第七章 大神官ミーズ・ミシュタル
「王家の言い伝えですか? それが、あなたたちが元の世界に戻る方法と何か関係があるかもしれないとおっしゃるのですね」
ルーン王女は小首をかしげた。
「確かに、かつてこの地にいた人々は、高度な文明を築き上げ、その能力の中には時空を超える力もあったと聞いています。しかし、その文明は何千年も前に滅び、その遺跡の中の物は、私たちには理解できない機械ばかりです」
「機械ですって? では、かつての文明は、今のあなた方の文明とは違って物質文明の発達したものだったんですね」
藤沢が聞き返した。真も同じことを考えていた。
「いえ、精神的にも物質的にも極限にまで発達した社会だったようです。その遺跡は三つ知られています。一つは王家の祭壇、もう一つは神の目と呼ばれる空の星、もう一つは、封印された大魔人の墓です」
「大魔人ですって?」
「ええ、そこにはイフリータと呼ばれる恐ろしい魔人が眠っていて、その者が目覚める時が、この世界の滅びる時だと言われています。あの、かつての文明を滅ぼしたのもその魔人だったようです」
藤沢と真は顔を見合わせた。その魔人とは、できれば、会いたくないものだ。
「神の目ってどんなものですか?」
真が聞いた。
「このエル・ハザードのはるかな上空にある人工の星です。王家の血を引く者だけがその中に入ることができ、世界を支配する力を振るうことができると言われています。しかし、そのためにはまず神の目を地上に下ろさねばならないのですが、それには契約されし二人の者の心が一つになることが必要なのです。残念ながら、あなた方には、それは許されないでしょう」
「契約されし二人って、誰ですか」
「王家の血を引く二人の人間です。今は、私とパトラがそれに当たります」
「では、パトラ王女を探さない限り、俺たちが元の世界に帰ることもできないってわけだ」
藤沢はもともと細い目を閉じるようにして考えた。
「よし、それじゃあ、我々二人もパトラ王女の捜索に協力させてください」
「よろしいのですか? 危険な目に遭うかもしれませんよ」
「なあに、私には普通人の数十倍の力がありますから、きっとお役に立てますよ」
「先生、あまり安請け合いしない方が。だって、この前、失敗してるし」
真が藤沢の服の袖を引っ張って言った。
「あの時はたまたま調子が悪かっただけだ。心配するなって」
「そうやね。パトラ王女を探すのには僕も賛成や。もしも、悪者にさらわれてでもいたら、可哀相やもんな」
「では、まず大神官の神殿に行って、ご託宣を聞いてはいかがでしょうか。もしかしたらあなた方が元の世界に帰る手掛かりも得られるかもしれません」
「へえ。じゃあ行ってみます」
「アレーレに案内させればいいです。途中でバグロムに襲われるかもしれませんから、シェーラ・シェーラを護衛につけましょう」
「なあに、大丈夫ですよ。この前だって、私一人でバグロムたちをやっつけたんですから」
「バグロムを甘く見てはなりません。バグロムのために、このロシュタリアでは毎年、数十名、いや百名以上の人間が死んでいるのです。バグロム討伐のために組織された軍隊も、バグロムの森の中で何度も敗北しています。彼らには人間にない超感覚があり、人間の数倍の力があります。普通の武器では、彼らの固い外殻を貫くことさえできないのです」
「ここには、鉄砲なんか無いのですか?」
「鉄砲? 何ですか、それは」
「鉄砲を知らない? では 火薬は?」
「存じません」
藤沢は真に顔を向けた。
「どうやら、この世界には火器は無いようだな。だから、あんな原始的な武器で戦っているんだ。まあ、ある意味、平和な世界ではあるな」
「ともかく、その神殿に行ってみましょうよ。じゃあ、王女さま、おおきに」
「お二人の旅の御無事を祈っております」
真と藤沢は、早速王宮を出発した。同行者は、案内役兼世話係のアレーレと、護衛役のシェーラ・シェーラの二人である。
「まったく面倒くせえなあ。何で俺がこんな連中のお守りをしなきゃあならねえんだよ」
赤毛の女騎士はぶつぶつ文句を言っている。
「大神官ってどんな人や?」
真はアレーレに聞いてみた。
「私もお会いしたことはありませんが、ミーズ・ミシュタルとおっしゃって、とてもおきれいな方らしいですよ」
「へえ、そうなんやって、先生」
真は藤沢に言ったが、朴念仁の藤沢はまったく興味を示さない。
「ああ? そうか。それより、アレーレ、大神殿には酒はあるかな」
「多分あると思いますよ。神様にお神酒はつきものですから」
「そりゃあ、そうだ。そういう点は、どこの世界も同じようなものだな」
藤沢は急に元気が出たみたいである。
「ちえっ。酔っ払いに、女みたいなガキの相手か」
シェーラ・シェーラは一層不機嫌になった。
二日の旅の後、白く輝く大神殿が四人の前に現れた。見た感じは、ギリシアのパルテノン風であるが、周り全体が広大な人工の湖に囲まれているところが特徴的である。
「少しどきどきしますねえ。何しろ、大神官ですからね。滅多には会えない方ですよお」
