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日露首脳会談へのネットマスコミの意図的ネグレクト

日露首脳会談、つまり安倍・プーチン会談があったようだが、大手ネットニュースではほとんど報道されていないようだ。(「グーグルニュース」には載っているが、軽い扱いで、私は最初気づかなかった。)私は、こういう「見えないもの」にこそ興味を持つ人間なので、少し調べてみたら、下(引用部分)のようなものだ。
つまり、意図的に国民をそのニュースに注目させないようにした「紙面作り」になっている、と私は判断するのだが、それは邪推だろうか。
産経新聞や日経新聞がどういう扱いをしているか興味深い。

日露首脳会談と言えば、日本ロシア双方にとって画期的な出来事であり、安倍右翼政権に何か大きな変化が起こっているとすら思わせる大事件である。しかも、これが欧米諸国のロシア制裁の下であえて行われた「勇気ある行動」であるのだから、なおさらだ。
私は安倍を最低最悪の総理だとしてきたが、もしも彼の心に何か変化があるなら、これほど歓迎すべきことはない。人間そのものが変われば、すべては変わるのだから。
安倍の訪露は、ユダ金の締め付け、ジャパンハンドラーズの締め付けが利かなくなってきていることを意味するのではないだろうか。つまり、日本の政治の大変革が起こり始めている可能性がある気がする。民進党などに期待するより、自民党中枢と官僚の変化のほうがまだ期待はできるのではないか。まあ、人殺しがいきなりお坊さんになるような話だがwww(上田秋成の「春雨物語」にそういう話がある。)

neglect(無視、放置)の発音は「ニグレクト」だが、この語のカタカナ語(外来語)表記としての慣用に従っておく。

(以下引用)各前置きは、もちろん夢人による。



「ヤフーニュース」トップの記事紹介がこれ。


仏羽毛大手 偽装知っていた写真

「MSNニュース」はコピー不可能のシステムのようだったが、日露首脳会談のニュースはトップ記事に無し。




「グーグルニュース」には紹介されていた。他記事への埋没ぶりを示すと字数オーバーになるので、安倍訪露記事のみ転載。


リアルタイムの記事を表示

北方領土:「現日露首脳間で解決を」新アプローチ


毎日新聞 - ‎2 時間前‎

... 【ソチ(ロシア南部)前田洋平、真野森作】安倍晋三首相は6日、北方領土問題について「未来志向の日露関係を構築する中で、プーチン大統領と2人で解決する考えで一致した」と記者団に述べ、現首脳間で解決を目指すと表明した。プーチン氏との会談では、領土問題の解決に ...
 

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なぜ彼らは日本を迫害するのか

「ギャラリー酔いどれ」所載の「新ベンチャー革命」記事の一部である。
ここで書かれたアメリカ戦争屋の心理分析は、なかなか的を射ているのではないか。相手への恐怖心を原因とする、相手を絶滅させたい、という気持ちは彼らの心の奥底に常にあるのだろう。そりゃあそうだ。自分たちが原爆を落とした相手なのだから、いつ復讐されるか分からないwww
西洋人、特にユダヤ的な人々には「水に流す」ということが理解できないのだろう。悪事には悪事で返す。復讐の連鎖を断つには相手を絶滅させるしかない、というのが彼らの本能的思想ではないか。で、それと同時に、彼らは口先では偽善を行うから、「野蛮人」たちは簡単に騙せると思っているのである。「ナイーブ」というのは、彼らにとっては「馬鹿」と同義なのだ。相手を信じる、というのも馬鹿の証拠。馬鹿は騙して当然、野蛮人(異民族)に対しては嘘をつくのは当然だ、という思想だ。
15世紀か16世紀か分からないが、「大航海時代」以降の世界の歴史を見れば、ほとんどが西洋による他国侵略と強奪と戦争、植民地化、奴隷化の歴史である。これは20世紀になっても21世紀になっても同じだ。21世紀からはそれが「テロとの戦争」という看板をつけることで世界全体を騙しているだけである。
こうした「西洋文明の精神」の正体を世界的に周知させるのが、一見迂遠に見えても、世界平和と人類全体の生活向上、幸福への一番効果的な道だと思う。武器に対して武器、殺人に対して殺人では、永遠に平和は来ないだろう。要するに、「思想だけが世界を根底から変える」のである。


(以下引用)



