第二十七章 商船
およそ三ヶ月続いた篭城戦は終わった。
三日に渡る祝勝会の後、マルスたちは出発の準備をした。
「どうしても行かれるのかな。このまま、この町で暮らせばよいものを。町の者は皆、あなた方に感謝しても感謝しきれないと思っておるのに」
イザークは別れを惜しんだが、マルスには父を探すという目的がある。
アンドレがためらいがちに言った。
「私も仲間に入れて貰えませんか」
マルスたちは驚いた。
「あなたも町を出ると言うんですか?」
「ええ。世の中を広く見てみたいのです」
おそらくアンドレは今の参事の誰かが死ねば、すぐに参事になり、将来はイザークの後の筆頭参事になるはずの人間である。その人間をイザークや参事会が出すだろうか。
「俺も行きたいな」
と言ったのはオーエンである。
「俺は三男だから、どうせ家を出なけりゃあならないし、狭いこの町で生きるよりも、広い世界を見てみたいんだ」
マルスはイザークの顔を見た。イザークはうなずいた。
「いいだろう。若い者が大きな世界を知るのはいい事じゃ。だが、一年で帰るのじゃぞ。オーエン、お前もじゃ。お前は町にとって大事な若者じゃ。わしはお前をこの町の守備隊長にしようと思っておるのじゃよ」
守備隊長と聞いて、オーエンの顔がぱっと輝いたが、やはり旅の魅力の方が上である。
「ところで、お主らはどこへ向かうつもりじゃな?」
「レントに行くつもりです。実は、この町で聞いた話ですが、父はこの国に母がいない事を知って、レントに向かう船に乗ったようなのです」
「ならば、近いうちにレントに向かう商船があるから、それに乗るがよい。この篭城戦の間で町の食糧はすっかり無くなった。毛皮や鉄、銅や木材などの品は倉庫にたっぷりあるから、それをレントで売って、あちこちの町で食糧を買い込んでこなければならん。その船に同乗すればよい。お主らのような勇者が同乗してくれれば、海賊に遇っても安心じゃ」
「レントですか。久し振りですなあ。おお、わが故郷、レントよ」
レントの生まれであるジョンが歌うように言った。
三日後、マルスたちはレントに向かう商船に乗り込んだ。商船は五十人乗りの中型船で、内海はオールで、外海では帆で進む型である。その船には船の乗組員二十五人の他に、マルスたち七人と、荷物の管理と商いをする者十五人が乗った。船長はワグナーという、厳めしい顔の四十代の男である。
「あんたたちの事はイザークから頼まれているが、船の迷惑にはならんでくれよ」
ワグナーはマルスたちにいきなり言った。あまり同乗を喜んではいないようである。彼はスオミラの町の者ではなく、幾つもの町から請け負って、荷を運ぶ商売人なのである。
航海は順調に進んだ。
スオミラの川岸から出航して二日後には海に出た。これからおよそ一週間でレントに着くはずである。その間、時々沿岸の町に停泊して、水や食糧を仕入れ、休息するが、そのままレントに向かっても大丈夫なだけの水や食糧は積んであるということである。
「船に乗るのは初めてだが、妙な気分のものだな。足元が頼りなくて不安だ」
オズモンドが言った。
「今はまだましでさあ。これで、海が荒れた日にゃあ、大変なことになりますぜ」
ジョンが経験者ぶりをひけらかして言う。
「海の上の夕日って、実にきれいなものですね。あの雲の上にはきっと神様が私たちを御覧になってますわ」
トリスターナが指差す先には、絢爛たる、とでも言いたいような色彩の雲が海上を彩っている。
「そう、実に美しいです」
とアンドレが答えたが、その目は雲ではなくトリスターナを見ている。
マルスは別の場所でマチルダと話し込んでいる。この頃では二人の仲は周囲にも知られているのだが、二人だけは、二人の間は仲間には秘密だと思い込んでいる。
「もし、レントにもお父様がいらっしゃらなかったらどうするの?」
「アスカルファンに戻ります」
「私は戻りたくないわ。このままマルスたちと一緒にずっと旅をしていたい」
「そうもいかんでしょう。アスカルファンの情勢も気になるし」
マルスの脳裏をかすめたのは、ジーナの面影だった。もしかしたら戦乱の中にあるかもしれないジーナやその家族を放っておいて旅をしていることが、済まないような気持ちである。
船の舳先で行く手を眺めていたオーエンが後ろを振り返って叫んだ。
「船が見えるぞ! 海賊船じゃあないか?」
人々は火を掛けられたように騒ぎ出した。
確かに、前方に船が見える。大きさはまだ分からないが、漁師の乗る小船ではない事は確かだ。
船はどんどん近づいてくる。
メインマストの上の監視台から目を凝らしてその船を見ていた水夫が、下のほうに向かって叫んだ。
「海賊だ! 海賊船だぞお」
およそ三ヶ月続いた篭城戦は終わった。
