忍者ブログ

[PR]

×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

奴隷の平和、動物の幸福

文芸評論家山崎行太郎のブログ、「毒蛇山荘日記」から転載。
すべてはここにポイントがある。


「何故、現在の「奴隷の平和」「動物の幸福」に満足せずに、わざわざ独立とか自立とかを目指すのか」


対米従属派官僚や対米従属派経済人とはまさしく「奴隷の平和」「動物の幸福」を選択し、そこから利益を得ている人々である。そしてその「動物の幸福」の一部は国民大衆にも確かに配分されている。
ならば、それがなぜ悪いのか、というのが彼らの言い分だろう。自分たちこそ現実が分かっているリアリストであり、日本自立の空理空論など相手にしていられない、というわけだ。
とすれば米国における黒人奴隷解放は誤りであった、という話になる。
黒人奴隷は奴隷のままでいることが幸せなのだから、なぜ解放する必要があるのか、というわけだ。実際、アメリカ南部の奴隷所有者の意見はそうであったのだ。

さて、我々は奴隷の状態でいるのが幸福なのだろうか。
いくら所得が低下し、ワーキングプアが増大し、生活保護世帯が激増し、生活保護給付水準がどんどん低下しても「他国の一般庶民よりはまだまし」なのだから、これを「幸福」と思って我慢し、現状を受け入れるべきなのだろうか。
いくら政府に抗議しても原発は再稼働し、原発事故被害者は救済されず、どんどん困窮し、病死していっても、「まだそれより不幸な人はいる」から現状を我慢するべきなのだろうか。
どんなに抗議してもオスプレイは配備され、TPPはおそらく締結され、ACTAや人権擁護法案だか何かによって表現の自由も失われ、政治的発言もできなくなってもまだ「中国や北朝鮮に比べれば」自由だとか言って、我慢するべきなのだろうか。
あるいは現在戦火の中にあるシリアなどにくらべれば平和なのだから、この国に生まれた幸福に感謝するべきなのだろうか。

すべて、これらは「奴隷の平和」であり、「動物の幸福」なのである。
我々がこれに文句を言わない理由は、ただ一つ、「今ひどい目に遭っているのが自分ではない」からだ。
あるいは、≪文句を言えば、自分自身に不利益が生じる≫からである。そのようにこの社会は仕組まれているのである。

戦う者は、銃弾に倒れるかもしれない。そして、戦わなかった者はその死者の犠牲による新しい世界から利益を得るだろう。
賢い人間は、だから黙っている。そういう「賢い」卑怯者でこの世界は満ちている。
そういう「賢い卑怯者」を「奴隷」と言うのである。
「無知な者」を「動物」と言うのである。

鎖につながれているから奴隷なのではない。「奴隷」とは奴隷であることを自ら受け入れ、精神の高貴さを失った精神の在り方なのだ。






(以下引用) *明らかな誤字や誤記は一部修正してある。


今こそ奴隷の思想を排せよ

―― 奴隷の思想が自覚症状なしに蔓延している。

山崎 江藤淳が『奴隷の思想を排す』を発表したのは1958年のことだ。だがそれは叶わず、2012年現在、政治家やマスコミ、保守論壇は、奴隷の思想を拝している。この事実が彼らの沖縄をめぐる発想から証明されたことは、既に見た通りだ。

 奴隷の思想とは、幻想を無責任に信じ込む現実逃避に他ならない。戦後日本は多くの幻想、たとえばキレイな民主主義やクリーンな政治家、憲法九条、日米安保を妄信してきた。しかしこうした幻想に浸かって現実から目を背けるのは幼稚で無責任な振舞いだ。軍事力を負担しなくても国家は守れるという幻想の代償を、現に沖縄が払い続けているではないか。

少なくとも冷戦時代の日本人たちは、欺瞞と矛盾にまみれた厳しい現実をしっかりと直視していた。そしてその眼差しには、痛みと悲哀、そして悔しさが湛えられていた。大江健三郎はその想いを、著書『人間の羊』の中で「ヤンキー・ゴー・ホーム」という文学で著した。

この小説は、日本人大学生が、アルバイトの帰りに、米兵の乗り合わせたバスの中で、辱めを受けるが、何も声高に抗議も抵抗もせずに、屈辱感を抱え込んだまま立ち去って行く話だが、外国に占領され、外国兵の乱暴狼藉を黙って見ているしかない日本人の絶望と悲哀がよく描かれている。言い換えれば、大江健三郎の時代は、米国、ないしは米国人、米兵への怒りと憎しみが、存在したということだ。私は、若い頃から保守・右翼的思想の持ち主だったが、しかし左翼学生運動に命と人生を賭けて闘う学生たちの心情の奥底には、共産主義革命とか永世中立の理想とは別に、最も健全な民族自立のナショナリズムとしての「反米愛国」「民族独立」の精神があったと思う。逆に保守・右翼陣営で、「反米愛国」「民族独立」の精神を保持していたものは、江藤淳や三島由紀夫のような僅かな例外は別として、少ないのではないか。いずれにしろ、反米、親米に限らず、まともな思想家や文学者は、その心の奥底に反米愛国、鬼畜米英の精神を保持していた。いずれにしろ、左翼右翼というイデオロギーにとらわれない目で見ると自体(夢人注:「事態」か?)は明らかになるはずだ。大江健三郎の文学が戦後の日本で、一世を風靡し、最終的にはノーベル賞にまでたどり着いたのは、抑圧され、鬱屈した日本国民の怒りと屈辱感を描くことに成功したからだ。≫

しかし今や我々はその想いを忘れ、「ギブ・ミー・チョコレート」だけを覚えている。その後「ヤンキー・ゴー・ホーム」と叫んだのは、沖縄と鳩山元首相だけではないか。

しかし日本の保守派やマスコミは、鳩山由紀夫を「ルーピー」と呼んで嘲笑している。アメリカ政府からみれば、確かに「ルーピー」だろう。植民地国家の首相のくせに偉そうなことを言うんじゃないよ、というわけだろう。しかし日本人が、「ヤンキー・ゴー・ホーム」と言い放った鳩山由紀夫を「ルーピー」と呼ぶのは喜劇と言うより悲劇だろう。日本人よ、そこまでアメリカの奴隷国家、植民地になりたいのか、というわけだ。大江健三郎や鳩山由紀夫は、愚か者かも知れない。何故、現在の「奴隷の平和」「動物の幸福」に満足せずに、わざわざ独立とか自立とかを目指すのか、と。

ジョセフ・ナイ、アーミテイジ、ケビン・メアなどのジャパン・ハンドラーズと呼ばれる人たちの著書や論文を読むとよくわかる。彼等は、鳩山由紀夫や小沢一郎を、「ルーピー」だとか「安保音痴」だとかいって違反(夢人注:「批判」の誤記だろう)罵倒する。彼等にとって厄介な人物だからだろう。逆に、彼等の言いなりになる政治家を絶賛する。われわれは現実を直視しなければならない。鳩山や小沢の方が、現実と対決していると言わなければならない。

 彼らのように、我々は現実と向き合わなければならない。欺瞞と矛盾を一身に引き受けなければならない。それは凄まじい痛みを伴う。しかし、それこそが物事を「経験」するということだ。

この経験がなくては、現実を引きずりながら理想へ近づくことなど、決して出来はしない。

―― 山崎氏は、著書『それでも私は小沢一郎を断固支持する』において、現実を引きずりながら理想へ近づく政治家として小沢一郎氏に期待している。

山崎 リーマンショック以後のアメリカの弱体化をうけて、現在は「第二の冷戦終結」と呼ばれることもある。そしてまさにこの時期に、「第一の冷戦終結」のときと同じように、政治家小沢一郎が躍動している。マスコミをはじめとする知識人は相変わらず、これを単なる権力闘争として冷笑しているが、政権交代から民主党分裂、新党立ち上げに至る一連の動きは、リーマンショック以後の時代に対応しようとする、対米自立を志向した政治運動ではないか。今度こそ好機を逃してはならない。私はそのために、小沢一郎を断固支持する。

 第二の冷戦が終わり、主人であるアメリカが没落しつつある今、もはやアメリカの奴隷でいられる時代は終わった。今こそ我々は、対米従属と訣別しなければならない。奴隷の思想を排すためには、まず奴隷であると認めなければならない。それが痛みを伴いながら現実と向き合うということであり、日本の独立自尊へ向けた第一歩となる。

拍手

PR

庶民の間に金が無くて景気が良くなるわけがない

「崖っぷち社長」のツィートまとめが「新自由主義推進論者」のよく使う詭弁を小気味よく粉砕しているので、転載しておく。
誰かが、細部の論点を箇条書きにまとめてくれると非常に助かるのだが、それなら暇なお前がやれ、と言われそうだ。あいにく、そういう官僚的事務処理能力、文章要約能力は、私は持ち合わせていない。
こういう要約を誰かがしておけば、今後、馬鹿な新自由主義者との論争が楽になるのだけどね。
とは言っても、私は現実生活ではまったく論争能力が無い。頭の回転が非常に鈍いのである。相手の言葉を理解しようと考えている間に、話は何歩も先に進んでいるから、論争などできるわけがない。だから社会生活ではまったく無能力なのである。この世は「人前でいかに自己表現できるか」でほとんどが決まるのだから。まあ、それも結局は意志と自己訓練の問題だが。
ついでに言うと、苫米地英人は相手の話を聞いている段階ですでに自分の言うべきことを同時に考えていると言う。つまり「二重思考」である。訓練や慣れ次第でそういう技術も可能になるようだから、これから世に出ようという若い人は身につけるのもいいかもしれない。いや、多少の二重思考は誰でもやってはいるのである。相手の言葉を検討しながら聞くことが既に二重思考なのだ。(相手が喋っている間に、それを聞かないで自分の言うことだけを考えているとかいう、女性の議論とは話が別だよ。いや、これは私の考えではなく、さる女性が言っていたことだ)ただ、苫米地英人の場合は、相手の議論に対する反駁を最低でも三点、相手の言葉を聞いている間に準備するというから凄い。橋下と討論させても簡単に勝てるのは彼くらいではないだろうか。頭の良さも教養も段違いだし。ただし、少々、山師的な風貌もあるけどね。それに政治家というつまらない商売は彼にはデメリットの方が大きいだろう。あまりに自分の時間を取られ過ぎるはずだ。
今日は、引用文の内容解説はほとんどやらないが、読めば崖っぷち社長の明晰な頭脳の影響で、読む人の頭も少しよくなるはずである。(一言だけ言えば、「今の社会の不幸も悲惨もすべて配分の誤り、つまり政治の過ちが原因である」ということだ。)
まったく、こういう人間こそが真の経済学者なのである。
ついでに言えば、政治の土台は経済なのだから、彼は一流の政治家にもなれるだろう。度胸もありそうだし、弁も立ちそうだしね。


(以下引用)

共産主義がダメだと言われたときも「共産主義が中途半端」という話がありましたな。同じことなんでしょうな。 @KKnagomi 「本当の新自由主義じゃないからだ」「新自由主義が中途半端だからだ」って理屈なのかな。昔似たような話が散々あったけども
08-23 00:01
@KKnagomi さんのツイート、いつも参考にさせてもらってるけど、今日の一連の流れがすごいw ちょっとまとめてリツイートさせてもらおう。
08-23 00:02
まだ続きそうだけど、とりあえずいいや。新自由主義者がこういう詭弁を並べて、議論で勝った負けたやってるけど、ぶっちゃけそんなもんはどうでもいい。おいらの立場からすれば、そんな新自由主義的な世界はいやだし、お断りだ、のひと言で終了。それをバラ色のように抜かすのは自由だが所詮は主観。
08-23 00:11
そもそも、既得権益がどうこうって話があるが、憲法に書いてある生存権なんてのも、我々国民が本来なら主張すべき既得権のひとつ。新自由主義的な世の中が進んでなにが起こったって、そんな人間個人個人の既得権すらも捨て去られるようないまの状態だ。そんなもんをおいらは支持も歓迎もしない。
08-23 00:16
ああいう連中が好きなのは、もっともらしいことを抜かして、それが正道であるかのような流れにもっていくこと。おいらから言わせてもらえば、イヤなものはイヤでいい。それのなにが悪い。なにゆえ、自分の得にも利益にもならないものを詭弁で選択しなきゃならんのかって話だろ。
08-23 00:23
もっと主観的に、自分の欲求を主張していいんだよ。あいつらもまた、そんな自分たちの欲望をうまいこと隠して「公益」のように主張してるだけだ。理屈も理由ももっともらしいことも一切不要。イヤなものはイヤだと言っていい。ダメなものはダメだと拒否すればいいだけのことだ。
08-23 00:30
そもそも、新自由主義ってのは、かつての共産主義の亜種で、形を変えた全体主義でしかない。トップがレーニンなのか、ゴールドマン・サックスなのかって程度の違いだ。そのどちらも裏にいる連中はまったく同じ。連中が否定的に持ち出す「ソ連」は、まさにその未来の姿なのだ。
08-23 00:37
寝ようと思ったらこっちにも飛び火かw 99%以上の、資本力に対抗できる手段のない、選択肢すらあるようでない、奴隷化された人になんの自由があると? @mzw_neo それが出来るのも自由が故でしょうね @KKnagomi
08-23 01:22
べつに諦めちゃおらん。現実に、ある程度の新自由主義的な方針が進んだこの日本には、選択肢のない人たちが量産されてるではないか。それをさらに強めようってことだろ。 @mzw_neo 選択肢が(あるようで)無いと諦めるのは何故?
08-23 01:34
1%の人間が握ったら、それは既得権者の固定化にならんのか。選択肢作るには、経済的な足元揃えることが必要なんだよ。それを前提に自由ということならまだ理解できなくはない。景気は、単に日本はゼニのまわりが足らんだけ。給料が上がらない雇用自由化のほうがよほど問題。 @mzw_neo
08-23 01:46

