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少年マルス 24

第二十四章 決戦

 それから三日、町民たちはアンドレの指示のもとに、敵兵を迎え撃つ準備にかかった。
 町の通路のあちこちには落とし穴が掘られ、狭い通り道の上からは石を落とす仕掛けが作られた。町に火をかけられた時のために、あちらこちらには消防用の水桶が準備される。
 味方の守備位置と攻撃要領、退却要領が徹底して訓練され、退却の際にどのように援護するかも教えられた。
高齢の老人や病人、幼児は町の深部の建物に集められ、それ以外は女子供に至るまで各自が扱える武器を手にして戦うのである。
一番のポイントと思われるのは、城の二重壁の外壁と内壁の間で何人の敵を倒せるかである。そのすべてはマルスの弓にかかっていた。
最後の夜には、参事会はそれまでの食糧制限をやめ、人々に心行くまで腹いっぱいに食べさせ、翌日の決戦にそなえた。

そして、決戦の日の夜明けが来た。
すみれ色の空は下に行くに従って透明な水色に変わり、東の空は朝焼けで美しい薔薇色に輝いている。自然の営みは、人間世界の悪や悲惨と関わりがない。
マルスは城壁の上に立って空を眺めた。もしかしたら今日が自分の最後の日になるのかもしれないのだが、不安や恐れはまったくない。不安は自分のことではなく、マチルダやトリスターナがこの戦いを無事に生き延びることができるかどうかだけである。もちろん、オズモンドやジョンのことも心配だ。だが、戦いが始まれば、自分は敵の最後の一兵に至るまで殺すしかない。今のマルスには何の迷いも無かった。
「マルス、朝御飯よ」
後ろから声を掛けられてマルスは振り向いた。
マチルダであった。
「有難う」
マチルダの手渡したパンとワインをマルスは受け取った。パンにはチーズがはさんである。
「いよいよね」
「うん」
「マルス、死なないでね」
「大丈夫だ。そっちこそ、気をつけるんだよ」
マチルダはうなずいた。言いたいことはあるが、言葉にならない。
「さあ、マチルダ、持ち場に戻って。あと半時ほどで戦が始まる」
マルスは弱くなりそうな自分の心を励まして言った。
マチルダは伸び上がってマルスの唇に自分の唇を押し付けた。
マルスはほっそりと柔らかなマチルダの体を力一杯に抱きしめた。
「本当よ。絶対死んじゃ駄目」
マチルダはそう言って、涙を隠すように身を振りほどき、足早に去っていった。
マルスの唇には今のマチルダの唇の感触が残っていた。マチルダの言葉とはうらはらに、もう、これで死んでもいい、とマルスは考えていた。

やがて、下に見える広場に町の傭兵軍が整列した。彼らが城の外に出て、敵と一戦交えて、城内に敵を引き込むのである。
「マルスさん、早いですね」
城壁に上ってきた若者がマルスに声を掛けた。城壁の上にはマルスの他に弓兵が十人と、城壁の上に上って来る敵兵から弓兵を守る防御兵が二十人いる。防御兵は身軽な若者の中から腕達者が選ばれている。アンドレの考えでは、この戦いの勝敗は、マルスたち弓兵が城壁の上からいかに多くの敵兵を倒すかにかかっており、城壁の上に敵が上って弓兵が殺されるのが最も怖いのである。だから、城壁への階段はすべて壊されていた。上に上るには縄梯子を使い、上ったら引き上げる。しかし、下からロープを投げ上げて上ってくる敵兵がいるはずだから、それを撃退する者が必要である。上まで上ってきた敵とは剣で戦わねばならない。城壁の上の弓兵がいなくなったら、城内は敵の思うがままだろう。
マルスに声を掛けた若者はオーエンという十七歳の若者である。町民の中ではもっとも武術の才能があり、機敏なので、アンドレが特にマルスの副官兼護衛としてつけたのである。マルスの仲間の中では、オズモンドはアンドレの護衛、トリスターナは町の奥の隠れ家で老人や幼児の世話をし、いざと言う時には彼らを守る役目である。
マチルダは力は弱いが機敏なので、伝令係となり、城の各部署へアンドレからの緊急の指示を伝える。ジョンは城内に仕掛けられた罠を動かす指図をして回ることになっている。
マルスが見下ろしている広場にアンドレが姿を現した。いよいよ攻撃の開始である。アンドレが最後の訓示を与えているが、その声はここからは聞こえない。アンドレの側にしゃちこばって立っているオズモンドを見てマルスは微笑した。
やがて傭兵軍はギーガーを先頭に動き出した。城の内門が開き、幅五十歩ほどの外門と内門の間に一度整列して突進の準備を整える。
外門の前の跳ね橋が堀の上に下り、外門が開いた。
ギーガーが「突撃!」と叫び、馬に乗った傭兵軍およそ三十人は雷のような物音とともに跳ね橋の上を走り抜けた。
マルスが城壁の上から見ていると、はるか彼方で城を遠巻きにしていた野盗の軍勢も、城門が開いたのに気づいたようである。すぐさま準備を整え、突進してくる町民軍を迎え撃とうとしている。
こうして戦闘は始まった。

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酔生夢人
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仙人
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自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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