第六章 マチルダ
「何だって? 君はオルランド家の者なのか。じゃあ、貴族じゃないか。オルランド家の先先代はこの国の宰相も勤めた名門中の名門だ」
「だが、僕の身を明かす証拠は何も無い。父の形見のペンダントがあったんだが、旅の途中で盗賊に盗まれてしまったんだ」
「そうか。それはまずいな。だが、まあ、そのうち君の身を明かす機会もあるだろう。下手に名乗り出ると、危ない気がする。今の当主は、あまり評判の良くない男だからな」
「アンリか?」
「そうだ。ジルベールが行方不明なのをいいことに、オルランド家の当主の座を自分のものとし、妹はどこかの修道院に押し込めてしまったという話だ」
「妹、というと僕の叔母か。そんな人がいたとは知らなかった」
「非常に美しい人だったらしいがな」
マルスは考え込んだ。自分に叔母がいたなら、会ってみたい気もする。
食堂の戸口で足音がした。
マルスが振り向くと、誰かが足早に入ってくるところだった。
すらりとした体つきの、びっくりするほどきれいな少女である。
年は十五、六くらいだろうか。ジーナよりは三つ四つ下に見える。実に華やかな感じで、きれいなことはきれいだが、つんと顎をしゃくりあげたような、高慢そうな少女だ。
「お兄様、わたしのボンボンを勝手に食べたでしょう」
「知らんよ。お前の仲良しのメラニーが食ったんじゃないか」
「メラニーはそんな意地汚いことはしません」
「俺ならやるってのか」
「そうです。お兄さんは食いしん坊だから」
「お前ほどじゃないよ」
客の目の前での突然の兄弟喧嘩に、マルスは戸惑ったが、そんな事にはお構いなしに二人はひとしきり言い合った後、息を切らして言いやめた。
「お兄様、この方は?」
「マルスだ。僕の友達だ」
「だって、この方平民でしょう?」
「貴族だよ。オルランド家の人だ」
「嘘よ。貴族がどうしてこんな身なりをしているの」
マルスは思わず、口を開いた。
「身なりで決まるんなら、あんたも平民の身なりをしたら平民になるってことだな」
「まあ、失礼な。貴族はどんな身なりをしても貴族です。持って生まれた気品というものがあります」
「それなら、僕の知り合いの商人の娘はあんた以上に貴族らしい貴族だな」
「んまあ、何て事を。お兄様、こんな得体の知れない者にこんな事を言わせていいのですか?」
「いいとも。僕の言いたい事を見事に言ってくれたよ」
オズモンドの妹はぷんと膨れっ面をして部屋を出て行った。
「ああ、静かになった。まったくうるさい奴だ」
「君の妹かい?」
「ああ、マチルダというんだ。気を悪くさせたら謝る。口は悪いが、あれで気のいいところもあるんだ。親父が甘やかしたもんだから、高慢で、我侭に育ってね。……ところで、さっき言ってた商人の娘ってのは、君が昨日一緒にいた娘さんかい?」
「ああ、ジーナと言うんだが、旅の途中で知り合ってね」
マルスはケイン一家を盗賊から救った話をしようかと思ったが、自慢話みたいになるので、それは言わなかった。
「そうか、べつに君の恋人というわけじゃあないんだな」
オズモンドは安心したように言った。
「ところで、王室付きの占い師のカルーソーってのは知ってるかい?」
マルスは思いついて、そう尋ねてみた。
「知ってるよ。占い師というよりは学者だな。魔法も多少は使えるらしいが」
「その人と会うことはできないかな?」
「王様以外にはあまり人と会わないようだが……」
「もし、その人に会えたなら、ロレンゾという魔法使いを知っているかと聞いてくれないか」
「分かった。機会があったら聞いてみよう」
食事も終わったので、マルスはオズモンドの屋敷を辞去することにした。
「いつでも好きな時に訪ねてきたまえ。召使たちにはそう言っておくから、僕が不在でも上がればいい。食事でも何でも召使に命じればいいから」
オズモンドはにこやかにそう言ってマルスを送り出した。
ケインの家に戻ると、ジーナが心配そうに出迎えた。貴族は気紛れだから、昨日はああ言ったものの、マルスが門前払いを食うのではないかと考えていたのである。
ケインの家の夕食は、オズモンドの家の食事に比べると話にならないくらい質素なものだったが、心がこもっていて、この方がマルスには美味く感じられた。