なんとなく、わざと言ってんじゃないかって気がしてくるよね。 @KKnagomi 本気で言ってるのか?冗談なのか?
08-23 01:52
そもそも1%を目指してる人ばかりではないし、1%を目指さなきゃならない理由がない。なぜ1%にこだわる? 実現性はともかく、100%の安定的生活を目指し、その上で上を目指す人間が出てくることはべつに構わんと思うがね。 @mzw_neo 1%が入れ代わる流動性が大事
08-23 01:58
難しいことを言わんでくれw 経済という支配の構造に対抗するには、経済的な安定した立場ってのが必要だって考え方だ。 @mzw_neo それはマクロ経済環境の調整ですね
08-23 02:00
僕も寝てもいいですか?w @KKnagomi そろそろ寝ることにしますw おやすみなさい。
08-23 02:00
アルバイトの給料が上がるとなんになるわけ? その裏で安定的な雇用が大量に失われてるんだけどさ。だから詭弁だって言われるんだよ。多くの人にメリットがあると説得できれば、新自由主義を支持してくれるかもよ。僕はごめんだが。 @mzw_neo
08-23 02:03
そんなわけだから、明日以降にしましょうやw @KKnagomi かわりによろしく…というのは酷ですね。寝ようとしてたのにw @mzw_neo
08-23 02:04
らじゃw 実はまだ試してなかったりしてw @egroegsuoiruc スっぱいライム味らしいです。おやじギャグw とりあえず休んで下さい。 http://t.co/N2yUWZQN
08-23 02:04
了解w でもって、おやすみw @KKnagomi @mzw_neo いや、今日ここまででw
08-23 02:05
終わりにしようってのにw そもそも1%に富が集まったら、必然的にデフレに流れていくんだが。いま中国やアメリカでなにが起きてるかわかってる? 安定なんていらないっていうが、僕は安定こそが最優先と思ってんで、平行線じゃない? @mzw_neo
08-23 02:12
なんでパートで生活しなきゃならんのよ? 少なくとも僕はごめんだ。企業の将来不安は心配するのに、人間の将来不安はどうでもいいわけ? 人それぞれ考え方が違うのはしょうがないし理解するが、たぶん我々話してても平行線だぞ? 寝ようやw @mzw_neo
08-23 02:14
おはよw 起きたら、昨日の人からの「宿題」が山のように入っててビックリしたぜ。先に言っておくが、マジメに答えるのもこれで最後だぞ。そもそも、いったいなんのために新自由主義路線、市場原理主義路線を推進したいのかわからん。逆効果を狙ってわざとやってる気がしなくもないくらい。
08-23 06:01
ご自身で答え言ってるじゃないですか。1%に富が集まってどうやって需要ができるんですか? いまの日本で起こってるように、資本家と金融機関以外でカネが動かなくなるだけ。だからデフレに向かうんですって。 @mzw_neo 1%に集まるからデフレ?インフレ率は貨幣現象と需給関係ですよ?
08-23 06:04
僕が聞いたのは、米中でなにが起きてるか。数字だけ見ててなにになります? カネが一部に溜まってるだけで、一般庶民にまわらずに国内需要が冷えまくり、底辺はデフレと同時に物価高という最悪の状況下にありますよ。 @mzw_neo 日本と違って、両国とも名目で経済成長していますね。
08-23 06:07
起業は選択肢のひとつ。選ぶのは自由だし、昔から起業する人は起業してますよ。僕が言ってるのは社会の安定のための雇用の安定で、個人個人の選択とは無関係。 @mzw_neo 名目成長率が高いと開業率って上がります。つまり、究極に不安定な自営業や起業が増える現実があります。
08-23 06:10
昔からパートもあるじゃないですか。労働スタイルを選ぶのは個人の自由。僕は、安定的な雇用環境、つまり正社員を選択したくてもできないのが問題だって言ってんですよ。 @mzw_neo 労働スタイルの選択肢が増えますよ
08-23 06:14
よって、それは有効需要の問題。つまり、客である一般庶民に、将来不安を考えずに使えるカネがなければ解決しない問題ってことです。 @mzw_neo 企業は人間の将来不安を懸念して、正社員雇用を抑えているんですよ?期待名目成長率が上がらないとどうしようも無い問題です
08-23 06:16
意味がわかりませんw いまよりも規制が強く、公務員利権も山のようにありながら、カネがまわってみんな豊かで、むしろ公務員の給料が安いとバカにされてた時代ではないですか。 @mzw_neo その考え方が、おそらくバブルの頃を知らない0成長世代だからが故だろうと気の毒に思う訳です
08-23 06:18
一応、答えましたけど、なんのために市場原理主義路線を支持していらっしゃるのか、まったくお考えがわかりません。逆に質問しますが、社会や経済、国家について、どのようなビジョンをお持ちなんですか? どのような将来像を考えると、そういう考え方になるのですか? @mzw_neo
08-23 06:27
国がー、公務員がー、官僚がー、と言いたくなるのも、このご時世じゃしょうがない部分もある。単純にカネがまわってりゃ、それらの問題、誰も気にしないのだろうがね。結局、政治家も官僚も、国民食わせてナンボってことだ。
08-23 06:39
原発の問題なんぞを考えれば、そりゃ既得権益に問題がないとは言わん。しかし、TPPなんぞの規制完全撤廃路線にしたらどうなるかと言えば、企業の理論優先となり、やはり原発は止められなくなる。これらの問題はバランスが重要で、透明化を進めて、国民がそれを判断していく以外にないと思うのよな。
08-23 06:42
おいらが重視するのは、国民が「現実に選択可能な選択肢」を持つこと。当然、その選択肢も、どっかの誰かさんの都合で作られたものではなく、国民が主張した選択肢が存在しなければならない。むしろ、この状態のことを自由主義と呼びたい。
08-23 06:51
そうするためには、外資を含めた資本家や政府の横暴に対抗する手段が必要だ。そのためには、まず、経済的な足元を揃えて、最低限度の生活が安定的に行える環境でなくてはならない。そのための所得再分配のシステムも、国民が支持しないものを排除する規制も必要だ。
08-23 06:58
官僚利権や、それに群がる民間資本の行動に目をつぶれと言うつもりはない。ただ、それらをスルーして肥大化させてきたのは我々国民。さっき書いたように国として必要な仕事もあるし、事実、彼らが守り通してきた国益もかなりある。冷静な再評価とその上での国家の再構築が必要なんじゃね。
08-23 07:05
いま騒いでる尖閣とか竹島だが、日本がいつ国際司法裁判所に出ても問題ない状態なのは、官僚やそれと組んで動いていた大学などの研究機関が、過去の資料や文献をまとめていたからではないのかね。どうやって国民の言うことを聞かせるかってことが重要で、頭から全否定するもんじゃねえと思うがね。
08-23 07:12
むしろ官僚悪玉論が、財界などの「国富利権」にありついてる連中を利しているように思えてならんのよね。あいつら、国と組んではおいしい思いして、今度は規制撤廃方向で、国を破壊して国民の上に君臨する算段だろ。どっちに転んでも資本家の利益なのだが、そのへん気づいてる人少ないんじゃないかな。
08-23 07:19
そういうことですが、官僚を活用できる政治を作るために、国民の意識が変わらなきゃならないという意味で書いてます。 @12koku 官僚悪玉論は通りやすいし、あながち間違いでもないとは思いますが、官僚を盾にして悪事を働いている者たちの存在を忘れてはならないということでしょうか。
08-23 07:32
まあそうでしょうね。政治をどうにかするのが官僚改革の一歩ですから、あながち間違いではないですけどね。重要なのは、その政治家を守ることなのですが…。 @yohnoji @12koku 世間一般の人の中には、官僚すら透明の存在で単に「政治家がダメだから」と思っている人も多いですよ。
08-23 07:34
返信繰り返しても話かみ合わないし疲れるんで、最後にひとつだけ。要はカネが世の中にまわってれば、あなたの理想に近づくのでは? それだけなら僕も同じ考えですが、1%にこだわり、民主主義を否定して、多くの人間や企業から自由を奪い取る路線に傾倒する理由がわからんです。 @mzw_neo
08-23 09:47
なにを主張したいのかまるでわからんかったなw まあ、おいらは思想と言論の自由を尊重してるんで。いずれにしても、いまは民主主義なので、多数派にならんと実現は無理よ。頑張って口説いてください、僕は断固お断りだけどw というわけで、終了です、隊長w 報告しときますw @KKnagomi
08-23 09:54

拍手

福島の原発被害者・避難者の惨状

「阿修羅」から転載。
福島の現状、現実については大手マスコミにもほとんど取り上げられないので、想像しているしかなかったが、想像以上に悲惨なようだ。これははっきりと国家による殺人ではないか。原発事故以上に、その後の処遇によって避難者が死に直面しているのである。
補償の問題があるから避難することもできず、仮設住宅に今でも住んでいる人も多いはずだが、その住環境も恐ろしく劣悪なようだ。
ここに書かれた内容には主観や誤解も混じっているかもしれないが、その八割程度が事実だとしても、政府や東電の被害者への非人間的な扱いは慄然とさせられる。
脱原発の第一歩は、福島被災者救済から始めるべきではないだろうか。私は野田総理と反原発活動家の対話内容の詳細は知らないが、その中で原発事故被害者救済の話が出た、ということは聞いていないし、その面談のメンバーに原発被害者代表が含まれていたとも聞いていない。今やるべきことは、原発被害者自身が表に出て、被害者の現状を国民全体に訴えることではないだろうか。そして反原発活動家は、そのアシストをやるのが大事だろう。
記事のコメントの大半は省略し、その中で福島出身の政治家リストその他、重要性のある部分だけを掲載する。


(以下「阿修羅」より引用)

福島よりSOS!マスコミが伝えぬ福島の被災者の声と仕掛けられた罠 「福島では大変なことが、皆さん、本気で立ち上がってく
http://www.asyura2.com/12/genpatu26/msg/632.html
投稿者 石井広国 日時 2012 年 8 月 21 日 22:42:08: lgrsLYVwCYBHY
http://89wonderful.blog71.fc2.com/blog-entry-185.htm

ブログ「ワンダフルわーるど」から
http://www.asyura2.com/bbsup/up.cgi?ban=genpatu26&up=1
.................................................
lワンダフルわーるど
HOME » 原発のこと » Entry
福島より、SOS!
2012.08/18 (Sat)
*記事タイトル変更しました。
 この記事に関するお問い合わせ(支援協力希望など)はメールフォームよりご連絡を
 ください。追って、お知らせいたします。

福島の実状がなかなか伝わってこない中、
以下のメールをいただきました。
読んでいただければわかりますが、やはり、福島では大変なことが起きています。
皆さん、国もメディアもいっさい報道しないこのようなことを許せますか?
私は怒りで震えています。