5.日本を乗っ取っている米戦争屋は、なぜ、
  世襲議員を傀儡化して日本支配を強化し続けるのか

戦後70年、日本を乗っ取っている米戦争屋の日本支配は強化され続けています。

なぜ、彼らはこうも日本にこだわるのでしょうか、

それは、日本人を怖がっているからです。

米戦争屋ジャパンハンドラーの接する日本人は、彼らの目から見れば、
みんな子羊のように見えます、しかしながら、彼らにとって、同時に、

日本人が不気味に見えるのです。

なぜでしょうか、それは、日本人は米国人に原爆を落とされ、
絶滅させられようとしたにもかかわらず、なぜ、米国人に尻尾を振るのかが、
どうしても解せないからです。

この見方は、筆者が16年半、米国シンクタンクで働き、米国人と接した経験によります。

多くの米国人は自分が日本人だったら、日本人を絶滅させようとした米国人を
末代まで憎み、いつか復讐しようと虎視眈々と狙うはずだと思います


このような米国人の見方から生まれるのが、

日本人に対する、えも言われぬ恐怖心なのです。

とりわけ、日本に原爆を落とした勢力の後継である今の米戦争屋ネオコンは
そのような感情が強いわけです。

その恐怖心から生まれるのが、日本人を地球上から抹殺したいという衝動です

米戦争屋ネオコンは9.11事件や3.11事件の黒幕と本ブログでは観ていますが、
彼らは日本人の核武装を何より恐れています。

なぜなら、日本人の核武装を許すと、いつか復讐されると彼らは信じているからです、
なぜなら、彼らは自分が日本人だったら
原爆を落とした勢力に絶対に復讐しようとするからです。

これを知ると、米戦争屋ネオコンと対立するオバマが広島訪問しようとすると、
彼らから猛反対される理由がよくわかります。

執念深いネオコンのこの対日観は永遠に不変です。

ということは、彼らは何とかして、日本民族を絶滅させたいわけです、

復讐されないために・・・


このような米戦争屋ネオコンの対日観がわかると、彼らが日本中の海底に穴を開け、
いつでも第二の3.11が起こせるようスタンバイし、同時に、

日本中に多数の原発をつくることを許し、その一方で、北朝鮮に入り込んで、
いつでも、北から日本の原発をミサイル攻撃できるようスタンバイしている
のはなぜか、
みんな気付くべきです。

最後に言えば、米戦争屋ネオコンの傀儡・安倍氏の憲法改悪の企みの背後にみえる
米戦争屋の上記のような日本人への恐怖心にも、
われら日本人は思慮を拡大しておくべきです。

彼らは日本人からの復讐を恐れており、日本人が絶滅するまで、
第二、第三の 3.11同様の対日ステルス攻撃を 今後も執拗に仕掛けてくるはず
です



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憲法9条護持の反戦右翼

「反戦右翼」という言葉が面白い。そうなんだよな。右翼=好戦的・軍備拡大主義者、という等式が「世間の印象」としてはあるが、それがあまりに人々の精神を束縛していないか。左翼という言葉も同様だ。
「戦争への姿勢」「天皇への姿勢」「文化への姿勢」などで細分すれば、さまざまな形の思想が出てくるはずで、それを全部まとめて右翼・左翼とすることのほうが無理があるのだろう。

私自身は社会主義者だが、「絶対的反戦主義者(戦争以上の悲惨はないと思っている。)」「皇室には肯定的(日本だけの持つ文化的政治的メリットだと思っている。これがうまく生かされる方法を我々は模索すべきではないか。)」「文化的にはやや保守的、伝統尊重主義者(「新しいものにしか価値を置かない社会」は劣化し、衰退すると思っている。)」である。
つまり、私は「右翼的社会主義者」かもしれないwww 「社会主義=左翼」という等式で考えれば、私は右翼的左翼であるwww もう意味不明だ。
まあ、単純に「人間主義者」(本来の「ヒューマニズム」はこう訳すべきだろう。「人道主義」は誤訳と考えるべきではないか。)である、と自己規定してもいい。つまり、人間を毀損する人間を断固として否定する主義である。
その結果は法治主義でもあり、「自由主義」の否定でもある。
制限の無い自由は野獣の世界である。自由は「好み」としてなら成り立つが「主義」にはなりえない、ということだ。Aの自由はBの自由と衝突するのが社会の常態である。そこに法と倫理の意義がある。



(追記)私が日本国憲法墨守論者であることと皇室尊重主義者であることが矛盾しないことを、「阿**」の記事の中から拾って転載しておく。言うまでもなく、私が尊重するのは「国民統合の象徴としての天皇、象徴天皇」であって、「君主として天皇を押し立て、その実権は一部の階層(長州閥官僚や同政治家など)が得る」という「明治政府式天皇制」ではない。

「大日本帝国憲法下の天皇の在り方と日本国憲法下の天皇の在り方を比べれば,日本国憲法下の天皇の在り方の方が天皇の長い歴史で見た場合,伝統的な天皇の在り方に沿うものと思います」。


