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我が愛のエル・ハザード 8

  第八章 バグロムの攻撃

 大神官ミーズ・ミシュタルの熱心な勧めで大神殿に一泊した真、藤沢、アレーレの三人は、翌日、名残惜しげなミーズに別れを告げた。
「ぜひ、またいらしてくださいね。ここの暮らしときたら、本当に退屈で、お客様は大歓迎ですわ」
 ミーズは藤沢の手を固く握って言った。
(大神官が、そんな事言ってええのかな?)
 真は心の中で思ったが、ミーズの心は藤沢に集中していて、その考えが読まれることは無かったようだ。

「藤沢先生。ミーズさん、先生に相当気があったみたいやけど、あのままでええの?」
 神殿を振り返りながら、真が言った。
「な、何を言ってる。あの方は、我々を客としてもてなしただけだ」
「鈍いなあ、藤沢様って。女からあんな目で見られて、まだ気がつかないんですか?」
 アレーレも真に援軍を送る。
「い、いや、しかし、あの方は大神官という大事な仕事があるし、俺は早く元の世界に戻らないと、学校を首になっちまうかもしれないし、これは最初から無理な話だよ」
「ああん、もう、煮え切らないなあ」
「とにかく、俺は結婚なんて考えられないんだよ。結婚なんてしたら、休みごとに山に行くこともできんしな」
 山登りは、藤沢の一番の楽しみであり、結婚生活と山登りは確かに両立は難しそうだ。彼が女に積極的でない一番の理由はそこにあった。
「あっ」
 突然、アレーレが言って立ち止まった。
「バグロムの声がする」
「何っ?」
「神殿の方向だわ」
 三人は神殿の方を振り返った。
 確かに、耳を澄ますと、ざわざわという音が遠くから聞こえてくる。
「ミーズさんたちが危ない!」
 三人は神殿に向かって駆け出したが、中でも藤沢のスピードは異常に速く、他の二人をあっというまに置いてけぼりにした。
「すごい速さ。愛の力かしら」
「前に言ったやろ。あれが藤沢先生の本当の力なんや。でも、この前は何で駄目やったんやろ」
 神殿に到着した藤沢が見たのは、百匹近いバグロムの群れであった。
「さあ、者どもかかれい! まずはこの水の神殿を血祭りにあげ、それから首都ロシュタルへ侵攻するのだ」
 神殿のバルコニーからバグロムたちに命令を下している学生服姿の男に藤沢は見覚えがあった。
「じ、陣内! お前、何をしているのだ」
「おや? 誰かと思えば、藤沢ではないか。今の私は陣内などと呼び捨てにできる人間ではない! 恐れ多くも、バグロム軍司令官、陣内克彦である。おい、お前たち、かまわんからあいつもやっつけてしまえ」
「藤沢様、助けにいらしてくださったんですね」
 陣内の後ろで、バグロムの一人に捕まっているのは、ミーズ・ミシュタルである。藤沢を見て嬉しそうな声を上げている。
「あっ、ミーズさん! おいっ、陣内、お前ミーズさんになんてことをするんだ」
「ミーズ? このおばさんのことか?」
「お、おばさんですってえ?」
ミーズの形相が変わった。
「私は、まだ二十八よ。それを、おばさん呼ばわりするとは、許せない!」
「ふん、おばさんをおばさんと呼んで何が悪い」
 ミーズは、怒りの顔で、何やら呪文を唱え始めた。
 その間に、藤沢は近くのバグロムたちと戦いながら、ミーズを救うためにバルコニーに駆け上ってきていた。
「ミーズさん、助けにきました!」
 その瞬間、神殿を取り巻く湖の水が竜巻に吸い上げられたように盛り上がり、バルコニー目掛けて襲ってきた。
「うわーっ! な、何だ、こりゃあ」
 陣内も藤沢も、二階にいたバグロムたちも、その水に飲み込まれ、流された。
 やっとのことで神殿の傍まできていた真とアレーレは、その光景を眺めるだけである。
「凄いなあ、あれが大神官の魔法か」
「ミーズ様は、特に水の魔法がお得意なのよ」
「でも、先生まで流してしもうたな」
「まあ、いいんじゃないですか。あとで拾えば」
 真とアレーレは、水に流されたバグロムたちの間から藤沢を見つけて助け出した。
「お、覚えておれよ。今はひとまず退却するが、この仕返しは必ずしてやるからな!」
 陣内の声に、真は驚いて振り返った。
「陣内君! やっぱり君もここに来ておったんか」
「お、お前は、我が永遠のライバル水原真。そうか、お前はまたしても私の邪魔をするためにここに現れたんだな」
「何を馬鹿なこと言うてるんや。陣内君、バグロムと友達になったんか。前から変な奴やと思っとったけど、虫の仲間になろうとは思わなかったな」
「仲間ではない。私はバグロム軍の司令官だ。いいか、真、我がバグロムは、必ずやお前たちを我々の足元にひれ伏させてみせる。それまで楽しみに待っているがいい。さらばだ」
 陣内の退却の合図に、バグロムたちは一斉に引き上げた。

「ミ、ミーズさん……」
ミーズの魔法の水に溺れた藤沢が気がつくと、目の前にはミーズの顔があった。
「気がつかれましたのね。ミーズ、感激ですわ。私のために藤沢様が戦ってくださるなんて」
「い、いやあ、ところで、私はどうしたんでしょう。何か知らんが、水に巻かれて気を失ったような」
「いいえ、藤沢様は私を助けてくださったんですわ。まるで、白馬に乗った王子様みたいでした」
 傍で聞いていた真とアレーレは顔を見合わせた。どこをどう見たら、この、顎に無精ひげを生やしたむさくるしい三十男が白馬の王子様に見えるのだ?
「ともかく、ミーズさんが御無事でよかった」
「先生、それより、陣内がバグロムの仲間になってましたよ」
「そうだったな。あいつは昔から変だったが、とうとう非行の道に入ったか」
「こういうのも非行と言うんですか?」
「これも、教育者である俺の責任だ。何とかしてあいつを真人間に返してやらなければな」
「まあ、さすがは教育者、素晴らしいですわ」
 ミーズが胸の前で手を組み合わせて感嘆する。
(そうかなあ。僕には陣内はまともにならんような気がするんやけど)
 真は心の中でそう考えるのであった。

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酔生夢人
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仙人
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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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