福島の人を、見殺しにしようとしている国も東電も許せません。
ぜひ、拡散をお願いします。
(このメールのご本人より、実名・電話番号の転載も可、と了承をいただいていますが、
 問い合わせ殺到が予測されるため、それらについては、ここでは伏せます)
以下、転載
***************************************
福島の被災者をこのまま放っておいてはいけない。
皆様は福島の被災者の現実をご存じですか?
 私は昨年の6月から支援活動を始め、
現在は広野町、楢葉町、富岡町、大熊町、双葉町、浪江町、は南相馬(小高、原町、鹿島)の仮設住宅、借り上げ住宅、施設、幼稚園、小学校、中学校、
あわせて100カ所以上の方々に支援品送りをさせて頂いている者です。
一時は川内村、都路、葛尾村にも支援をさせて頂いておりました。
そうした中で、福島県の方々の苦悩を知るにつけ、この苦悩を見て見ぬふりしては
ならないと思うようになりました。どうか、皆様、現実の姿を知って、救いの手を
さしのべていただきたくお願い申し上げます。

 まず、支援品についてです。福島は未だ寝具、衣類、下着、食器、生活消耗品、水、お米、調味料、食品などが不足しており、皆さまの温かいご支援をお願い申し上げます。
 災害当初から支援は宮城、岩手に集中しておりました。福島は、原発への恐れからでしょうか、福島へ支援は入ることなく、宮城、岩手に流れておりました。
支援品があふれて困っているとお聞きした宮城に、福島にお願い出来ないかと問い合わせましたが、他県に入ったものを福島に流すのは無理とのこと、ここでも決まりがあることを知りました。
 私たちの義援金についてお話しさせていただきます。これは日赤の方からうかがった話です。
私たちの義援金はそのまま県に渡し、県から市町村、そして被災者にと委ねたそうです。

海外からの義援金は被災者への家電6点セット、教育支援、体育館、病院修繕費、ソフト事業費に。
日赤としては国から資金をもらうことはなく、以前からの日赤の資金で毛布配りをしたとのことでした。
被災者に義援金のことをたずねると、一家族につき5万円、7万円、30万円と町によって異なっておりました。
それにしても余りにも少ない義援金。私たちの義援金はどこに使われてしまったのでしょう? 被災者にとって悲しかったことは、
国からのお見舞金が何もなかったことです、とおっしゃっていました。

 東電の補償金についてお話しいたします。
東電は賠償金の一部として昨年秋頃、単身者75万円、一家族(2人でも7人でも一様に)100万円支払いました。

しかも申請のためには何ページもの書類を書かせられて。しかし、この賠償金は仮払金なので、
全額返すように言われ、12月頃から被災者は返金させられています。

また、昨年6月から3カ月毎に、精神的損害金が一人10万円ずつ支払われるようになりました。しかし、このお金も仮払い金なので、6月からの3カ月分を返済するように言われ、被災者は自動的に引かれています。
つまり、単身者は105万円、3人家族なら190万円を返金しなければならないのです。人によっては、毎月の10万円で返金することにした、という人もいます。何ということでしょう。お金のない被災者は、どうやって生きて行ったらよいのでしょう?
 国民年金のある人は月6万円で生活しています。光熱費、交通費すべてを6万円で。雪国の会津は灯油代の出費も加わり、食費が無く、食事を抜いている人もいると聞きます。被災者に国は生活保護制度を適用できないものでしょうか?

 国民年金の年齢に及ばない人、住宅ローンの残っている人、仕事が見つからない人は、さらに深刻です。

ある中学校の校長先生から「食事を食べないで来る子もいる。子どもたちはお八つをするチャンスがないので、せめて学校でお八つを食べさせたい。お菓子の支援が欲しい」と頼まれたとき、経済上の深刻さに唖然としました。

 双葉町の町役場の責任者からうかがった話ですが、
3月11日に職員は出張で仙台に行っていたそうです。
それで当日双葉町にいなかったからと言って、

東電はその人に賠償金を出さなかった、とのことです。
かわいそうに、その職員は、家を新築して3月13日に入る予定だったとのこと。
一日も住むことなく、ローンだけが残り、東電からは賠償金ももらえないのです。

 福島の被災者に対する国や東電の対応については、いっさい報道されないために、
地元の人でさえ本当のことが分からず、
「あなた達は東電のお金で楽な生活をしているんでしょう」と言われ、
子どもまでもがいじめにあっています。
周りから白い目で見られている被災者たちは、
お世話になっているからと小さくなって生活し、
家の中にこもりがちになり、孤独とストレスで、鬱病、
パニック症候群になっていく人が多く、
自殺者が絶えなくなりました。死んだ方がまし、死にたい人の気持ちがよくわかる、
とよく耳にします。
実際、また葬式?と思うほど、仮設の自治会長さんはしょっ中、
葬式先から電話を寄こします。
私どもが支援している方のお兄様も自殺されました。
原発で入れない地域のスーパーの店主。生きる希望を失ったようです。

 東北の方は、被災前は何世代も一緒に住む大家族が多いです。肩を寄せ合って生活していました。しかし原発によって、家があっても家に住むことが出来ず、家族はバラバラに引き裂かれ、

年寄りは一人仮設に預けられ、冷蔵庫の使い方もわからない方、
料理作りをしたこともない80代の方が、細々と生活しています。

子どもの声が聞こえない、ひっそりとした仮設で、
部屋にこもって出ようとしない人や精神的におかしくなった人、救急車の世話になる人が多くなったと、自治会長さんも悩んでいます。

 若い夫婦も、夫は仕事を求めて出稼ぎに行き、親子バラバラになり、
精神的に不安定になった妻はアルコール依存症になり、
子どもも不安定になり、家族崩壊状態です、と言って小学校の校長先生は胸を痛めておりました。
 仮設住宅は人間の環境としては考えられないほど最悪です。私にはとうてい我慢できないと思いました。4.5畳という狭い部屋、押し入れは半畳。収納場所がないため、最低限のものしか置けません。周りに品物を置くと空きスペースは寝るのがやっと。手足を十分に伸ばせません。

隣の人の話し声が聞こえるので、小さい声で話したり、テレビも小さい音にして聞いているとのこと。
屋根はトタンなので、今は冷房をしないとサウナ風呂に入ったよう。
窓は一つでベランダもないので、玄関の戸を閉めると、真っ暗で風通しが悪く、
穴蔵に入ったようで、夜は寝られず、熟睡できません、と言います。
2~3人家族は4.5畳2間、プライバシーを守ることもできず、空間がありません。
ある被災者は、「ここにいると息が詰まりそうで頭がおかしくなります」と言いました。

 冬になり暖房をすると結露で床や畳が濡れ、湿気でカビが生えます。また、
仮設は杭にチェーンで止めている所もあり、
大風が吹くと家が揺れて怖いという所もあります。
人間には生活環境が大切で、これでは心身の病気になっていくのは
当たり前と言えないでしょうか? 被災者を一日も早く、この環境から救えないのでしょうか? 本腰を入れてアパート等を作り、被災者を仮設から解放できないのでしょうか?
 
除染について、被災者の声をお伝えします。
「わたしたちの町は、もう住めないことが分かっている。
30年40年帰れないことも分かっている。だのに、住めない所をどうして除染するのか。
お金を捨てているようなものです。それよりも被災者の生活安定に目を向けて欲しい。
別なところに新しい町を作って欲しい。新しい住まいも作って欲しい。
除染ばかりに目を向けず、被災者の生活をまず第一にして欲しい。
汚染された所は仕方がない。そこを廃棄物置き場にしたら良い。ふる里を失うことは辛いです。しかし、前を向かなければならない。
私たちはもう住めないと思っているのですから。しかし、東電と国は除染したがる。そして解除したがる。解除して自宅に帰れると、補償金を出さなくて済むからです。国と東電は一つです」と、ある被災者は言いました。
 最近、驚いていることがあります。
南相馬市小高区は来年の5~7月ごろ除染することになりました。その前に

復興庁は2000万円の予算を出し、
被災者に日当で草刈り、ガレキ処理をさせることになりました。
「雇用の確保に、ということですが、それは放射能を浴びさせることです」と役場の人も言いました。

実際、現場で働く被災者が30分草刈りしたら1.25マイクロシーベルトあった、と言います。彼は担当者に言ったけど無視された、とのこと。
現場には役場の人は来ていません。
被災者はマスク無しで、普段着姿で働いています。弁当も出ません。そして、
5月から働きだして、3カ月過ぎましたが、

今でもお金は出ていません。8月10日過ぎに出ると言われた言葉を信じて、被災者たちは黙々と働いています。
「お金のない我々は農協からお金を借りて生活しています。
8月10日過ぎにお金が入ったら、農協に返金するつもりです。
1日8時間、月~土曜日まで働いています。休みは雨の日と日曜だけです。」
 皆さま、福島の方々は悲しすぎませんか? 全てが人道的に許されることでしょうか?
これは、国をあげての「いじめ」になりませんでしょうか? 
いじめは犯罪行為でもあります。私は国の無関心、対策の先延ばしに、
ナチスのユダヤ人虐殺が重なって感じられます。
どうぞ皆様、被災者を救ってください。
皆様のグループに現地の方をお呼びしてお話を聞いて下さい。
そして物品や義援金のご寄付をお願い申し上げます。
ご協力頂けます方は、よろしくお願い申し上げます。
 
******************************************::
以上。
.............8/18 引用おわり....................................

 
...............以下 8/21 のページ..............................
http://89wonderful.blog71.fc2.com/blog-entry-186.html
ワンダフルわーるど
HOME » 原発のこと » Entry


続・福島よりSOS!
                         2012.08/21 (Tue)
先日アップした「福島よりSOS」の追記になります。

あの記事の元になる‘お手紙’を書かれたご本人と直接お話しの上、
実名・連絡先を掲載してほしいとのことで、ここでアップさせていただきます。
ご本人より「覚悟のうえですから」とのことです。
この言葉を、どうぞしっかり心に刻んでください。

>>>批判は不要です。<<<
行動が大事です。
ぜひ、行動してください。

お手紙を書かれた方は、福岡百子さんという方。
電話/Fax 047‐346‐8675
携帯 080‐5547‐8675
支援方法や必要なモノについては、直接福岡さんとお話しの上、決めてください。

手紙の中にも書かれているように、
現在、福島で避難生活をされている方々は、経済的にも逼迫しています。
ですから、生活に必要なありとあらゆるものが不足しています。
仮設の近くにスーパーはあっても、「お金が無いから買えない」、のです。
また、蛇口をひねれば水は出ますが、「不安で飲めない」、のです。
また、避難区域が解除されても、解除先の自宅や庭は自分で除染を
しなければならないそうです。雑巾を5~6枚渡され、水も出ない自宅へ戻り、
線量の下がっていない場所で被曝を覚悟でそれぞれが除染をするのです。
しかも、水も出ませんから、トイレにも行けない、お掃除もできない。
皆さん、これが現実です。
テレビで報道されるのはこれとはまったく違う。

私は、とにかく避難をしなければならない、そう思っています。
放射能汚染のあるところで暮らし続けてはいけないからです。
そう思って、毎年、保養や疎開の受け入れをさせていただいています。
ですが、現実はこんなにも厳しい。
飲み水すら、まともに手に入らない。
米や味噌といった、基本的な食材すら手に入らない。

悔しくて悔しくてたまりません。
この国は、いったい何をやっているのか。

ともかく、行動です。
皆さん、本気で立ち上がってください。
時間はありません。

繰り返しますが、 >批判は要りません。<  余計な時間を使わせないでください。
よろしくお願いいたします。

..............8/21..引用おわり......................  