明治憲法に戻りたいという皆さん、天皇陛下の発言ですよ。 https://t.co/lMlC8PJ0X8





竹熊健太郎《一直線》 @kentaro666 11時間前

  1. 実は私自身、生前の川内康範先生から全く同じセリフを言われたのである。
  2. 40件のリツイート 23 いいね
  3.  
  1. 「貴様のような小僧に特攻隊で死んだ者の気持ちが分かるか? 特攻隊は天皇陛下万歳と叫んで死んだんじゃない。お母さん、と叫んで死んだんだ。戦争する気なら貴様が真っ先に特攻しろ。分かったか!」と川内康範先生なら安倍首相を叱るだろう。
  2. 168件のリツイート 92 いいね
  1. 戦後GHQの検閲を無視して特攻隊をテーマにした演劇「遺書」を上演し、戦没者遺骨収集運動に没頭した真の愛国者・川内康範先生は、憲法9条絶対護持の反戦右翼だった。先生の姿を見た最後は福田首相に物申すため車椅子で自民党本部に乗り込む姿だったが、今存命なら安倍首相に喝を加えたに違いない。
  2. 218件のリツイート 132 いいね

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国立ユートピア(笑)

安楽死と火葬(水葬でも土葬でも何でもいいが死体の処理)葬式その他、死に関わる費用一切を含めて10万円くらいで国が引き受けてくれないものか。「安楽死センター」とか、「ユートピア」とか名づけて施設を作るといい。(安楽死を「ユータナジー」と言ったと記憶しているwww)なお、痴呆状態になってからでは遅いから、私は認知症となった時は絶対に安楽死にしてくれるよう今から希望しておく。
最悪なのは、痴呆状態での「延命治療」。まあ、本人は不幸だとは思わないだろうけど。

(以下引用)案外、まともなコメントが多いようだ。誰にとってもいずれ降りかかる問題だから、真剣に考えているのだろう。


2016年05月04日 02:05

なんで安楽死は認められてないの?

なんで安楽死は認められてないの?

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引用元:なんで安楽死は認められてないの?
http://hayabusa.open2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1462267736/

1: 名無しさん@おーぷん 2016/05/03(火)18:28:56 ID:BhC
グダグダ延命して苦痛を与えて、介護保険と医療保険費増やすことが正しいことなの?

2: 名無しさん@おーぷん 2016/05/03(火)18:29:35 ID:pt7
スイスでは認められてるんだっけか

3: 名無しさん@おーぷん 2016/05/03(火)18:29:49 ID:lxo
一秒でも長生きしたほうが良いじゃないの!貴方は最低ね!!!!!!!

4: 名無しさん@おーぷん 2016/05/03(火)18:29:53 ID:Rfg
尊厳死との違いを無知な俺に教えて

5: 名無しさん@おーぷん 2016/05/03(火)18:29:55 ID:Jlm
日本国民は自分の命を守ることも認められていないので
命を勝手に捨てることも認められないのは当然だろう

11: 名無しさん@おーぷん 2016/05/03(火)18:33:22 ID:txm
>>5
ぐう深E

7: 名無しさん@おーぷん 2016/05/03(火)18:31:10 ID:eIy
安楽死施設建ててほしい
そのためならお金出す

8: 名無しさん@おーぷん 2016/05/03(火)18:31:57 ID:hLC
若者が死にたがるからだろ

9: 名無しさん@おーぷん 2016/05/03(火)18:32:32 ID:eIy
>>8
そういう社会を作った方にも責任はあると思う

12: 名無しさん@おーぷん 2016/05/03(火)18:34:36 ID:eIy
お金払えば認可されるシステムにすればいいんじゃないの?
まあでもただでさえ人口減少子高齢化とか言ってるから
現実的には無理だろうね
本当に政治家は自分のことしか考えてない

13: 名無しさん@おーぷん 2016/05/03(火)18:34:50 ID:mxH
現状でも本気で死にたいやつは年間三万人レベルで勝手に死んでるわけですし
自殺目的で安楽死求めてるやつは仮に許可されてもどうせ死なないよ

31: 名無しさん@おーぷん 2016/05/03(火)18:43:03 ID:txm
>>13
自殺原因のダントツトップが健康不安

約半数が疾病や病気を苦に自殺してるって事忘れてるね

15: 名無しさん@おーぷん 2016/05/03(火)18:36:01 ID:zHy
借金持ちでなくて遺産をすべて国に寄付するなら認めてほしいな

18: 名無しさん@おーぷん 2016/05/03(火)18:37:04 ID:BhC
末期ガンとか地獄だぜ。日本マジ冷たい

24: 名無しさん@おーぷん 2016/05/03(火)18:40:20 ID:txm
>>18
末期医療、難病、重症心身障害者

臭いものにフタをしてやってる事は飼い殺しだ
死ぬ事も選べず医療行為も選べず朽ち果てるまで生かされる

21: 名無しさん@おーぷん 2016/05/03(火)18:38:21 ID:E6O
一応、延命を施さないってのはある
安楽死はヒト殺しだから責任の問題が生じるから

