「in deep」から抜粋転載。
私も前々から、ロックの特徴は暴力性と攻撃性だと思っていたので、「緊張」と「攻撃」を軸とした音楽だ、という筆者の言葉には同感する。オジー・オズボーンの言う、「暴力ではなく攻撃性だ」というのは詭弁に近い。耳に聞こえる音の感覚として暴力性と攻撃性の区別など無い。
しかしまた、彼の言う「攻撃性こそ成功の鍵さ」という言葉には納得するしかない。どんなに穏やかな人間に見えても、社会的に成功する人間にはどこかに攻撃性があるように思う。ただ、その攻撃性が何に向かうか、ということによって、成功の質、成功の仕方が違ってくるということではないか。自己の内なる他者と戦うこともまた攻撃性だとするならば、「克己心」は攻撃性であると同時に、ほとんどあらゆる成功への鍵だとも言えそうだ。
ただ、「外部の敵」への攻撃性は、当人を成功に導く確率は高いが、他者を不幸に陥れるものである。だから私はいつも競争主義を否定し、「勝つってそんなにいいことか」と言うのである。
で、最初の話に戻ると、ロックの特徴は暴力性と攻撃性にある、というのが私の考えであり、たとえその歌詞の中で平和や共感や同情や愛を歌っていても、その曲調そのものが歌詞の内容を裏切っていて、聞く人の中の暴力性や攻撃性を助長している、と思っている。まあ、あっさり言えば悪魔の音楽である。で、曲調としても暴力的でも攻撃的でもないロックがあれば、それは実はロックではないのである。
私は、世界の非人間化(残虐化)の一つの原因にロック音楽の蔓延があると本気で思っている。
(以下引用)
「 432Hz と 440Hz の比較」を体感してみました
というわけで、理屈ではいろいろと言われているものですが、実際にその音を聴き比べててみてどうなのか。
440Hz と 432Hz は、音の差だけでいえば、わずかです。
432Hz の方がやや低いですが、完全に別々に聞かされた場合、音に詳しい方以外は、どちらがどちらだか聴いてもわからない程度の差だと思います。
それについて、ギターの調律のAを 440Hz と 432Hz にして、比較している動画がありますが、これを見た(聴いた)時には本当にやや驚きました。
体感でわかるのです。オリジナルは、
440 hz vs. 432 hz - my guitar experiment という動画ですが、一部だけでもぜひ聴き比べていただきたいですので、数十秒抜粋してみました。
本当に一瞬で気づくほどの差を多分、体感できると思います。
440Hz と 432Hz の差(アコースティックギター)
どうでしょうか。
体感の違いを感じられたでしょうか。
もちろん、人によって違うと思いますけれど、私の場合は、
・
432 Hz の音が鳴った途端、体の緊張が解かれる感覚になる・
440 Hz では、一瞬小さなリキみのような緊張が走るというのを一瞬で感じました。
何度聴いても、そのようになります。
いろいろと先に知識などを持って聴いているせいで、「構えて聴いているからかな」とも思いましたが、何度聴いても、そのようになりますので、体感への影響は多少なりともあると確信を持てます。
ただ、この違いを体感して思ったんですが、
仮に現在の世界の基準調律音が 432Hz だった場合、ロック音楽は生まれなかったかもしれない。
という思いにも駆られます。
ロックにも様々ありますけれど、その基本は「緊張」と「攻撃」を軸にした音楽で、上で体感できるような「 432Hz =リラックス」的な基本音とその倍数音が主体だった場合、パンクやハードロックなどの音楽は生まれにくかったように思います。
実際、ロックの発展の歴史と「 440Hz の採用の歴史」は、わりとリンクしていることがわかります。
その歴史に関しては、
基準周波数A=440Hz って何?というサイトによりますと、432Hz は、19世紀にヴェルディが提言して、イタリア政府が公式に採用したところから始まったようです。
基準周波数Aが 432Hz から 440Hz へと移行した歴史
1884年 432Hz イタリア政府によって制定
1925年 440Hz アメリカ政府と団体によって制定
1939年 440Hz ロンドン国際会議によって制定
432Hz を葬ったのはアメリカ政府だったようです。