コメント








09. 2012年8月22日 03:50:27 : asrjsvXKos
民主党福島県総支部連合会
〒960-8041 福島県福島市大町7-25 アクティ大町5-4
TEL:024-529-6600 FAX:024-529-6649
民主党福島県第3区総支部
総支部長 玄葉 光一郎
住所 〒962-0832 須賀川市本町3-2
TEL 0248-72-7990 FAX 0248-72-8179
民主党福島県第4区総支部
総支部長 渡部 恒三
住所 〒965-0027 会津若松市花畑東3-34
TEL 0242-32-2220 FAX 0242-32-2244
民主党福島県第5区総支部
総支部長 吉田 泉
住所 〒970-8045 いわき市郷ヶ丘1-47-1
TEL 0246-46-0015 FAX 0246-46-1777
民主党衆議院東北ブロック比例区第3区総支部
総支部長 山口 和之
住所 〒963-8014 郡山市富久町八山田字前林10-4光ビル101
TEL 024-991-6330 FAX 024-991-6331
民主党福島県参議院選挙区第1総支部
総支部長 岡部光規
住所 〒960-8041 福島市大町7-25アクティ大町5F
TEL 024-529-6600 FAX 024-529-6649
民主党福島県参議院選挙区第3総支部
総支部長 増子 輝彦
住所 〒963-8014 郡山市虎丸町9-6
TEL 024-938-1000 FAX 024-938-0111
住所 〒964-0905 二本松市松岡214-1
TEL 0243-22-4500 FAX 0243-22-5533
民主党福島県参議院選挙区第4総支部
総支部長 金子 恵美
住所 〒960-8054 福島県福島市三河北町2-8ココ・メゾン1階
TEL 024-533-5455 FAX 024-536-3105
民主党比例区第79区総支部
総支部長 中村秀樹
住所 〒960-8041 福島市大町7-25アクティ大町5F
TEL 024-529-6600 FAX 024-529-6649
以上の情報は http://www.minshu-fukushima.jp/soushibu/index.html からです。
話を聞く価値があるのかどうか・・・










17. 2012年8月22日 17:39:38 : aVgkCnBWyo
氏名を公表してまで声をあげたの福岡百子さん1人のようだが、こういう
状況の方が他にもおられたのなら、力を合わせてこう言う東電の汚い補償
について、netなどに公表されるべきと思います。
1人ではいかんせん説得力に欠けると思いますが、こう言う「事実」がある
ことが、知れ渡るだけでも東電には痛手になるのではないかと思われます。
同じ状況の方と連絡取れる方法を見つけて協力されることをお薦めします。
 阿修羅などが、その掲示板にでもなればいいんですが、管理者殿 阿修
 羅訪問の皆さんや、被災者同士が相談や連絡出来る専用掲示板の新設 
 ご検討お願いいたします。

ー怪傑









24. evergreen 2012年8月22日 23:43:33 : dfalzZkQMN.IA : pjn9mBHiZQ
この記事を読んで 先日知り合った方(仙台市在住)からお聞きした事と一致し被災地の惨状に心が痛みます。 その方も「政府は何もしてくれない、東電からは 電気製品6点セットがおくられてきただけで何の役にもたたない、自殺者は増える一方で 非常につらい」ということでした。「賠償金をもらうためには 約100ページからなる用紙に記入しなければならなかったのでほとんどの人はあきらめてしまった。最近改正されたけど、結局 60ページはある」とのことでした。私は被災地から遠い四国に住んでいて実際の声を聞いたのはこの時が初めてであり、本当につらく思いました。






30. 2012年8月23日 07:39:13 : Xs0Gj9F23E
29です。実際東電の「仮払金」が、「借払金」扱いなのかに疑問を持って検索してみたら、こんなのがありました。
http://oad.seesaa.net/article/215806874.html
*****以下コピペ*****
>東電 仮払金には領収書が必要
東電が出す仮払金には
重い条件がついているんですね・・・。
1)
東電から 100万円 貰ったが (仮払金) 使えないって
生活必需品 とか 食べ物 とか 東電が 認めた物以外には 使えず
領収書 とか 写真とか 必要  あと 返金させる場合も あるとかで
(仮払金)貰った人 全員 お金 使わないって 話
http://ameblo.jp/kumabe/entry-10922500219.html
~~~~~~~
2)
原発近隣から避難してきた一家に、東電から支払われた仮払金。
払われてからしばらくして一通の東電からの通知が。
「使わなかった仮払金はすみやかに返還すること。尚、使った分は領収書を提出するように」
…って何?
『仮払金』って、東電に頭を下げて「戴く」モノなの?
私は東電が「払わせて戴く」ものだと思ってたけど。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1752384381&owner_id=4270261
~~~~~~~~~~~
3)
住民票は夫の実家に残したままとなっていますが、東電からは「住民票がなければ、仮払金は支払えない」と言われた
http://toki.2ch.net/test/read.cgi/news2/1300644923/
(事実の確認は難しいが、これだと引越直後の人は大変だね。)
~~~~~~~~~~~
4)
東京電力の仮払金100万円の説明があったのですが、 使った分だけ領収書を必要として、余った分は返さなければならない
http://www2.machi.to/bbs/read.cgi/touhoku/1303555418/
~~~~~~~~~~~
5)
東電が幼稚園や老人ホーム、診療所への仮払金の支払いを拒否していることが、毎日新聞の入手した文書などで分かった。
http://7ch.viewerd.com/newsplus/1310763561/
(少なくとも診療所はOKにすべきでは?)
*****コピペ終わり*****
どうやら、これは事実のようです・・・。なんとも酷い実態!!


拍手

日韓という仲の悪い親戚も戦争まではしない

「内田樹の研究室」から転載。
内田樹は時々こういう鋭いことを言うから面白い。私が「日本も韓国も米国の属国なんだから、米国がこの両者の戦争を許すわけがない」(徽宗皇帝のブログ)と大雑把な言い方をするところを、実に神経細やかな、説得力のある言い方で言う。しかも、「米韓相互防衛条約」などというものまで証拠として出すのだから、誰でも納得する。
そのあたりが、学者らしいところだ。素人の思いつき垂れ流しの雑文とは違うようである。でも、小田嶋隆はもっと素晴らしい。
あらゆる領土問題をたった3行ほどで片付けてしまったのである。

小田嶋 隆‏@tako_ashi
マンションの壁にだってある程度の厚みは必要なわけだし、国境にグレーゾーンがあるのはむしろ自然な話なんではなかろうか。っていうか、そもそもマンションの壁は「共用部分」で、壁を挟んだどちらの部屋の所有にも属さないケースが普通ですよ。

と。(あんまり感心したので「アンファニズム」にも掲載した。)


(以下「内田樹の研究室」から引用)



竹島はまた違う問題である。
さいわい、この問題は今以上こじれることはない。
「こういう厭な感じ」がいつまでもエンドレスで続くだけである。
あるいはもっと重大な衝突が起きるかもしれないが、軍事的衝突にまでは決してゆかない。
それは私が保証する。
というのは、もし竹島で日韓両軍が交戦状態に入ったら、当然日本政府はアメリカに対して、日米安保条約に基づいて出動を要請するからである。
安保条第五条にはこう書いてある。
「両国の日本における、(日米)いずれか一方に対する攻撃が自国の平和及び安全を危うくするものであるという位置づけを確認し、憲法や手続きに従い共通の危険に対処するように行動することを宣言している。」
領土内への他国の軍隊の侵入は誰がどう言いつくろっても日本の「平和及び安全を危うくする」事態である。
こういうときに発動しないなら、いったい安保条約はどういうときに発動するのか。
他国の軍隊が自国領に侵入したときに、米軍が動かなければ、日本国民の過半は「日米安全保障条約は空文だった」という認識に至るだろう。
それはもう誰にも止められない。
そのような空文のために戦後数十年間膨大な予算を投じ、軍事的属国としての屈辱に耐えてきたということを思い出した日本人は激怒して、日米安保条約の即時廃棄を選択するだろう。
竹島への韓国軍上陸の瞬間に、アメリカは東アジアにおける最も「使い勝手のよい」属国をひとつ、永遠に失うことになる。
それに米韓相互防衛条約というものがあることを忘れてはいけない。
これは「戦時」における作戦統制権は米軍にあると定めている。
だから韓国軍の竹島上陸という「作戦」は在韓米軍司令部の指揮下に実施された軍事作戦なのである。つまり、「韓国軍の竹島上陸」はすでに日米安保条約をアメリカが一方的に破棄した場合にしか実現しないのである。
その場合、日本政府にはもはやアメリカと韓国に対して同時に宣戦を布告するというオプションしか残されていない(その前に憲法改正が必要だが)。
しかし、軍事的に孤立無援となった日本が米韓軍と同時に戦うというこのシナリオをまじめに検討している人は自衛隊内部にさえいないと思う(なにしろ北海道以外のすべての日本国内の米軍基地で戦闘が始まるのである)。
そんなことは誰も望んでいない。
日本人もアメリカ人も韓国人も、誰も望んでいない。とくにアメリカが望んでいない。
小さな島ひとつの所有をめぐっての日韓の意地の張り合いのせいで、アメリカの19世紀からの150年にわたる西太平洋戦略が灰燼に帰してしまうのである。
そんな情けないことをアメリカが許すはずがない。
あらゆる手立てをつくして竹島における戦闘行為の発生を抑止するはずである。
だから、安心してよい、というのもひどい言い方だが、ほんとうなのだから仕方がない。
このことからわかるように、外交についての経験則のひとつは「ステイクホルダーの数が多ければ多いほど、問題解決も破局もいずれも実現する確率が減る」ということである。
日本はあらゆる外交関係において「アメリカというステイクホルダー」を絡めている。
だから、日本がフリーハンドであれば達成できたはずの問題はさっぱり解決しないが、その代わり破局的事態の到来は防がれてもいるのである。
今さら言うほどの話でもないが、たまには思い出した方がよいと思うので、かくは贅言を弄したのである。

拍手

希望の虚妄なること絶望に相同じい……あれっ?

勝手気ままな形而上的妄想作文にうんざりしている人も多いだろうから、少し時事的な話もしておく。
福島県産野菜は安全だとマスコミも政府も口を揃えて言い続けていたが、その後どうなったかというと、……まだ放射能に汚染され続けているのです。(ここで「笑」などと書くと怒られそうだから、書かないが、書いたも同じか)
市場に出ているのは放射能検査を受けた安全な作物だけだと主張するかもしれないが、放射能は目に見えないから、安全性など確信できるもんじゃない。
渡る世間は嘘だらけ、というのは3,11以降に日本人が学んだことである。政府も学者も業者も経済界もマスコミも嘘つきばかりである。
風評被害がどうこう言われても、それ以前にあまりにも騙されすぎたので、少しでも疑わしいのは信じないほうが安全だ、という気持ちに誰もがなっているかと思う。
福島の農水産業は原発事故が起こった時点でもはやほとんど回復不可能な状態になったと考えて、新しい産業を考えるべきだろう。
いつまでもわずかな可能性にしがみついていることで、新生の可能性も無くしてしまうことになるはずだ。


(以下引用)



2012年08月22日15時00分

提供:毎日新聞



. .

 市場に流通しない自家栽培の野菜を食べた福島県の70代男性2人が、比較的高い1万ベクレル超の放射性物質を取り込む内部被ばくをしていたことが、東京大医科学研究所の調査で分かった。うち1人は約2万ベクレルに達したが、これによる被ばく線量は年0.85ミリシーベルトで、国が設けた食品からの被ばく限度(年1ミリシーベルト)は下回った。調べた坪倉正治医師は「健康被害が出るレベルではないが、自家栽培の野菜などを食べる場合は検査してほしい」と話す。

 2人の男性は、同県川俣町と二本松市在住。今年7~8月、内部被ばく量を測定する装置「ホールボディーカウンター」を使い、体内の放射性セシウム(134と137)の量を調べた。その結果、川俣町の男性からは1万9507ベクレル、その妻からは7724ベクレルが検出された。二本松市の男性の内部被ばく量は1万1191ベクレル、妻は6771ベクレルだった。いずれも東京電力福島第1原発事故で放出された放射性セシウムを食品から取り込んだとみられる。

 川俣町の夫婦は、同県浪江町の原木で自家用に栽培したシイタケや自宅近くで採ったタケノコ、干し柿などを毎日食べており、シイタケからは14万ベクレルを超す放射性物質が検出された。二本松市の夫婦は、この夫婦からもらった野菜を食べていたという。【河内敏康】

