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「支払い能力が無い人間は死ね」という社会

「晴耕雨読」所載の辺見庸の文章を一部転載。
何しろ長い文章だし、文の乱れもある。だが、書いている内容には作家らしい感性と迫力があり、人を動かす力がある。特に私が気に入った部分を赤字にしておく。この赤字部分は現代の日本を見る上で重要な視点を示している。まあ、当たり前のことを言っているのだが、表現がいいのだ。さすがに作家である。


(以下引用)



3年前の夏、76歳の老人が熱中症で死んだという“よくあるできごと”について調べていておどろいた。なににおどろいたかというと、「フツウ」にであった。あるいはどこにでもよくあるだろう日常というものの、そのじつ、 尋常ではない?がりと灼熱と孤独に、絶句した。

老人には月額7万円ほどの年金があった。妻をなくし、腰痛ではたらけない息子と家賃5万5千円のアパートでくらしていた。不幸ではあるが、この不幸せはきわめて例外的とまでは言えない。大別するならば、極貧にちかいけれども、他にもあるフツウの貧しさだろう。老人は役所に生活保護を申請し、あっさり断られた。これもよくあるケース。生一本の老人は節約のため、みずから電気、ガス停止の手つづきをした。したがって、エアコンがあっても冷房はできない。電球があっても真っ暗。懐中電灯とカセット・コンロだけの穴居生活みたいなくらしが、死ぬまで10年ほどつづいた。

2013年8月8日のいま現在も、そのようなひとびとが暑熱のなかで息もたえだえになっているだろう。「てきせつにエアコンを使用してください」といわれても、そうできないひとびとがいくらでもいる。あの76歳の老人は、死後1時間以上が経過していたのに、検死時、直腸内の温度が39度もあったという。

わたしは書いた。「この死はとうてい尋常ではない。まったく同時に、この死には私たちの居場所と地つづきのツユクサのようなふつうさが見える。異様とふつうが、ほの暗い同一空間にふたつながら平然となりたっている。それが怖い。たぶんこの国の日常とはそういうものだ。ふつうが反転して、ある日とつぜん悪鬼の顔になる」(『水の透視画法』)。

あれから3年。大震災、原発炉心溶融、政権交代・・・。どうだろう、悪鬼の顔は、いまはっきりと見えているだろうか。貧しい者はフツウによりいちだんと貧しくなり、いっときあれほど反省された原発がフツウに再稼働に道筋をつけ、極右政権の夜郎自大はますますフツウにとどまるところがない。すべてをフツウに見せているなにか。とてつもない異常を、ごくフツウと見てしまう目、目、目・・・。わたしはけふもエベレストにのぼった。ツユクサが3年前とおなじく花びらを閉じて合掌していた。わるい予感がする。
(2013/08/08)



・東京の病院にいく。眠剤、精神安定剤、血圧降下剤2種、抗血栓剤もらう。例によって、9年間、例のごとし。これもいわゆるフツウだ。医者はいちおうヒトの顔をしているけれども、じつは脳に問題のあるまだ若いヤギが眼鏡をかけて白衣を着ているにすぎない。それはきょうびもはや病気とも言えない、あまりにフツウの障害であり、症状は〈すべての痛みへの無感動〉〈政治、社会状況、とりわけ患者の内面や固有の脳血管障害への無関心〉〈前記のことがらへの不干渉〉〈同無提案〉〈同不介入〉〈心にもない微笑〉〈曖昧な微苦笑〉〈言辞、動作、気配全般における無気力〉〈あらゆる局面における完璧な非暴力〉・・・などをもって特徴とするらしい。まったくフツウである。ただし、あのヤギがだれも見ていないところでなにをしているかは、わかったものではない。

自動料金払い機で薬代を見たら、2か月分で1万3千円ほどだった。ギョッとする。払えないひとだって少なからずいるだろう。払えないひとびとは降圧剤も抗血栓剤ものまず、「自己責任」で脳溢血を再発し、自己責任でヨイヨイになり、自己責任でのたれ死ぬほかない。

この病院にほどちかい歩道橋のたもとに老婆のホームレスがいるのを以前、見たことがある。ほんとうは老婆ではないのかもしれないが。いつも汚れたふとんを敷いて横向きに寝ていた。枕元にお茶の紙パックを置いていた。少し離れてとおるだけですごいにおいだった。あんなに小さなからだからはげしい悪臭をはなっていた。存在の芯が黙って叫んでいたのだ。タスケテ、タスケテ、タスケテ! 何百人、何千人が、ろくに彼女を見もせずに、ただ息をつめてとおりすぎたことか。すぐそばに病院があるというのに、だれかが飛びだしてきて助けようとしたか。人間ほどすさまじくにおう生き物はない。ホームレスの体臭ではない。通行人の腐れた心が鼻も曲がるほど臭いのだ。