22: 名無しさん@おーぷん 2016/05/03(火)18:38:55 ID:eIy
>>21
だれも責任を負わない社会

28: 名無しさん@おーぷん 2016/05/03(火)18:41:06 ID:3rF
>>22
安楽死求める時点で自分を殺す責任を他人に押し付けようとしてるわけだしな

26: 名無しさん@おーぷん 2016/05/03(火)18:40:50 ID:BhC
残酷だよな

29: 名無しさん@おーぷん 2016/05/03(火)18:41:32 ID:T2P
ホスピスという、無理に延命治療はせず残された余生を苦しまず過ごさせる、って制度はあるが
医者は延命治療の方ばっか勧めてくるからな
結構粘りやがる

35: 名無しさん@おーぷん 2016/05/03(火)18:46:50 ID:pzB
安楽死と尊厳死をごっちゃに考えてるレスがあるな

45: 名無しさん@おーぷん 2016/05/03(火)19:01:10 ID:T2P
>>35
積極的か消極的かの違いなだけで意味はほぼ同じやで

37: 名無しさん@おーぷん 2016/05/03(火)18:48:07 ID:B68
日本でも故意に生命維持装置を止めても殺人罪にならなかった例があるのでスレタイについては認められてるよとなる

41: 名無しさん@おーぷん 2016/05/03(火)18:52:53 ID:KSl
介護疲れの殺人とかもあるし
80歳以上は規定の健康条件を満たせない場合安楽死とかにすればいいんでないか?

44: 名無しさん@おーぷん 2016/05/03(火)18:55:34 ID:3rF
>>41
なんか怖いなあそれ

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理想無き「リアリスト」に告ぐ

「バカ国民帝国日本の滅亡」から転載。相も変らぬ政治的ニヒリズムだが、こうした言説が一番、世の中の害毒になるのではないだろうか。(以前にどこかで引用した村岡花子の随筆にもニヒリズムの害毒について書かれていたが。)
政治は八百長、野党はただガス抜きのための存在、革命などしてもムダ、という言説である。
では、どうすればいいのか。この世は永遠に弱肉強食のジャングルで、長い(強い)ものには巻かれろ主義で行くか自分が強者となって弱者を食って生きろ、とでも言うのか。
そんな言説をする自分自身が、他人から踏みにじられても殺されても、文句は言わない、ということか。
私は、こういう低レベルの「リアリスト」思考(理想無きリアリストの思想)が大嫌いである。このタイプの思想家をマキャベリストと言ってもいい。いや、マキャベリも韓非子も私は読むし、孔徳秋水氏も文章は面白い。だからこそいつも読むのだが、それは非常に啓発的だからである。思考に刺激を与えてくれる。だが、思想としては「世に害毒を流すもの」だと思う。
リアリズムはいい。だが、それがニヒリズムになると最悪だと思う。世界全体を悪化させるだけの言説である。言っていること(事実の記述)が八割がた正しいだけに、害毒も大きい。事実認識はだいたい正しいが、そこから出てくる「判断」や「意見」(すなわちニヒリズム)は最悪だ。まるで、人生は悪に満ちているから、生まれた赤ん坊をすぐに殺せ、というようなものだ。

私は、社会(世界)はゆるやかに向上していくものだと思う。革命などで一気に変わるのではない。革命が成功しても腐敗し、また次の革命が起こり、また腐敗していく。
だが、その革命に意義が無かったか、というと絶対にそんなことはない、と断言する。
アメリカ独立革命(独立戦争)があり、フランス革命があったからこそ、まがりなりにも民主主義を標榜する現代世界があるのである。たとえそれが「疑似民主主義」であっても、それは絶対王権の社会よりははるかに優れているのである。それを無視して「理想的なものがすぐに得られないなら、その代用品はいやだ」と泣きわめくのは小児のすることではないか。


(以下引用)

管理されている革命


テーマ:

『進撃の巨人』…




”巨人の謎”もさることながら…




”憲兵団の謎”も不可解極まります…






憲兵団は、反体制派の取り締まりを行い、そのためにスパイを潜り込ませている…




しかし、「反体制派は、”必要悪”」と憲兵団幹部が言う…





わかりますか?この意味…





高橋五郎氏の著作を読んでみる…




オーウェルの『1984年』や『動物農場』を読むと…わかるかもしれません…





巨人の住む世界と現代社会は、権力構造や世の中の仕組みがそっくりなのですよw





人民を統治するために、わざと”反体制派”を作って育てる…




野党の存在もまったくいっしょ…




実際、”草の根”で労働組合結成に成功しても、すぐに”第二組合”が作られ、取って代わられる。




炭鉱や国鉄のような強力な組合は、炭鉱自体を閉鎖する、民営化して分解する…





きっと、山口組分裂もそういうものの一環だと私はにらんでいるのですがね…





かのキング牧師も”交渉役”に祭り上げられて利用され、批判を浴びた時期があったわけだし…




そして、隣国のスパイが入り込んで、国内の政治勢力に影響を与えているというのは、『史記』や『三国志』の時代からすでに”常識”なわけですが、日本人ってのはまったくこれを疑わない。