拍手

逆優先席という思想

「ヤフーニュース」から転載。元記事は「プレジデント」のようだが、なかなかいい記事である。
ここに書かれている事例は、両親の貯金が2000万円あったという恵まれた例だが、それでも、親の介護でほぼ破産状態である。もっと貧乏な家庭なら一家心中するしかないだろう。
で、この問題を解決するのは実は簡単な話で、認知症になった段階で、その対象者を「殺処分」すればいいのである。
「殺処分」が聞き苦しいなら「安楽死」でも「尊厳死」でもいいが、できれば60歳くらいを期に、全国民に対して意思確認をするのがいい。それは、自分が将来認知症になった場合、「殺処分」されることに同意するかしないかという意思確認だ。(いや、認知症でなくても、精神的肉体的障害などで生活の見込みが立たなくなった人間は国家が殺してやるという施設を作ればいいのである。だが、そこまでは難しいだろう。)
というのは、認知症になった人間にはもはや自殺すらできず、生きれば生きるほど周囲を不幸にするだけであるからだ。不幸でないのは、それで金儲けをする施設や機関だけだろう。そういう人間は国家の手で殺してやるのがお慈悲というものだ。これこそ究極の福祉国家だろう。
芥川龍之介の「河童」の社会では、生まれる前に胎児に対して(笑)生まれたいかどうかの意思確認をする。自分の両親からの遺伝や財産状況などから自分の将来像を予測して、暗い将来が予測されるなら、生まれる前に流産させてもらうわけだ。
そこまでの親切を国家に求めることは困難だし、さすがに胎児段階でそこまでの判断はできにくいだろうから、せめて60歳くらいで自分の将来の大事なポイントについての意思確認をさせるのがいいのではないか。
それが、冗談抜きに国民を介護地獄から救う道だろう。
念のために言っておくが、これは「役に立たない人間は殺せ」という思想ではない。60年も生きた人間は、そこまで生きていない人間にこの世界の座席を譲るべきだという「逆優先席」の思想である。
もちろん、経済的にこの社会が老人や病人に無制限に金を投入できるユートピアであれば、この問題そのものが存在しない。結局、老人というのは現在の経済社会では介護産業や医療産業のための資源でしかない、という話である。と言って、自力で自分の親を殺すと犯罪だし、このままだと介護問題は「出口無し」の地獄だ。
もちろん、自分たちがどんな経済的困難に陥っても、認知症の老親の介護をするのが誇りであり、生き甲斐である、という立派な人々には、まあ頑張ってください、と言うしかない。
ただ、そういう「立派な人々」を社会全体の標準や指標としてはいけない、ということだ。一部の人々の立派な生き方や立派な言動が逆に社会全体を誤らせることもある。こういうのもまた「合成の誤謬」と言えるだろう。


(以下引用)*後半省略。


入院2年、老親の2000万がなぜ底をついたか

プレジデント2012/8/13 08:00
西川修一=文 山口典利、松田健一=撮影

証拠調査士平塚俊樹メーカーのクレーム処理担当等を経て2004年より企業・弁護士等を対象に危機管理コンサルティング。著書に『Lawより証拠』ほか。

■母がタクシーで徘徊 一回で3万円超請求

 “その日”は必ず訪れる。しかし、親が元気なうちに介護のことを考えるのは億劫だ。考えたくないことは考えず、中途半端な情報でタカをくくってしまう。

 それだけに、いざその事態に陥ったときの動揺は大きい。

 「トラブルで食ってる僕ですら、ひどいものでした」――警察・医師・法曹界に幅広いネットワークを持ち、危機管理のコンサルティングを専門とする平塚俊樹・武蔵野学院大学客員教授(44歳)は、8年前、父親(当時73歳)が認知症となった当時をそう振り返る。今でこそ介護関係者の相談にも乗っている平塚氏だが、かつてわが身に起こった“親の介護”という突発時に、ベターな方策を選び続けるのは難しかった。

 父親が居宅の近所を徘徊するようになった頃、平塚氏夫婦は実家から車で30分程度の場所に自宅を購入していた。

 「当時はまだGPSを使った本人の位置確認ができなかった。言葉は話せても自宅に帰れなくなる、警察に保護され迎えに行く、という日々が続き、介護認定を周囲から勧められたんですが……」

 母親(当時67歳)がかたくなに嫌がった。父を自宅に閉じ込め、区役所の担当者が来たら「出ていけ」と邪魔をする。離れて暮らす実姉が母親の肩を持ったために家族ぐるみの大ゲンカ。そこで、母親が不在の間に、近所の人々や医師の協力を得て介護認定「3」を取得。デイケアと訪問介護を半々で続けた。

 そんなある日の夜中の3時頃、平塚氏の携帯電話に救急隊員から「今すぐ来てください」と連絡が入った。

 徘徊した父親が階段から落ちて、頸椎を骨折したのだ。そのまま労災病院の個室に運び込まれた。しかし、そこで「うちは介護病院じゃありませんから、看護師一人付きっきりにするのは保険適用外」と言われ、費用は実に月80万~90万円。しかも、「今の保険制度では、面倒を見られるのは3カ月だけ。次の病院を探してくれ」といわれた。

 ソーシャルワーカーとともに「まるで就活みたいに」あちこちの病院に電話をかけまくり、面接を繰り返した。ようやく見つけた介護専門の病院も、入居すれば月額30万~40万円。やはりリミット3カ月を言い渡された。

 困ったことに、父親は転倒時に通帳、財布、キャッシュカードを紛失していた。

 「銀行に行ったら、『本人じゃないから通帳の再発行はできない。本人を連れてきてください』。でも、父は病院から出られない。途方に暮れていたところで、両親と20年以上付き合いのあった銀行支店の融資係長が声をかけてくれた」

 幸い、その融資係長が気を利かせて代理人契約を結んでもらい、ようやく父親名義の預貯金を使えるようになった。

 このころから、母親の様子もおかしくなってきた。父親の面倒を見る平塚氏の携帯電話に、毎日150回以上電話をかけてくる。生肉を食べ、冷蔵庫の中をすべて腐らせた。タクシーで何度も徘徊し、請求額が毎回3万円超……平塚氏は、ついに当時の勤務先を辞めた。

 「介護休暇なんてなかった。母親を保護した警察から突然連絡があっても、有給休暇では対応できない。当然、営業成績は下がります。嫁は嫁で私が両親に時間の大半を取られているのが気に入らずケンカの毎日。もう辞めるしかないですよ。デイケアの方から『実の息子が面倒を見るのは珍しい』と言われました。サラリーマンだと、妻に丸投げする人がほとんどで、多くの夫婦が離婚に至るそうです」

その次に見つけた有料の住居型老人ホームも月50万円。ようやく事の重大さを悟った姉夫婦が奔走、月35万円の老人ホームを探し出した。

 「姉と連絡を取って、母親を『旅行だ』と騙して連れていきました」

 しかし、健康保険だけで2人で月5万円、住民税が3カ月に一度、約5万円も支払わねばならず、そこに医者の治療代や生活費も加わった。一児を持つ平塚氏の妻の病気入院も重なった。

 「僕が約300万円持ち出しました。いまだに借金が残ってます」

 その後、姉が苦労のすえ嫁ぎ先の地元の特別養護老人ホームでようやく空きを見つけた。が、「地元住民である」ことを示さなければ特養には入れない。そこで、姉が嫁ぎ先の実家にいったん父親を住まわせ、そこから特養に通わせる“儀式”を経てようやくそこに落ち着いた。

 「母についても同様の儀式をやってから、同じ特養に入れた。向こうの実家には本当に迷惑をかけました」

 約2年間の回り道。その間に、両親の預貯金2000万円を使い果たした。

拍手

福島原発事故の再考察のために

今日の「徽宗皇帝のブログ」の補足として、「マスコミに載らない海外記事」のアンソニー・ホールの記事を全文転載する。長い記事なので、本当は福島原発事故に関する部分だけにまとめたかったが、今日は日曜日だから、この程度の長さなら読む余裕はある人が多いだろう。
特に解説は無用だと思うが、この記事を載せた意図は、世界の人間は福島原発事故をどう見ているか、ということを知らせたかったからだ。まあ、たいていの読者にとっては釈迦に説法かもしれないが、この記事をまだ知らなかった人には利益があるだろう。


(以下引用)*元記事には放射能被害者(幼児)などの悲惨な写真などもあったが、こちらのブログでは画像はコピーできないので、それは自動的に省略になる。まあ、休日の朝から放射能障害による奇形児の写真は見たくはないだろう。


福島第一: 原子力発電所から核兵器第一へ




2012年6月13日


Veterans Today


Anthony Hall



“我々の世界は、これまで想像されたことのなかった危機に直面している… 解放された原子の力が我々の思考方法以外のあらゆるものを変えてしまった為、我々は未曾有の大惨事へと押し流されつつある”

アルベルト・アインシュタイン、Bulletin of Atomic Scientists(原子力科学者会報)、1946年5月


アルベルト・アインシュタインの警告と福島第一原発の不吉な運命


福島原子力第一発電所における大災害は、危険性が減るどころか、益々増しているという悪い知らせが順次広がりつつある中、アルベルト・アインシュタインの言葉が思い起こされる。伝説的物理学者アインシュタインは、その要員が1945年に広島と長崎に投下された最初の原子爆弾を設計し、製造した、マンハッタン計画が起動するのを手助けしたことを想起願いたい。1939年のアメリカ大統領フランクリン・デラノ・ルーズベルト宛の手紙で、もしアメリカ合州国が、核兵器の破壊的潜在力を利用する競争に参加して、勝利しなければ、ドイツはほぼ確実にそうするだろうとアインシュタインは警告した。


マンハッタン計画は、ドワイト・D・アイゼンハワーが後に“軍産複合体”と表現した、アメリカ政府と営利目的の大企業が結びつく協力による研究開発R&Dの主な原型となった。日本とドイツとイタリアが提携する枢軸国を打ち破ることを狙ったこの壮大なイニシアチブにアインシュタイン自身は直接参加はしなかった。20世紀で最も偶像的な思想家の一人だった彼は、他の物理学者達や科学技術者達が、アインシュタイン理論の多くを核兵器製造に応用するのを傍観者としてながめていた。


広島と長崎の原爆による破壊のみならず、東京や他の幾つかの大都会への大規模絨毯爆撃によって、日本が灰塵と帰した後、アインシュタインは彼の恐れと懸念を公表した。様々な翻訳や言い換えをされてきた有名な一節で、アインシュタインはこう述べている。“我々の世界は、これまで決して想定されなかったような危機に直面している…解き放たれた原子力が、我々の思考方法を除くあらゆるものを変えてしまったので、我々は未曾有の大惨事へと押し流されつつある。”



アルベルト・アインシュタインは、人の思考方法は、内なる宇宙の分子構造から放射される莫大なエネルギー源を取り出すことによって世界にもたらされる変化に適応するようにはできないと懸念していた。



実験室としての日本


1945年以後、そして、日本で稼働中の一番古い原子力発電所を破壊した、相互に連結した危機の連鎖反応を、津波が起動させた日、2011年3月11日以前の時期に、アインシュタインが予測した大惨事の予告のようなものは多数あった。この局所的な出来事が、危機の初期段階の現在では想像することすら困難な形で世界を変換してしまい、我々が知っている日本を何らかの形で終わらせてしまう国家的、地域的、世界的連鎖反応に拡大してゆくという証拠は日々増大している。


この変換の方向と質は、科学探求やテクノロジー革新の先達にによってもたらされた思考方法を、私たちがその変換に適応できるかどうかに大いに依存している。内なる宇宙の中に深く入り込み、分子構造の物質から放出される不安定なエネルギー源を取り出するという方向に進むことを決めたことによって、我々の文明はアインシュタインの予言に我々を直面させる形で変えられてしまった。


日本の東海岸にあった、40年を経た古い設備は、福島第一原発が破壊された時点では、核技術のバーチャル博物館だった。6基のGEマークI原子炉の設計は、アメリカ海軍の最初の原子力潜水艦用に1950年代初期に開発された発電装置を流用したものだった。


津波が襲った時、これら年代物のGE原子炉の一基、3号炉には最新世代のプルトニウムを混ぜたアレバのMOX燃料棒が満たされていた。巨大な爆発によって、原子爆弾の基本原料プルトニウム同位体が500種ほどの放射性核種の中に混じって、現在、大気、海、地下水へと拡散されるようになり、福島第一原発は世界最大で最も恐ろしい核兵器へと転換した。


日本語で「だいいち」というのは「一番」を意味している。福島だいに、福島第二原子力発電所も、福島第一より更に11キロ東京に近い太平洋岸に位置している。福島第二も3/11には大きく損傷した。現在日本の54の原子力発電所の一基を除く全てが完全に停止している。



日本の原子力災害の全貌に関する極めて重要な情報は、依然として国民に知らされていないと疑うあらゆる理由が存在する。日本の原発インフラに対する生命を脅かす被害は、福島第一では終わらない。嘘、秘密主義、軍事的な基盤で悪名高い業界に対する国民の信頼の欠如と、信用できる規制の欠如が、決意を活性化し、地学的に世界で最も不安定な地域の一つにある原子力電力網を二度と再稼働すべきではないと要求する動きを、日本国内でも、世界中でも強めている。


