第十一章 ガイウス
「まあいい。貴族自身に貴族階級を否定しろと言っても無理な話だ。だが、俺は泥棒だが、貴族や国王よりは自分はずっとましだと思っている。国王だの貴族だの言っても、元は山賊や野盗に過ぎん。そいつらにびくびくするのは単にそいつらが力を持っているからだけのことだ。もしも国民が自分らを尊敬したり感謝したりしているとでも思ったら大間違いだぜ」
ピエールはオズモンドに向かってそう言った。
「……もしかしたら君の言う通りかもしれん。だが、僕自身は人に対して悪い事はした事はないつもりだ」
「そこが分かってないってところさ。個人の問題じゃないんだ。いいか、お前さんがいい暮らしが出来るのは誰の御蔭だ? みんな国民の年貢の御蔭だろうが。その年貢を払うのに国民がどんな苦しみをしているのか分かっているのか?」
「いや、考えたこともなかった」
「まあ、俺だって人の物を奪って暮らしているんだから偉そうな事が言えた義理じゃあないんだが、お前さんとの違いは、俺は自分が泥棒だと分かっているが、お前さんたちは自分が泥棒だと分かっていないって事だ」
思いがけず、話が深刻なものとなり、一座は重苦しい雰囲気に包まれた。
「まあまあ、皆さん、そんなに暗くならずにやりましょうよ。そりゃあ、世の中、理不尽な事はたくさんありますが、結局、どうせ王様は必要ですし、一気に王様や貴族を無くすこともできんでしょうから、とりあえず悪い王様や悪い貴族にはその内やめてもらうってことで手を打ちましょうや」
召使のジョンが雰囲気を和らげようとふざけた調子で言った。
「そういう事だな。そいつが中々難しいんだが」
ピエールも言い過ぎたと思ったのか、軽く言った。
翌日、マルスたちはピエールらと別れてガレリアに向かった。
ガレリアについたのはその日の夕方だったが、ピエールの言った通り、町は戦の前のものものしい雰囲気だった。
あちらこちらに、各地から集まってきた傭兵たちがたむろし、酒に酔って騒ぎを起こしている。彼らにとっては戦は稼ぎ時であり、むしろお祭りであった。
傭兵たちの多くは、剣か槍を手にしただけの軽装備である。鎖帷子を着ているのはいい方で、鎧や兜のような値の張る物を持っている者は少ない。
中に一人、全身を黒い鎧兜に包み、槍を持った三人の従者を従え、馬に乗った騎士がいた。
「ガイウス様だ」
マルスの後ろで人々が囁いた。
「ガイウスとは何者です?」
マルスは側の男に聞いた。
「カルロス様の弟君で、この国第一の勇者です」
広場に馬の足を止めたガイウスは、兜の面頬を上げ、顔を顕した。三十代くらいの彫りの深い浅黒い顔の男で、片目は見えないのか、眼帯をしている。いかにも凄みのある顔つきである。
「傭兵隊長のキューザックはどこだ!」
ガイウスは大声で怒鳴った。
人々のざわめきの中で、町の酒場にいたらしい傭兵隊長があたふたと現れた。
「今日で、集めた兵は何人になった」
「はっ、百五十人ほどです」
「少ないぞ。村々を回って、百姓の倅どもを掻き集めて来い。食事は只だし、一日五十エキュの日当を出すと言えば、すぐにも千人以上、いや、二千人は集まるはずだ」
「しかし、百姓では戦はできません」
「戦に必要なのは兵士だけではない。物を運ぶ者、城攻めや要塞造りの人夫、槍持ちに至るまで、人手がいるのだ。たかのしれた兵士一人より、人夫一人の方が必要なこともあるぞ。それに、剣や槍の技など、三日もあれば教えられるはずだ。もし、三日以内に千人の兵士を集めきれなければ、お前は首だ」
言い捨てて、ガイウスは踵を返し、歩み去った。
傭兵隊長のキューザックは、ガイウスに怒鳴られた腹いせに、自分の部下を殴りつけ、酒場に戻って行った。
「この様子では、カルロスの宮殿に行くことはできんな。おそらく、捕まえられるのがおちだ」
オズモンドはマルスに言った。
「グルネヴィアはここから遠いのか?」
マルスはジョンを振り返って言った。
「そうですね。距離は大した事ありませんが、山のだいぶ高いところにありますんで、行くのは大変ですよ」
「ならば、僕一人で行こう。君たちはここの宿屋で待っていてくれ」
マルスの言葉に、マチルダが膨れっ面をした。
「あら、私も行きたいわ。グルネヴィアの修道院は名所ですもの、一度は行ってみないと。山道だって平気よ」
「なら、やはり皆で行こう。その方が安心だ」
オズモンドの言葉で、一行はマルスと共にグルネヴィアを目指す事になった。
広場で酒盛りをする傭兵たちの騒ぎを耳にしながら、マルスたちは眠りについた。
