第十三章 破滅の前の夜
その夜、真は眠れなかった。イフリータの面影が目の前にちらつき、振り払うことができない。
彼は寝床から起きて、バルコニーに行った。
明るい月夜である。青く見える空に大きな白い月がかかっている。この世界が破滅の前にあることが信じられない平和な夜空だ。
「真? 何してるんだ」
後ろから声を掛けられて、真は振り返った。シェーラ・シェーラであった。
「ああ、シェーラ・シェーラさん。眠れなくて」
「お前もか。へへ、俺もだ」
二人は並んでロシュタルの町と、その上を照らす月を眺めた。
シェーラ・シェーラは、二人でロマンチックに夜景を眺める甘い気持ちと同時に、今、言わなければ言う機会は無い、というあせりに駆られていた。
「お、俺よう、実は……」
シェーラ・シェーラは、小さな声で言って口ごもった。
「えっ? 何ですか」
「いや、何でもねえ。お前、今でも地球に帰りたいか?」
そう聞かれて、真は考えた。そういえば、地球に帰りたいという事を、ここのところ考えたことは無かった。家に帰れば、なつかしい家族に会える。しかし、それはここで出会った人々と別れることでもある。
「僕は、このエル・ハザードが好きですわ。ここの人々はみんな善良で優しい。素朴な人ばかりや」
「そ、そうか。じゃあ、地球に帰らないんだな。安心したぜ」
真はシェーラ・シェーラを見て、微笑んだ。
シェーラ・シェーラは赤くなった。
(この笑顔に弱いんだよなあ。ええい、行けえ!)
「真!」
「うん?」
真は横を見て驚いた。シェーラ・シェーラが目を閉じて軽く顔を上向けているではないか。つまり、キスを求めているのである。
(あっ、シェーラ・シェーラさん、僕が好きやったんか)
真は困った立場になった。シェーラ・シェーラのさっぱりとした性格は大好きだし、女の子としても可愛い子だ。しかし、異性として意識したことは無いのである。
「シェーラさん、僕……」
シェーラは、目をあけて、真の困ったような顔を見た。
「おめえ、やっぱり、あのナナミって奴が好きなんだな!」
「私がどうかした?」
背後からの声に、二人は振り向いた。そこに立っていたのは、もちろんナナミである。
「二人でラブシーンなんかしちゃって。世界の終わりが目の前だってのに、いい気なものよねえ。真ちゃん、あんた、この世界でずいぶんモテモテじゃん」
「い、いや、これは」
真はうろたえた。
「おい、お前、男だろう。俺とあいつとどっちが好きかはっきりさせろよ!」
シェーラ・シェーラは真の胸倉を捕まえて問い詰めた。
その時、宮殿を揺るがす轟音が聞こえた。
宮殿の東の塔が崩れ落ちていく。
「な、何事や!」
バルコニーから身を乗り出してその様を見た真は、月の光に照らされて空中に浮かぶ物を見た。
イフリータであった。
冷たい顔で、今自分が破壊した塔が崩れる様を眺めている。
「イフリータ!」
真の声に、彼女は振り向いた。そして、真の方に向かってすっと飛んできた。
「お前は何者だ。なぜ、私を親しげに呼ぶ」
「僕や、水原真や! 本当に覚えておらんのか?」
イフリータはバルコニーに降り立った。
「そんな者は知らん。私は、この宮殿と町の一部を破壊しに来た。降伏を受け入れねば、どんな目に遭うのか教えるためにな」
「そんな事しちゃ、あかん。何で君がそんなひどいことしなきゃああかんのや!」
「それが私に命ぜられたことだからだ」
二人の会話を聞いていたシェーラ・シェーラが、我慢できなくなって、彼女の前に駆け寄った。
「この野郎、ロシュタリアを破壊するだと? そんなことさせてたまるか! これでも食らえ!」
シェーラ・シェーラの打ち出した炎の球を、イフリータは平然とかわした。
「私の邪魔をするな。命令に入ってはいないが、私の邪魔をする者は殺す」
イフリータの杖が、シェーラ・シェーラの胸に向けられた。
「あかん! やめろ、イフリータ」
真は、何も考えず、イフリータの杖の前に飛び込み、その杖の先端を手で押さえた。
「あっ!」
驚いたのは、シェーラ・シェーラとナナミだけではなかった。イフリータの顔にも、驚愕としか思えない表情が表れた。
真が杖の先端を押さえた瞬間に、真の記憶がイフリータの記憶回路に流れ込んだのである。真が初めてイフリータを見た、あの夜の思い出。真によりかかって涙を流しているイフリータ自身の姿。
「お、お前は何者だ! 私はお前と会ったことは無いはずだ」
「僕は、君と出会って、このエル・ハザードに来たんや。イフリータ、本当に覚えていないんか?」
イフリータの心に、真にしがみついていた時の自分の気持ちについての感覚がはっきりと残っていた。それは、愛としか言えない感情である。しかし、機械である自分に感情があるはずがない。
「お前は私に何をした? なぜそんな事ができる。お前は一体何者なのだ!」
イフリータは、その武器である杖を真に向けて叫んだ。その時、バルコニーの異変に気づいて、衛兵たちがどやどやと二階に現れた。
イフリータは、それを見て、すっと空中に浮かんだ。
物問いたげな瞳を真に向け、しばし空中にたゆたった後、彼女は流れるような飛翔で闇の中に消えていった。
その夜、真は眠れなかった。イフリータの面影が目の前にちらつき、振り払うことができない。
彼は寝床から起きて、バルコニーに行った。
明るい月夜である。青く見える空に大きな白い月がかかっている。この世界が破滅の前にあることが信じられない平和な夜空だ。
「真? 何してるんだ」
後ろから声を掛けられて、真は振り返った。シェーラ・シェーラであった。
「ああ、シェーラ・シェーラさん。眠れなくて」
「お前もか。へへ、俺もだ」
二人は並んでロシュタルの町と、その上を照らす月を眺めた。
シェーラ・シェーラは、二人でロマンチックに夜景を眺める甘い気持ちと同時に、今、言わなければ言う機会は無い、というあせりに駆られていた。
「お、俺よう、実は……」
シェーラ・シェーラは、小さな声で言って口ごもった。
「えっ? 何ですか」
「いや、何でもねえ。お前、今でも地球に帰りたいか?」
そう聞かれて、真は考えた。そういえば、地球に帰りたいという事を、ここのところ考えたことは無かった。家に帰れば、なつかしい家族に会える。しかし、それはここで出会った人々と別れることでもある。
「僕は、このエル・ハザードが好きですわ。ここの人々はみんな善良で優しい。素朴な人ばかりや」
「そ、そうか。じゃあ、地球に帰らないんだな。安心したぜ」
真はシェーラ・シェーラを見て、微笑んだ。
シェーラ・シェーラは赤くなった。
(この笑顔に弱いんだよなあ。ええい、行けえ!)