津波の危険を伴う日本での地震頻度と激しさが大きくなっているという証拠の増大により、そもそも決して建設されるべきではなかった原子力施設の恒久的廃炉の為の議論の緊急性は増している。この不安定な地域の下に横たわる構造プレートの中で、何らかの基本的な変化が起きているように思われる。


福島の大災害は、いまだ初期段階にすぎない


福島大災害の最悪な事態は、過去というよりは、将来に起きるという認識が増大することにより、アインシュタインの見方の適切さは、はっきり浮き彫りになっている。実際、アインシュタイン警告の予言的な特質は、日本で放射能を放出している福島第一原子力発電所で、一体何がこれほどまずいことになったのかということの恐ろしい影響に含意に、余りに多くの政府、マスコミ、学界、そしてとりわけ、資金潤沢な原子力産業の心臓部が、適切に対処しそこねていることに、くっきりと反映されている。


古い時代遅れの感覚ゆえに、この未曾有の出来事の一体化において増殖する脅威を、官僚が認識し損ねたことは、極めて重要な言外の意味がある。福島第一原発で行われていること、更に重要なのは、そこで行われていないことが、解き放された原子の力が、我々の古い思考方法以外のあらゆるものを変えてしまったというアルベルト・アインシュタインの極めて重要な見解を、悲劇的なまでに例証しているのだ。




福島大災害の本質の正しい認識を阻んでいる主な障害の起源は、1950年代のプロパガンダ・ミームにまでさかのぼる。1953年末、アメリカ大統領ドワイト・D・アイゼンハワーの国連における“平和のための原子力”演説で始まった、このプロパガンダ・ミームは、原子力産業内部の二重の区画と完全に関係を断つことを狙っていた。


原子力産業の民生部門とされるものは、優勢な軍事部門とは全く別物だと世界中の人々はだまされてきたが、この差異など実は幻影だ。そもそもの発端から、発電用の核エネルギー開発は、核兵器製造という、非常に儲かるが全く不道徳な事業に対する偽装PRとなるよう設計されていた。実際今日に至るまで、爆弾製造業者は、大量破壊兵器用のトリチウム等の様な成分を、原子力発電所の稼働から得ている。


http://www.timesfreepress.com/news/2010/feb/03/sequoyah-to-produce-bomb-grade-material/


二重性といううわべが、福島で一体何が実際に起きているのかを困難にしている。発電という、一見無害な目的のために建設された設備が、強力な原爆の巨大武器庫より遥かに大規模な破壊の可能性を持った核分裂性物質が高く積み上がった固定兵器へと、突如変身するのを、我々は福島で目の当たりにしていのだ。


ゆっくりではあるが確実な大量破壊兵器として機能する放射能




福島で何が起きているかという厳しい現実に、正面から向き合うためには、様々な種類の核放射能が、生命の循環再生に与える強力な影響を多少理解する必要がある。放射能そのものは宇宙と同じくらい古いものだが、人類が核技術の力によって、この自然力を生み出すという能力は、太陽の下、新しいものなのだ。


神のような作用によりエネルギーを解放するという、人類の新たな方法で、生命の遺伝子の青写真、我々の生存のDNAそのものを変えてしまうというのは、アインシュタインが我々に警告していた変化の中でも最も重大な変化だ。福島の放射能放出に対する、これまでの日本と国際的対応の驚くべき失敗によって、いつ何時にも、本格的核戦争で放出されるであろう量を越えて、放射能放出が急増しかねないことは、アインシュタインの最悪の恐怖の悲劇的な立証になっている。福島の核大災害は、これまでのいかなる危機以上に、我々人類が、特に我々の指導者として出しゃばっている連中が、原子を分裂させることで解放された変化に適応すべく、古い思考方法を変え損ねたことを例証している。


生物学的変換に対する放射能の影響を測定、理解する科学は依然初期段階にある。ところが、1945年以来、生命再生の自然パターンに対する放射能の影響を否定し、否認し、実際よりも軽視するのが応用原子力を推進する人々の体質だ。この否定の文化の根源は、広島と長崎の爆撃による破壊の第一波を生き抜いた、あらゆる人間、植物と動物の放射能汚染に対するアメリカ政府幹部の公式対応にある。大規模な人間集団の健康に対する放射能の影響と取り組むことをいやがっている様子は、1945年9月13日のニューヨーク・タイムズの見出しに記録されている。見出しは“広島の廃墟には放射能皆無”と宣言していた。

http://japanfocus.org/-Gayle-Greene/3672



アメリカ政府による日本の民間人に対する原爆爆撃から始まった核時代以後、何十年にもわたって、官僚世界の正式な立場はほとんど全く変わっていない。業界が生み出した放射能の、公衆の健康に対する影響は、その源がなんであれ、ごくわずかだと、再三再四彼らは我々に請け合ってきた。例えば大気中核実験や、核物質の採鉱、処理と、核兵器を含めた核製品の製造や、核のエネルギー力を発電や船舶や潜水艦の推進力への利用は、全く恐れる必要などないと説得することに、再三再四、公的資金が使われてきた。


はたして、福島の核大惨事でも、非常事態の本当のひどさ奇怪さを現実の通りに描き出し損ねて、これと全く同じパターンの偽情報が悲劇的に繰り返されている。1945年以来の専門家連中による不正行為の体制は、自ら共犯者となることを放置してきた、原子力産業幹部や、政府や、マスコミや学界の連中による福島事故の隠蔽工作にも及んでいる。大衆の健康に対し、致命的な影響の可能性があるものから、自分や家族や地域社会を守るべく最善を尽くすのに必要な情報を与えずにいることの、法的意味合いはどうなのだろう?


核汚染の影響を実際より軽く扱うという、今も継続中の官僚世界の癖は、何十年も続いているタバコ産業のはぐらかしの歴史と似ている。喫煙が健康に大きな悪影響を与えることを証明する膨大な証拠を認めようとしないタバコ産業の取り組みが、まだ目に入らないような人などいるだろうか?


これに等しいより最近のものは、主要産物を莫大な規模で燃やしているのが、何世代にもわたって地球の大気に影響を及ぼしていることを否定する大手石油会社の、古くからの、凝り固まった、資金ふんだんなロビーによるキャンペーンだ。この同じコインの裏側は、原子力発電所を、化石燃料産業に対するグリーンな代替案のように見せようとして、地球温暖化という政治的風船を過度にふくらませるために、原子力産業の大口後援者の一部が密かに献金しているという疑惑だ。



福島第一原発から280キロ離れた場所で収穫されたこの奇形トマトは、放射能汚染の影響を受けている。この赤ん坊が、イラクにおけるアメリカ軍による劣化ウラン弾の大規模砲撃の放射能の影響で奇形になったことはほぼ確実だ。

一体誰が信じられる情報源なのか?


大手マスコミは福島の話題に関して、ほとんど無断欠勤状態にあるが、核エネルギー分野における良心的な権威者の多くがロシア・トゥデイのような舞台に進み出て、緊急事態を解説してくれた。これらの学識専門家達には、アーノルド・ガンダーソン、クリストファー・バズビー、ヘレン・カルディコット、カク・ミチオがいる。少なくとも二人の日本大使と天皇自身を含む他の高官達も現在進行中の福島危機の重大さと、それが改められてはいないことを指摘、主張している。例えば国連が支援する会議で日本を代表してきたことが多い松村昭雄氏は2012年6月11日付け報告書を公開している。松村氏は鳴らしている警鐘の中で、巷ではチャイナ・シンドロームとして知られている現象が、既に起きてはいないとしても間近に迫っている可能性に注意を促している。松村氏はこう述べている。


1. 1号、2号および3号原子炉では、完全な炉心メルトダウンが起きた。日本の当局は、燃料が原子炉格納容器の底を通して溶融している可能性を認めた。これは意図しない臨界(連鎖反応の再開)または、強力な蒸気爆発に至る可能性があると推測されている。いずれの場合も、環境への大量の放射能の新たな放出に至る可能性がある。


2. 1号と3号原子炉は、特に透過性放射線が強く、この地域には近づくことができない状態である。その結果、福島事故以来、補強工事は行われていない。これらの構造が強い余震に耐えられる能力は不明だ。




この福島第1第3号炉の残骸は核燃料メルトダウンと水素爆発の両方が起きた場所だ。プルトニウムを混入した核燃料棒が装填されている施設でもある。


http://akiomatsumura.com/2012/06/what-is-the-united-states-government-waiting-for.html


益々多くの非常に深刻な危機が日々明らかになる一方、第4号原子炉で起きようと構えている大惨事中の大惨事を指摘する声が益々高まりつつある。日本の元スイス大使、村田光平氏は、国連事務局長に対し、主要な切迫した危機と考えるものを率直に指摘した。村田氏はこう断言している。“日本と全世界の運命は4号原子炉にかかっていると言っても言い過ぎではない。














上記四枚の第4号炉の建屋写真は、福島第一の、4,000トン以上の高放射性の使用済み核燃料棒を擁する7つの破損した冷却プールのうち一つの廃墟である。この構造物の残骸は、次ぎの大きな地震には耐えられないと想定されている。この分野の多数の専門家達は、もし次ぎの地震の衝撃で、既にすっかり破壊されたこの構造中にある放射性貨物が大気に漏出することになれば、放射性の巨大なかがり火が、スローモーション版の大規模核戦争を起こすと予言している。最初の3/11以前に撮影された4号原子炉上の冷却プールのものを含め、四枚の写真全てにある大きな丸い黄色の構造に注目願いたい。使用済み核燃料棒用冷却プールを空中30メートルという高さに置くという設計の愚劣さをお考え願いたい。


この元外交官は、もし次の地震が起きれば何トンもの放射性廃棄物もろとも崩壊しかねない、構造が吹き飛ばされてしまった、空中30メートルの高さにある使用済み燃料プールの不安定な状態についてコメントしている。既に激しく損傷している“冷却プール”の崩壊は、更に、科学上知られている最も有毒な放射性核種の数々を大気や海洋や地下水に放出しながら、恐らく一世紀は燃え続ける放射能の大火事をもたらすだろう。


アメリカ、オレゴン州選出上院議員のロン・ワイデンは、自ら福島の現場を視察した後、同様の感覚を表明した。彼は以下のように述べている。


原発と周辺地域に対する被害の規模は、私の想像を遥かに越えており、施設の所有者、日本政府と、地域住民に対する課題の規模は圧倒的だ。放射性物質や使用済み核燃料の膨大な在庫による福島第一原発と危険の不安定な状態は、更なる地震があった場合、その脅威は、全員に及び、より大規模な国際的支持と支援の焦点となるはずだ。


http://www.naturalnews.com/035813_Ron_Wyden_Fukushima_radiation.html#ixzz1xWqfblUu







危機の初日以来、アレクサンダー・ヒギンズは、最も粘り強く、正確で、気配りの良いブロガーの一人で、何か非常にまずいことが福島第一で起きているという増大してゆく証拠をかみ砕き、定期的に報告している。彼の記事の見出しの一つは、福島大惨事が、命にかかわる放射性セシウムを、既に広島原爆攻撃による放射性降下物の4023倍もの量、大気、海と地下水に放出したことを報じている。別の見出しはこうだ。“福島は絶えず我々全員を高レベルのセシウム、ストロンチウムとプルトニウムで攻撃しており、今後何百年もにわたり、何百万人もの人々をゆっくりと殺してゆく。”



http://blog.alexanderhiggins.com/2011/06/16/scientific-experts-fukushima-potentially-worse-20-chernobyl-governments-hiding-truth-28221/


http://blog.alexanderhiggins.com/2012/05/25/fukushima-cesium-nuclear-fallout-equals-4023-hiroshima-bombs-138001


http://blog.alexanderhiggins.com/2011/09/01/fukushima-continually-blasting-high-levels-cesium-strontium-plutonium-slowly-kill-millions-years-66941


人類に対する放射性核種の脅威には、肺、骨、筋肉や血液の中に入りこみかねない、飛散して、α線を放出する核微粒子が含まれる。我々を襲っている核汚染の一部は、我々が食べている植物や動物も一斉に攻撃している。より大きな生物がより小さな生き物を食べる過程で、人間という雑食性動物が暮らす最高位に至るまで、食物連鎖でより上位にある生物ほど、核汚染を含め、毒物汚染の濃度が酷くなる傾向にある。


福島大災害によって私たちに与えられた打撃の中では、太平洋の大規模核汚染が、恐らく最も重要な鍵を握っている。太平洋の水中生物は、日本、中国、インドシナ、オーストラリア、ニュージランド、近くの南太平洋の島々、そして西半球を含む、地球上で最も人口密度の高い地域にとって、とりわけ莫大で豊富な食料源だ。アラスカのアザラシやセイウチに現われつつある奇妙な病気は言うまでもなく、放射能で汚染されたマグロや放射能で汚染された昆布がカリフォルニアで発見されており、これは疑うべくもなく、今後起きるはずのより大規模で、よりひどい出来事のささやかな兆しだ。


近頃の最前線における必要な調査の大半同様、生態系に対して忍び寄る福島の影響の不都合な真実の大半の発見は、政府当局者ではなく、一般市民達。概して、我がカナダ政府を含め、大半の政府の福島大災害への対応は、測定プログラムを停止し、正常だという偽りの見せかけを維持できるよう、最低基準のハードルを引き下げることだった。


海における汚染は、ミルク、卵、肉、野菜や果物中で放射性核種の存在が発見されているのと軌を一にしている。優しい雨さえもが汚染されている。春の雨や夜明けのもや中での清められる散歩という癒しの力を、もはや何の懸念もなく楽しむことができなくなった場合、我々の内的資源の精神的再生は一体どうなるのだろう?