「まあいい。貴族自身に貴族階級を否定しろと言っても無理な話だ。だが、俺は泥棒だが、貴族や国王よりは自分はずっとましだと思っている。国王だの貴族だの言っても、元は山賊や野盗に過ぎん。そいつらにびくびくするのは単にそいつらが力を持っているからだけのことだ。もしも国民が自分らを尊敬したり感謝したりしているとでも思ったら大間違いだぜ」
ピエールはオズモンドに向かってそう言った。
「……もしかしたら君の言う通りかもしれん。だが、僕自身は人に対して悪い事はした事はないつもりだ」
「そこが分かってないってところさ。個人の問題じゃないんだ。いいか、お前さんがいい暮らしが出来るのは誰の御蔭だ? みんな国民の年貢の御蔭だろうが。その年貢を払うのに国民がどんな苦しみをしているのか分かっているのか?」
「いや、考えたこともなかった」
「まあ、俺だって人の物を奪って暮らしているんだから偉そうな事が言えた義理じゃあないんだが、お前さんとの違いは、俺は自分が泥棒だと分かっているが、お前さんたちは自分が泥棒だと分かっていないって事だ」
思いがけず、話が深刻なものとなり、一座は重苦しい雰囲気に包まれた。
「まあまあ、皆さん、そんなに暗くならずにやりましょうよ。そりゃあ、世の中、理不尽な事はたくさんありますが、結局、どうせ王様は必要ですし、一気に王様や貴族を無くすこともできんでしょうから、とりあえず悪い王様や悪い貴族にはその内やめてもらうってことで手を打ちましょうや」
召使のジョンが雰囲気を和らげようとふざけた調子で言った。
「そういう事だな。そいつが中々難しいんだが」
ピエールも言い過ぎたと思ったのか、軽く言った。
翌日、マルスたちはピエールらと別れてガレリアに向かった。
ガレリアについたのはその日の夕方だったが、ピエールの言った通り、町は戦の前のものものしい雰囲気だった。
あちらこちらに、各地から集まってきた傭兵たちがたむろし、酒に酔って騒ぎを起こしている。彼らにとっては戦は稼ぎ時であり、むしろお祭りであった。
傭兵たちの多くは、剣か槍を手にしただけの軽装備である。鎖帷子を着ているのはいい方で、鎧や兜のような値の張る物を持っている者は少ない。
中に一人、全身を黒い鎧兜に包み、槍を持った三人の従者を従え、馬に乗った騎士がいた。
「ガイウス様だ」
マルスの後ろで人々が囁いた。
「ガイウスとは何者です?」
マルスは側の男に聞いた。
「カルロス様の弟君で、この国第一の勇者です」
広場に馬の足を止めたガイウスは、兜の面頬を上げ、顔を顕した。三十代くらいの彫りの深い浅黒い顔の男で、片目は見えないのか、眼帯をしている。いかにも凄みのある顔つきである。
「傭兵隊長のキューザックはどこだ!」
ガイウスは大声で怒鳴った。
人々のざわめきの中で、町の酒場にいたらしい傭兵隊長があたふたと現れた。
「今日で、集めた兵は何人になった」
「はっ、百五十人ほどです」
「少ないぞ。村々を回って、百姓の倅どもを掻き集めて来い。食事は只だし、一日五十エキュの日当を出すと言えば、すぐにも千人以上、いや、二千人は集まるはずだ」
「しかし、百姓では戦はできません」
「戦に必要なのは兵士だけではない。物を運ぶ者、城攻めや要塞造りの人夫、槍持ちに至るまで、人手がいるのだ。たかのしれた兵士一人より、人夫一人の方が必要なこともあるぞ。それに、剣や槍の技など、三日もあれば教えられるはずだ。もし、三日以内に千人の兵士を集めきれなければ、お前は首だ」
言い捨てて、ガイウスは踵を返し、歩み去った。
傭兵隊長のキューザックは、ガイウスに怒鳴られた腹いせに、自分の部下を殴りつけ、酒場に戻って行った。
「この様子では、カルロスの宮殿に行くことはできんな。おそらく、捕まえられるのがおちだ」
オズモンドはマルスに言った。
「グルネヴィアはここから遠いのか?」
マルスはジョンを振り返って言った。
「そうですね。距離は大した事ありませんが、山のだいぶ高いところにありますんで、行くのは大変ですよ」
「ならば、僕一人で行こう。君たちはここの宿屋で待っていてくれ」
マルスの言葉に、マチルダが膨れっ面をした。
「あら、私も行きたいわ。グルネヴィアの修道院は名所ですもの、一度は行ってみないと。山道だって平気よ」
「なら、やはり皆で行こう。その方が安心だ」
オズモンドの言葉で、一行はマルスと共にグルネヴィアを目指す事になった。
広場で酒盛りをする傭兵たちの騒ぎを耳にしながら、マルスたちは眠りについた。
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