「何だって? 君はオルランド家の者なのか。じゃあ、貴族じゃないか。オルランド家の先先代はこの国の宰相も勤めた名門中の名門だ」
「だが、僕の身を明かす証拠は何も無い。父の形見のペンダントがあったんだが、旅の途中で盗賊に盗まれてしまったんだ」
「そうか。それはまずいな。だが、まあ、そのうち君の身を明かす機会もあるだろう。下手に名乗り出ると、危ない気がする。今の当主は、あまり評判の良くない男だからな」
「アンリか?」
「そうだ。ジルベールが行方不明なのをいいことに、オルランド家の当主の座を自分のものとし、妹はどこかの修道院に押し込めてしまったという話だ」
「妹、というと僕の叔母か。そんな人がいたとは知らなかった」
「非常に美しい人だったらしいがな」
マルスは考え込んだ。自分に叔母がいたなら、会ってみたい気もする。
食堂の戸口で足音がした。
マルスが振り向くと、誰かが足早に入ってくるところだった。
すらりとした体つきの、びっくりするほどきれいな少女である。
年は十五、六くらいだろうか。ジーナよりは三つ四つ下に見える。実に華やかな感じで、きれいなことはきれいだが、つんと顎をしゃくりあげたような、高慢そうな少女だ。
「お兄様、わたしのボンボンを勝手に食べたでしょう」
「知らんよ。お前の仲良しのメラニーが食ったんじゃないか」
「メラニーはそんな意地汚いことはしません」
「俺ならやるってのか」
「そうです。お兄さんは食いしん坊だから」
「お前ほどじゃないよ」
客の目の前での突然の兄弟喧嘩に、マルスは戸惑ったが、そんな事にはお構いなしに二人はひとしきり言い合った後、息を切らして言いやめた。
「お兄様、この方は?」
「マルスだ。僕の友達だ」
「だって、この方平民でしょう?」
「貴族だよ。オルランド家の人だ」
「嘘よ。貴族がどうしてこんな身なりをしているの」
マルスは思わず、口を開いた。
「身なりで決まるんなら、あんたも平民の身なりをしたら平民になるってことだな」
「まあ、失礼な。貴族はどんな身なりをしても貴族です。持って生まれた気品というものがあります」
「それなら、僕の知り合いの商人の娘はあんた以上に貴族らしい貴族だな」
「んまあ、何て事を。お兄様、こんな得体の知れない者にこんな事を言わせていいのですか?」
「いいとも。僕の言いたい事を見事に言ってくれたよ」
オズモンドの妹はぷんと膨れっ面をして部屋を出て行った。
「ああ、静かになった。まったくうるさい奴だ」
「君の妹かい?」
「ああ、マチルダというんだ。気を悪くさせたら謝る。口は悪いが、あれで気のいいところもあるんだ。親父が甘やかしたもんだから、高慢で、我侭に育ってね。……ところで、さっき言ってた商人の娘ってのは、君が昨日一緒にいた娘さんかい?」
「ああ、ジーナと言うんだが、旅の途中で知り合ってね」
マルスはケイン一家を盗賊から救った話をしようかと思ったが、自慢話みたいになるので、それは言わなかった。
「そうか、べつに君の恋人というわけじゃあないんだな」
オズモンドは安心したように言った。
「ところで、王室付きの占い師のカルーソーってのは知ってるかい?」
マルスは思いついて、そう尋ねてみた。
「知ってるよ。占い師というよりは学者だな。魔法も多少は使えるらしいが」
「その人と会うことはできないかな?」
「王様以外にはあまり人と会わないようだが……」
「もし、その人に会えたなら、ロレンゾという魔法使いを知っているかと聞いてくれないか」
「分かった。機会があったら聞いてみよう」
食事も終わったので、マルスはオズモンドの屋敷を辞去することにした。
「いつでも好きな時に訪ねてきたまえ。召使たちにはそう言っておくから、僕が不在でも上がればいい。食事でも何でも召使に命じればいいから」
オズモンドはにこやかにそう言ってマルスを送り出した。
ケインの家に戻ると、ジーナが心配そうに出迎えた。貴族は気紛れだから、昨日はああ言ったものの、マルスが門前払いを食うのではないかと考えていたのである。
ケインの家の夕食は、オズモンドの家の食事に比べると話にならないくらい質素なものだったが、心がこもっていて、この方がマルスには美味く感じられた。
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