いま、気温34度。彼女はどうしているだろう。もう死んだろうか。灼熱の路上でまだきれぎれの夢を見ているのだろうか。いや、こときれただろう。ここは満目の廃墟だ。ruin・・・砂漠ですらない。時々刻々、ひとがむきだされていく。化けの皮がはがされていく。人生の中身も、ひとがらも、こころざしも、理想も、そんなもの、なんのかんけいもございません。支払い能力がすべて。ひととはすなわち、支払い能力のことです。こまめに水分を補給し、エアコンをてきせつに使用して、夏を快適におすごしください。ただし、電気代を払えなかったら、自己責任で直腸内温度39度になって死んでもらいます。そのような死も、もうひとつのシステマティックな死刑執行である。

内閣法制局長官の超弩級デタラメ人事に怒ることができる(いかにも怒ったふりをしてみせる)のは、しごくまっとうであり、かつ、まっとうそうではあるものの、炎熱のこの廃墟にあっては、なにか高級で贅沢な仕儀のようにさえ見えてくる。じかの路面に、老いて病んだひとの横たわる、その低く熱く臭くむきだされた地平からかすむ風景を見あげるならば、ほとんどすべてのことがらに殺意をおぼえるほかはない。

こうなったらしかたがない、せめては睨めることだ。わたしにだってひとを睨めつける意思くらいはまだある。睨めてうごかざる殺意。はたと睨めて世界を刺しつらぬく、目のなかの青い刃。それをふりまわすくらいの殺意がないとはいえない。けふは駅についてからアパートに直行はせず、エベレスト*1にのぼった。いつかはかならず斃れるだろう。しかし、いま斃れるわけにはいかないのだ。だからエベレストにのぼる。麓の芙蓉の花が閉じて結ぼれていた。

若い、顔の大きな男に後ろからいきなり声をかけられた。「熱いね。死ぬね」。男がとおりこし、ふりむいた。心底うれしそうに笑っている。「みんな死んじゃうね・・・」。気持ちがほどけ、わたしも痴れた顔で笑いかえした。 (2013/08/09)



・連絡があった。〈オババは生きています! 昨日、歩道橋ちかくの分離帯にノースリーブの臙脂のワンピース姿でたって、走りすぎる車を見ながら、エヘラエヘラ笑っていました。そう見えました。歩道橋のたもとでしゃがんだとき、生白いお尻が見えました。布団はたたんでありました。離れていても臭かったです。オババは昨日現在、生きていました!〉。

うれしい。よかった。しぶとくなくてはやっていけない。いま、気温37度。生きるか死ぬかだ。ここは戦場と大差ない廃墟だ。爆煙、地響き、硝煙、瓦礫。黒く乾いた血だまり。オババはこのたび、そこをたまたま訪なうこととなった存在論的他者である。廃墟の穢れを浄めにきた異人かもしれぬ。オババに寄進せよ。オババに涼しき場所をあたえよ。このさい禁中におつれせよ。首相官邸でもよい。ゆっくりと湯浴みしていただけ。首相らは跪いてオババに無礼の段につき深く詫びよ。みずからの三百代言につき謝罪せよ。オババのお背中をお流ししてさしあげろ。そうしてあくまでも恭しく問え。じぶんの罪の深さを。この世界戦争の行方を。





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検察もまた原子力村の一部

「櫻井ジャーナル」から記事の前半だけ転載。
今日の「徽宗皇帝のブログ」の補完記事のようなものだ。
あちらに追記してもいいのだが、これはこれで「検察とは何か」という問題を考えさせる記事なので、別記事とした。
本当なら、「酔生夢人のブログ」は、趣味的・娯楽的な記事を中心にしたいのだが、広島・長崎を思い出すこの時期には、こちらも真面目な記事が多くなってしまう。



(以下引用)





2013.08.09
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原子力村の住民であり、暴力装置として機能してきた検察が原子力村の責任を問うということ自体が滑稽な話で、歴代の東電幹部や政府高官を起訴すれば矛先は検察にも


カテゴリ:カテゴリ未分類

 巨大地震に繰り返し襲われている(つまり地震や津波が予見されている)日本に原子力発電所を乱立させるという無謀なことを推進するため、電力業界や歴代政府は反対の声をカネと暴力で封じ込めてきた。

 暴力には裏と表があり、表の暴力装置として機能してきたのが警察や検察。福島県知事として原発に慎重な姿勢を見せていた佐藤栄佐久をスキャンダル失脚させただけでなく、「迷惑防止条例」を使って社会的に葬り去るという手法も使われている疑いが濃厚である。

