第十一章 魔人イフリータ
ロシュタルを離れて一週間、真たち一行は、ロシュタリアとバグロム帝国との境界にある大河を前にしていた。ここを越えれば、バグロムたちがいつ出てくるかも分からない大森林が広がっている。
「さあ、いよいよだな」
シェーラ・シェーラが、高い崖の端から遠くの大森林を眺めて言った。
「バグロムたちと戦うのは久しぶりだ。ちきしょう、血が燃えるぜ!」
「シェーラ・シェーラさんは、バグロムたちに勝てるんですか?」
「あったりめえだろう。国王親衛隊長は伊達じゃねえぜ」
「でも、バグロムには普通の武器は通用しないと聞きましたけど」
「ある程度以上の力があれば、奴らの甲殻を貫くこともできるさ。それに、俺の剣は普通の剣じゃない。炎の法術を併用した、俺にしか使えない剣だ」
「良く言うわ。なまくらな法術しか使えないから、剣など使ってる人が」
「何だと!」
アフラ・マーンの言葉に、シェーラが怒り出した。
「まあまあ、お二人とも、喧嘩せんと」
真が二人をなだめる。
「とにかく、ここから先は危険が一杯というわけだ。気をつけんとな」
藤沢が言う。
しかし、大河を越えて森の中に入っても、バグロムたちは中々出てこなかった。
「どうしたんでしょうね、先生。バグロムたち出てけえへんけど」
「産卵期とか、冬眠期とか、そんな時期かな」
大森林の中を進むのは大変な作業だったが、それでも、それからさらに一週間ほど進むと、北の果ての大山脈の麓に着いた。短い時間なら、風の法術を得意とするアフラ・マーンは飛翔の術が使えたが、他に三人の連れがいては、自分一人飛んでいくわけにもいかず、歩いて森の中を横断したので、それだけの時間がかかったのである。
「普通の人間が連れだと、手間がかかるわ。もっとも、法術士のくせに飛翔の術も使えない落ちこぼれよりはましやけど」
「何だと、アフラ・マーン、今の言葉だけは聞き捨てならねえ。お前とは、いつか決着をつけようと思っていたんだ。やるか!」
シェーラ・シェーラがぱっと飛びすさり、戦いのポーズをした。
「あんた、私に勝てるなんて思うてるの? 神官学校でも一度も勝ったことがないくせに」
「てやんでえ。べらぼうめ。あの頃と今の俺とは違うんでえ」
二人は真剣な顔で睨み合った。もはや、二人の衝突は必至という勢いである。
「二人とも、旅の疲れでいらいらしてるんですよねえ」
アレーレが真に小さい声で言った。この子は調子が良すぎるところもあるが、他の二人に比べて我慢強く、献身的でもある。
「しかし、こんなとこで二人が戦ったら、どうなるんや?」
シェーラ・シェーラが「ハァーッ!」と気合をかけると、その体の周りに炎のオーラが立ち上った。
同じく、アフラ・マーンも「ハッ」と気合をかけ、周りに風を呼んだ。
「ヤーッ!」
シェーラ・シェーラが手を振ると、その指先から炎が発せられ、その炎は生き物のようにアフラ・マーンに向かう。同時に、アフラ・マーンも相手に向かって腕を振った。
アフラ・マーンの体を襲った炎は、アフラ・マーンの手刀で作られた真空で消し去られた。
「畜生!」
「やっぱり、あんたの技はこの程度やな。次はうちの番やで」
アフラ・マーンの言葉に、シェーラ・シェーラは攻撃への防御の姿勢を取った。しかし、アフラ・マーンが攻撃をかける前に、異変が起こった。
「あっ、あれは何や!」
空をさした真の指の先には、編隊飛行をする、百匹近い虫の姿があった。地上からは小さく見えるが、実際にはそれぞれが巨大な羽虫だろう。
「大変、バグロムですわ!」
アレーレが叫んだ。
「はっはっはっ、真、最終兵器イフリータはこの私が貰うぞ」
蜂型のバグロムの上に乗った陣内が、空中から真たちを見下ろして高笑いの声を上げた。
「まずい。あいつらにイフリータを手に入れられたらおしまいだ!」
「ここは休戦どすな」
争っていた二人の女は、顔を見合わせて頷いた。
「早く、魔人の棺のある洞穴に急ぎましょう」
真は叫んだ。
「よし、取りあえず、シェーラ・シェーラさんとアレーレは俺が連れて登る。真、お前はアフラ・マーンさんと一緒に山頂に飛べ!」
藤沢の言葉に、真は頷いた。彼には、なぜか知らないが、自分こそが山頂に行かねばならないという確信があった。
「すみません、アフラ・マーンさん。僕を抱えて、山頂まで飛んでください」