三日に渡る祝勝会の後、マルスたちは出発の準備をした。
「どうしても行かれるのかな。このまま、この町で暮らせばよいものを。町の者は皆、あなた方に感謝しても感謝しきれないと思っておるのに」
イザークは別れを惜しんだが、マルスには父を探すという目的がある。
アンドレがためらいがちに言った。
「私も仲間に入れて貰えませんか」
マルスたちは驚いた。
「あなたも町を出ると言うんですか?」
「ええ。世の中を広く見てみたいのです」
おそらくアンドレは今の参事の誰かが死ねば、すぐに参事になり、将来はイザークの後の筆頭参事になるはずの人間である。その人間をイザークや参事会が出すだろうか。
「俺も行きたいな」
と言ったのはオーエンである。
「俺は三男だから、どうせ家を出なけりゃあならないし、狭いこの町で生きるよりも、広い世界を見てみたいんだ」
マルスはイザークの顔を見た。イザークはうなずいた。
「いいだろう。若い者が大きな世界を知るのはいい事じゃ。だが、一年で帰るのじゃぞ。オーエン、お前もじゃ。お前は町にとって大事な若者じゃ。わしはお前をこの町の守備隊長にしようと思っておるのじゃよ」
守備隊長と聞いて、オーエンの顔がぱっと輝いたが、やはり旅の魅力の方が上である。
「ところで、お主らはどこへ向かうつもりじゃな?」
「レントに行くつもりです。実は、この町で聞いた話ですが、父はこの国に母がいない事を知って、レントに向かう船に乗ったようなのです」
「ならば、近いうちにレントに向かう商船があるから、それに乗るがよい。この篭城戦の間で町の食糧はすっかり無くなった。毛皮や鉄、銅や木材などの品は倉庫にたっぷりあるから、それをレントで売って、あちこちの町で食糧を買い込んでこなければならん。その船に同乗すればよい。お主らのような勇者が同乗してくれれば、海賊に遇っても安心じゃ」
「レントですか。久し振りですなあ。おお、わが故郷、レントよ」
レントの生まれであるジョンが歌うように言った。
三日後、マルスたちはレントに向かう商船に乗り込んだ。商船は五十人乗りの中型船で、内海はオールで、外海では帆で進む型である。その船には船の乗組員二十五人の他に、マルスたち七人と、荷物の管理と商いをする者十五人が乗った。船長はワグナーという、厳めしい顔の四十代の男である。
「あんたたちの事はイザークから頼まれているが、船の迷惑にはならんでくれよ」
ワグナーはマルスたちにいきなり言った。あまり同乗を喜んではいないようである。彼はスオミラの町の者ではなく、幾つもの町から請け負って、荷を運ぶ商売人なのである。
航海は順調に進んだ。
スオミラの川岸から出航して二日後には海に出た。これからおよそ一週間でレントに着くはずである。その間、時々沿岸の町に停泊して、水や食糧を仕入れ、休息するが、そのままレントに向かっても大丈夫なだけの水や食糧は積んであるということである。
「船に乗るのは初めてだが、妙な気分のものだな。足元が頼りなくて不安だ」
オズモンドが言った。
「今はまだましでさあ。これで、海が荒れた日にゃあ、大変なことになりますぜ」
ジョンが経験者ぶりをひけらかして言う。
「海の上の夕日って、実にきれいなものですね。あの雲の上にはきっと神様が私たちを御覧になってますわ」
トリスターナが指差す先には、絢爛たる、とでも言いたいような色彩の雲が海上を彩っている。
「そう、実に美しいです」
とアンドレが答えたが、その目は雲ではなくトリスターナを見ている。
マルスは別の場所でマチルダと話し込んでいる。この頃では二人の仲は周囲にも知られているのだが、二人だけは、二人の間は仲間には秘密だと思い込んでいる。
「もし、レントにもお父様がいらっしゃらなかったらどうするの?」
「アスカルファンに戻ります」
「私は戻りたくないわ。このままマルスたちと一緒にずっと旅をしていたい」
「そうもいかんでしょう。アスカルファンの情勢も気になるし」
マルスの脳裏をかすめたのは、ジーナの面影だった。もしかしたら戦乱の中にあるかもしれないジーナやその家族を放っておいて旅をしていることが、済まないような気持ちである。
船の舳先で行く手を眺めていたオーエンが後ろを振り返って叫んだ。
「船が見えるぞ! 海賊船じゃあないか?」
人々は火を掛けられたように騒ぎ出した。
確かに、前方に船が見える。大きさはまだ分からないが、漁師の乗る小船ではない事は確かだ。
船はどんどん近づいてくる。
メインマストの上の監視台から目を凝らしてその船を見ていた水夫が、下のほうに向かって叫んだ。
「海賊だ! 海賊船だぞお」
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