 つまり、警察や検察は日本の核政策を推進してきたグループに属し、いわば用心棒的な存在。東京電力をはじめとする電力業界や歴代政府、その周辺に群がっている巨大企業群、いわゆる「原子力村」の一員ということでもある。東電幹部や政府関係者は検察の仲間であり、原発事故の責任は検察にもある。

 要するに、検察が「原子力村」の仲間を起訴したなら、その矛先は自分たちにも向くことになる。どうしても起訴しなければならなくなったら、本筋を外して傍流の人びとを引き出してくるだろう。

 福島第一原発の事故を検察が捜査ということは、広域暴力団「A組」の犯罪をA組傘下の「B会」が調べ、やはりA組傘下の「C組」、「D会」・・・の意見を聞いて判断するという構図と同じ。国会で原発に批判的な議員が増えたなら状況は違うだろうが、現在は圧倒的に原発推進派が多い。つまり原発で甘い汁を吸ってきた人たちだ。





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真面目さと小心さ

「大摩邇」から転載。
我々日本人は根が真面目すぎるから、問題や悩みを自分一人で抱え込み、鬱になったり病気になったり、しまいには自殺したりする。福島の畜産農家の人が原発事故で畜産が続けられなくなり、自殺したことなど(今日の「徽宗皇帝のブログ」参照)は、その例だ。本当なら、政府と東電に対し、巨額の損害賠償を要求して裁判で戦うべきところだのに、そういうことはしないのである。まさしく日本人的反応というものだろう。問題は、巨大組織相手の戦いに立ち上がると、今度は社会のすべてが彼に悪口雑言を浴びせ掛け、彼を冷笑し、彼を叩き潰そうとすることだ。
今、山本太郎がその渦中にいる。
では、巨大権力相手の戦いに立ち上がった人間を、家族や親戚や友人だけでも支援してくれるだろうか? 私にはそうは思えない。彼を愚かなドン・キホーテ、思い上った英雄主義の阿呆と見做し、そういう無理な戦いはやめろと忠告するか、あるいは彼から離れ、あるいはむしろ彼の敵に回るだろう。
それが日本社会なのである。徹頭徹尾、卑怯なのである。それが、日本人の小心な真面目さの反面だ。(もちろん、私自身もそういう人間の一人だ。)
下記記事のイタリア人のいい加減さにはあきれもするが、何か爽快感もある。日本人も少しは見習ったほうがいいだろう。



(以下引用)*空白部は写真があったところ。写真はコピーできていないようだ。



2013年08月07日21:42
カテゴリ
イタリア美的生活

危機的状況、イタリア人の場合

アルさんのサイトより
http://blog.livedoor.jp/artevita/archives/2013-08-07.html


<転載開始>

ネットでこっちの国営放送テレビを見ることが出来ます。
で、昨日久しぶりにニュースを点けてみたんですが、点けた途端に出てきた
ニュースが、しみじみと、イタリアでした。。

2012年の1月にイタリアのジリオ島で、豪華客船コスタコンコルディア座礁事故
がありましたね。30人以上の死者を出した大事故なのに、あの船長のとんでもない
行動により、不謹慎にも世界を笑いの渦に巻き込んでしまったあの事故です。
「これぞイタリア」と世界中にたらしめてしまったあの事故です。
当時日本でイタリア人の真面目な部分を一所懸命アピールしてイタリアの印象を
くつがえそうとしていたザッケローニの苦労が、水の泡と化したあの事故。
ザッケローニ的な真面目な人も実はイタリアに沢山いるんです。
ただ、ベルルスコーニやこの船長みたいな人が伝統的方法でイタリアたるやを
世界に見せつけてくると、もう太刀打ち出来ないものがあります。
あの事故の後で、「船に戻れバカ野郎!」Tシャツが世界中で大売れしたという
事実がそれを物語ります。
ザッケローニが真面目に頑張れば頑張るほど、イタリア人の中の彼の特殊性
だけが浮き彫りにされて行くという。。。 きっと彼はイタリアに戻ってきたくない
はず。 だから、不調の時もどうか温かい目で見守ってあげてください。。。

さて話を戻して昨日のニュースなんですが、あの豪華客船が今も尚、あの場所に
横倒しになったまま放置されているそうです。
ジリオ島というのはバカンス地で、この時期は海水浴客で賑わっているんですが、
その人達のインタビューで、
「こうやって気持ちよく海で泳いでる最中にさ、目の端にあの横倒しの船が飛び込ん
でくると一気にテンション下がりまくりなんだよ」
みたいなことを言ってました。一般イタリア人にとっても、あの一件は「恥」であり、
早い所忘れてしまいたいと思っているのです。
イタリアという国は、千年も前の遺跡とかがそこら辺に置き去りになっているのが
魅力的な国なんですが、この豪華客船もそれ狙いなんでしょうか。。。

