第二十一章 篭城戦
マルスたちを探して町のあちこちを探していた他の仲間も皆オズモンドの側に来ており、マルスたちと一緒に連行されることになった。
「皆一緒なら安心ですわ」
とトリスターナは暢気なことを言っているが、参事会堂の一室に放り込まれた五人は、それから半日、何の食事も与えられず、さすがに意気消沈してしまった。
参事会堂の建物は、この国の他の建物同様、木造だから、その気になれば壁を壊して脱走することも出来そうだったが、そうすると彼らを庇ったイザークという老人の体面を潰すことになる。
イザークが彼らの前に現れたのは、天井近い小窓から見える夕日が沈みかかる頃だった。
「すっかり遅くなって済まなかった。篭城の手配で忙しくてな。ここに回ってくる暇がなかったのだ。まあ、これでも食べるがよい」
五人は目の前に出された食物に飛びついた。
「ところで、ヨハンセンの言ったことは本当か」
イサークの言葉に、マルスは捕らえられた時のいきさつを話した。
「ふむ、ヨハンセンらしいやり方だ。だが、ヨハンセンの言葉が嘘だという証拠も無い以上、お前たちをわしが勝手に釈放するのは難しい」
「簡単な証拠があります」
マルスが言った。
「ふむ? と言うと?」
「明日、私に弓を返してください。そうすれば城の壁の上から外の野盗たちを何人でも射てみせましょう」
「ほう、弓に自信があるみたいだな。よかろう。明日連れに参ろう」
「私たちは病人や怪我人の看護をさせてください」
トリスターナが言った。
「そうしてくれれば助かる。お主らの働き次第では、きっとヨハンセンも自分の誤りに気づくだろう」
翌日、マルス、オズモンド、ジョンの三人は城壁の上に連れて行かれた。
鋸の歯のようになった壁の上部の間から覗くと、町の周囲を囲む野盗の騎馬隊が見える。
その数は、歩兵を含め、およそ二百人くらいだろうか。町の裏は切り立った崖であり、その下は川になっているので、敵は前と右と左の三方にいる。
敵は今、正面の堀にどんどん土を入れて、堀を埋めにかかっている。その後ろにある大きな機械は破城槌である。堀が埋められたら、次はその破城槌の出番である。破城槌で門が破られたら、もはや為す術はない。盗賊たちの前に町民はすべて殺戮されるだろう。その前に女たちがどのように凌辱されるかも想像できる。
マルスは敵を皆殺しにする決意を固めた。このような場合、敵への同情や憐れみは無用である。敵への同情や憐れみは自分たちの死につながるのだ。いや、マチルダやトリスターナの身には死よりもひどいことが行われるだろう。
マルスは弓に矢を番えて、きりきりと引き絞った。
狙いをつけて放たれた矢は、およそ二百歩ほどもある堀の向こうに居並ぶ盗賊の一人の胸板を射抜いて、矢尻はその背中まで突き抜けた。
わっと驚いて、盗賊たちは動きを乱し、城内に向けて手に手に矢を射掛けたが、そのほとんどは石壁までも届かず、堀の中に落ちた。
マルスは続けざまに矢を射た。自分で持っていた二十本の矢はすぐに尽き、周囲の弓兵の持っていた矢を借りて、二時間ほどの間でおよそ五十人ほどの敵を射殺し、あるいは傷を負わせた。もしも自分で作った矢であれば、ほとんど百発百中だっただろうが、質の悪い矢では、この距離ではどうしても命中率は六、七割程度に落ちる。それでも、敵の矢がほとんどこちらに届かないことを考えれば、マルスの存在によって敵がこの城を攻略するのが非常に難しくなったのははっきりしていた。
こちら側の被害は、敵の投石器による怪我人が数名と、矢による被害が一人だけである。
敵がマルスの矢を恐れて、ずっと後ろに退避し、矢が届かなくなったので、マルスは一休みすることにした。
「素晴らしい腕前だ!」
傭兵隊長のギーガーが握手を求めてきた。彼は城壁の上に立って、マルスが散々に敵を射殺す様をずっと見ていたのである。
「お主がいる限り、この戦いは勝ったようなものだ」
マルスはギーガーの手をほどいて、仲間たちの所に戻った。
オズモンドの隣に立っていたイザークが、傍らのヨハンセンに言った。
「どうだ、これでこの方があの盗賊たちの仲間でないことははっきりしたであろう」
ヨハンセンは気難しい顔をして言った。
「確かに、あの盗賊の仲間ではなさそうだ。だが、他の盗賊の仲間かも知れぬて」
そして、ぷいと立ち去った。
「まったく頑固で疑り深い男じゃ。だが、お主らの嫌疑はこれで晴れたぞ。それどころか、お主らには最高の待遇をしよう。まことに、マルスとやらのあのような弓の腕はこの国始まって以来じゃ。まさしく神技じゃな。お主らの御蔭で、もしかしたらこの戦いは勝てるかもしれん。大事なお客様じゃ」
その夜はイザークの言葉通り、マルスの今日の武功を称える祝宴が行われた。
篭城戦が始まって暗く閉ざされていた人々の顔は、今はマルスのために明るかった。