「真!」
「うん?」
真は横を見て驚いた。シェーラ・シェーラが目を閉じて軽く顔を上向けているではないか。つまり、キスを求めているのである。
(あっ、シェーラ・シェーラさん、僕が好きやったんか)
真は困った立場になった。シェーラ・シェーラのさっぱりとした性格は大好きだし、女の子としても可愛い子だ。しかし、異性として意識したことは無いのである。
「シェーラさん、僕……」
シェーラは、目をあけて、真の困ったような顔を見た。
「おめえ、やっぱり、あのナナミって奴が好きなんだな!」
「私がどうかした?」
背後からの声に、二人は振り向いた。そこに立っていたのは、もちろんナナミである。
「二人でラブシーンなんかしちゃって。世界の終わりが目の前だってのに、いい気なものよねえ。真ちゃん、あんた、この世界でずいぶんモテモテじゃん」
「い、いや、これは」
真はうろたえた。
「おい、お前、男だろう。俺とあいつとどっちが好きかはっきりさせろよ!」
シェーラ・シェーラは真の胸倉を捕まえて問い詰めた。
その時、宮殿を揺るがす轟音が聞こえた。
宮殿の東の塔が崩れ落ちていく。
「な、何事や!」
バルコニーから身を乗り出してその様を見た真は、月の光に照らされて空中に浮かぶ物を見た。
イフリータであった。
冷たい顔で、今自分が破壊した塔が崩れる様を眺めている。
「イフリータ!」
真の声に、彼女は振り向いた。そして、真の方に向かってすっと飛んできた。
「お前は何者だ。なぜ、私を親しげに呼ぶ」
「僕や、水原真や! 本当に覚えておらんのか?」
イフリータはバルコニーに降り立った。
「そんな者は知らん。私は、この宮殿と町の一部を破壊しに来た。降伏を受け入れねば、どんな目に遭うのか教えるためにな」
「そんな事しちゃ、あかん。何で君がそんなひどいことしなきゃああかんのや!」
「それが私に命ぜられたことだからだ」
二人の会話を聞いていたシェーラ・シェーラが、我慢できなくなって、彼女の前に駆け寄った。
「この野郎、ロシュタリアを破壊するだと? そんなことさせてたまるか! これでも食らえ!」
シェーラ・シェーラの打ち出した炎の球を、イフリータは平然とかわした。
「私の邪魔をするな。命令に入ってはいないが、私の邪魔をする者は殺す」
イフリータの杖が、シェーラ・シェーラの胸に向けられた。
「あかん! やめろ、イフリータ」
真は、何も考えず、イフリータの杖の前に飛び込み、その杖の先端を手で押さえた。
「あっ!」
驚いたのは、シェーラ・シェーラとナナミだけではなかった。イフリータの顔にも、驚愕としか思えない表情が表れた。
真が杖の先端を押さえた瞬間に、真の記憶がイフリータの記憶回路に流れ込んだのである。真が初めてイフリータを見た、あの夜の思い出。真によりかかって涙を流しているイフリータ自身の姿。
「お、お前は何者だ! 私はお前と会ったことは無いはずだ」
「僕は、君と出会って、このエル・ハザードに来たんや。イフリータ、本当に覚えていないんか?」
イフリータの心に、真にしがみついていた時の自分の気持ちについての感覚がはっきりと残っていた。それは、愛としか言えない感情である。しかし、機械である自分に感情があるはずがない。
「お前は私に何をした? なぜそんな事ができる。お前は一体何者なのだ!」
イフリータは、その武器である杖を真に向けて叫んだ。その時、バルコニーの異変に気づいて、衛兵たちがどやどやと二階に現れた。
イフリータは、それを見て、すっと空中に浮かんだ。
物問いたげな瞳を真に向け、しばし空中にたゆたった後、彼女は流れるような飛翔で闇の中に消えていった。
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