世界に名だたる「放置国家」イタリア。
もうこの国に津波とか来ちゃったら、一体どういうことになってしまうのか。。。

放置と言って思い出したんですが、夏のイタリアは空気が乾燥しているので、
火事が起こりやすくなります。
チボリに住んでた時、車で高速道路に向かう途中、その近くの広々とした所に
建っている家具のショールームが燃えているのを見かけました。
近所の人達が大勢集まって見物してたので、すでに消防車は呼んでいるものと
解釈しました。でも、大きな建物のたった一部しか、まだ火の手が上がってない
ので、こんだけの人がいたら日本だったら絶対バケツリレーで消火してるものを、
キャンプファイアーのノリだよまったく、と思いながら通り過ぎました。
で、ローマ市内で用事を済ましてから夕方帰る時に、またそこを車で通りかかった
んですが、なんとまだ燃えてました。。しかも建物全部まるっ焦げ。 放置しすぎ!
意味が解らずびっくりしたんですが、横で運転しているHは涼しい顔をしています。
彼の言い分だと、こういうのはよくあることで、破産寸前の店が保険金目当てで
火事を起こし、多分消防署もぐるなんだろう、ということです。

事実、イタリアではオリーブ林などの所有者が経営難から山火事を起こして
保険金をせしめる、というのが頻繁に起こるんだそうです。

さて、詐欺の山火事を別としても、オリーブ林は燃えやすいので、タバコのポイ捨て
程度で簡単に火事になってしまいます。
チボリは小高い丘の上にあり、オリーブの林が方々に広がっています。
なのでチボリに住んでいた時は、夏場しょっちゅう山火事を見かけました。
では、私達が住んでいたアパートの真下にあったルイジおじさんのオリーブ畑の
一部から煙が上がっているのを私が発見した時の話を。
それは、イタリアにおける危機的状況を一部始終、実況中継的に目撃した時の話。



← 発見直後。











すぐさまルイジに電話をし、消防署の手配をしました。その間、煙の中に炎が
見え始め、家の中にいて煙で目が痛くなるほどで、「消防車早く、早く」とハラハラ
しながらベランダから様子を伺っていましたが、やはりお約束のように、なっかなか
サイレンが聴こえてきません。。。
そして、一足先に到着していたルイジが、ランボーのごとくたった一人で消火活動に
火事場に下りて行こうとするので、
「ルイジ!危なーい!行っちゃダメー!」
と上から叫んでいると、突然、足元からバババババ!と凄い騒音が立ち登ってきて、
目の前に突如、大きな消防ヘリコプターが現れました。




それはそれは
胸がキュンとなるくらいの
カッコイイ登場。 
ちょっとハリウッド映画みたいな。






で、このヘリが、オリーブの木と木の間の凄く狭い場所に、007並みの運転技術で
着陸し、おおーと思いながら胸を躍らせたんですが、あれ? 運転手が降りてきて、
何やら巨大な袋のようなものをヘリに取り付けているんです。。。
もうあんた、それをなんでわざわざこんな場所で。。。

「水袋は最初から取り付けて、水を入れてから持ってこいやー!!!」

と、そんな私の突っ込みをよそに、ヘリがまた、素晴らしい運転技術で飛び上がり、
水を汲むために湖の方に遠ざかって行くのを見ながら、赤いヘリがあと2機こっちに
向かってきてるのを見付けました。 
「3機いるから大丈夫!3機いるから大丈夫だよー!ルイジ!」
でも、その2機がなかなかこっちに近付いて来ないんです。。。
で、望遠鏡で見てみるとそれは、この地域で今流行りの趣味のグライダーだった
という。。。もうこんな時に紛らわしいったら!!
なので結局、やはりルイジがランボーに。 オリーブを助けるべく、ポパイになって
火元へ向かって行きました。

その後しばらくして消防ヘリも戻ってきて、空中から水を散布して応戦するんですが、
これが、第2次大戦時のイタリア空軍のやり方と全く同じで、危険を避けて上の方
から落とすから、的が外れまくり。。。もう泣ける。。











そもそも、一般道路に隣接した畑が火事なのに、消防車じゃなくてヘリが来てる
意味が全く解らないのです。。。 カッコイイから? そうか、カッコイイからなのか。。
そうこうする間、ルイジが開けっぱなしにしといた鉄門から、近所のおじさんが
畑に入って来ました。 おおっ勇敢なおじさんがルイジを助けるべく来たか!と
思いきや、なんと、ここぞとばかりに畑の野生ルッコラを摘んでいるという図が。。
なんか、もうアハハハ、アハハハ。 煙の中で笑うしかない状況が。。。

