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紫水晶事件

エドガー・アラン・ポーは推理小説の始祖とも言うべき存在で、推理小説の基本アイデアの幾つかを彼が創出しているが、「探偵=犯人」というトリックも彼は書いている。このトリックを使った推理小説は少ないはずである。(「記述者(叙述者)=犯人」やそのバリエーションは「叙述トリック」というジャンルができるほど、最近非常に多いようだが、もともと、すべての推理小説は叙述によるトリックだとも言えるのではないか。)
ところで、実は、『赤毛のアン』の一つの章に、この「犯人=探偵」の犯罪話があるのをご存知だろうか。ある「盗難事件」と思われる出来事で、最初に犯人と目された人物は、犯行動機もあり、犯行現場にもいたために、探偵から犯行を疑われて厳しく追及され、やむなく「自分がやった」と白状する。だが、実はその告白は嘘だった、という話である。

言うまでもなく「紫水晶事件」である。

そして、実は、犯人は、犯罪を厳しく追及していた探偵自身であった。
探偵自身は、その犯行が自分自身によるものだ、とはまったく意識していなかったために、あやうく被疑者に冤罪を被せそうになったのだが、なぜ自分でも意識しないで「犯行」を行うことが可能だったか。
それは実は、まったくの偶然のなせる業だったのだが、一般の推理小説では、「偶然によって完全犯罪、あるいは不可能犯罪が成立する」ということは、アンフェアだ、と看做される。
しかし、実は、偶然がまったく奇跡的な結果を生むことは、現実生活の中ではよく見られる現象なのである。意識してやったら絶対に不可能、としか思えないほどの出来事を、我々は日常的に見ている。たとえば、足元の小さな小さな砂粒を靴の踵で蹴り上げて、それを一粒だけ自分の靴の中に入れる、ということは、どのように努力しても不可能である。だが、偶然としてなら、それは非常に頻繁に起こるのである。
「紫水晶事件」は、そういう「偶然のもたらした不可能犯罪」というアイデアに発展しうる可能性を持った話である。

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