第三十二章 晩餐会
「賞金も賞品も要りませんが、王様にお願いがあります」
マルスの言葉に、王は、ほほうという顔をした。
「何かな、言ってみろ」
「実は、私の父は十五、六年前にこの国に来ているのですが、私はその行方を探しているのです。それを、王様のお力で、何とか探して頂きたいのです」
「ふむ、父が行方知れずなのか。気の毒だな。だが、十五、六年前の事では難しいぞ」
「分かっております。せめて手掛かりでも欲しいのです」
「分かった。役人を使って、村々の物覚えの良い古老に問わせてみよう。十年以上前にアスカルファンの者を見かけた者がいないかだな。今よりも、アスカルファンと行き来のない頃であるから、珍しい旅の者を覚えている者がいるかもしれん」
王は、マルスが辞退した賞金と賞品も無理に受け取らせた上、マルスの父の事を調べようと約束した。さらに、一行の中にアスカルファン宮廷の重臣のオズモンドと、アルカードから来たアンドレらがいるという事を知ると、非常に興味を持って、彼ら全員を宮中の晩餐会に招待した。
「まあ、大変。宮廷の晩餐会に着て行けるようなドレスなんて持ってないわ。どうしましょう」
マルスがその知らせを旅籠で待っていた仲間に伝えると、トリスターナとマチルダは大騒ぎした。
「オズモンド、古着でもいいから、貴婦人の着られるドレスを買ってきて」
マチルダはオズモンドに要求した。
「大丈夫ですよ。私に任せなさい」
アンドレがジョンに耳打ちし、ジョンは分かったと言って出て行った。
程なく戻ってきたジョンは、大きな行李を抱えていた。
マチルダがそれを開くと、中から見事なドレスが二着出てきた。
「まあ、これはどうしたの?」
「王様に、事情をお話して借りてきたんです。王様はお笑いになって、快くお后のドレスを貸すようにお申し付けになりましたよ」
「では、これは王妃のドレスなの? 夢みたい」
二人でドレスを合わせながら、ああでもないこうでもないと夢中で話し合うマチルダとトリスターナを、他の男どもは半分あきれて眺めている。女のドレスへの情熱など、所詮男には理解できないのである。
しかし、着替えのため締め出された男達の前に盛装して現れた二人の美しさには、男達も感嘆せざるを得なかった。
「これは、危険ですな。貴女方のあまりの美しさに王妃が嫉妬して、死刑にしますよ」
ジョンが不気味な冗談を口にしたくらい、マチルダとトリスターナは美しかった。
晩餐会は王宮の大広間で行われた。
正面に国王と王妃が座り、その向かいの一段下がったテーブルに客であるマルスたち七人が座る。
御馳走は、さすがに豪勢であるが、味そのものはアスカルファンのものほど繊細ではない。鹿や子牛の肉を炙って塩か胡椒を振っただけの素朴なものである。
食事の後で、リキュールを飲みながら、王はオズモンドやアンドレにアスカルファンやアルカードの事をあれこれと聞いた。なかなか好奇心旺盛な王様らしい。
「アスカルファンやアルカードは野蛮なところと聞いていたが、話を聞くと、だいぶ違うようだな。だが、そのアスカルファンでは、今、内乱が起こっているそうだぞ」
国王の言葉に、マルスたちは顔を見合わせた。予想していたことではあるが、やはり、ショックである。
「で、戦況はどんなですか」
「始まって、およそ二月だが、反乱軍が一度は首都バルミア近くまで攻め寄せたのを、押し戻して、一進一退の状況らしい。ポラーノのカルロスとやらに味方する諸侯はほとんどいないようだが、かと言って国王軍に積極的に味方しているわけでもなさそうだ。戦況次第では、カルロス側に寝返る諸侯も出てくるのではないかな」
「これは、私の考えですが、この反乱の背後には、グリセリードがいるのではないでしょうか」
アンドレが国王を直視して言った。
王は、ほほう、と言う顔をしてアンドレを見た。
「考えられることではあるな」
「なら、レントはアスカルファン国王に味方なさったほうが良いでしょう」
「それはなぜだ」
「この反乱が成功したら、いや、成功しなくても、アスカルファンの国力が弱まれば、グリセリードはアスカルファンに侵攻します。そうすると、次はレントに向かうでしょう」
「わが国は、もともと、アスカルファンとは仲が良くないのだよ。それを助けろと?」
「隣り合う国が仲が悪いのは当然です。だが、隣人として、アスカルファンよりもグリセリードのほうが、はるかに恐ろしいはずです。グリセリードの貪欲さはよく御存知でしょう。アルカードのようにまとまりのない国がこれまで無事でいられたのは、隣がアスカルファンだったからです。グリセリードは大陸の東の国を次々に滅ぼして領土を伸ばしています。今度もし、アスカルファンを我が物としたら、北の世界のほとんどはグリセリードに統一されることになります。その時、レントが生き残れると思いますか」
「私はグリセリードなど恐れはせん。だが、お前の言うとおり、グリセリードが野望を持っているとすれば、考える必要はあるな」
この話はこれで打ち切りになったが、アンドレの言葉はレント国王に強い印象を与えたようであった。
「賞金も賞品も要りませんが、王様にお願いがあります」