最後は結局、ルイジが軽く火傷しながら殆ど一人で火を消し止めました。
風が無かったのが幸いだったんですが、こんな決死の消火活動を成し遂げた
直後に、ベランダにいる私に手を振りながら、「今晩うちに夕飯食べにきなよー☆」
って。。。さっきまでのランボーの面影全然無し。超余裕。
なんでも、このように一人で消火活動にあたったのはこれが3回目で、もう慣れて
いるんだそうです。

このようにイタリアは、危機的状況をも、嬉々的状況に変えてしまうという、
何だかよく解らない特殊な才能を持った国です。
なんだかんだ言って、やっぱイタリアは、憎めない。。。



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渡部昇一論(笑)

産経新聞デジタル版から転載。この新聞らしく、例によって右翼を喜ばせる記事だが、マッカーサーのこうした発言があったというのは事実だろうから(どういう文脈かは分からないが)備忘のために保存しておく。
まあ、あの戦争が日本の自衛のための戦争だったか、侵略戦争だったかというのは水かけ論にしかならない話で、その両方の側面があったとしか言えないだろう。ABCD包囲網によって経済封鎖された日本が「座して死するを待つよりは」と対米戦争に踏み切った、という点では(米国、あるいは連合国に対しては)自衛のための戦争である。だが、それ以前に中国大陸への侵略があったのだから、時間的順序としては明らかに侵略戦争と言うのが正しいだろう。
とりあえず、資料の一つと言う程度の価値しか無い情報であり、これを「超重大」な証拠と言うのは渡部昇一くらいだろう。
ところで、この英語学者(か?)は、シナ(中国を彼はいつもそう言う)に対してはキチガイみたいに非難するが、バブル崩壊以降、日本を搾取し続けてきた欧米に対してはまったく批判しないという(批判しても、大昔の事件のことで、ほんの形だけ)のは、よく考えるとおかしいのではないか? そもそも日中戦争で迷惑を被ったのは明らかにシナ(当時は中国、つまり中華人民共和国ではなかったので、仕方がないから私もそう言っておく)の方だのに、なぜ加害者側の日本が威丈高に相手を非難できるのだろう。
だいたいが、この男は「歴史認識」のワンパターンの話しかできず、現在の話(欧米による日本侵略、日本収奪)にはいつも頬かむりなのである。
要するに、渡部昇一という男は欧米(=ユダヤ)の飼い犬にすぎず、(ご主人が日本政府ではない、というだけで)一種の御用学者であるわけだ。そういう役割があるのでなければ上智大学(欧米の出先機関の一つ。ここには神学部がある。つまり、ユダヤ・キリスト教の大学)が渡部昇一を飼っておく理由は無い。
この男は極右の論者としてしか活動しておらず、学者としての実績はおそらくゼロだろう。無知な若者の頃、彼の訳したハマトンの「知的生活」を、書物の装丁と題名に惹かれて買ったが、内容は乏しく(というか、ほとんど記憶にも残っていない)高い買い物であった。彼の印税を少しでも増やしたのは、私の生涯の失策の一つである。



(以下引用)

「日本は自衛戦争」マッカーサー証言 都立高教材に掲載 贖罪史観に一石
2012.3.30 08:11更新

 日本が対米戦争に踏み切った理由について、連合国軍総司令部(GHQ)最高司令官だったマッカーサーが1951(昭和26)年、「主に自衛(安全保障)のためだった」と述べた米議会での証言が、東京都立高校独自の地理歴史教材の平成24年度版に新たに掲載される。日本を侵略国家として裁いた東京裁判を、裁判の実質責任者だったマッカーサー自身が否定したものとして知られる同証言を、公教育の教材が取り上げるのは初めて。
 昭和の戦争での日本を「侵略国家だった」と断罪した東京裁判に沿う歴史観は、「日本国民は…政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意」で始まる憲法前文にも反映され、「軍隊を持たず」という国際社会でも異質な国家体制の前提となってきた。歴史教育は「贖罪(しょくざい)史観」一辺倒となり、子供たちの愛国心を育んでこなかった。その歴史観が絶対ではないことを示すマッカーサー証言の公教育での教材化は、戦後日本の在り方に一石を投じそうだ。
 証言は、朝鮮戦争で国連軍やGHQの司令官職を解任されたマッカーサーが1951年5月3日、米上院軍事外交合同委員会の公聴会に出席し、朝鮮戦争に介入した中国への対処に関する質疑の中で言及。連合国側の経済封鎖で追い詰められた日本が、「主に自衛(安全保障)上の理由から、戦争に走った」と述べた。
 都の教材は、この部分の証言を英文のまま掲載し、《この戦争を日本が安全上の必要に迫られて起こしたととらえる意見もある》としている。
 教材は、江戸時代以降の日本の歴史を、東京の歩みとともに紹介する『江戸から東京へ』。都教委が都立高校の全生徒に平成23年度から配布している。都民の意見をもとに改訂した24年度版は、全新入生約4万3千人に配布する予定。
 『江戸から東京へ』に掲載されたマッカーサー証言については、月刊「正論」5月号(3月31日発売)が詳しく紹介している。
 渡部昇一・上智大学名誉教授の話「連合国から東京裁判の全権を委任されたマッカーサー自身が米議会で『日本の自衛戦だった』という趣旨の証言をしたことは、村山談話に象徴されるように東京裁判を背負ったままの日本にとって“超重大”であり、すべての日本人が知るべきことだ」
 ■村山談話 戦後50年の平成7年8月15日、当時の村山富市首相が発表。わが国が「遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与え」たとし、「痛切な反省の意」「心からのお詫(わ)びの気持ち」を表明。以後の内閣もこの見解を踏襲してきた。


