第十章 ナナミの野望
真たちがロシュタル宮殿に戻った同じ頃、陣内ナナミは旅のキャラバンと別れて、ロシュタリアの首都ロシュタルに着いていた。結局、旅の間に稼いだ金は、その間の食事代と相殺されてわずかしか残らなかったが、それでも1万ロシュタル、日本の1万円くらいはあった。
「たとえ僅かなお金でも、これを元手にして稼いでみせるわ。そうよ、この商売の天才、ナナミにできないことはない!」
自信とバイタリティに溢れたところは、兄にも似たところがあるが、この兄妹は非常に仲が悪く、ナナミは兄をこの世の誰よりも軽蔑していたのである。
「さあて、何をしようかな。商売のコツは、右の物を左に移すこと。地球にあって、このエル・ハザードに欠けているものは? テレビ、映画、新聞、雑誌、ゲーム、……。いろいろあるけど、私がそれを作るわけにもいかないし。まずは地道に行こう。やっぱり、人間、食べるのが最優先よね。エル・ハザードの食事はどうも薄味すぎてあんまりおいしくないから、このナナミ特製の弁当を作れば、きっとうけるはずだわ」
幸い、エル・ハザードの野菜や穀物の中には、地球のトマトやタマネギや小麦に似たものがあったので、ナナミはそれを利用して、まずはケチャップを作り、それから、さらに工夫してピザソースを作った。
「これで、ピザ屋が開けるわ。見ていなさい。この世界の人が食べたことの無い、おいしいピザを作ってみせるからね。なにせ、ケチャップもマヨネーズも知らない連中だもん、あまりのおいしさに目を回すはずよ。おーっほっほっほっ」
笑い方の似ているところはやはり兄妹である。
「アフラさん、シェーラ・シェーラさんを見ませんでしたか?」
真は、宮殿の廊下で幕僚長のアフラ・マーンを見て声を掛けた。
「さあ、見まへんなあ」
アフラ・マーンはロシュタリアの京都と言われる(誰が言うのだ?)イケーズの出身である。
「おおかた、町に買い食いにでも行ったんやろ。食い意地の張った子やからなあ」
「困った人やな。パトラ王女の捜索はどないなってます?」
「まだ、なんも分からしまへん。もしも幻影族が人間に化けていても、我々には見分けはつきまへんからなあ」
「僕、イフリータやら言う魔人の眠る、古代の遺跡を調べに行きたいんやけど、ルーン王女にそう言ったら、シェーラ・シェーラさんを連れていけ、言われまして」
「イフリータやて? やめとき。危険すぎますわ。その魔人が目覚めたら、世界が滅びると言われてますのに」
「ルーン王女は、ええ言うてました。もしかしたら、そこにパトラさんが隠されているかもしれん、言うて」
「パトラ王女が?」
アフラ・マーンは考える顔になった。
「そうや、あそこは我々ロシュタリアの人間が近づかない場所や。ちと遠いが、王女を隠すなら絶好の場所やな。よろし、私も行きまひょ。兄さん方だけではこころもとないよってな」
思いがけず、アフラ・マーンも同行することになったが、法力を持つという彼女の同行は、心強くもある。
真、藤沢、アレーレ、アフラ・マーンの四人は、宮殿を出てロシュタルの街に入った。
とある街角で、一軒の店の前に行列ができていた。
「あの行列は何やろ?」
ロシュタリアでは珍しい光景に、真はアレーレに聞いてみた。
「ああ、新しくできたお店ですよ。何でも、すっごくおいしい、珍しい食べ物なんですって。ねえ、私たちも食べていきましょうよ」
「あかん、あかん、僕たちはそれどころやないやろ」
「あれ? あの赤い髪は」
藤沢が行列の前のほうにいる人間の頭を見て言った。
「シェーラ・シェーラやね。やっぱり、こんな所におったんか。あの馬鹿娘!」
アフラ・マーンが吐き捨てるように言う。
つかつかと行列の前に行き、赤毛の娘の腕をつかむ。
「お、何だ。アフラ・マーンじゃねえか。お前も評判のここのピザを食べに来たのか?」
「ピザだか膝だか知りまへん。あんた、こんな事してる場合やおまへんやろ」
さすがに、周りの人間をはばかって、パトラ王女の事は口にしない。
「あ、ああ。しかし、腹が減っては戦はできねえしよ」
「あんたは食い物の事しか頭にないんか。私らは真さんらと古代の遺跡の捜索に行くところや。あんたは来ないのどすか? 来ないならそれでもええけど」
「真が? いや、行くよ。しかし、もうすぐ俺の順番だから、ピザを買ってから……」
「あきまへん。来ないなら置いて行きますよってな」
「行くよ。行くったら。あーあ、せっかく今まで待ったのに……」
とぼとぼと行列を離れてシェーラ・シェーラは真たちの所に来た。
「よっ。また旅に出るんだって? お前たちも忙しいなあ」
「シェーラさんも一緒に行きますか?」
「まあ、お前たちだけじゃあ心配だからな。このシェーラ・シェーラ様が来たからにはもう大丈夫。ハッハッハッ」
「何を偉そうに」
と呟いたのはアフラ・マーーンである。
こうして一行は、ロシュタルの町を離れて、バグロムの森のさらに彼方にある大山脈に眠る魔人の墓に向かったのであった。
