第四十三章 戦場の名花
トリスターナは、ヴァルミラを閉じ込めた部屋をノックした。
「勝手に入れ。別に歓迎はしないがな」
中からヴァルミラの凛とした声が響く。
まあ、素敵、とトリスターナは考える。このヴァルミラが、グリセリードでも一、二を争う武勇の持ち主であることは聞いていた。
「入っても逃げないと約束して。今、ここがどんな状況かは分かっているでしょう?」
「ははは、同じアスカルファン同士戦っているんだってな。面白いな」
トリスターナは戸を開けた。
「おいおい、私は逃げないなんてまだ約束してないぞ。一体何の話だ」
「お願い、マルスを助けて。私たちと一緒に戦って」
ヴァルミラはあきれてトリスターナの顔を見た。
美しい女だ。しかし、頭がおかしいのではないか。マルスを恋人の仇とつけ狙う自分に、マルスを助けろ、だと?
しかし、トリスターナの邪念の無い澄んだ目を見て、なぜかヴァルミラは目をそらしてしまった。ちえっ、男相手には睨み負けたことはないのに。
「あのなあ、私はマルスの敵なんだぞ。そいつが何で自分の敵を助けるなんて思いつけるんだよ」
「いいえ、あなたとマルスは敵ではありません。同じ不幸な運命を背負った仲間なのです」
「どういうことだ」
「あなたの恋人マルシアスは、実はマルスの父親なのです」
ヴァルミラは、がーんと頭を殴られたような衝撃を受けた。
「では、マルスは自分の父親を殺したのか」
「ええ、知らずにです。相手がグリセリードの兵士だから、戦わずにはいられなかったのです。国と国が戦うこと自体がいけないことだったのです。そのために、マルスはずっと探していた自分の父親を知らずに殺すことになったのですわ。あなたも可哀想ですが、マルスの方はもっと可哀想なのです」
「……でも、だからと言って、マルスが私の仇であることに変わりはない……」
ヴァルミラは、力無く言い張った。
「ええ、そうですわ。マルス自身が、マルスにとって親の仇であるように」
ヴァルミラはトリスターナの言葉を噛みしめた。
「分かった。マルスを助けて戦おう。だが、もしも戦の後で二人とも生き残っていたら、私はマルスと戦わせて貰う。なぜなら、アスカルファン一の強者と戦ってみたいからだ」
「それはご自由に。ただの喧嘩なら、私は口出ししませんわ」
「喧嘩ではない。試合をするのだ」
「同じようなものですわ。それでは、私と一緒にいらして」
トリスターナは、戸口を出かけて、振り返った。
「あ、それから、マルスが自分の父親を殺した事は、マルスには絶対に言わないでください」
「分かった。約束する」
トリスターナは、にこにこと居間に戻った。そこにいたマチルダは、ヴァルミラを見てびっくりしたが、トリスターナは
「ヴァルミラさんは、マルスを助けて戦ってくれるそうよ。私たち、お友達になったの」
と明るく言う。
マチルダは正直なところ、トリスターナを只のお人よしだと見くびっているところがあったのだが、変な特技を持った女でもあるようだ。
「マルスの奥さん、あんたの旦那を助けてやるよ。他の人間には殺させたくないからな」
にやっと笑ってヴァルミラは言った。
「私、まだ奥さんじゃありませんわ。でも、有難う。気をつけて戦ってね」
気をつけて戦うなんてことができるか、アスカルファンの女ってのはみんな頭の中は湯気が立っているんじゃねえか、とヴァルミラは思ったが、短く「ああ」と答えた。
トリスターナと共に戦場に現れたヴァルミラを見て、マルスは「わっ」と驚いたが、戦の間は恨みは忘れて一緒に戦うというヴァルミラの言葉に安心した。
ちょうど、弓矢の戦いも終わり、全面的な白兵戦に移ろうという時だったから、鬼姫ヴァルミラの助けは有り難い。
戦況は五分であった。百姓部隊の方は敵軍に押し捲られていたが、グリセリード兵士の軍は健闘している。そこへ、鬼姫ヴァルミラが現れて、グリセリード兵士たちは大喜びした。なにしろ、グリセリードでは神様扱いの名将デロスの娘であり、本人自身、武芸の達人、兵士たちの憧れの的の鬼姫ヴァルミラである。兵士たちは勇気百倍した。
戦場の放れ馬を見つけて、それに飛び乗ったヴァルミラと、グレイに乗ったマルスの姿は、二人で並ぶと絵のようであった。
「人間いつかは死ぬ。せめて一花咲かせて死のうぞ!」
ヴァルミラの大見得に、兵士たちは歓声を上げた。
二人は並んで敵軍に向かって突進して行った。
「あれは女ではないか」
戦場の中にヴァルミラの姿を見出して、シャルル国王は言った。
「そうです。確か、鬼姫ヴァルミラと言って有名なグリセリードの女武者です」
ロックモンドの答えに、シャルルはわなわなと手を握り締めた。
「知っておる。わしの后になる事を断った女だ。それがなぜマルスの陣営にいる!」
トリスターナは、ヴァルミラを閉じ込めた部屋をノックした。
「勝手に入れ。別に歓迎はしないがな」
中からヴァルミラの凛とした声が響く。
まあ、素敵、とトリスターナは考える。このヴァルミラが、グリセリードでも一、二を争う武勇の持ち主であることは聞いていた。
「入っても逃げないと約束して。今、ここがどんな状況かは分かっているでしょう?」
「ははは、同じアスカルファン同士戦っているんだってな。面白いな」
トリスターナは戸を開けた。
「おいおい、私は逃げないなんてまだ約束してないぞ。一体何の話だ」
「お願い、マルスを助けて。私たちと一緒に戦って」
ヴァルミラはあきれてトリスターナの顔を見た。
美しい女だ。しかし、頭がおかしいのではないか。マルスを恋人の仇とつけ狙う自分に、マルスを助けろ、だと?