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もはや「国会」は不用品扱い

「陽光堂主人の読書日記」から一部転載。自民党に投票した人間は、日本の今後にどう責任を取るつもりなのか、聞いてみたいものである。まあ、安倍等と同じような言い逃れをするだろうが。
しかし、下の産経ニュース記事は完全な国会空洞化の目論見を示しているわけだが、ここまで国民を馬鹿にした話は無い。もっとも、先の衆院選・参院選が正当な選挙であるなら、日本国民は自民党に「全権委任」をしたも同然であるのだから、何をされても仕方が無いとも言える。つまり、日本国民は民主主義に永遠に別れを告げたのである。
民主主義(または国会)が事実上存在しない社会で、民衆が自分たちの生活を守り、意思を示す方法は、革命しかないだろう。だが我々日本人に、中東の人々のように自らの死を賭けて立ち上がる勇気や誇りがあるだろうか? 



(以下引用)*前半略。




 安倍政権の目指す方向はナチスと同じですから、麻生は正直に語って国民に実態を知らせてくれたわけです。選挙前に言ってくれればよかったのですが、与党に一票を投じた国民は、今頃悔いていることでしょう。(やっぱり投票してよかったと考えている人は、確信犯かうつけ者のいずれかです)

 独裁政権は、野党の意見など聞きませんから、国会審議も形だけとなります。閣僚や官僚どもは、国会答弁を放擲して隠密裏に売国行動することに決したようです。「産経ニュース」は、本日付で次のように報じています。(http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130805/stt13080507130001-n1.htm)

   首相の国会答弁削減検討 自民 副大臣らの代行焦点

 自民党は、首相や閣僚が国会で答弁する機会を減らして外国訪問などの公務に取り組みやすくする改革案を近くまとめ、与野党に賛同を呼び掛ける方針を固めた。国会改革を掲げる日本維新の会と連携し、秋の臨時国会で新ルールの導入を目指す。政権追及の場として国会審議を重視する野党の反発は必至で、実現には曲折が予想される。

 参院選での自民党圧勝により衆参両院の「ねじれ」が解消されたことを踏まえ、ルール見直しを国会審議の迅速化につなげる狙いもありそうだ。

 先の通常国会で、首相が出席する衆参両院予算委員会の集中審議は平成11年の国会改革以降で最多となり、安倍晋三首相の周辺から「政策遂行に専念できない」との不満が漏れていた。自民党は、党政治制度改革実行本部に「新しい国会の在り方小委員会」を設置して議論を進める方針。首相や閣僚が国会へ出席できない場合に、副大臣らが答弁を担う慣例の確立が焦点となる。

 有識者や自民党国対委員長経験者、衆参両院の事務局幹部らからのヒアリングを今月下旬から始める。

 国会議員が政府の公式見解を尋ねる質問主意書についても見直しを検討する。各党が行政のチェック手段として多用する質問主意書の提出件数は近年、増加。答弁書を作成する霞が関の官僚の負担が大きいとして制限を求める声が一部にある。衆参両院の委員長や理事らに割り当てられる国会専用車の削減も議論する。
 (下線は引用者による)

 凄いですね、これは。閣僚が国会答弁をせず、官僚が答弁書を作成しないというのですから。肝心な仕事をしないで、何をやるんですかね。米国の御用聞きに専念し、勝手に物事を進めたいようです。