漢王朝を滅ぼした紅巾の乱の背後には、モンゴルなどの北方遊牧民族の支援があったわけです。




だから、読売や産経の背後にアメリカやイスラエルがいても、朝日や毎日の後ろに北朝鮮や中国ロシアがいても、全然おかしくはない。




右翼VS左翼なんていうけど、これも”代理戦争”なんですね…





しかも、米英や中露は、敵対しているようで実は共闘している。




そういうことが、99%たちにはけっしてわからないのですね~





運動家の皆さん…このこと、ちゃんと知ったうえで運動やってるんですか?




あなたがたもまた、単なる道化芝居の役者のひとりなんですよ…





その”革命”を成功させて、傀儡政権を作ってみたり、(明治政府がそうだったかもですな…)




”反体制派”に集まってきた”危険分子”を折々に排除したり…




まあ~一種の”ゴキブリホイホイ”や”ネズミ取り”みたいなもので…




かの「イスラム国」の「テロ」にしたって、一種の”やらせ”で、黒幕は現体制なんです。




そして、その茶番を国民に信じさせるために実際に爆破させているわけですね…





いわゆる”論戦”もけっして議論がかみ合わないように演出、運営されている…




そういう”お芝居”をみて国民は、「言いたいことが言える社会」と勝手に思い込み、「激しく議論が戦わされている」と、これも勝手に思い込む。





うすらサヨクにうすら愛国…ともに、トンデモ論をぎゃあぎゃあわめいて、わざと議論を外してしまう。




たまに論点がついてあるものであっても、肝心なところがぼかされていたりしている。





相撲の八百長ひとつ見抜けないのですから、こういうお芝居も見抜けないのですね~




しかし、『1984年』で示されたとおり…




全体主義国家を作るためのレシピとして”反体制派”が作られるのです。






この世はすべてが”茶番”…





人間の世の中で、信じてよいものなど、なにひとつありません。






さて…運動家の皆さん…




左翼だろうと保守・右翼だろうと同じことです。





反体制派は、何のためにあると憲兵団幹部は言っていましたか?





”市民のガス抜き”のため…





そして、適当な時期に”間引く”ため…





ハイ!もっとしっかり日の丸を振って~!!!



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半強制の牢獄

「紙屋研究所」から転載。
私は社会主義者だが、議会を通して社会を変革すべきだというフェビアン協会的な漸進的社会主義者(「釈迦主義者」とミスタイプしたが、仏教徒ではないが微温的な「釈迦主義」かもしれない。どの仏教宗派も嫌いで「釈迦」だけが好きだ。)に近い。紙屋氏のようなマルクス主義者ではないし、伊藤野枝(「野枝」という名「野の枝」は、まさに彼女の生き方を象徴しているようだ。)のようなアナーキストでもないが、ここに書かれたことには全面的に賛同する。
今の日本、いや、昔からずっとそうなのだが、日本という国は「半強制の牢獄」であり、目を開いていながら、何も見ないという生き方をするしか、その中では生きられないのである。奇妙な「身近な権力」「本当は何の正当性もない権力」が我々の日常生活を縛り付ける。まさに「空気の支配」だ。

ここに書かれたPTAや町内会、伊藤野枝を抹殺しようとする「庶民たち」の姿のおぞましいこと。



(以下引用)

2016-05-02 再び「半強制の牢獄」へ 『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』

栗原康『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』Add Star




 新しく引っ越したところの町内会の堅牢さにほとほとまいっている。別に今何か役を押し付けられたわけでもないけども、ピラミッド状のがっちりした組織が、引き受けなくてもいいような行政仕事を請け負って、その負担の重さに悲鳴をあげている様子が、総会のパンフレットから痛いほど伝わってくる。いわば「勝手に」苦しんでいるのだ。


 そして、小学校のPTA


 総会に自民党議員だけが招かれ、あいさつをし、学校から自主独立の団体と規定されながら、学校の仕事にがっちり組み込まれた規約が厳然と存在する。


 任意制であることを確認しましょうよ、それにふさわしい組織のあり方に見直すように1年間かけて調査・検討を始めましょうよ――ぼくがそういう提案を総会でいきなり出してみたら、否決された。


 ぼくはPTAの一つの委員会の副委員長をくじ引きでやることになったのだが、その際に、やはりくじで選ばれたシングルマザーの方の苦境を聞いた。とてもできないと会長にも訴えたが聞きれてもらえなかったという。お母さんたちの会話から漏れる「1年だけのがまん」というため息。