「よろしゅうおす。私の背中にしっかりつかまっているんでっせ」
真を背中にしがみつかせて、アフラ・マーンは空中に浮かんだ。
こんな危急の折だが、若い女性の体に後ろからしがみついているというのは、まだ十七歳の真には刺激の強すぎる経験である。
「あんさん、変なこと考えてはいけまへんえ」
アフラ・マーンも、その気配を感じて、顔を赤らめて言った。
「す、すみません」
「あっ、腕を動かしてはいけまへん。そこは……」
「し、しかし、腕が痺れて」
精神の集中を失ったアフラ・マーンは、山頂を目の前にして墜落した。
幸い、そこは頂上に近い尾根で、二人には怪我は無かったが、下の方から今しもバグロムに乗った陣内がこちらの方に向かう姿が見えた。
「いてて……。あっ、アフラさん、大丈夫ですか?」
「うちは大丈夫や。うちがあいつらを食い止めているさかい、あんさんは早くあの洞窟を探してみてや。イフリータは、最初に動かした人間を主人にすると言われていますさかいにな」
「分かりました。アフラさん、死なんといてや」
「いいから、早く!」
アフラ・マーンは、呪文を唱えて、竜巻を巻き起こした。空中のバグロムたちは、その竜巻のために、地上に降りられずにいる。
真は元陸上部のダッシュ力で、洞窟に向かった。
洞窟の中には、入ってすぐに金属の扉があった。分厚く、重そうな金属で、普通の力では動かせそうにない。
しかし、その扉の中央の青い石に真が手を触れると、その扉はかすかな音を立てて、自分から開いたのである。
十メートルほどの間隔でもう一つの扉があったが、そこも同じである。
「なんや。これやったら、扉の役目を果たさんがな」
不思議に思いながら、真は目の前に開けた部屋の中に入って行った。
その部屋は、周り全体が奇妙な機械で埋め尽くされていた。そして、部屋の中央には、ガラスともクリスタルともつかない透明な棺に入った人体らしきものの姿があった。
青い光を放っているその棺の前に進み出た真は、思わず息を呑んだ。
「こ、これがイフリータやて?」
そこに眠るように横たわっていたのは、エル・ハザードに真が来る直前に夜の学校で出会った、あの不思議な、絶世の美女であった。
「これが、世界を滅ぼす大魔人イフリータ? まさか」
真は、とにかく棺を開けようと思って、棺の周りを探した。
棺の傍に大きな金属の杖、いや、鍵のようなものがあった。
真がそれに手を触れると、棺を覆っていた透明の蓋が開き、同時に、眠れる女性は、目を閉じたまま、上体を起こした。
「イフリータ? 君がイフリータなんやろ? 目を覚ましてや」
しかし、彼女は目を開けない。
その時、真の後ろから、聞きなれた甲高い声がした。
「水原真。またしても私を出し抜こうとしたな。しかし、無駄なことだ。私がここに来たからにはお前の好きなようにはさせん」
陣内の合図で、バグロムの一人(一匹か?)が真を捕らえ、体の自由を奪った。
「よせ、陣内、イフリータに手を出すな!」
「黙れ、お前だってこれを動かそうとしていたくせに。お前もやはり私同様、世界を支配する野望を持っていたのだな? しかし、こいつを動かすにはどうする。おお、そうか、お前が手にしている、その棒が鍵だな」
陣内は真の持っていた棒を奪い取った。
「はて、これをどうするのか……。おお、そうか、これはきっとゼンマイで動くに違いない。これがゼンマイを動かす鍵だな」
「ゼンマイやて? まさか、そんな原始的な」
しかし、陣内がイフリータの後ろに回り、その背中に見つけた穴に棒をさしこんで回すと、イフリータの体に生命が甦り、彼女は目を開いたのであった。
「見ろ、真、天才の発想は凡人には分からぬものよ」
勝ち誇った陣内は高笑いの声を上げた。
イフリータの体は完全に生命を取り戻した。しかし、その表情は、真が覚えている、あの優しい、愛情に満ちた表情ではなく、むしろ恐ろしいまでに冷酷な表情だった。
「お前が私を動かしたのだな?」
表情と同様に冷たい声で、イフリータは陣内に顔を向けて言った。
「そうだ」
「では、あなたが私の主人だ」
「そうか、そうか。では、イフリータ、まずお前の力を見せてみろ」
「命令が具体的でない。何をすれば良い」
「お前は何ができる」
「お望みなら、何でも」