 安倍に言わせれば、「権力を取り戻したのだから、勝手にやらせてもらう」ということなのでしょう。下手をすると、憲法改正も、閣僚らの答弁が碌になされないまま実現してしまうかも知れません。国民投票も、「投票者」の過半数の賛成で成立ということにし、不正選挙で鍛えた手口ででっち上げを行うことでしょう。

 今後は、一般国民の想像を超えた酷い政治が行われます。自公などが参院選に勝てばこうなることは判り切っていたのに、民主党に対する怨念に凝り固まった人たちが多かったが故に最悪の事態を招いてしまいました。

 与党に一票を投じた人は、独裁政治を招く原因を作ったわけですから、今後の展開に大きな責任があります。「こんなはずではなかった」と臍を噛んでいる人も多いはずで、大規模な抗議活動を起こすべきです。安倍ナチス政権は極東大戦争に向け、ひた走っており、その危険性は誰が見ても明らかです。




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見ぬもの清し

「大摩邇(おおまに)」という難しい名前のサイトから転載。
地下水は必ずしも山から海に流れてはいない、という話で、実は福島の放射能汚染水は日本海側の他府県にも流れている、ということのようだ。
当然、福島以外の本州東日本の農産物も放射能汚染され、日本全国に移出されることになるだろう。海産物の放射能汚染は言うまでもない。日本のどこにいようが、日本人の体内被曝はどんどん進行することになりそうだ。かと言って、海外脱出するほどの金も勇気も無い、というのが日本人の大半だろう。そこで、「実は放射能の体内被曝は、たいした影響は無いんじゃないか」という希望的観測に、専門家も素人もすがりついている、というのが実情だろう。

Living is easy with eyes close(ビートルズ「ストローベリー・フィールズ・フォーエヴァー」)


(見たくないものに)眼を閉じていれば、生きるのも容易だ、というわけである。沖縄のことわざで言えば「見ぬもの清し」である。



(以下引用)



みんな楽しくHappy♡がいい♪ さんサイトより

「地下水は山から海へ流れると普通は考えるが、
ずっと調べてきた人たちの意見はそうじゃない」
広瀬隆氏
(文字起こし)
http://kiikochan.blog136.fc2.com/blog-entry-3169.html

<一部転載>


「地下水が海側から郡山方面、いわき方面へ流れていく」という話です。
抜き出して文字起こししました。


Youtubeはこちら↓
http://youtu.be/BbCQm9CLHZg?t=2h35m2s

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で、地下水というのは我々普通に考えてたら、山から海へ
流れるとこういうふうに考えるんですが、
地下水をずーっと調べてきた人達の意見はそうじゃない。

驚いたことなんですけれど、郡山。
なんであんなに上がるんだろうと思うんですが、
地球の自転が影響するんだそうです。
この地下水はですね。

だから郡山の方向へ、内陸側へ流れていくんです。
いわきにも流れてくるんです。
こういう所は大都市ですからね。

いずれ、こういう地下水は首都圏にも行くと言われています。



Youtubeはこちら↓
http://youtu.be/BbCQm9CLHZg?t=2h31m10s

私たちは長い目で子の事故と放射能を考えていかなければ
ならないという事を、皆さんに強く警告しておきます。

人間はどんどん忘れます、私たちは。
日が経つにつれて、そして、何か慣れていくんですね。
もういいんじゃないか、もう1年経ったじゃないか、
…と、思いたいんです。

だけどそうじゃない。今度出たセシウムの量はとてつもない量です。
とてつもない量です。
これは何処に降り積もったかというと、
主にですね、福島の原発から出て内陸側に向かった放射能は
みんな山にぶつかりました。

阿武隈山系。

そこに降り積もって、それから秋がきまして落ち葉の中に
大量に入って、その後、今年の冬の豪雪で雪が一回蓋を
したような形になる。
そして、3月から雪解けに入って、それがどこに来てるか、
大体わかるでしょ?
今、水に入り始めたんです。
川に、河川に、それから地下水に入りやすくなったんです。
今そういう流れの中にきています。

だから問題はですね、実は今、水源の大汚染に入っています。


そして、いままで一度も言っていないんですが、
プールされていた放射能の中で、トリチウムというのがあります。
これは水素なんです、放射性の水素なんです。
だから水ですよね。
水素と酸素で水が出来るわけですから、水の中に放射性の
トリチウムというものがどんどん入っている。
誰も言っていません。
これはベータ線を出すんでカウンターで誰も測れませんから。
そしてそれを防ぐ事が出来ない。


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ですから、たとえば日本海側の山形県。
ここら辺は汚染が低いんですけれど、でもこの山中は
かなり出てしまいました、悲しい事にですね。
そしてあの大河の最上川でさえ、源流をたどってくると
こっちになるんですね。
宮城県に出てくる有名な阿武隈川。
だけどもこの源流は福島にあるんです。