 なんでそんなにしてまで、PTAをやらされないといけないのか。




 町内会とPTA


 ここにきて、再び「半強制の牢獄」に逆戻りである。


 「会長」とか「役員」というポストを得られない場合は、ヒラの会員としてモノを言わないといけない。そこからだ。


 知ってるよ。「まずは1年間役員などをやってみて、現場の空気をつかみ、仲間を増やして……」。そういう方法が順当なのは。独りであがけば、浮き上がってしまい、見苦しい始末になりかねないんだろう。


 だけど、今回そういうやり方をとりたくない


 あえて。


 ヒラのままでどこまでできるのか。民主主義が機能するのかどうかをしっかりやってみる。民主主義ってなんだ!? これだ! って言えるものが本当にここから生まれるかどうか。




 PTAのシャンシャン総会の空気をまったく読まずに、挙手をしてヘンテコな提案をする空気の冷たさを知っているか。


 こんなものが普通の人間に、できるものなのか。


 少なくとも徒党を組まずにはできるものではない。


 否決された瞬間の冷え冷えした空気を体験した時、ぼくは高校時代に、孤立無援で「校則押し付け反対」のビラをまこうとして生活指導教師に説教され、泣きながらそのビラを捨てた、あの時の情けなさというか、心細さを思い出した。




 小説『神聖喜劇』の中で、軍隊の中で不条理に立ち向かう主人公・東堂が、戦友1人と連れ立って「意見具申」(上級者への請願)をしに上級者の部屋へやってくる、その時の上官上級者たちの冷たい視線の描写が、わがことのようである。


「東堂二等兵、『意見具申』のため参りました。」


冬木二等兵、『意見上申』のため参りました。」


 われわれの背後で堀江隊長、久保軍曹、片桐伍長、三者の雑談が、にわかに跡絶えた。山中准尉は、虚を衝かれたような・腑に落ちかねたような表情で、しばし応答しなかった。中隊事務室内は、数秒間しんとしていた。まもなく山中准尉の面上にあらわな困惑の色が動いた、と私は見た。そして、その困惑の色は、『隊長殿の眼の前でそんな険難なことを公言してしまったのでは、事を穏便に運ぼうにも運びようがなくなるではないか。始末に負えないな。』というような意味に私には想像せられたけれども、あれもこれも、私の僻目であるのかもしれなかった。……われわれの背後における三者の雑談は、跡絶えたまま、再興しなかった。そこから、沈黙の冷ややかな指先が、私の首筋背筋を無気味にいじくりつづけた。(大西巨人神聖喜劇』第五巻、光文社文庫p.216-217)


 ぼくは、PTAの成人教育委員会の一人として、「人権同和教育」を推進させられるらしい。


 いったい、日本国憲法世界人権宣言に定められた「結社の自由(結社しない自由)」を侵し、個人の尊厳や幸福追求の権利を剥奪して進められる「人権同和教育」とは何か。


 泣く泣くこの委員会を押し付けられたお母さんたちには、今自分たちがとるべき武器としての人権=「PTAは任意であり、その活動も任意・志願であり、拒否できるものだ」ということなど、およそ思いもつかないであろう。


 人権とは、自分ではない「かわいそうな人たち」への施しや温情、もしくは差別いじめをしない「道徳」であって、決して自分たちを守る「武器」なんかではない――そのことを徹底して叩き込む、実にすぐれた「教育」の場ということだろうか。いま刻々、PTAの成人教育の現場で人権破壊教育そのものが行われているんだよ。ふざけるな馬鹿野郎。




村に火をつけ,白痴になれ――伊藤野枝伝 そんな折に偶然手にしたのが、本書・栗原康『村に火をつけ、白痴になれ 伊藤野枝伝』(岩波書店)である。


 いや、偶然ではない。


 もともと福岡市にあるため池のことを調べていて、伊藤野枝のことが出てきた。恥ずかしながら、伊藤野枝が現在の福岡市の出身であることをぼくはまったく知らなかった。伊藤野枝は、アナキスト無政府主義者)の大杉栄とともに関東大震災の後、憲兵隊に虐殺されたアナキスト・女性解放運動家である。あっ、伊藤野枝って、福岡出身だったのか。それで本を探して読んでみようと思って本書を手に取ったのである。


 ぼくはもともと福岡の人間ではないが、地元で「郷土の偉人」としていろんな人がもてはやされている中で、伊藤野枝はほとんど出てこない。例えば『農業全書』を著した宮崎安貞を記念する地元行事が町内会や小学校挙げて取り組まれるのに対し、伊藤野枝はむしろタブーに近い存在である。*1


 伊藤と同年代の人間が存命だった頃の、今から十数年前の話で、地元の郷土史家が伊藤のことでテレビ取材を案内した時に、ある老婆が怒鳴り込んできたという。


「おまえはなにを考えとるんじゃあ! テレビなんかにうつったら、世間さまに、ここがあの女の故郷だと知られてしまうじゃろうが!」。どういうことだろう。大内さん〔地元の郷土史家――引用者注〕がけげんそうな顔をしていると、おばあさんはこうさけんだという。「あの淫乱女! 淫乱女!」。ひゃあ。(栗原前掲書醃)