マルスたちを探して町のあちこちを探していた他の仲間も皆オズモンドの側に来ており、マルスたちと一緒に連行されることになった。
「皆一緒なら安心ですわ」
とトリスターナは暢気なことを言っているが、参事会堂の一室に放り込まれた五人は、それから半日、何の食事も与えられず、さすがに意気消沈してしまった。
参事会堂の建物は、この国の他の建物同様、木造だから、その気になれば壁を壊して脱走することも出来そうだったが、そうすると彼らを庇ったイザークという老人の体面を潰すことになる。
イザークが彼らの前に現れたのは、天井近い小窓から見える夕日が沈みかかる頃だった。
「すっかり遅くなって済まなかった。篭城の手配で忙しくてな。ここに回ってくる暇がなかったのだ。まあ、これでも食べるがよい」
五人は目の前に出された食物に飛びついた。
「ところで、ヨハンセンの言ったことは本当か」
イサークの言葉に、マルスは捕らえられた時のいきさつを話した。
「ふむ、ヨハンセンらしいやり方だ。だが、ヨハンセンの言葉が嘘だという証拠も無い以上、お前たちをわしが勝手に釈放するのは難しい」
「簡単な証拠があります」
マルスが言った。
「ふむ? と言うと?」
「明日、私に弓を返してください。そうすれば城の壁の上から外の野盗たちを何人でも射てみせましょう」
「ほう、弓に自信があるみたいだな。よかろう。明日連れに参ろう」
「私たちは病人や怪我人の看護をさせてください」
トリスターナが言った。
「そうしてくれれば助かる。お主らの働き次第では、きっとヨハンセンも自分の誤りに気づくだろう」
翌日、マルス、オズモンド、ジョンの三人は城壁の上に連れて行かれた。
鋸の歯のようになった壁の上部の間から覗くと、町の周囲を囲む野盗の騎馬隊が見える。
その数は、歩兵を含め、およそ二百人くらいだろうか。町の裏は切り立った崖であり、その下は川になっているので、敵は前と右と左の三方にいる。
敵は今、正面の堀にどんどん土を入れて、堀を埋めにかかっている。その後ろにある大きな機械は破城槌である。堀が埋められたら、次はその破城槌の出番である。破城槌で門が破られたら、もはや為す術はない。盗賊たちの前に町民はすべて殺戮されるだろう。その前に女たちがどのように凌辱されるかも想像できる。
マルスは敵を皆殺しにする決意を固めた。このような場合、敵への同情や憐れみは無用である。敵への同情や憐れみは自分たちの死につながるのだ。いや、マチルダやトリスターナの身には死よりもひどいことが行われるだろう。
マルスは弓に矢を番えて、きりきりと引き絞った。
狙いをつけて放たれた矢は、およそ二百歩ほどもある堀の向こうに居並ぶ盗賊の一人の胸板を射抜いて、矢尻はその背中まで突き抜けた。
わっと驚いて、盗賊たちは動きを乱し、城内に向けて手に手に矢を射掛けたが、そのほとんどは石壁までも届かず、堀の中に落ちた。
マルスは続けざまに矢を射た。自分で持っていた二十本の矢はすぐに尽き、周囲の弓兵の持っていた矢を借りて、二時間ほどの間でおよそ五十人ほどの敵を射殺し、あるいは傷を負わせた。もしも自分で作った矢であれば、ほとんど百発百中だっただろうが、質の悪い矢では、この距離ではどうしても命中率は六、七割程度に落ちる。それでも、敵の矢がほとんどこちらに届かないことを考えれば、マルスの存在によって敵がこの城を攻略するのが非常に難しくなったのははっきりしていた。
こちら側の被害は、敵の投石器による怪我人が数名と、矢による被害が一人だけである。
敵がマルスの矢を恐れて、ずっと後ろに退避し、矢が届かなくなったので、マルスは一休みすることにした。
「素晴らしい腕前だ!」
傭兵隊長のギーガーが握手を求めてきた。彼は城壁の上に立って、マルスが散々に敵を射殺す様をずっと見ていたのである。
「お主がいる限り、この戦いは勝ったようなものだ」
マルスはギーガーの手をほどいて、仲間たちの所に戻った。
オズモンドの隣に立っていたイザークが、傍らのヨハンセンに言った。
「どうだ、これでこの方があの盗賊たちの仲間でないことははっきりしたであろう」
ヨハンセンは気難しい顔をして言った。
「確かに、あの盗賊の仲間ではなさそうだ。だが、他の盗賊の仲間かも知れぬて」
そして、ぷいと立ち去った。
「まったく頑固で疑り深い男じゃ。だが、お主らの嫌疑はこれで晴れたぞ。それどころか、お主らには最高の待遇をしよう。まことに、マルスとやらのあのような弓の腕はこの国始まって以来じゃ。まさしく神技じゃな。お主らの御蔭で、もしかしたらこの戦いは勝てるかもしれん。大事なお客様じゃ」
その夜はイザークの言葉通り、マルスの今日の武功を称える祝宴が行われた。
篭城戦が始まって暗く閉ざされていた人々の顔は、今はマルスのために明るかった。
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