しかし、トリスターナの邪念の無い澄んだ目を見て、なぜかヴァルミラは目をそらしてしまった。ちえっ、男相手には睨み負けたことはないのに。
「あのなあ、私はマルスの敵なんだぞ。そいつが何で自分の敵を助けるなんて思いつけるんだよ」
「いいえ、あなたとマルスは敵ではありません。同じ不幸な運命を背負った仲間なのです」
「どういうことだ」
「あなたの恋人マルシアスは、実はマルスの父親なのです」
ヴァルミラは、がーんと頭を殴られたような衝撃を受けた。
「では、マルスは自分の父親を殺したのか」
「ええ、知らずにです。相手がグリセリードの兵士だから、戦わずにはいられなかったのです。国と国が戦うこと自体がいけないことだったのです。そのために、マルスはずっと探していた自分の父親を知らずに殺すことになったのですわ。あなたも可哀想ですが、マルスの方はもっと可哀想なのです」
「……でも、だからと言って、マルスが私の仇であることに変わりはない……」
ヴァルミラは、力無く言い張った。
「ええ、そうですわ。マルス自身が、マルスにとって親の仇であるように」
ヴァルミラはトリスターナの言葉を噛みしめた。
「分かった。マルスを助けて戦おう。だが、もしも戦の後で二人とも生き残っていたら、私はマルスと戦わせて貰う。なぜなら、アスカルファン一の強者と戦ってみたいからだ」
「それはご自由に。ただの喧嘩なら、私は口出ししませんわ」
「喧嘩ではない。試合をするのだ」
「同じようなものですわ。それでは、私と一緒にいらして」
トリスターナは、戸口を出かけて、振り返った。
「あ、それから、マルスが自分の父親を殺した事は、マルスには絶対に言わないでください」
「分かった。約束する」
トリスターナは、にこにこと居間に戻った。そこにいたマチルダは、ヴァルミラを見てびっくりしたが、トリスターナは
「ヴァルミラさんは、マルスを助けて戦ってくれるそうよ。私たち、お友達になったの」
と明るく言う。
マチルダは正直なところ、トリスターナを只のお人よしだと見くびっているところがあったのだが、変な特技を持った女でもあるようだ。
「マルスの奥さん、あんたの旦那を助けてやるよ。他の人間には殺させたくないからな」
にやっと笑ってヴァルミラは言った。
「私、まだ奥さんじゃありませんわ。でも、有難う。気をつけて戦ってね」
気をつけて戦うなんてことができるか、アスカルファンの女ってのはみんな頭の中は湯気が立っているんじゃねえか、とヴァルミラは思ったが、短く「ああ」と答えた。
トリスターナと共に戦場に現れたヴァルミラを見て、マルスは「わっ」と驚いたが、戦の間は恨みは忘れて一緒に戦うというヴァルミラの言葉に安心した。
ちょうど、弓矢の戦いも終わり、全面的な白兵戦に移ろうという時だったから、鬼姫ヴァルミラの助けは有り難い。
戦況は五分であった。百姓部隊の方は敵軍に押し捲られていたが、グリセリード兵士の軍は健闘している。そこへ、鬼姫ヴァルミラが現れて、グリセリード兵士たちは大喜びした。なにしろ、グリセリードでは神様扱いの名将デロスの娘であり、本人自身、武芸の達人、兵士たちの憧れの的の鬼姫ヴァルミラである。兵士たちは勇気百倍した。
戦場の放れ馬を見つけて、それに飛び乗ったヴァルミラと、グレイに乗ったマルスの姿は、二人で並ぶと絵のようであった。
「人間いつかは死ぬ。せめて一花咲かせて死のうぞ!」
ヴァルミラの大見得に、兵士たちは歓声を上げた。
二人は並んで敵軍に向かって突進して行った。
「あれは女ではないか」
戦場の中にヴァルミラの姿を見出して、シャルル国王は言った。
「そうです。確か、鬼姫ヴァルミラと言って有名なグリセリードの女武者です」
ロックモンドの答えに、シャルルはわなわなと手を握り締めた。
「知っておる。わしの后になる事を断った女だ。それがなぜマルスの陣営にいる!」
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