 奔放で自由な伊藤は、福岡の田舎の村で、陋習に悩まされる。おこがましいと言われることを承知で書くが、そういう姿にぼく自身が重なった。まさにこれじゃん。変わってないじゃん。そして、今でも伊藤は地元で黙殺され続けている。




 本書を書いた栗原は、伊藤の生き様を次のように一言で要約している。


これから本書では、野枝の人生の軌跡をおっていくが、あらかじめその特徴をひとことでまとめておくとこうである。わがまま。学ぶことに、食べることに、恋に、性に、生きることすべてに、わがままであった。そして、それがもろに結婚制度とぶつかることになる。(栗原前掲書ⅺ)


 たしかに、本書を読んだ時(あるいは伊藤の生き様を知った時)、まず「自由恋愛」についてどうしても目がいってしまうのだが、言い方をかえれば、自分なりに当たり前の、平凡で、快適な幸福の追求をしようとした、しかし、それは様々な障害にぶち当たらざるをえなかった、平凡さを徹底して貫こうとすれば、それはラジカルにならざるをえなかった――こういうことであろう。それが「わがまま」という意味だ。




 その「わがまま」を貫くことが大杉や伊藤の原理であった「直接行動」となる。国家や行政のような制度に頼らないということである。


 そして、そういう行動をとった結果、貧しくなったり、つまはじきにされたりするわけだが、「なんとかなる」というのが、伊藤について回った、よき結果であったと栗原は考える。


いいたかったのは、野枝の良さもそこにあったんじゃないかということだ。いざとなったら、なんとでもなる。……欲望全開だ。稼ぎがあるかどうかなんて関係ない。友人でも親せきでも、たよれるものはなんでもたよって、臆面もなく好きなことをやってしまう。(栗原p.167)


 そして、そこに無政府主義の相互扶助の考えが結びつく。


 相互扶助については、前にぼくも書いた。


クロポトキン『相互扶助論』、平居謙『「ワンピース」に生きる力を学ぼう!』 - 紙屋研究所 クロポトキン『相互扶助論』、平居謙『「ワンピース」に生きる力を学ぼう!』 - 紙屋研究所


 貧しく飢えている人がいたらどうするか。


 食べ物を分け与える。それが人間として、当たり前の感情と行動ではないのか。「貧困解決は国家のやることでしょ」といって、同じ地域に飢えている人がいるのに贅沢な食事をしてはばからない――これは近代人の病気じゃねーの、というのが無政府主義者クロポトキンの主張であった。




 無政府主義者である伊藤野枝は「無政府の事実」という一文の中で、このことを書いていて、栗原はこの一文を詳しく紹介している。


 私共は、無政府主義の理想が、到底実現する事の出来ない、ただの空想だと云う非難を、どの方面からも聞いて来た。 中央政府の手を俟たねば、どんな自治も、完全に果たされるものでないと云う迷信に、皆んながとりつかれている。


 殊に、世間の物識り達よりはずっと聡明な社会主義者中の或る人々でさえも無政府主義の『夢』を嘲笑っている。


 しかし私は、それが決して『夢』ではなく、私共の祖先から今日まで持ち伝えられて来ている村々の、小さな『自治』の中に、其の実現を見る事が出来ると信じていい事実を見出した。


 所謂『文化』の恩沢を充分に受ける事の出来ない地方に、私は、権力も、支配も、命令もない、ただ人々の必要とする相互扶助の精神と、真の自由合意とによる社会生活を見た。


 それは、中央政府の監督の下にある『行政』とはまるで別物で、まだ『行政機関』と云う六ケしい〔むずかしい――引用者注〕もののない昔、必要に迫られて起った相互扶助の組織が今日まで、所謂表向きの『行政』とは別々に存続して来たものに相違ない。


http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/6580/petri-do/noe01.html

 伊藤は、自分が生まれ育った福岡の寒村での自治の空気、ここにある「組合」は今日で言えばまさに自治会・町内会のようなものであろう。それがいかに行政とは違い、相互扶助と自由合意によって地域課題を解決していくかを詳しく描いている。




 人が集まりさえすれば、直ぐに相談にかかる。 此の相談の場合には、余程の六かしい事でなくては黙って手を組んでいる者はない。 みんな、自分の知っている事と、考えとを正直に云う。 人が他の意見に賛成するにも、その理由をはっきりさせると云う風だ。 少し六ケしい場所に出ては到底満足に口のきけないような人々でも、組合の相談には相当に意見を述べる。 其処には、他人のおもわくをはかって、自分の意見に対して臆病にならねばならぬような不安な空気が全くないのである。


http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/6580/petri-do/noe01.html