ヒギンズは、特に、東京電力が自ら以前の報告書中で公開したデータを改訂している多くの事実に対しても素早く注目している。そうした改訂は、ほとんど常に、相互につながっている大惨事の規模を、東京電力が当初故意に低く評価していたことを明らかにしている。


3/11大災害までは、東京電力が福島第一の“所有者”だった。多数のあらゆる文書で十分に裏付けられた、福島大惨事に至るまでの数々の不正行為や違法行為にもかかわらず、被災した施設での修復作業とされるものを、東京電力は不可解にも依然担当している。これまでの所、東京電力は、第三者の科学的観察者が現場で何がなされているか、あるいは何がなされていないかを監視することを禁じたままだ。同社はそのような観察者が、福島第一の本当の様子を独自に独立して研究をすることを認めようとしていない。


意味深いことに、3/11直後、この災害によって被害を受けた国民や企業に対する東京電力の法的責任のレベルが、わずか21億ドル、こうした恐ろしい状況のもとではスズメの涙だとブルームバーグ・ニューズは報じた。この金額も、もし東京電力が大災害は不可抗力で起きたものだと日本の裁判官を説得できれば、ゼロに引き下げ得るのだ。


http://www.bloomberg.com/news/2011-03-23/nuclear-cleanup-cost-goes-to-japan-s-taxpayers-may-spur-liability-shift.html


利益は私有化しながら、危険な産業・軍事活動のリスクは社会化するという話になると、保険会社が原子力発電所運営する企業を保険で保証したがらない為、原発受入国政府や国民が、核分裂による発電に伴う膨大なリスクを引き受ける本当の保険者になってしまうことが多い。


科学的合理性と、精神病院の不合理な行動との出会い


ヒギンズが指摘している初期の訂正の一つ、東京電力の福島には1,760トンの未使用と使用済みの核燃料があると指摘した推計は200%以上はずれていた。東京電力が後に発表した数値は、福島第一には4,277トンの核燃料棒があり、その大半の放射性廃棄物7つの冷却プールに保管されていることを示している。これらの冷却プールの全てが、大なり小なり損傷し、機能不全になった。地震と津波の後、福島第一での全ての産業大災害は、冷却水を使用済み核燃料棒プールにポンプで送り込むシステムの故障から始まった。この手順がなければ、これらの極めて放射能の高い棒は、核臨界の連鎖反応で過熱し、燃えだし、爆発する。こうした連鎖反応は既に、少なくとも、目の前のことに注意を払うのを怠らない人々にとっては、かなり進んでおり、起こりつつある..


http://blog.alexanderhiggins.com/2011/03/19/the-amount-of-radioactive-fuel-at-fukushima-dwarfs-chernobyl-9281/


これらの施設が、核兵器より遥かに破壊的になる可能性があるのは、福島第一や他の多数の原子力発電所で保管されている放射性廃棄物の巨大なプールの規模の巨大さだ。福島のみならず、世界中の500基以上の原子力発電所の大半に保管されている何千トンもの核分裂性物質と比べれば、原子爆弾のいわゆる“弾頭の爆発物“ などささやかなものだ。大気や水中へのこの放射性廃棄物のごく少量の放出によって引き起こされる公衆の健康、実際には、あらゆる生物の健康に対する脅威を認識するには、人間の意識は科学的発見や科学技術上の転換における跳躍からは遥かに遅れたままであろうと、アインシュタインが正しく予言した通りの、世界には悲劇的なほど不足している類の理解が必要だ。


福島第一における、核燃料燃焼や、放射性廃棄物処理や、放射性廃棄物保管用のこれほど多くの個別施設の密集は、産業の最先端を大量虐殺にまで拡張しようという軍事的動因に根ざす産業の象徴である、科学的合理性と精神病院の不合理な行動との不気味な結婚を体現している。



人類が知っているものの中で最も危険な工業的手順の、この入り組んだマヒ状態は、核ホロコーストのしきい値で、連鎖反応をさせる処方だ。連鎖反応によって、小さな問題を大きな問題に変換するために、個別にしつらえられた福島第一の環境を生み出したものは、恐らく原子力産業が究極的に依拠している中核的現象を反映している。原子爆弾なり、原子力発電所なりで、核エネルギーを解放する鍵は、内なる世界の分子レベルで連鎖反応増殖を開始することにある。


福島第一の6基のGEマークI原子炉と、アメリカ合州国の23基の同様な施設の場合、この狂気は、放射性廃棄物を保管するための高所に作られた冷却プールの文字通り真下に、核燃料を燃焼させる装置を設置するに至っている。


原子力潜水艦のように極めて空間が限定されている状況においては、この設計思想にもある程度限定的な意味があった可能性はある。今にして思えば、1950年代にノーチラス原子力潜水艦用に開発された原子力発電装置の基本プロトタイプを、単純に大型化し、その設計を、核エネルギーを電力に転換する地上設置用装置に使用するというGEの決定は、確実に史上最もうさんくさい経費削減策の一つに位置づけられるに違いない。


福島大惨事が原子力潜水艦の技術を継承しているということは、より大規模な現象の構造を物語っている。いわゆる民生経済とてし通用しているものの大半は、その優位性が冷戦の間に定着し、今や“テロ”という万能のお化けと戦うという名目の下、社会の更なる軍事化を加速している、軍の政治経済に由来する単なる工業副産物に基づいている。



完全に避けられたはずの福島の大惨事は、不幸にも、現在人類が直面している最も破壊的な恐怖の真の原因解明に役立とう。福島第一を核兵器第一に転換するのに、発射装置は不要だ。風と海の自然の流れが、いかなるミサイル、潜水艦、秘密のスター・ウォーズ兵器よりも遥かに効率的に放射性毒物を広めている。


福島第一の放射性廃棄物のプールが、破損した核格納容器の吹き飛ばされた外郭上層階で、致命的に大気にさらされている衝撃的な画像が、知的、技術的、倫理的貧困から、業界が不必要なリスクを冒すマニアとなっていたことを公の場にさらしたのだ。これらの画像は、社会の主要な公益事業の民営化と結びついた、規制緩和の奇抜な行き過ぎの、恐るべき風刺画と見なすことができる。原子力の精霊がランタンから解放された後に、放出するものの狂気を予想する上で、アインシュタインさえ十分先まで考えていたのではないかも知れないことを示唆する仮借ない証拠なのだ。


放射性廃棄物: 核サイクルの“バックエンド”


原子炉内で原子力を生み出す過程で、使用済み核燃料棒がつくり出される。これらの棒には何百万年、何十億年にもわたって極めて高い放射能を持ち続けるものを含む多様な放射性同位元素が存在する何千ものペレットが入っている。最も有毒で長寿命のものの中には、セシウム、ストロンチウム、ウラン、アメリシウム、キュリウムやネプツニウム等の同位元素がある。そのような種類の放射性廃棄物を、記録に残されているあらゆる人類の歴史よりも遥かに長い期間にわたって、土壌、大気や、水という脆弱な生態系と触れ合わない様に隔離しておくことは、膨大な技術的問題を伴っているのは明らかだ。これら問題の絡み合い方は、長らく核エネルギー産業の、いわゆる弁慶の泣き所と見られてきた。


http://coto2.wordpress.com/2011/03/26/us-stores-spentnuclear-fuel-rods-at-4-times-pool-capacity/


原子力発電の場所を、放射性廃棄物、中でも最も危険な部類の使用済み核燃料棒の長期保管用に使う正当な理由など存在しない。実際、福島第一での恐ろしい大災害は、これらの機能を決して一緒にしてはならないという説得力のある理由をまざまざと立証してくれている。核燃料の産業サイクルにおいて、異なる段階のものを組み合わせておくというこの慣行は、適切に考え出された何らかの計画の結果として開発されたものではない。この慣行は、むしろ自分達の地域、社会や、近隣に、放射性廃棄物の永久貯蔵のための施設建設に反対する世論を結集するという、ほぼ避けがたい現地住民の性向に由来して、考え出されたその場しのぎの政治的方策なのだ。このおきまりのパターンは、原子力産業の幹部連中が軽蔑する、頻繁に使われる頭字語表現を生み出した。その言葉とは、NIMBY、Not In My Backyard、つまり「自宅の裏庭に出来るのはいや」だ。


明白に放射性廃棄物を永久保管するという課題に向けた施設を、設計し、設置場所を決め、建設するという取り組みを(恐らく中国を除く) 原子力産業が事実上放棄したことには、小生が考えるに、より根深い側面があったのだ。ほとんど常に、NIMBYの姿勢から始まる住民のあらゆる動員は拡大し、一般への啓蒙や、核兵器と原子力発電所の両方を製造している産業の、事実上あらゆる側面の、一連の広範な危険を取り上げることを狙った一般向け組織に焦点をあてるようになる。

四面楚歌の原子力産業にとって、知識ある市民達によって組織化された反対運動に対処するという問題を避ける方策の一つは、原子力発電所の見えない所、大衆の注意が及ばない所に、放射性廃棄物を集積させ、目立たないようにつとめることだった。放射性廃棄物処理の為の実行可能で安全な方法を見いだすことに対する、原子力産業内部の熱意の欠如は、軍事研究開発の副産物としての核エネルギー産業の起源にまでさかのぼる。アメリカ原子力委員会の初代事務局長キャロル・L・ウィルソンは、1979年の視点で産業の初期を振り返って、こう述べている。


化学者と化学エンジニア達は放射性廃棄物には興味がなかった。それは魅力的ではなかった。それでの出世は見込めなかった。それは厄介なことだった。誰も放射性廃棄物の面倒を見て名声を得ようとはしなかった… 核燃料サイクルのバックエンドに取り組むことについては、本当の興味も利益も皆無だった。


(キャロル・L・ウィルソン、“核エネルギー: 何がまずかったのか?” Bulletin of Atomic Scientists(原子力科学者会報)、第35巻、1979年6月15日)


核エネルギーのフロンティアを拡張する


原子炉稼働の場所を、常時冷却が必要な、使用済み核燃料棒を含めた放射性廃棄物の貯蔵施設を兼ねさせることによる、この危険の増殖と複合の中心地は、アメリカ合州国内、とりわけカリフォルニアの地震/津波地域なのだ。福島第一で、危険な放出が一触即発状態にあることから、原子力発電所が最も危険な種類の放射性廃棄物の貯蔵施設も兼ねている、フランスやオンタリオの様な極めて原発の多い他の国々にも関心が集まっている。






インディアン・ポイント原子力発電所は福島第一より古く、遥かに骨董品だ。約20,000,000人のニューヨークっ子が施設から半径80キロ以内で暮している。サイトに貯蔵されている放射性廃棄物は、アメリカ原子力産業にとって重大な影響を持った訴訟の主題になっている。

