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少年マルス 7

第七章 北への旅

 ケインの店は様々な道具や雑貨を扱っていたが、中には弓や槍や剣もあった。ほとんどは安物だが、それでも買う客はいる。
マルスはケインの店に、自分の作った弓を置くことにした。
いつも気に入ったものができるわけではないが、材料はほとんど只だし、平均して二日で三丁の弓と十本の矢を作り、弓は二十リムから五十リム、矢は二リムで、よく売れた。大きなパン一個が五十エキュ、つまり半リムくらいだから、矢一本で一日の食費くらいは簡単に稼げるわけである。
マルスの作った弓と矢は評判が良く、他の町に持っていくと、数倍の値段で売れたようである。
マルスは毎朝、近くの山に材料を探しに行き、良い木の枝や細竹を何本も束にしてかついでくる。午後はずっと、その材料で弓と矢を作るのである。
問題は、矢の矢尻の材料とする鉄が高価なことである。
マルスは、北の町に行ってみようと考えた。北の方には、鉄の取れる山があるらしい。そこは温泉も出て、修道院もある。もしかしたら、自分の叔母のいる修道院もあるかもしれない。その叔母から、父の消息も聞きたかった。
マルスがその事をオズモンドに話すと、オズモンドは、自分も行く、と言い出した。
「僕はほとんどバルミアから出たことがないんだ。一度旅をしてみたいと思っていた」
側で話を聞いていたマチルダが、「私も連れて行って」と言ったが、オズモンドは邪険に、「女なんか連れて行けるか。足手まといだ」とにべもなく言った。
その場はそれで収まったが、出発の朝、マルスがオズモンドを迎えに行くと、オズモンドの側には旅支度をしたマチルダが、澄ました顔で立っていた。
「おい、これはどういうことだ?」
マルスが小声で聞くと、オズモンドは忌々しそうに、
「聞かないでくれ。どうしてもあいつを連れていかにゃあならんのだ」
と言った。
どうやら、何かで妹に脅迫されたものらしい。
オズモンドとマチルダは、ジョンというレント生まれの中年の召使が御者をする馬車に乗り、マルスは、ここ一ヶ月ですっかり丈夫になったグレイに乗って行くことにした。
「行く先は、ガレリアですな」
ジョンはのんびりとした長い顔に似合ったのんびりとした声で言った。
「ガレリアはいいところだ。バルミアもいいが、私なら、老後はガレリアで過ごしたい」
「あなたの隠居場所を探しにいくんじゃないわよ」
マチルダにやりこめられたが、ジョンは「へいへい」と軽く受け流している。

マルスはジーナの事を考えていた。
ジーナもこの旅に付いていきたがったのだが、ケインが許さなかったのである。
ケインはマルスを非常に気に入っていて、実の息子のように思っていたが、結婚前の男女が二人で旅をするのは良くない、と考えたのだった。
馬車の中で相変わらず喧嘩をしているオズモンドとマチルダを見ながら、マルスは少し寂しさを感じていた。それは、山にいた頃は、たとえ一人きりで山小屋に一月閉じ込められても決して感じなかった感情だったが。
「どうですか、マルスさん。兄弟ってのはいいもんですな。あんなに喧嘩ばかりしていても、オズモンド様はマチルダ様が可愛くてたまらんのですよ。マチルダ様もオズモンド様が本当は大好きだし」
ジョンが、御者台から身を乗り出して、中の二人に聞こえないようにささやいた。
マルスが「そうだな」と答える前に、馬車の中から
「ジョン、何か言った? お前、マルスなんかに余計な事を言ったら承知しないわよ」
とマチルダが言った。
ジョンは肩をすくめて、言った。
「何も言いませんよ。明日の天気はどうかな、と話しただけで」
「そんな話を何でひそひそ話すのよ。だいたいジョンは生意気よ。お兄様が甘やかすもんだから。この前もメラニーがお尻を触られたと騒いでいたわ」
「それは誤解です。何気なく手を出したところに、あの子のお尻がたまたまあっただけで。いわゆる偶然のいたずらという奴ですな」
「そんなに女のお尻が触りたければ、さっさと結婚なさい」
「と言われても、私は独身主義ですからなあ」
「まあ、あんたと結婚してくれる相手を探すのは干草の山に落ちたピンを探すより難しいだろうけどね」
「お嬢様の口達者にはかないませんな。お嬢様と結婚なさるお方も大変だ。ねえ、マルスさん」
「いるとすれば、そいつは殉教者より偉いな」
「なんですって? 少なくともあんたとだけは、この世が終わりになって、世界にあんたと私しかいなくなっても、ぜえったいに結婚しませんからね」
マチルダの喚き声から逃れるため、マルスはグレイの腹を軽く蹴った。

バルミアを出て、十日後、前方にまだ白く雪をかぶったガブール山脈が見えてきた。
目的地のガレリアは、あの山の麓である。

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酔生夢人
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男性
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仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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