「よし、それでは空は飛べるか」
「簡単なことだ」
「では、私を乗せて洞窟の外に出ろ」
「了解」
イフリータは、陣内を抱えてふわりと空中に浮き、滑るようななめらかな飛行で洞窟の外まで飛んだ。
バグロムたちはその後を追い、真もその一匹の小脇に抱えられて外に出た。
真が洞窟の外に出ると、そこでは丁度、アフラ・マーンが、やっとここまで登ってきた藤沢やシェーラ・シェーラの助太刀で、外にいたバグロムたちを全滅させたところだった。
「あっ、真」
シェーラ・シェーラが真を見て声を上げた。アレーレも叫んだ。
「大変よ。今、男の人を抱えた女の人が飛んで行ったけど、もしかして、あれがイフリータ? 」
「そうや。あれを逃がしたら大変や」
バグロムに捕まったまま、真は叫んだ。
アフラ・マーンはイフリータを追って空に飛び上がった。
「真、今助けてやるぜ」
「ちょ、ちょっと、シェーラさん。炎の魔法はいかん。真まで丸焼けになってしまう」
藤沢は叫んで、真を抱えたバグロムの懐に飛び込んだ。
パンチ一発、バグロムはノックアウトされ、真は無事救出された。
空中のイフリータを追ってきたアフラ・マーンを見て、イフリータは陣内に聞いた。
「私たちを追ってくる女がいるが、どうする?」
「あいつは敵だ。やっつけてしまえ」
「待ちなはれ! このまま逃がさへんで」
アフラ・マーンは、飛びながら鋭い真空波を送って、イフリータを攻撃した。
イフリータは手にしていた例の金属の杖を一振りした。すると、アフラの真空波はそのまま、アフラの方へ逆進したのであった。
「あっ! 」
自らの真空波に打たれて、アフラ・マーンは墜落した。
「まずまずの力だな。しかし、お前の力はこの程度ではあるまい。そうだ、あの山を一つ消してみろ。できるか? 」
「簡単だ」
イフリータは杖を地上に向かって一振りした。
杖の先端から閃光が発し、その先にあった山は一瞬に消滅した。
「ハハハハハハ! こいつは凄い。これで私はこの世界の支配者だ!」
高笑いと共に飛び去った陣内たちを、山頂の真たちは呆然とただ見送るしかなかった。
ロシュタルを離れて一週間、真たち一行は、ロシュタリアとバグロム帝国との境界にある大河を前にしていた。ここを越えれば、バグロムたちがいつ出てくるかも分からない大森林が広がっている。
「さあ、いよいよだな」
シェーラ・シェーラが、高い崖の端から遠くの大森林を眺めて言った。
「バグロムたちと戦うのは久しぶりだ。ちきしょう、血が燃えるぜ!」
「シェーラ・シェーラさんは、バグロムたちに勝てるんですか?」
「あったりめえだろう。国王親衛隊長は伊達じゃねえぜ」
「でも、バグロムには普通の武器は通用しないと聞きましたけど」
「ある程度以上の力があれば、奴らの甲殻を貫くこともできるさ。それに、俺の剣は普通の剣じゃない。炎の法術を併用した、俺にしか使えない剣だ」
「良く言うわ。なまくらな法術しか使えないから、剣など使ってる人が」
「何だと!」
アフラ・マーンの言葉に、シェーラが怒り出した。
「まあまあ、お二人とも、喧嘩せんと」
真が二人をなだめる。
「とにかく、ここから先は危険が一杯というわけだ。気をつけんとな」
藤沢が言う。
しかし、大河を越えて森の中に入っても、バグロムたちは中々出てこなかった。
「どうしたんでしょうね、先生。バグロムたち出てけえへんけど」
「産卵期とか、冬眠期とか、そんな時期かな」
大森林の中を進むのは大変な作業だったが、それでも、それからさらに一週間ほど進むと、北の果ての大山脈の麓に着いた。短い時間なら、風の法術を得意とするアフラ・マーンは飛翔の術が使えたが、他に三人の連れがいては、自分一人飛んでいくわけにもいかず、歩いて森の中を横断したので、それだけの時間がかかったのである。
「普通の人間が連れだと、手間がかかるわ。もっとも、法術士のくせに飛翔の術も使えない落ちこぼれよりはましやけど」
「何だと、アフラ・マーン、今の言葉だけは聞き捨てならねえ。お前とは、いつか決着をつけようと思っていたんだ。やるか!」
シェーラ・シェーラがぱっと飛びすさり、戦いのポーズをした。
「あんた、私に勝てるなんて思うてるの? 神官学校でも一度も勝ったことがないくせに」
「てやんでえ。べらぼうめ。あの頃と今の俺とは違うんでえ」
