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少年マルス 37

第三十七章 不利な戦況

「その石弓という奴は、つまり、マルスさんが何千人もいるようなもんですかね」
ジョンがオズモンドに言った。
「実物を見ていないから何とも言えんが、石弓は連射が利かんというから、その点ではマルスにかなわんようだが、人数が多いと、マルスを何千人も集めたのと同じかもしれん」
オズモンドが言ったのを、アンドレが補足した。
「正確さと言う点でもマルスには及ばないだろうな。ただ、距離と威力はマルス並みだということだ。とにかく、これで戦いがやりにくくなってきたのは確かだ」
「その石弓というものを手に入れることはできんかな」
マルスが考え込んだ後で、言った。
「手に入れるまでもない。昔、書物で見たことがある。その頃は戦などに興味は無かったから存在を忘れていたが、仕組みは覚えているから作らせることは出来る。だが、弓兵に今から石弓を訓練する時間はないぞ」
「大丈夫だ。慣れた弓兵なら、弓が変わっても、すぐに使いこなせるはずだ。それに、アンドレの下の弓隊隊長はエドモンドだろう。彼なら、石弓向きだ。彼に指導させればいい」
 すぐさまアンドレは図面を引き、近くの木を切ってこさせて、マルスに石弓を作って貰った。作られた物は、確かに弦さえ引ければ、通常の弓よりも威力のある矢が飛ばせそうではあったが、弦を引くのに男二人がかりで四、五分かかり、弓兵たちは不満を言った。セットにこんなに時間がかかったのでは、弓を引くリズムが失われ、当たらなくなる、ということであった。
「まだ、この石弓は完成品ではない。もっと威力があるはずだ。それに、弦を引くための機械がどうしても必要だ。そいつがどんな仕組みのものかが分からん」
アンドレには珍しく、行き詰まったようである。
「とにかく、石弓を兵数の五倍作っておこう。それに、おそらく、この石弓で飛ばす矢は、普通の矢とは違うはずだ。もっと太い矢でないと、石弓の威力に負けて、矢が空中で跳ねながら飛んでしまい、的に当たらんだろう。これくらいの太矢を沢山作らせとこう」
マルスはアンドレにそう言い、兵士を総動員して、石弓と太矢を大量に作らせた。
とりあえず戦場に行き着くまでに船の中で組み立てられるように、石弓の木の部品だけを大量に作っておいたのである。材料が、木しかないので、引き金部分なども、穴にはめ込んだ木の小片を紐で縛っただけの単純な構造のものである。
翌日、マルスはオズモンド、オーエンと共に騎兵二百五十人を率いて北に向けて船を出した。マサリアに上陸した後は、馬に乗りつづけの強行軍になるので、マチルダとトリスターナはジョンと共にアンドレに預け、バルミアに送り届けて貰うことになった。
マチルダやトリスターナは、マルスやオズモンドと離れ離れになる事を悲しんだ。しかし、この場合、それしか方法はない。
「マルス、絶対に死なないでね。必ず、バルミアに来るのよ」
マチルダは、今は慎みも忘れて、マルスにしがみついた。
「大丈夫だ。そっちこそ気をつけて」
浜辺で手を振って見送るマチルダとトリスターナの姿が見えなくなるまで、マルスはその方角をずっと見ていた。
二人の姿が見えなくなると、マルスは二人の事を無理に頭から追い払って、戦いの構想に集中した。
マルスは騎兵隊の全員を連れているが、戦場で正面から敵の石弓隊にぶつかったら全滅するだけだろう。
マルスは地図を広げて、イルミナスの野の周囲の地形を眺めて考え込んだ。北から来るグリセリード軍はおそらく、南に布陣するアスカルファン軍と正面から対峙するだろう。西には小高い山があり、西から向かうマルスたちは、通常ならそこを避けて北から回ってグリセリード軍の背後を突くことになる。しかし、北は広く開けており、マルスたちの接近は一目瞭然である。接近する間に、反転した石弓隊に矢を射かけられることは、ほぼ確実だろう。
方法は二つ。一つは夜襲であり、もう一つは西の山越えの奇襲である。夜闇の中で不意打ちを受ければ、敵の石弓隊は、ほとんど応戦できない。敵の真っ只中に飛び込むには勇気が要るが、効果は確実だ。しかし、敵も常に夜襲に備えて警戒しているだろう。
アンドレは、マルスたちの方がアンドレらよりも到着は遅れると見ていたが、マルスは、必ずしもそうではない、と考えた。確かに、騎馬による一日の通常の行程を少し早めた程度なら、アンドレの言うとおりだが、もっと早く行くことは可能である。それは、イルミナスの野ではなく、北方のグリセリード軍に真っ直ぐ向かって進んでいくことである。アンドレは、西から来たマルスの軍は、イルミナスの西の山を迂回して北に回り、グリセリード軍を追う形で南下してその背後を突くと想定している。だが、真っ直ぐ北東に進めば、逆にアンドレらの軍より二日前にグリセリード軍にぶつかるのである。そこで夜襲をかけることができたら、戦況を有利に運ぶことができるだろう。
もちろん、これはアンドレが想定していない作戦であり、いや、想定していたかもしれないが、あまりに危険なのでマルスに言わなかったのかもしれないが、とにかく独断専行であり、失敗したら戦の全体を崩壊させかねない危険性はある。しかし、いずれにしても、このままではアスカルファン軍の勝ち目がほとんどないことも確かである。
マルスは心を決めた。
「我々は、真っ直ぐにグリセリード軍に向かって進み、アンドレらやアスカルファンの主力軍に先駆けて敵を奇襲する。それによってのみ、この戦は勝てるのだ」
マルスが兵士たちにそう告げると、兵士たちは、
「マルス様がそう言うのなら、それが一番なんでしょう。一丁やりましょう」
と答え、互いに大声で気勢をあげた。

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