 相互扶助は自由合意によって支えられている。


 自由に参加し、自由に意見が述べられなければならない。


 もっとも伊藤は田舎の陋習に苦しんだのは紛れもない事実なのだから、ここに書かれたことは、現実の自治組織のそれではなく、多分に伊藤にとっての「理想の自治組織」像が入り込んでいるに違いない。




 しかし、そうであったとしても、ぼくはこのあたりのくだりを興奮しながら読んだ。


 なぜなら、今まさに福岡の辺境で起きているPTAや町内会をめぐる、自由合意を忘れ、その結果、本当の意味での相互扶助の精神を忘れ、逆に半強制の元で行政や学校の下請けになってしまっている事態は、まさに忘却された郷土の「偉人」たる伊藤野枝の精神を思い起こすことで批判されなければならないと感じたからである。地元のお前ら、宮崎安貞なんか顕彰している場合じゃねーよ。いまこそ思い起こせよ、伊藤野枝を。




 ぼくはマルクス主義者であるから、伊藤のように、制度への強い不信を感じてはいない。国家や行政といった制度にアプローチするチャンネルを作り出そうとしているのがぼくの日常だし、より良き結婚制度のために改革をするのがぼくのスタンスだ。




 それでも、やはり真の自由な合意のもとで、相互扶助の精神が蘇ってくることは、無政府主義から謙虚に学ぶべきことの一つである。身近に困っている人がいたら、それを助ける、なんとかする、という当たり前の精神の発露が必要であり、そのために硬直化してしまったPTAや町内会のあり方を破壊に近い形で変えなければならないだろう。「村に火をつけ、白痴になれ」というのは、そういうエネルギーのことである。




 なお、本書の書籍としての魅力についても少し触れておく。


 一つは、本書の文体である。


 まるでブログ文体のようである。軽妙で、すらすらと読める。伝記にありがちな難しさ、学者にありがちなペダンティックさがまるでない。素晴らしい。


 もう一つ。著者の栗原自身が伊藤の思想に近い。だからこそ、伊藤のエネルギッシュさがそのまま伝わってくる。「今に生かす伊藤野枝の思想」みたいな傍観者的な歴史解説ではないのだ。栗原自身が求める「あばれる力」のようなものを伊藤の思想と人生から感じさせようとしている。本書が死んだ解説・伝記ではない所以である。



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これからの世界の進路

「岩下俊三のブログ」から後半のみ転載。
今回の「世界的潮流」は、ネットによる「禁断の情報の拡散」が原因の一つにあるから、案外、これまでのように尻すぼみにならず、新しい「社会システム」の構築まで進む可能性もあるのではないか。
それは言うまでもなく、「資本主義と社会主義の幸福な結婚」である。それしか、1%対99%の対立を解消する手段は無いのだから、理の当然である。でなければ、他のアイデアを提示してみろ、である。

ただし、運動名をフランス語にするのは、何だかなあ、と思う。一読して意味の分かる人はあまりいないだろう。まあ、フランス革命発祥の地の言葉だから、いいか。



(以下引用)




それはともかく

「それ」は具体的にはフランスで「新自由主義からの脱却」を掲げた新しい社会運動のことに他ならない。

どう考えても

わずか1%の富裕層のための「世界」が正しいとは思えないからである。

しかるに

この運動はNuit Deboutと言われているらしく、SNS等などで世界的に物凄い拡がりを見せている。そこには「マスコミ」などほとんど介入する余地がないほどだ。

ちなみに

今年の3月31日、パリの共和国広場に集まった若者たちが、夜になっても立ち去らなかったことから、Nuit Deboutと呼ばれたと聞いている。

そして

いつの間にか全仏に広がっただけでなく4月23日には海を越えて、カナダのモントリオールでも集会が開かれた。(カナダの大西洋側は仏蘭西語圏)

ただ。

彼らは共通して「反グローバル主義」「反新自由主義」を掲げており、「これに代わる経済システムを勝ち取ろう」と訴えているのである。

それが

重要なんだと「僕は」思わず手を打った。

更には

それこそが世界中に共通した出口の見えない「若者」たちの共通の蹉跌であり、、、だからこそ打ち破らなければいかない課題であると思えたのである。

そこには

すでにイデオロギーなどに縛られた古い考え方も「政党」すらも存在しないと「僕は」考えている。

きっと

67の爺(僕)も74歳のサンダースも若きイグレシアスやコーエンもみ~~んなひっくるめた「新しい世界の潮流」であると信じているのである。

だから

委細構わず、とにかく1%の既得権富裕層が残りの99%を支配していることが「おかしい」と思うか思わないかという問題なのだ。

それゆえ

岡田の馬鹿もそれに気が付かない限り、永久に惨敗し続けることだろう。

いまや

ガラパゴス的な「国内統治」だけの「政局」などで騒いでおるのは日本を含めた極東だけなのである!あのアメリカですら国民の意識の大変革が起きようとしているのにである。

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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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