5月下旬、青森地裁第5法廷。水色のワイシャツに迷彩柄のズボンをはいた被告席の高齢男性は、直立したまま裁判官の判決言い渡しを聞いていた。
「被告人を懲役5年に処する」
罪名は「常習累犯窃盗」。72歳で実刑判決を受けた男性被告の「罪」は一見、軽微に思える内容だった。今年3月11日、青森市内の100円ショップでパン2個とスプーン1本を盗んだ。それが判決として認定された内容だ。商品3点の合計金額はわずか324円。だが実刑には理由がある。
この男性は2011年、同じく常習累犯窃盗で懲役4年6月を言い渡された。刑務所に服役し、刑期満了で出所したのが今年1月。そのわずか2カ月後に、再び窃盗行為に及んだ。
これまでも万引きを繰り返してきた男性は、人生の約半分を刑務所で過ごしてきたという。直近で起訴されたケースを見てもそれは明らかだ。03年に懲役3年6月、07年に懲役4年、そして11年に懲役4年6月--。全てが常習累犯窃盗によるもので、判決ごとに刑期が6カ月ずつ延びている。03年に言い渡された判決の刑期満了日は07年4月だったが、満了を待たず、07年2月に新たな実刑判決を受けている。仮釈放中の再犯も珍しくない。
なぜ窃盗を繰り返すのか。4月下旬、被告人質問で男性はこう吐露した。
「自分でもよく分からない」--。
物を売っている場所に行くと、「なぜか衝動的に」盗んでしまう。「刑務所に入りたくて盗んだわけではない」と故意は否定するが、逮捕の1週間前には買うだけの金を持っていながらウイスキーを万引きしていた。利益目的の盗みではなく、盗みたいという衝動を制御できない病気「クレプトマニア(窃盗症)」の可能性もある。
「最後に何か言っておきたいことはありますか?」。裁判官の問いかけに男性は答えた。「今度出所したら、病院に行ってみようと思います」
判決後、記者は受刑中のこの男性と手紙のやり取りをした。手紙には、こうつづられていた(原文のまま)。
「今回で11回目の刑務所生活です」「早く定職を持たなければと焦り苛立ち1人で悩み気が付けば盗みを繰り返し、罪悪感が薄れ、悪るい道に転落して数十年間刑務所を出たり入いたりの繰り返し」「今度こそ本当の意味て頑張って、犯罪を二度とすないと言う、強い気持ちを持ってその目標に向かって出所のその日まで、気持ちを持って前進して行こうと思って収容生活を頑張て行きたい」
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19世紀フランスの文豪ビクトル・ユゴーの名作「レ・ミゼラブル」では、主人公が1個のパンを盗んだ罪で19年間服役した。だが小説の話ではなく、わずか324円分の万引きによる懲役5年は、21世紀の日本社会で起きている現実だ。法務省の犯罪白書によると、窃盗での検挙人数は14年で13万1490人で年々減少傾向にある一方、13年の同一罪名有前科者率(窃盗で検挙された成人のうち、窃盗による前科のある人の割合)は20・6%。1994年の12・5%に比べて、この約20年間で増えている。一見軽微な犯罪に重い量刑という「釣り合いの取れない」行為をなぜ止められないのか。必要なのは刑罰を与え続けることか。クレプトマニアの治療の取材も通じ、再犯防止への方策を探る。【一宮俊介】
常習累犯窃盗罪
常習性のある窃盗をした人に刑を加重する規定。過去10年以内に窃盗罪(10年以下の懲役または50万円以下の罰金)などで懲役6月以上を3回以上言い渡された人が新たに窃盗罪に問われた場合、3年以上の有期懲役となる。1930年に制定された「盗犯等の防止及び処分に関する法律」に定められている。当時、盗みに入った家の住民に防犯の不備を指摘する「説教強盗」が盛んに出没するなど社会不安が広がったため、刑の加重が図られたとされる。刑法の規定では、執行猶予を付けられるのは懲役3年以下などに限定されるため、常習累犯窃盗罪の場合、実刑を免れることが難しくなる。