第四十五章 宝石箱
「おい、マルス、どこへ行っていたんだ。王妃がお前に会いたいとおっしゃってるぞ」
オズモンドに連れられてマルスは王妃の居室に行った。
マルゴ王妃は、まだ三十代前半の、非常に美しい人である。
「マルス、もっと近くに寄りなさい。お前の事は、アンドレから聞いています。お前の御蔭で、この国も私たちも救われました。そのお礼をしたいと思って呼んだのです」
王妃は、侍女に命じて、布に載せた小箱を持ってこさせた。
「王は、お前の働きに対して、あまりに過小なお礼しかしなかったようなので、これを私からお前への贈り物とします」
マルスは、その小箱を開いた。中にはまばゆく輝く宝石が幾つも入っている。おそらく、一つでも庶民が一生安楽に暮らせるだけの値打ちのものだろう。
「これは、頂けません」
「遠慮せず取っておきなさい。国を救った代償には、これでもまだまだ足りません。それから、こちらはアンドレに渡してください」
侍女が手渡した、もう一つの小箱には、五百リム金貨がぎっしり詰まっていた。おそらく、五十万リム以上あるだろう。
「レントへのお礼は、王から別にあるはずですから、これはアンドレ個人へのお礼です」
王妃は、言葉を続けた。
「マルス、私から王に働きかけて、なんとかお前を貴族に叙すようにします。そうすれば、お前も所領を得て、安楽に暮らせるでしょう」
「有難いお言葉ですが、私は今のままで十分です。ただ、自分がオルランド家ゆかりの者であることを認めてもらえないのは残念ですが」
「そうだったのですか。ならば、この国でも最上の貴族の家柄ではありませんか。どうして、それが庶民になったのです?」
マルスは王妃に自分の出生の事情を説明した。
「そうですか。それは気の毒に。お前の父のジルベールが生きておればいいのですが」
「生きていると思います。ある優れた魔法使いが、そう言ってました」
「なら、きっといつかは父とめぐりあうこともできるでしょう。そう願います」
マルスは王妃に厚くお礼を言って退出した。
やがて、レントへの出発の日が来た。
今回の船旅には、レントに戻る兵士たちの他に、ジョーイやクアトロも一緒である。
初めてクアトロを見たマチルダやトリスターナは、最初は彼を怖がったが、彼が普段は大人しく優しいのを知って、安心した。
ジョーイはアンドレと気が合って、さまざまな工業の技術の話を夢中になってしている。
アンドレは、膨大な本を読んでおり、博学そのものであったが、その大半は机上の知識であったから、ジョーイのように現実から学んだ技術者の話が非常に面白かったのである。
二日後に、船はレントに着き、一行はレント国王にお目通りした。
アスカルファン国王からの莫大な謝礼は、レント国王を喜ばせたが、それよりも、アンドレや兵の大半が無事に帰ったことの方が、嬉しかったようである。
レント国王は、スオミラ救出のために兵を貸して欲しいというアンドレの頼みを快く引き受けたが、それには条件があった。スオミラの町を救うことに成功したら、レントに戻ってきて、レント国王に仕えるという条件である。
「というわけで、あなたもレントに住むことになりますが、いいですか」
と、アンドレはトリスターナに言った。
「おいおい、まだトリスターナさんはお前の求婚を受け入れてはいないぞ」
オズモンドが腹を立てて言う。
「私は、レントは好きですわ。でも、アルカードでもアスカルファンでも、どこでもかまいませんの。これまで十二年間も、狭い修道院の中だけで生きてきたんですから、どこでも素晴らしく見えますわ」
トリスターナが言うのに
「おい、今のは別に求婚を受け入れたというわけではないぞ」
とオズモンドが解説する。
「私は、皆さんといるのが楽しくて仕方がないの。旅も素敵だし、どこかで落ち着いて暮らすのもいいでしょうけど」
マルスの方は、トリスターナを巡る二人の鞘当てには構わず、マチルダと話し込んでばかりいる。こっちもこっちで、こうしているだけで、何とも言えない幸福感に包まれているのである。
「あの宝石を皆にやってしまったのは、少し惜しいわね」
マチルダが言ったのは、王妃からマルスが貰った宝石のことである。
マルスはジーナの家族に一つ、オーエンに一つ、ジョンに一つ、そしてマチルダとトリスターナにも一つずつ上げた残りは金に換えて、自分と行動を共にした騎馬隊の兵士たちにすっかり分け与えたのだ。アンドレとオズモンドは、自分らは宝石は要らないと断った。
マルスは、自分のためには、王妃の記念として、小さな指輪を一つ残しただけであった。
「僕なら、弓があればどこにでも獲物はいる。金の必要はないさ」
「でも、戦いをするにはお金が必要よ。必要な時、お金が無いってのも困るわ」
マチルダは現実的な意見を述べる。
本当は、いつかマルスと結婚する気でいるので、マルスの金遣いの無頓着さを今から少し矯正していこうと考えているのである。それに、マチルダはけっしてケチではないのだが、マルスと自分は一心同体だと考えているので、まるで自分の金が無駄遣いされたような腹立たしさも、少しはあったようだ。
「おい、マルス、どこへ行っていたんだ。王妃がお前に会いたいとおっしゃってるぞ」
