第四十章 最後の旅
「冬が近いなあ」
船の舳先に近い甲板で、鉛色の空を見ながらメビウスが言った。それに答えるように、ピオが言う。
「聞いた話では、レハベアムは南北に長く伸びた大陸で、ヤラベアムとアドラムを合わせたのと同じくらいの長さがあるそうだ。首都シズラは、その北の方にあるというから、そこに着くまでには完全に冬になっているぜ。冬に入ると、この旅は苦しいものになりそうだ。雪の中の旅は、きついものだからな」
「レハベアムまでは、後何日くらいだろう」
ミゼルがメビウスに聞いた。
「俺にもよく分からないけど、エタムからはそれほど離れていないらしいから、もうそろそろ見えるんじゃないかな」
ミゼルは船尾でライオンのライザと戯れているリリアの所にぶらぶらと歩いて行った。
ライオンのライザも、リリアの前では大きな犬か猫のようである。ザキルは相変わらずリリアに近づこうとするが、その度にライザに威嚇されて近づけない。もっとも、それでなくてもリリアの魔法の力を使えば、ザキルを懲らしめることは簡単なことだろうが。
「リリア、教えてください。不死の身になった人間は、もう元には戻らないのですか」
ミゼルを見て微笑んだリリアは、ミゼルの問いに首を傾げた。
「さあ、どうでしょう。父のプラトーなら、元に戻る方法を知っているかもしれませんが、私は知りませんわ。でも、不死の身を得た人間は、たいていはそれを喜んでいるものです。自分から死を望むことはほとんどありませんわ」
「しかし、不死の身でも、年は取るのなら、いつかは生きるのにうんざりする日が来るのではありませんか?」
「そうかもしれません。でも、年老いて頭が呆けてきたら、もうそんな事も考えないでしょうね」
「僕は、そんなのは厭だな」
ミゼルは、もう一つ思いついて訊ねた。
「たとえば、不死の人間の体をばらばらにしたらどうなります?」
「変な事を考えるのね。さあ、どうなるんでしょう、きっと、そのまま生きているんじゃないかしら」
「つまり、手足や頭や、胴体が別々に生きると?」
「多分ね」
「では、僕の父のマリスを無害な存在にしたければそうすればいいわけだ。もしも、そうなっていた場合、リリア、あなたの魔法で、それを元に戻すことはできますか?」
リリアは、考え込んだ。そして、悲しそうに頭を振った。
「いいえ、できません。と言うより、自信がありませんわ。神以外の者に、そんな事ができるとは思えません」
「そうですか……」
ミゼルは、自分の不吉な考えが、現実になっていない事を祈った。
やがて、船の舳先の方からマキルの声が聞こえた。
「陸だ、陸が見えたぞ! レハベアムだ!」
ミゼルとリリアは小走りに舳先に向かった。
レハベアムは、船の前方に、灰色の空の下に小さな影のように見えていた。その黒い影は、うずくまる怪獣のようにも見えた。
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