まあ、冷たいというか、残酷というか、要するにモラルが無い。それに、奴らには奇妙な力があって、人間に幻を見せて操ることができるんだ。我々の力ではどうしてもその幻影を見破ることができない。もしも、パトラ王女がその幻影族につかまっているとすれば、捜索は非常に厄介なものになる」
「では、その幻影で、シェーラさんの捜索が妨害されていたんやないですか?」
「かもな。しかし、だとしたら、それを打ち破る方法が無い」
「だけど、王室関係者で、男となったら、容疑者が絞られるんやないですか」
「だが、相手は身分のある人間だからなあ」
「そんなこと言ってる場合やないでしょう。パトラ王女の命が危ないかもしれないのに」
「そうだ。お前はいいことを言った。気に入ったぜ。よし、俺はすぐに王宮に戻る。お前たちはここでゆっくりしていきな」
 シェーラ・シェーラは一刻も惜しむかのように神殿から走り去った。
「あなた方は、お疲れでしょうから、こちらでお休みください」
 ミーズの言葉に従って、真、藤沢、アレーレの三人は客間風の部屋で休むことにした。ミーズも巫女の一人にお茶の接待を命じた後、三人の傍に座った。
「もう少し、あなた方のお話を詳しくお聞きしたいわ。特に、藤沢さま、向こうの世界ではどんなお仕事をなさっていたんですか?」
 ミーズは色っぽい目で藤沢を見て言った。
「い、いやあ、仕事と言っても、高校の教師でして……」
「まあ、先生ですか。それは大変崇高なお仕事ですね。きっと、教え子たちに人間としての正しい生き方を教えていらしたんでしょうね」
「ま、まあ、そんな先生もいますがね」
 真は、こっそりとアレーレに言った。
「ミーズさん、藤沢先生に興味津々やな」
「まあ、真さんよりは年が近いですからね。結婚相手として狙っているんじゃないんですか?」
 お茶をすすりながらアレーレが言う。
「あんな美人なら、結婚したがる男は仰山いそうなもんやのにな」
「そうでもないですよ。なにせ、相手は大神官ですからね。浮気などしたら、どんな目にあわされるかわかりません。だから、たいていの男は怖がるんですよ」
「難しいもんやな」
 ミーズの攻勢に対して藤沢は防御一辺倒のまま、日は暮れていったのであった。

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我が愛のエル・ハザード 6

 第六章 ナナミの運命  

 一方、同じようにエル・ハザードに転がり込んだ陣内ナナミの方は、兄ほど幸運ではなかった。
 エル・ハザード西部の大砂漠に出現した彼女は、真たち同様に、やがてここがまったくの異世界であることに気が付いたが、とは言っても元の世界に帰る方法は分からない。旅のキャラバン隊に拾われた後、彼女はキャラバン隊の雑用係、炊事係としてこき使われながら、元の世界に戻る機会を待つことにした。うら若い娘が男の集団の中にいたら、普通ならすぐにでも貞操の危機に見舞われそうなものであるが、どういうわけか男たちはナナミにまったく興味を示さなかった。べつに女に興味が無い連中というわけでもなさそうなのだから、その点が不思議と言えば不思議である。(まあ、この話全体が、日本人の女性は外国人にとって魅力的だが、男性はそうではないという事実の逆パターンである。)
「とにかく、働いてお金を稼ぐのよ、ナナミ。金は世界のパスポート、金さえあればどこに行ったって何とかなるわ」
 そう決心して、彼女はひたすら働きまくり、小金を溜めまくるのであった。

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我が愛のエル・ハザード 5

第五章 昆虫の王

 その頃、真たち同様にロシュタリアの北側の大森林の中に投げ出された陣内は、気が付くと、バグロムたち、つまり真たちがエル・ハザードで最初に遭遇した昆虫人間たちに周りを取り囲まれていた。
「な、何だ、お前たちは。私が東雲高校生徒会長と知っていて危害を加えるつもりか!」
 意味不明の言葉を言いながら、陣内は逃げ場を探した。
 しかし、昆虫人間たちは互いに顔を見合わせながら、戸惑っている様子である。
(セイトカイチョウ? ナンダ、ソレハ)
(ドウモ、エライ者ノコトノヨウダ)
(デハ、ダイジニアツカウ必要ガアル)
(でぃーば様ノトコロニ連レテイコウ)
 なぜか、陣内の言葉が彼らには通じているらしいのである。
「何だ、お前たち、案外いい奴ではないか。そうか、そうか、私の偉さがお前たちにも分かったか」
 陣内は、ご満悦である。自分の存在を高く評価してくれるなら、相手が人間だろうが、虫だろうがかまわないらしい。
 バグロムたちが陣内を連れていったのは、森の奥の谷間にある巨大な建造物であった。蜂の巣か蟻の巣をより高層化し、立体的にしたような要塞で、外壁は土を固くしたもので作られている。
 そこで陣内が引き合わされたのは、バグロムたちの女王であった。これが何と、見かけはほとんど人間の女と変わらない。頭から触角が出ていることを除けば、まあ、いい女と言ってもいいくらいである。これが卵を産んで、すべての兵隊蟻たちの母親になるのだと考えると、あまりぞっとしないが、陣内にはそういう偏見は無い。彼の唯一の美点は、人間も昆虫も同じレベルで見ることができるということであろう。
「お前がこの昆虫たちの女王か。なかなか美人ではないか」
 そう言われて、バグロムの女王ディーバはポッと顔を赤らめた。生まれて初めてお世辞を言われたのだから、虫とは言え、嬉しいことは嬉しいのだろう。
「まあ、何と好いたらしいお方」
「そうだろう、そうだろう。私の名は陣内克彦、この世の支配者となることを運命づけられている男だ」
「何と、この世の支配だと? それこそ我々バグロムの望むこと。我々は、人間どもを駆逐して、エル・ハザード全体を我々の支配下に置くことが、かねてからの望みなのだ」
「それでは、お前たちは願ってもない男を手に入れたことになる。私の頭脳をもってすれば、相手がどんな奴だろうが打ちのめすのは容易なこと」
「そ、そうか。では、陣内殿、我々のために働いてくれると?」
「そうだ。まあ、それなりの待遇はして貰わんと困るがな」
「いいだろう。毎日、アブラムシ十匹ずつ与えようか? 」
「アブラムシだと? そんなもの食えるか。まあ、食事は自分で適当に見繕うからいい。まず、この世界の様子を話してくれ」
 陣内の見たところでは、この昆虫人間どもの知能指数、精神年齢は、人間なら小学低学年程度であった。
(こいつら、体力だけはありそうだし、女王の命令には絶対服従ときている。まさに理想的兵隊というもの。支配者たるべき私のために準備されたも同然の連中。この世界こそ、まさしく私のためにある! キャッハハハハハ)
 心の中で高笑いしながら、陣内はかねてからの夢である世界征服に一歩を踏み出した喜びに打ち震えるのであった。

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プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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