真たちがロシュタル宮殿に戻った同じ頃、陣内ナナミは旅のキャラバンと別れて、ロシュタリアの首都ロシュタルに着いていた。結局、旅の間に稼いだ金は、その間の食事代と相殺されてわずかしか残らなかったが、それでも1万ロシュタル、日本の1万円くらいはあった。
「たとえ僅かなお金でも、これを元手にして稼いでみせるわ。そうよ、この商売の天才、ナナミにできないことはない!」
自信とバイタリティに溢れたところは、兄にも似たところがあるが、この兄妹は非常に仲が悪く、ナナミは兄をこの世の誰よりも軽蔑していたのである。
「さあて、何をしようかな。商売のコツは、右の物を左に移すこと。地球にあって、このエル・ハザードに欠けているものは? テレビ、映画、新聞、雑誌、ゲーム、……。いろいろあるけど、私がそれを作るわけにもいかないし。まずは地道に行こう。やっぱり、人間、食べるのが最優先よね。エル・ハザードの食事はどうも薄味すぎてあんまりおいしくないから、このナナミ特製の弁当を作れば、きっとうけるはずだわ」
幸い、エル・ハザードの野菜や穀物の中には、地球のトマトやタマネギや小麦に似たものがあったので、ナナミはそれを利用して、まずはケチャップを作り、それから、さらに工夫してピザソースを作った。
「これで、ピザ屋が開けるわ。見ていなさい。この世界の人が食べたことの無い、おいしいピザを作ってみせるからね。なにせ、ケチャップもマヨネーズも知らない連中だもん、あまりのおいしさに目を回すはずよ。おーっほっほっほっ」
笑い方の似ているところはやはり兄妹である。
「アフラさん、シェーラ・シェーラさんを見ませんでしたか?」
真は、宮殿の廊下で幕僚長のアフラ・マーンを見て声を掛けた。
「さあ、見まへんなあ」
アフラ・マーンはロシュタリアの京都と言われる(誰が言うのだ?)イケーズの出身である。
「おおかた、町に買い食いにでも行ったんやろ。食い意地の張った子やからなあ」
「困った人やな。パトラ王女の捜索はどないなってます?」
「まだ、なんも分からしまへん。もしも幻影族が人間に化けていても、我々には見分けはつきまへんからなあ」
「僕、イフリータやら言う魔人の眠る、古代の遺跡を調べに行きたいんやけど、ルーン王女にそう言ったら、シェーラ・シェーラさんを連れていけ、言われまして」
「イフリータやて? やめとき。危険すぎますわ。その魔人が目覚めたら、世界が滅びると言われてますのに」
「ルーン王女は、ええ言うてました。もしかしたら、そこにパトラさんが隠されているかもしれん、言うて」
「パトラ王女が?」
アフラ・マーンは考える顔になった。
「そうや、あそこは我々ロシュタリアの人間が近づかない場所や。ちと遠いが、王女を隠すなら絶好の場所やな。よろし、私も行きまひょ。兄さん方だけではこころもとないよってな」
思いがけず、アフラ・マーンも同行することになったが、法力を持つという彼女の同行は、心強くもある。
真、藤沢、アレーレ、アフラ・マーンの四人は、宮殿を出てロシュタルの街に入った。
とある街角で、一軒の店の前に行列ができていた。
「あの行列は何やろ?」
ロシュタリアでは珍しい光景に、真はアレーレに聞いてみた。
「ああ、新しくできたお店ですよ。何でも、すっごくおいしい、珍しい食べ物なんですって。ねえ、私たちも食べていきましょうよ」
「あかん、あかん、僕たちはそれどころやないやろ」
「あれ? あの赤い髪は」
藤沢が行列の前のほうにいる人間の頭を見て言った。
「シェーラ・シェーラやね。やっぱり、こんな所におったんか。あの馬鹿娘!」
アフラ・マーンが吐き捨てるように言う。
つかつかと行列の前に行き、赤毛の娘の腕をつかむ。
「お、何だ。アフラ・マーンじゃねえか。お前も評判のここのピザを食べに来たのか?」
「ピザだか膝だか知りまへん。あんた、こんな事してる場合やおまへんやろ」
さすがに、周りの人間をはばかって、パトラ王女の事は口にしない。
「あ、ああ。しかし、腹が減っては戦はできねえしよ」
「あんたは食い物の事しか頭にないんか。私らは真さんらと古代の遺跡の捜索に行くところや。あんたは来ないのどすか? 来ないならそれでもええけど」
「真が? いや、行くよ。しかし、もうすぐ俺の順番だから、ピザを買ってから……」
「あきまへん。来ないなら置いて行きますよってな」
「行くよ。行くったら。あーあ、せっかく今まで待ったのに……」
とぼとぼと行列を離れてシェーラ・シェーラは真たちの所に来た。
「よっ。また旅に出るんだって? お前たちも忙しいなあ」
「シェーラさんも一緒に行きますか?」
「まあ、お前たちだけじゃあ心配だからな。このシェーラ・シェーラ様が来たからにはもう大丈夫。ハッハッハッ」
「何を偉そうに」
と呟いたのはアフラ・マーーンである。
こうして一行は、ロシュタルの町を離れて、バグロムの森のさらに彼方にある大山脈に眠る魔人の墓に向かったのであった。
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