二人は真剣な顔で睨み合った。もはや、二人の衝突は必至という勢いである。
「二人とも、旅の疲れでいらいらしてるんですよねえ」
アレーレが真に小さい声で言った。この子は調子が良すぎるところもあるが、他の二人に比べて我慢強く、献身的でもある。
「しかし、こんなとこで二人が戦ったら、どうなるんや?」
シェーラ・シェーラが「ハァーッ!」と気合をかけると、その体の周りに炎のオーラが立ち上った。
同じく、アフラ・マーンも「ハッ」と気合をかけ、周りに風を呼んだ。
「ヤーッ!」
シェーラ・シェーラが手を振ると、その指先から炎が発せられ、その炎は生き物のようにアフラ・マーンに向かう。同時に、アフラ・マーンも相手に向かって腕を振った。
アフラ・マーンの体を襲った炎は、アフラ・マーンの手刀で作られた真空で消し去られた。
「畜生!」
「やっぱり、あんたの技はこの程度やな。次はうちの番やで」
アフラ・マーンの言葉に、シェーラ・シェーラは攻撃への防御の姿勢を取った。しかし、アフラ・マーンが攻撃をかける前に、異変が起こった。
「あっ、あれは何や!」
空をさした真の指の先には、編隊飛行をする、百匹近い虫の姿があった。地上からは小さく見えるが、実際にはそれぞれが巨大な羽虫だろう。
「大変、バグロムですわ!」
アレーレが叫んだ。
「はっはっはっ、真、最終兵器イフリータはこの私が貰うぞ」
蜂型のバグロムの上に乗った陣内が、空中から真たちを見下ろして高笑いの声を上げた。
「まずい。あいつらにイフリータを手に入れられたらおしまいだ!」
「ここは休戦どすな」
争っていた二人の女は、顔を見合わせて頷いた。
「早く、魔人の棺のある洞穴に急ぎましょう」
真は叫んだ。
「よし、取りあえず、シェーラ・シェーラさんとアレーレは俺が連れて登る。真、お前はアフラ・マーンさんと一緒に山頂に飛べ!」
藤沢の言葉に、真は頷いた。彼には、なぜか知らないが、自分こそが山頂に行かねばならないという確信があった。
「すみません、アフラ・マーンさん。僕を抱えて、山頂まで飛んでください」
「よろしゅうおす。私の背中にしっかりつかまっているんでっせ」
真を背中にしがみつかせて、アフラ・マーンは空中に浮かんだ。
こんな危急の折だが、若い女性の体に後ろからしがみついているというのは、まだ十七歳の真には刺激の強すぎる経験である。
「あんさん、変なこと考えてはいけまへんえ」
アフラ・マーンも、その気配を感じて、顔を赤らめて言った。
「す、すみません」
「あっ、腕を動かしてはいけまへん。そこは……」
「し、しかし、腕が痺れて」
精神の集中を失ったアフラ・マーンは、山頂を目の前にして墜落した。
幸い、そこは頂上に近い尾根で、二人には怪我は無かったが、下の方から今しもバグロムに乗った陣内がこちらの方に向かう姿が見えた。
「いてて……。あっ、アフラさん、大丈夫ですか?」
「うちは大丈夫や。うちがあいつらを食い止めているさかい、あんさんは早くあの洞窟を探してみてや。イフリータは、最初に動かした人間を主人にすると言われていますさかいにな」
「分かりました。アフラさん、死なんといてや」
「いいから、早く!」
アフラ・マーンは、呪文を唱えて、竜巻を巻き起こした。空中のバグロムたちは、その竜巻のために、地上に降りられずにいる。
真は元陸上部のダッシュ力で、洞窟に向かった。
洞窟の中には、入ってすぐに金属の扉があった。分厚く、重そうな金属で、普通の力では動かせそうにない。
しかし、その扉の中央の青い石に真が手を触れると、その扉はかすかな音を立てて、自分から開いたのである。
十メートルほどの間隔でもう一つの扉があったが、そこも同じである。
「なんや。これやったら、扉の役目を果たさんがな」
不思議に思いながら、真は目の前に開けた部屋の中に入って行った。
その部屋は、周り全体が奇妙な機械で埋め尽くされていた。そして、部屋の中央には、ガラスともクリスタルともつかない透明な棺に入った人体らしきものの姿があった。
青い光を放っているその棺の前に進み出た真は、思わず息を呑んだ。
「こ、これがイフリータやて?」
そこに眠るように横たわっていたのは、エル・ハザードに真が来る直前に夜の学校で出会った、あの不思議な、絶世の美女であった。
