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少年マルス 41

第四十一章 決戦

マルスは、例によって自ら斥候として前方の様子を確認しに馬を走らせた。もともと軍馬ででもあったのか、それとも農業に使われていたからか、グレイは上陸以来の酷使にもよく耐えている。
適当なところで河を渡り、バルミアに近づく。アラスの丘を越えると間もなくイルミナスの野である。
見晴らしのいい高台にでると、北の方にグリセリード軍の姿が見えた。南には一面に柵を張り巡らせたアスカルファンの防御陣が見える。なおも注意してよく見ると、イルミナスの野の中央が周辺部の草の色に比べて一面に黒っぽい。湿地帯の特徴だ。おそらく、グリセリード軍が中央に進んできたら、泥に足を取られて苦しむだろう。
さらに、マルスの鋭い目は、イルミナスの野の東と西に隠れたアスカルファン軍の伏兵も捉えていた。野の中央を避けて東西に回った敵軍は、伏兵に遇うわけだ。
布陣は完璧だ、とマルスは思った。さすがにアンドレである。
これなら、マルスたちの騎馬隊は、無理に戦場に突入するよりも、戦機を見て、形勢の不利な場所を助けに向かった方がいい、とマルスは考えた。おそらく、敵の石弓部隊の矢は、それほどは続かないだろうから、矢による被害はそう多くはない。敵の歩兵部隊の中で、湿地帯を抜けて野の南側まで進む相手にはレントの弓矢部隊で十分に対抗できるだろうし、乾いた場所なら、アスカルファンの騎馬隊が敵の歩兵部隊より有利である。
だが、戦は何が起こるか分からない。いつでも不測事態に対応できるように、マルスの軍は備えておくのが一番である。
マルスは、急斜面になったこの高台の前方を見下ろした。角度はかなりあるが、馬で下りられないほどではない。木の生え方もまばらであり、馬で通り抜けて下りる事はできそうだ。おそらく、戦場からは、この斜面から馬が出てくるとは思えないだろうから、完全に視界の開けたグリセリード軍の背後、つまり北から近づくよりはかえって安全である。騎馬で近づく間に敵に矢を射掛けられたら、半分くらいは、敵に近づく前に死ぬだろう。
マルスはグレイの首を廻らせて、もと来た高台の西側から下りていった。

戦は正午に始まった。戦いの合図のラッパが響き渡り、双方の石弓部隊が互いに盛んに矢を射掛ける。
よく晴れた青空が暗くなるほどの矢の数である。アスカルファン軍の石弓も、飛距離でグリセリード軍に劣っていない。連射能力はむしろ勝っている。グリセリード軍は紐と歯車を使った巻き上げ機で石弓の弦を張っているのだが、ジョーイの考案した「引き棒」は、単純な一動作で弦が掛けられるので、数倍早いのである。しかも、掛ける役割の人間が何人もいる。弓兵が交互に弦を掛けているグリセリードの石弓部隊は実質的に半分しか稼動しておらず、数では劣勢のアスカルファン軍の弓部隊の方が、この射撃戦では相手を圧倒していた。敵の勝っている点は、矢の質だけである。急造のアスカルファンの太矢に比べ、念入りに作られたグリセリードの矢は、矢尻も矢羽も見事であった。
石弓による射撃戦は、およそ二時間続いた。だが、実際には、後半の一時間は、アスカルファン軍だけが一方的に矢を射掛けたのである。二十万本用意してあったグリセリード軍の矢は、マルスたちにその大半を焼き払われ、兵士がそれぞれ所持していた二十本程度ずつしか矢はなかった。
グリセリードのオロディン将軍は、最初は、兵士に命じ、こちらに飛んできたアスカルファンの矢を拾い集めさせて、それを射返させたが、いつまでもアスカルファンの矢が止まないので、しびれをきらし、歩兵部隊に敵の矢の雨の中を進撃するように命じた。
射撃戦の間に、グリセリード軍の死者と重傷者は二千人に上っていた。対照的に、アスカルファン軍の方は、防御塀に相手の矢のほとんどは防がれて、死傷者は僅かに数百人でしかなかったが、それでもまだグリセリード軍が数では上回っている。
オロディン将軍が突撃命令を下したことで、グリセリード軍の被害は急速に増えていった。それまで、まがりなりにも盾の陰に隠れて矢を避けることが出来たのが、遮るもののない野原を進んでいく兵士は、アスカルファンのいい的であった。
今はアスカルファン軍の石弓部隊も防御塀の前に出て、思うがままに敵に向かって射ることができた。
アンドレは、敵の矢があっという間に尽きたことに驚いていた。始めは、何かの罠かと思ったが、敵の歩兵部隊が進軍してきたことで、敵にはもう矢が無い事を確信した。
野原を進んでくるグリセリードの歩兵たちは、ぬかるみに足を取られ、アスカルファンの矢の前に、一人、また一人と倒れていく。
湿地帯をやっと抜けた兵士も、アスカルファンの矢の為に次々と倒れていく。アスカルファンの方も、石弓用の太矢はさすがに残り少ないが、通常の矢は無数にある。弓兵たちは、弓を換えて次々に矢を射る。慣れた弓の方が、かえって命中率は高い。
もはやアスカルファンの勝利は目前かと見えたその時、西の山の下から時ならぬ喚声が起こった。
「あれは?」
シャルル国王が側近に聞いた。
味方の報告を受けた側近が、「敵が西から侵入した模様です」と告げる。
「西はアドルフ大公が守っておるはずだが」
「アドルフ公が、敵に寝返ったとのことです」

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