そして、その後、1953年に ISO (国際標準化機構)によって、440Hz が国際基準値として決められ、ここにおいて、すべての国の基本調律は 440Hz となりました。
ロック音楽が本格化したのは、ロックンロールがポピュラーとなった 1950年代からです。
こちらもまたアメリカで始まりました。
もう少し正確に書けば、「ロック時代」という概念は、一般的な見解では、1954年に発売されたビル・ヘイリーという人の「
ロック・アラウンド・ザ・クロック」がビルボードチャートで1位を記録した時から始まるとされていますので、1953年の 440Hz が国際基準値とされた直後から、ロック時代が始まったといえそうです。
ビル・ヘイリー / ロック・アラウンド・ザ・クロック( 1954年)その後、世界全体として「ロック時代」に突入していきます。
まあ、私なんかもずっとロックを聴いていたわけですけど、ロックの種類もいろいろとありますが、基本的には確かに攻撃性の強い音楽ですので、若者も攻撃的になりやすくなる面は非常にあります。
ヘヴィメタル系の「悪魔的サイド」を売りにした中でのロックスターに、
オジー・オズボーンという人がいますが、彼は昔、テレビで、
「音楽は暴力を助長しない。攻撃性を高めるものだ。そのふたつはまったく違う。良いことを教えよう。攻撃性こそ成功の鍵だ。それが、アメリカ流ってやつさ」
というようなことを言っていますが、440Hz 、ロック、攻撃性こそ成功の鍵、というのは、現代の「アメリカ的社会」を象徴することで、このアメリカ的社会が、日本も含めた多くの社会構造となっているという面はあるかと思います。
そりゃまあ、世の中も荒れますよ。
ロック音楽には、シュタイナーが警告していた「悪魔の世界」と近い性質を持つ要素が含まれていることは、若い時代からロックにどっぷりと浸かっていた私から見ると、それは否定できません。
それにしても、今回の記事を書いている途中で何度も「なるほどねえ」と頷いていました。
たかが基本調律と思っていましたけれど、今書きましたロックのことにしましても、いろいろなことの間の説明がつくのです。いろいろと世の中の仕組みは、いろいろとあるのですねえ。

>学のなかった毛沢東が、歴史を無視して、バカでも読み書き出来るようにと、
は・・・。
それで日本も歴史見直しなのか?
毛沢東は混乱した中華を暴力でもって統一させるようなカリスマ性はあったのだろうが、経済政策とか文化政策とか、そういった文治政治には全くアホだったんだと思う。
汪兆銘の獄中詩
石をくわえてひたすらに
大海原をやりこめる
一人で飛んでも疲れない
鴎におくれをとるものか
(略)
堂々と北京で主義主張を通し
従容として囚人の名に甘んじよう
少年(自分のこと)の首を
さっぱりと斬ってくれ
たとえ肉体は灰と化しても
我が志はこの世にとどまり
燐の青い光は衰えることなく
夜毎に紫禁城を照らすだろう
「美のコンキスタドール 一度死んだ男・汪兆銘の魅力」
(2004年02月号 選択より)
その原文
啣石成痴絕﹐滄波萬里愁。
孤飛終不倦﹐羞逐海鷗浮。
吒紫嫣紅色﹐從知渲染難。
他時好花發﹐認取血痕斑。
慷慨歌燕市﹐從容作楚囚。
引刀成一快﹐不負少年頭。
留得心魂在﹐殘軀付劫灰。
青燐光不滅﹐夜夜照燕臺。
ttp://big5.gmw.cn/g2b/blog.gmw.cn/blog-1517-414235.html
薄毛の人には気になる名前>毛沢山w
> 土佐物語
土佐日記じゃないかな。著者の紀貫之は当時の教養人としてもちろん漢文は自由自在だったが、かな文字で書きたくて、わざとそうしたという。
石川九楊によれば、日本語の根幹の半分くらいは中国語(というか漢文)だといっていたが。
漢文知ってると、いろいろいいことあると思います。
そののち毛のなかった飯田橋さんは、カスに絡まれて…
>毛沢東が、歴史を無視して、バカでも読み書き出来るようにと、簡体字を作った。
コレは、ちょっと乱暴な意見だと思うけど。
毛沢東は日本の明治維新やそれに繋がる江戸時代の日本人が作成した
儒教関連著作や歴史にも通じていたよ。
近代中国の歴代権力者で海外留学経験が無いのは毛沢東だけですけどねぇ
>日本人は、中国人の上位互換ですからw
っつーか、文化・文明の行き着く先
→まさに極東&武力闘争に敗れた流民の終着点てのが当て嵌まるような気がします。