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だから去年の11月に出たこの記事は恐ろしいんです。
阿武隈川から海へ500億ベクレル。
「東電が4月に海へ放出した、あの低濃度と称した汚染水の
セシウムの総量に匹敵する」
これが福島市のところから、県庁所在地がある福島市から
ずーーーっと、宮城県のあの海域に流れ出てきている。


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それからこの辺は特にすごいですね。
この阿武隈山系はですね。
だから今年2月に福島市を回ったんですが、
ずーっとしんしんと降る雪を見てね、あの雪を見て本当に
涙が止まらなくなりました。
この綺麗な山に雪が降ってくるんですけれどもね、
その雪が怖いわけです。
私はカウンターを持つのが嫌だったんだけども娘に
持たされていったんですけれども、やっぱりグーンと上がるんです。
駅前からタクシーに乗っていくと。
針を見るのも嫌でした。
そういう中であの美しい山がですよ、
全部放射能で汚染されているかと思ったら悔しくてね、
涙が止まらなくなりました。

みなさん、どうかですよ、
北海道で同じ事を起こさないでくださいね、
どんなことがあっても。
いいですか、起こっているんですから。

いま。
これがどんどんどんどん川に入って地下水に入って、
今この河口域にどんどんどんどん入ってきている。

<転載終わり>

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圧力釜を買う人は警察にご注意




「ロシアの声」から転載。
一番の問題は、国民のインターネット通信内容(あるいは履歴)が警察に筒抜けになっていることだ。スノーデンによる「米国国家盗聴体制」暴露が事実であったことがはっきりと証明された形である。
しかし、圧力釜を買っただけで警察が家に踏み込んでくるとはねえ。まあ、日本でも車にカッターナイフ(たぶん、商売道具か)があったとかいう理由で警察に連行されて取り調べられた漫画家もいたが、警察というのは市民の所持する武器に関してはほとんど病的な警戒をしているようだ。
ところが、その気になれば何でも武器になるのであり、箸一本で人を殺すこともできる。自衛隊(軍隊)などではそういう暗殺技術も仲間内で教え合っていると私は推測している。もっとも、べつに教えられなくても、少し考えれば誰にでもその方法は分かるだろう。
しかし、人を殺せば自分自身の一生をフイにする、という想像力が通常の人間にはあるから、そういう犯罪(殺人技術)の想像はしても絶対に殺人を実行しないだけだ。まあ、台所用品など殺人道具の宝庫のようなものである。電子レンジでだって人を殺せるのではないか。たしか「キックアス」では大型電子レンジで人間を爆発させていた記憶がある。ただの圧力釜でも旦那や女房の頭にぶつければ立派な凶器だ。(笑)
圧力釜の場合は「大量殺戮兵器」に転用されるとは言っても、せいぜいが数人規模だろう。(あのボストンマラソン爆破事件は、本当に圧力釜爆弾だったか、怪しいものだ。効果が派手すぎる。)そんなに市民の持つ「武器」が心配なら、いっそ全家庭の台所から包丁の類を一斉に没収したらどうか。いや、それ以前に、アメリカの場合はあれだけ銃が野放し状態のくせに、圧力釜に眼の色を変えるというのもおかしな話である。あるいは、「我々はテロ対策を真剣にやってますよ」というアピール目的の意図的な「勇み足操作」事件かもしれない。まあ、実際にはただのお馬鹿な間違いだろうとは思うのだが、アメリカの現状をいろいろ教えてくれる事件である。


(以下引用)


米国:圧力釜はテロリズムの疑い
タグ: 北米・中南米, 米国, テロ, 記事一覧, 国際, 社会・歴史
2.08.2013, 18:00


Photo: RIA Novosti
米国人主婦がインターネットで圧力釜を注文したことで、家に警察が押しかける騒動があった。
「ガーディアン」紙が伝えたところによれば、ミシェル・カタラノさんが圧力釜をインターネットで探していたところ、3台から4台のジープに乗った6名の警官がやってきたという。了承を得た上で家宅捜索を行い、圧力釜があるかどうか問いただされた。炊飯器があることを知った警官たちはそれで爆弾が作れるかどうか聞いてきたという。警官たちはインターネット上でのミシェルさんの検索履歴に基づいて捜索を行ったという。その中には「圧力釜の爆弾」および「リュックサック」がヒットした模様。主婦は圧力釜を探し、夫はリュックサックを検索し、息子はボストンテロ事件を調べていたという。その結果、誰かの頭の中でボストンテロ事件後の米国におけるテロのイメージに合致してしまった。
Newsru.com







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