マルスの言葉に、王は、ほほうという顔をした。
「何かな、言ってみろ」
「実は、私の父は十五、六年前にこの国に来ているのですが、私はその行方を探しているのです。それを、王様のお力で、何とか探して頂きたいのです」
「ふむ、父が行方知れずなのか。気の毒だな。だが、十五、六年前の事では難しいぞ」
「分かっております。せめて手掛かりでも欲しいのです」
「分かった。役人を使って、村々の物覚えの良い古老に問わせてみよう。十年以上前にアスカルファンの者を見かけた者がいないかだな。今よりも、アスカルファンと行き来のない頃であるから、珍しい旅の者を覚えている者がいるかもしれん」
王は、マルスが辞退した賞金と賞品も無理に受け取らせた上、マルスの父の事を調べようと約束した。さらに、一行の中にアスカルファン宮廷の重臣のオズモンドと、アルカードから来たアンドレらがいるという事を知ると、非常に興味を持って、彼ら全員を宮中の晩餐会に招待した。
「まあ、大変。宮廷の晩餐会に着て行けるようなドレスなんて持ってないわ。どうしましょう」
マルスがその知らせを旅籠で待っていた仲間に伝えると、トリスターナとマチルダは大騒ぎした。
「オズモンド、古着でもいいから、貴婦人の着られるドレスを買ってきて」
マチルダはオズモンドに要求した。
「大丈夫ですよ。私に任せなさい」
アンドレがジョンに耳打ちし、ジョンは分かったと言って出て行った。
程なく戻ってきたジョンは、大きな行李を抱えていた。
マチルダがそれを開くと、中から見事なドレスが二着出てきた。
「まあ、これはどうしたの?」
「王様に、事情をお話して借りてきたんです。王様はお笑いになって、快くお后のドレスを貸すようにお申し付けになりましたよ」
「では、これは王妃のドレスなの? 夢みたい」
二人でドレスを合わせながら、ああでもないこうでもないと夢中で話し合うマチルダとトリスターナを、他の男どもは半分あきれて眺めている。女のドレスへの情熱など、所詮男には理解できないのである。
しかし、着替えのため締め出された男達の前に盛装して現れた二人の美しさには、男達も感嘆せざるを得なかった。
「これは、危険ですな。貴女方のあまりの美しさに王妃が嫉妬して、死刑にしますよ」
ジョンが不気味な冗談を口にしたくらい、マチルダとトリスターナは美しかった。
晩餐会は王宮の大広間で行われた。
正面に国王と王妃が座り、その向かいの一段下がったテーブルに客であるマルスたち七人が座る。
御馳走は、さすがに豪勢であるが、味そのものはアスカルファンのものほど繊細ではない。鹿や子牛の肉を炙って塩か胡椒を振っただけの素朴なものである。
食事の後で、リキュールを飲みながら、王はオズモンドやアンドレにアスカルファンやアルカードの事をあれこれと聞いた。なかなか好奇心旺盛な王様らしい。
「アスカルファンやアルカードは野蛮なところと聞いていたが、話を聞くと、だいぶ違うようだな。だが、そのアスカルファンでは、今、内乱が起こっているそうだぞ」
国王の言葉に、マルスたちは顔を見合わせた。予想していたことではあるが、やはり、ショックである。
「で、戦況はどんなですか」
「始まって、およそ二月だが、反乱軍が一度は首都バルミア近くまで攻め寄せたのを、押し戻して、一進一退の状況らしい。ポラーノのカルロスとやらに味方する諸侯はほとんどいないようだが、かと言って国王軍に積極的に味方しているわけでもなさそうだ。戦況次第では、カルロス側に寝返る諸侯も出てくるのではないかな」
「これは、私の考えですが、この反乱の背後には、グリセリードがいるのではないでしょうか」
アンドレが国王を直視して言った。
王は、ほほう、と言う顔をしてアンドレを見た。
「考えられることではあるな」
「なら、レントはアスカルファン国王に味方なさったほうが良いでしょう」
「それはなぜだ」
「この反乱が成功したら、いや、成功しなくても、アスカルファンの国力が弱まれば、グリセリードはアスカルファンに侵攻します。そうすると、次はレントに向かうでしょう」
「わが国は、もともと、アスカルファンとは仲が良くないのだよ。それを助けろと?」
「隣り合う国が仲が悪いのは当然です。だが、隣人として、アスカルファンよりもグリセリードのほうが、はるかに恐ろしいはずです。グリセリードの貪欲さはよく御存知でしょう。アルカードのようにまとまりのない国がこれまで無事でいられたのは、隣がアスカルファンだったからです。グリセリードは大陸の東の国を次々に滅ぼして領土を伸ばしています。今度もし、アスカルファンを我が物としたら、北の世界のほとんどはグリセリードに統一されることになります。その時、レントが生き残れると思いますか」
「私はグリセリードなど恐れはせん。だが、お前の言うとおり、グリセリードが野望を持っているとすれば、考える必要はあるな」
この話はこれで打ち切りになったが、アンドレの言葉はレント国王に強い印象を与えたようであった。
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