「これが、世界を滅ぼす大魔人イフリータ? まさか」
真は、とにかく棺を開けようと思って、棺の周りを探した。
棺の傍に大きな金属の杖、いや、鍵のようなものがあった。
真がそれに手を触れると、棺を覆っていた透明の蓋が開き、同時に、眠れる女性は、目を閉じたまま、上体を起こした。
「イフリータ? 君がイフリータなんやろ? 目を覚ましてや」
しかし、彼女は目を開けない。
その時、真の後ろから、聞きなれた甲高い声がした。
「水原真。またしても私を出し抜こうとしたな。しかし、無駄なことだ。私がここに来たからにはお前の好きなようにはさせん」
陣内の合図で、バグロムの一人(一匹か?)が真を捕らえ、体の自由を奪った。
「よせ、陣内、イフリータに手を出すな!」
「黙れ、お前だってこれを動かそうとしていたくせに。お前もやはり私同様、世界を支配する野望を持っていたのだな? しかし、こいつを動かすにはどうする。おお、そうか、お前が手にしている、その棒が鍵だな」
陣内は真の持っていた棒を奪い取った。
「はて、これをどうするのか……。おお、そうか、これはきっとゼンマイで動くに違いない。これがゼンマイを動かす鍵だな」
「ゼンマイやて? まさか、そんな原始的な」
しかし、陣内がイフリータの後ろに回り、その背中に見つけた穴に棒をさしこんで回すと、イフリータの体に生命が甦り、彼女は目を開いたのであった。
「見ろ、真、天才の発想は凡人には分からぬものよ」
勝ち誇った陣内は高笑いの声を上げた。
イフリータの体は完全に生命を取り戻した。しかし、その表情は、真が覚えている、あの優しい、愛情に満ちた表情ではなく、むしろ恐ろしいまでに冷酷な表情だった。
「お前が私を動かしたのだな?」
表情と同様に冷たい声で、イフリータは陣内に顔を向けて言った。
「そうだ」
「では、あなたが私の主人だ」
「そうか、そうか。では、イフリータ、まずお前の力を見せてみろ」
「命令が具体的でない。何をすれば良い」
「お前は何ができる」
「お望みなら、何でも」
「よし、それでは空は飛べるか」
「簡単なことだ」
「では、私を乗せて洞窟の外に出ろ」
「了解」
イフリータは、陣内を抱えてふわりと空中に浮き、滑るようななめらかな飛行で洞窟の外まで飛んだ。
バグロムたちはその後を追い、真もその一匹の小脇に抱えられて外に出た。
真が洞窟の外に出ると、そこでは丁度、アフラ・マーンが、やっとここまで登ってきた藤沢やシェーラ・シェーラの助太刀で、外にいたバグロムたちを全滅させたところだった。
「あっ、真」
シェーラ・シェーラが真を見て声を上げた。アレーレも叫んだ。
「大変よ。今、男の人を抱えた女の人が飛んで行ったけど、もしかして、あれがイフリータ? 」
「そうや。あれを逃がしたら大変や」
バグロムに捕まったまま、真は叫んだ。
アフラ・マーンはイフリータを追って空に飛び上がった。
「真、今助けてやるぜ」
「ちょ、ちょっと、シェーラさん。炎の魔法はいかん。真まで丸焼けになってしまう」
藤沢は叫んで、真を抱えたバグロムの懐に飛び込んだ。
パンチ一発、バグロムはノックアウトされ、真は無事救出された。
空中のイフリータを追ってきたアフラ・マーンを見て、イフリータは陣内に聞いた。
「私たちを追ってくる女がいるが、どうする?」
「あいつは敵だ。やっつけてしまえ」
「待ちなはれ! このまま逃がさへんで」
アフラ・マーンは、飛びながら鋭い真空波を送って、イフリータを攻撃した。
イフリータは手にしていた例の金属の杖を一振りした。すると、アフラの真空波はそのまま、アフラの方へ逆進したのであった。
「あっ! 」
自らの真空波に打たれて、アフラ・マーンは墜落した。
「まずまずの力だな。しかし、お前の力はこの程度ではあるまい。そうだ、あの山を一つ消してみろ。できるか? 」
「簡単だ」
イフリータは杖を地上に向かって一振りした。
杖の先端から閃光が発し、その先にあった山は一瞬に消滅した。
「ハハハハハハ! こいつは凄い。これで私はこの世界の支配者だ!」
高笑いと共に飛び去った陣内たちを、山頂の真たちは呆然とただ見送るしかなかった。
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