オズモンドに連れられてマルスは王妃の居室に行った。
マルゴ王妃は、まだ三十代前半の、非常に美しい人である。
「マルス、もっと近くに寄りなさい。お前の事は、アンドレから聞いています。お前の御蔭で、この国も私たちも救われました。そのお礼をしたいと思って呼んだのです」
王妃は、侍女に命じて、布に載せた小箱を持ってこさせた。
「王は、お前の働きに対して、あまりに過小なお礼しかしなかったようなので、これを私からお前への贈り物とします」
マルスは、その小箱を開いた。中にはまばゆく輝く宝石が幾つも入っている。おそらく、一つでも庶民が一生安楽に暮らせるだけの値打ちのものだろう。
「これは、頂けません」
「遠慮せず取っておきなさい。国を救った代償には、これでもまだまだ足りません。それから、こちらはアンドレに渡してください」
侍女が手渡した、もう一つの小箱には、五百リム金貨がぎっしり詰まっていた。おそらく、五十万リム以上あるだろう。
「レントへのお礼は、王から別にあるはずですから、これはアンドレ個人へのお礼です」
王妃は、言葉を続けた。
「マルス、私から王に働きかけて、なんとかお前を貴族に叙すようにします。そうすれば、お前も所領を得て、安楽に暮らせるでしょう」
「有難いお言葉ですが、私は今のままで十分です。ただ、自分がオルランド家ゆかりの者であることを認めてもらえないのは残念ですが」
「そうだったのですか。ならば、この国でも最上の貴族の家柄ではありませんか。どうして、それが庶民になったのです?」
マルスは王妃に自分の出生の事情を説明した。
「そうですか。それは気の毒に。お前の父のジルベールが生きておればいいのですが」
「生きていると思います。ある優れた魔法使いが、そう言ってました」
「なら、きっといつかは父とめぐりあうこともできるでしょう。そう願います」
マルスは王妃に厚くお礼を言って退出した。
やがて、レントへの出発の日が来た。
今回の船旅には、レントに戻る兵士たちの他に、ジョーイやクアトロも一緒である。
初めてクアトロを見たマチルダやトリスターナは、最初は彼を怖がったが、彼が普段は大人しく優しいのを知って、安心した。
ジョーイはアンドレと気が合って、さまざまな工業の技術の話を夢中になってしている。
アンドレは、膨大な本を読んでおり、博学そのものであったが、その大半は机上の知識であったから、ジョーイのように現実から学んだ技術者の話が非常に面白かったのである。
二日後に、船はレントに着き、一行はレント国王にお目通りした。
アスカルファン国王からの莫大な謝礼は、レント国王を喜ばせたが、それよりも、アンドレや兵の大半が無事に帰ったことの方が、嬉しかったようである。
レント国王は、スオミラ救出のために兵を貸して欲しいというアンドレの頼みを快く引き受けたが、それには条件があった。スオミラの町を救うことに成功したら、レントに戻ってきて、レント国王に仕えるという条件である。
「というわけで、あなたもレントに住むことになりますが、いいですか」
と、アンドレはトリスターナに言った。
「おいおい、まだトリスターナさんはお前の求婚を受け入れてはいないぞ」
オズモンドが腹を立てて言う。
「私は、レントは好きですわ。でも、アルカードでもアスカルファンでも、どこでもかまいませんの。これまで十二年間も、狭い修道院の中だけで生きてきたんですから、どこでも素晴らしく見えますわ」
トリスターナが言うのに
「おい、今のは別に求婚を受け入れたというわけではないぞ」
とオズモンドが解説する。
「私は、皆さんといるのが楽しくて仕方がないの。旅も素敵だし、どこかで落ち着いて暮らすのもいいでしょうけど」
マルスの方は、トリスターナを巡る二人の鞘当てには構わず、マチルダと話し込んでばかりいる。こっちもこっちで、こうしているだけで、何とも言えない幸福感に包まれているのである。
「あの宝石を皆にやってしまったのは、少し惜しいわね」
マチルダが言ったのは、王妃からマルスが貰った宝石のことである。
マルスはジーナの家族に一つ、オーエンに一つ、ジョンに一つ、そしてマチルダとトリスターナにも一つずつ上げた残りは金に換えて、自分と行動を共にした騎馬隊の兵士たちにすっかり分け与えたのだ。アンドレとオズモンドは、自分らは宝石は要らないと断った。
マルスは、自分のためには、王妃の記念として、小さな指輪を一つ残しただけであった。
「僕なら、弓があればどこにでも獲物はいる。金の必要はないさ」
「でも、戦いをするにはお金が必要よ。必要な時、お金が無いってのも困るわ」
マチルダは現実的な意見を述べる。
本当は、いつかマルスと結婚する気でいるので、マルスの金遣いの無頓着さを今から少し矯正していこうと考えているのである。それに、マチルダはけっしてケチではないのだが、マルスと自分は一心同体だと考えているので、まるで自分の金が無駄遣いされたような腹立たしさも、少しはあったようだ。
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