70,000トン以上の使用済み核燃料棒の保管が、アメリカ合州国内104の“民生用”原子力発電所に広がっていることを当局者は認めている。放射性廃棄物を無期限に、原子力発電所に保管するというこのパターンの継続は、ニューヨークでの最近の裁定で疑問視された。ニューヨーク市を囲む巨大都市のど真ん中でのインディアン・ポイント原子力発電所の操業に対する住民の敵意が増大したことから、この訴訟が起きた。ほぼ2000万人が福島第一より更に古いこのポンコツ核施設から半径80キロ以内に暮している。



アメリカ合州国において、原子力産業のいわゆる民生部門の軍事的背景は極めて明らかだ。世界最大の放射性廃棄物の集積の一つは、広島と長崎に投下されたファット・マンとリトル・ボーイ原爆の組み立てが行われたワシントン州のハノーバー軍保有地だ。ハンフォード保留地は少なくとも2億リットルの高レベル放射性廃棄物の保管施設サイトだ。


核エネルギーに関する進行中の実験は、米軍と軍事契約企業という特権業者連中によって続けられている。この実験と、時にそうした成果の秘密裏の応用が、ほとんど認められていないにせよ、世界中の多数の人々、特にユーラシアの人々の健康に対し、大きな影響をもたらすことは確実だ。核エネルギー業界の軍事部門のおかげで、人類に現れた癌罹患率と奇形の増加は、イラクの劣化ウラン攻撃犠牲者の間で最も明らかだ。イラクの人々や他の戦災を受けた人々に負わせられた悲劇は、まもなく健康にたいする福島大惨事の短期的、長期的な影響として、より規則的に現れ、日本、東アジア、北米、北半球中、そして世界中で、より規則的に出現し始めるだろう。


国家安全保障国家の最も秘密の部門に振り向けられた莫大な秘密予算が、まだ公表されていない新たな科学原理の発見をもたらしたと考えている人々もいる。こうした発見のなかには、より対象を絞った、秘密なやり方で、核エネルギーを使用する新たな方法もあるかも知れない。そうしたものからもたらされる、こうした新たな原理と応用技術の多くが、例えば9/11で、鉄骨骨組みのツイン・タワーをほぼ瞬間的に、蒸気と細かい塵埃粒子に変換させた一つの要素だった可能性もある。冷戦の過程で合体した特権と権力の古くからの団結に、新たな生命を吹き込むのを手助けするにあたり、9/11の出来事についてのもっともらしい公式説明は明らかに役に立った。


チェルノブイリ、福島と帝国の崩壊


1986年のチェルノブイリの核大惨事が、冷戦の終焉に貢献した要素であることは疑うべくもない。大惨事は、ソ連支配者の資格に対する、国民の信頼を内部崩壊させるのに大きく貢献した幾つかの要素の一つだった。この信頼と威信の喪失は、国際社会においても、ソ連の評判と生存能力を失墜させることになった。その上、チェルノブイリの核爆発は、ヘーゲルとカール・マルクスが人類史の主要な活力と見なしていた、弁証法的唯物論を体現する科学的理性のとりでたるソ連という国家、という自己正当化神話を弱体化させた。ソ連政府内部でさえ原発事故はソ連体制に対する強烈な告発だと認識していた。


“自由世界”の指導者ぶっていた連中の視点からすれば、ソ連という国家の崩壊は、第一の敵とともに、(アメリカという)安全保障国家と、それに付随する軍産複合体の活動を監督する連中の膨大な力、影響力、富の正当化の、突然の消滅を引き起こすものだった。公式9/11説明は、新エリートが、現地の敵を、いわゆる“西欧”の包括的な敵へと転換する手段さえ与えてくれるグローバルな敵をつくり出し、戦うというあらゆる利点を、古いエリートに素早く返還したのだ。


チェルノブイリと福島の原子力発電所の崩壊への対応を比較するのは有益だ。徹底的な破壊に、まさに文字通り蓋をする為、ウクライナ穀倉地帯中心部において行われた、軍隊内外から800,000人のソ連国民動員は、ソ連最高の時間の一つとして屹立している。恐らく今よりも何百万人も多くの人々に広がっていたであろう放射能による恐ろしい病、死亡や、奇形を防ぐ為、放射能が一番高いサイト上に、何らかの障害を構築すべく、巨大石棺が建設された。もし石棺が建設されていなかったなら、一体更に何百万あるいは何千万人が汚染されていただろう?



1986年のチェルノブイリ原子炉の突然の爆発に対するソ連の対応は堂々としたものだった。ソ連という国家は危機に対応するため、軍隊の内外から800,000人の労働者を動員した。対応の一部は、損なわれた猛毒の建物を、ここに示す巨大な石棺で覆うことだった。何億人もの潜在的犠牲者の健康に対する未曾有の脅威を閉じ込めようとする大規模な取り組みは、日本における核の大惨事への生ぬるい対応とは薄気味悪いほど対照的だ。



これまでの所、福島大災害に対する対応は全く異なっている。3/11以降の日々、原子力産業の情報操作専門家連中による即座の診断は、事故は“スリーマイル・アイランド以上だが、チェルノブイリ以下だ”というものだった。別の情報操作はある程度の“部分的メルトダウン”が起きている可能性がある。部分的メルトダウンという考え方など、部分的な妊娠という考え方と同じ程度の意味しかあるまいと思ったことを思い出す。福島第一は2011年12月頃“冷温停止”になったという日本政府の偽情報をオウム返しにするほとんどの媒体、大半の大手マスコミは、福島の話題を報道の隅へと追いやった。


既に述べた通り、代替メディア報道の幾つかの部分は、実に確かで、福島大惨事の巨大さに匹敵する。そうした場所における言説では、福島がチェルノブイリ大災害の規模を遥かに越える大変異的破壊となる可能性が、次第に、一層確実になりつつある。福島の危機をこれ程まで脅威的なものにしている原因の一部に、悪化する危機への公式対応で、少なくとも公的には、東京電力を最前線にたたせている連中の、とるにたらない、無能で、脅えた様なやり方がある。一部の人々の、押し寄せる大惨事を食い止めようとする、勇気、知性、革新や自己犠牲の様々な英雄的行為がなかったと言いたいわけではない。彼らと同じ体験をするというのが一体どういうことなのかは想像することすら困難だ。


しかし、福島第一における最上級の緊急救援隊員達に対するこの称賛も、危機に対する東京電力の企業としての対応は、そもそも大災害の条件を生み出したのと同じ不正行為を証明しているという、私の主張を決して実質的に和らげるものではない。しかし、この未曾有の危機は、東京電力の企業としての無能さより遥かに重大だ。


アメリカの行政機関幹部を含め、アメリカを本拠とする原子力産業の最高幹部連中に対する最も断固たる、狙いを定めた批判を私は最後に残しておいた。のどかながら、地震が起きやすい島国に暮らす国民は決してそうするよう説得されるべきではなかったのに、こうした政府・企業幹部は、アメリカの最も従順な、公式、やがては非公式な植民地となった国に、アメリカの軍事技術の核エネルギー副産物を受け入れるよう、冷笑的に誘導したのだ。この大激変の責任は、こうした帝国権力集団の中にこそあり、まさにこの権力の中枢から、大惨事を封じ込めるための本格的取り組みが始まるべきだったのだ。


チェルノブイリ危機に対するソ連の対応と、福島の危機に対する企業本位の対応との対照はそれゆえ、非常に大きく、また多くを物語っており、究極的には、人類文明の将来にとって、地球上のすべての生命の将来にとって、甚だしい脅威である。ささやかな慰めは、我々の指導者と自称する連中による、公共の利益に対するあらゆる責任放棄のひどさから、教訓を学ぶことができるということだ。


福島第一の悪化しつつある大混乱とメルトダウンは、不振にあえぐアメリカ帝国のチェルノブイリの瞬間を具現化するものなのだろうか?


アインシュタイン対リッコーヴァー


日本全国で焼却するため、放射性廃棄物を福島地域から搬出するという政府の決定に関し、日本の内外で大きな論議が起きている。一体なぜこのようなことが起きているのかについては幾つか説がある。一つは、非常に多くの訴訟が行く手に立ちはだかるのを政府が見て取り、最も被害を受けた地域の癌や他の多くの病気の率を、それほど被害を受けなかった地域の率と比較する将来の科学的研究を複雑にさせようとして今のうちに動いているというものだ。


この馬鹿げた決定は、次から次へと続く大規模な崩壊の重みで、日本社会全体が機能停止していることに帰するものだというのが私の考えだ。日本国民は大規模な天災によって心に痛手を負っているのだ。日本の外部にいる我々は、常に天災が国民全員に加えたストレスと重圧に思いをはせるべきなのだ。福島大惨事に適切に対応し損ねた日本政府の重大な失敗は、こうしたことを配慮したレンズを通して検討されなければならない。



問題の大きな部分は、福島大災害への対処は、規模の上で、国際的であるべきだったことだ。あるいは、危機は主に日本の内政問題として扱われるべきではなかったのだ。原発内で起きることの影響が、実際は国境を越えることが余りに明白であるのに、この原子力発電所管理が国内化されていることで、大半の人間は、原子を分裂させることから生じる巨大な変化に積極的に適応することはできまいという、アルベルト・アインシュタインの恐怖にぐるり巡ってしまう。


ロバート・オッペンハイマーやマンハッタン計画に採用された他の多数の科学者達同様、アインシュタインは原子力を解放することにおいて、各国の主権の管轄内でこの分野の研究が行われるの認めるには、余りに多くの未知の要素があるという意見だった。アインシュタインは、核の秘密しっかりと守り、同時に核科学の進歩を入念に管理するような新しい形の国際機関を設立する必要性を想定していた。アインシュタイン派は核科学の原理を技術変化に応用するのは特に問題だと譲らなかった。それぞれの技術革新のあらゆる影響が徹底的に研究され、適切に理解されるまでは、そのような応用は厳格に禁じられるべきなのだと。


福島の大惨事と、国際的・共同的取り組みが皆無だったことは、誹謗者連中による、アインシュタイン派に対する先制攻撃の指標だ。 第二次世界大戦直後、原子力潜水艦開発担当者となったアメリカ海軍技術者ハイマン・G・リッコーヴァー海軍大将は、反アインシュタイン派のリーダーだった。ノーチラス潜水艦用の原子力発電装置を開発した後、リッコーヴァーは地上用原子力発電装置の開発に取り掛かった。


1954年から1957年の間に、リッコーヴァーはペンシルバニア積み出し港で“民生用”核エネルギーのモデル・プラントを開発した。彼はそのサイトを、原子力を取り出すための知識と専門技術の民主化と見なすプロセスの教育の場として利用した。彼の尽力は、ドワイト・D・アイゼンハワー大統領がしかけた宣伝攻勢と合流した。“平和のための原子力”を推進するに当たり、アイゼンハワーは、益々巨大化する大気中核兵器実験がエスカレートする過程が、核戦争による核ホロコーストに向かっているようだという、冷戦の双方の側にいる大衆の、増大する恐怖を和らげようとした。


「平和のための原子力」イニシアチブは、広島と長崎で耐え忍んだ攻撃からすれば、原子力に関連するあらゆるものを拒否する有り余る理由が国民にあったし、今でもある国、日本において、特に積極的に推進された。これらの障害はアメリカ合州国帝国の公式、非公式、両方の辺境地の住民達によって克服された。アメリカによる、発電手段としての核エネルギー推進は、アメリカの為政者や、当時のGEのような、為政者達にとっての法人顧客が没頭していた反共産主義の中に深く組み込まれることとなった。計画通り、日本は中国の毛沢東主義の影響を払いのけるための封じ込めの稜堡へと作り上げられた。元GEのマスコミ代弁者ロナルド・レーガンが大統領になったことと、福島第一の6基のGE原子炉は、この年代記の自然の結果だった。



何年も後、リッコーヴァー海軍大将は、原子力発電所は平和と進歩の為の良好な手段だという見解を根本的に変えた。職業生活の最後にこの話題について質問された際、この技術者は答えた。


放射線を創り出す毎に、特定の半減期、場合によっては何十億年のものを生み出しているのです。人類は自滅すると思いますし、この恐ろしい力を制御し、廃絶しようとすることが重要です.. 放射性物質を生み出す以上、原子力にそれだけの価値があるとは思いません。



記事原文のurl:www.veteranstoday.com/2012/06/13/fukushima-daiichi-from-nuclear-power-plant-to-nuclear-weapon-1/


----------

拍手

カレンダー

12 2026/01 02
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31

カテゴリー

最新CM

プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

ブログ内検索

アーカイブ

カウンター

アクセス解析