「なあに、大した奴じゃねえよ」
「あら、シェーラ・シェーラさん、ミーズ様をご存知なんですか?」
「ああ、ちょっとな」
シェーラ・シェーラは、そっぽを向いた。あまり話したくない過去でもあるようだ。
四人は、二人の若い巫女に取り次ぎを頼み、大神官の登場を待った。
やがて、真っ白に輝く美しいローブ姿の大神官ミーズ・ミシュタルが四人の前に姿を現した。
アレーレが言っていた通り、かなりの美人である。
「美人やなあ」
真は呟いた。
「そうですね。でも、思っていたよりちょっとふけていますね」
アレーレが言った。
「そりゃあそうさ。普通なら二十五で大神官をやめてさっさと結婚するところを、相手がいないもんで二期目を勤めているオールドミスだもんな」
イッヒッヒと忍び笑いをしながらシェーラ・シェーラが真たちにこっそり言った。
「聞こえてますよ。シェーラ・シェーラ。神官養成学校の落ちこぼれが何を言ってますか」
ミーズは厳しい顔でシェーラ・シェーラを睨んで言った。
「あれ、シェーラさんも神官やったんですか」
「お、おう、昔はな。あんまりつまらねえんで、こっちからやめてやったんだ」
シェーラ・シェーラは顔を赤くして強がりを言った。
「嘘をおっしゃい。舎監を殴って退学になった子が。まったく、こんな品性のかけらもない乱暴者が王宮の親衛隊長をしているなんて、世も末だわ」
「へん、何を言ってやがる。こっちだって、お前の恥ずかしい話は幾つも知っているぜ。みんなばらしてやろうか」
「ま、まあ、お二人とも落ち着いて」
藤沢が二人をなだめた。
「あなた方は、何の用でここに参られたのですか?」
問い掛けるミーズに、真と藤沢はこれまでのいきさつを話した。
「それは不思議な話ですね。お困りでしょうが、残念ながら、私にも時空を超える力はありません」
「パトラ王女の行方はどうだ?」
シェーラ・シェーラが口をはさんだ。
「それも何度も占いました。しかし、前に言ったように、王女は王宮からそう遠くない所にいるとしか出ないのです」
「王宮近くは何度も探した。それこそ、民家の屋根裏までな。お前の占いが間違っているんじゃねえか?」
「パトラ王女の失踪に関係のある人間についても占いました。すると王室に関係のある人間だ、と出ました」
「そんなの、何人もいらあ。もっと具体的な手掛かりは無いのかよ」
「青い顔の男が関係あります」
「青い顔? 幻影族か?」
「そうかもしれません」
「そいつは厄介だな」
「幻影族って?」
真が聞いた。
「幻影族ってのは、まあ、このエル・ハザードの異端者だな。人数は数百名くらいしかいないんだが、我々人間とは仲が良くない。向こうも見かけはほとんど人間と同じなんだが、心がまったく違う。まあ、冷たいというか、残酷というか、要するにモラルが無い。それに、奴らには奇妙な力があって、人間に幻を見せて操ることができるんだ。我々の力ではどうしてもその幻影を見破ることができない。もしも、パトラ王女がその幻影族につかまっているとすれば、捜索は非常に厄介なものになる」
「では、その幻影で、シェーラさんの捜索が妨害されていたんやないですか?」
「かもな。しかし、だとしたら、それを打ち破る方法が無い」
「だけど、王室関係者で、男となったら、容疑者が絞られるんやないですか」
「だが、相手は身分のある人間だからなあ」
「そんなこと言ってる場合やないでしょう。パトラ王女の命が危ないかもしれないのに」
「そうだ。お前はいいことを言った。気に入ったぜ。よし、俺はすぐに王宮に戻る。お前たちはここでゆっくりしていきな」
シェーラ・シェーラは一刻も惜しむかのように神殿から走り去った。
「あなた方は、お疲れでしょうから、こちらでお休みください」
ミーズの言葉に従って、真、藤沢、アレーレの三人は客間風の部屋で休むことにした。ミーズも巫女の一人にお茶の接待を命じた後、三人の傍に座った。
「もう少し、あなた方のお話を詳しくお聞きしたいわ。特に、藤沢さま、向こうの世界ではどんなお仕事をなさっていたんですか?」
ミーズは色っぽい目で藤沢を見て言った。
「い、いやあ、仕事と言っても、高校の教師でして……」
「まあ、先生ですか。それは大変崇高なお仕事ですね。きっと、教え子たちに人間としての正しい生き方を教えていらしたんでしょうね」
「ま、まあ、そんな先生もいますがね」
真は、こっそりとアレーレに言った。
「ミーズさん、藤沢先生に興味津々やな」
「まあ、真さんよりは年が近いですからね。結婚相手として狙っているんじゃないんですか?」
お茶をすすりながらアレーレが言う。
「あんな美人なら、結婚したがる男は仰山いそうなもんやのにな」
「そうでもないですよ。なにせ、相手は大神官ですからね。浮気などしたら、どんな目にあわされるかわかりません。だから、たいていの男は怖がるんですよ」
「難しいもんやな」
ミーズの攻勢に対して藤沢は防御一辺倒のまま、日は暮れていったのであった。
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