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少年マルス 22

第二十二章 飢餓の中で

しかし、事はそう簡単には運ばなかった。
マルスの弓を警戒した敵は、城を遠巻きにして持久戦に持ち込んだのだった。
幸い、川の側の城であるから、水には不自由しなかったが、二月半が過ぎて食糧が備蓄の半分を切ると、篭城側には焦りの色が濃くなってきた。

「病人の数がどんどん増えてますわ」
トリスターナが暗い表情で言った。
「今日も一人死んだわ。これで六人目よ」
マチルダも呟くように言う。
城壁の上で見張り番をしていた兵士が叫んだ。
「敵の使者が来たぞ!」
町の参事たちは広場に集まって、敵の使者を迎えた。使者は単騎である。
「何の用だ」
「町の代表に話がある。我々は赤髭ゴッドフリートとその仲間だ。我らの名は聞き及んでおろう。わしはその一の子分のシルヴェストルだ」
使者を取り囲んだ町民たちはざわざわと声を上げた。盗賊騎士赤髭ゴッドフリートと、その一の子分、命知らずのシルヴェストルの名は、国中に知られていたからである。彼らに滅ぼされた町は、小さな村は数知れず、城砦を持った大きな町も二つが彼らの為に滅んでいる。
町民のざわめきをシルヴェストルという男は満足げに眺めた。彼は四十前後の、骸骨のように痩せて筋張った男で、長い口髭を顎の下まで垂らしている。額には癇症らしい青筋が走っており、顔は日に焼けている。いわば、まったく愛嬌のないドン・キホーテといった趣であるが、この男と、もう一人、赤髭の配下の血まみれジャックの残忍さは広く国中に知られていた。
「どうだ、二月半も城に閉じこもって、飽き飽きしたことであろう。そのうち、食い物が無くなって、お互い同士食い合う事になる前に降参したらどうだ」
町民たちは顔を見合わせた。篭城戦の恐ろしさは誰でも知っている。篭城戦の末期に食べ物が無くなったある町では、子供達を殺して食ったという事も、事実、あったのである。
「今、降伏すれば寛大な処置を取ってやろうとゴッドフリート様は言っておられる。条件は只一つ、我々の仲間を散々殺した、憎むべき弓の射手をこちらに引き渡すだけでよい」
「言うことはそれだけか。我々がそのような条件を呑むとでも思うのか。そもそも、盗賊の言葉など我々が信じると思っておるのか」
イザークが怒りで声を震わせて言った。
シルヴェストルは肩をすくめてみせた。
「信じる信じないはそっちの勝手だ。せっかくの申し出をそっちが受け入れないなら、こっちはいつまででもお前たちが飢え死にしていくのを見物させてもらうだけだ。われわれには急ぎの用など無いのでな」
シルヴェストルは耳障りな高笑いを上げて、馬の首を後ろに向け、城門を出て行った。

シルヴェストルの言葉は、井戸に毒を投げ込んだようなものだった。
参事たちは連日、参事会堂で論議を重ねていたが、シルヴェストルの来た日の参事会では、マルスを敵に引き渡して降伏しようという意見が出たのである。
それを言ったのはやはりヨハンセンだった。
「どこの者とも知れぬ男一人を引き渡すだけではないか。それで町が救われるなら、引き渡せば良いのじゃ」
「お主は悪魔か! マルスが我々の為にあれほどの働きをしたのを見ていながら、彼を敵の手に引き渡してむざむざ殺させようというのか」
イザークがヨハンセンを怒鳴りつけた。
「戦の途中でいくら敵を殺そうが、戦に負けたら何にもならん。それに、敵が遠巻きに包囲している限り、マルスとやらの弓も何の役にも立たんではないか。つまり、奴はもはや我々にとって無益な存在じゃ」
ヨハンセンは言い放った。
「ヨハンセン、お主なぜそれほどに彼らにつらく当たるのだ。たとえ余所者じゃろうと、一月も一緒に過ごせば仲間であろうが。それに、連中はこの町にも珍しい、いい気立てを持った者たちじゃのに」
イザークは悲しげに言った。
他の参事の一人が、ゆっくりと口を開いた。
「わしはマルスを引き渡すのには反対じゃ。と言っても、それが可哀想だとかいうよりも、野盗どもが約束を守るはずがないと思うからじゃよ。マルスを引き渡して連中を城内に入れたが最後、奴らは我々を皆殺しにするであろう。野盗の約束とはそういうものじゃ」
もう一人の参事も言った。
「わしも同じ意見じゃな。マルスを引き渡すよりは、いっそこちらから城門の外に打って出て、決戦するのがよい」
「何を馬鹿なことを! 相手は百戦練磨の盗賊たちだぞ。この町に剣を取って戦える者が何人いるというのだ」
ヨハンセンは怒鳴った。
この日はとうとう結論は出ず、さらに日が過ぎ、食糧の配給は日に日に少なくなっていった。
そして、食糧の備蓄があと十日分ほどになった時、最後の参事会が開かれることになり、町民たちは正午に行われる参事会のその決定を首を長くして待った。

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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
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